経験とレベルアップ
昨日にも、前日に引き続き勃発した拠点エリア:風国内におけるモンスター襲撃への対応。
その時には騒動の鎮圧に参加したものではあったが、その内容がまた激務なものであって。その疲労は一日の休息では十分に取れることもなく、翌日の朝というものは、この両足の重みと上半身のダルさを引き継いで目覚めたものだった。
同じく騒動の鎮圧に対応したユノとラ・テュリプはまるで疲労の様子を見せていなかったことから、これも数多の経験を介したことによるレベルの差を改めて痛感させられることとなり。その翌日であるこの日は、昨日の鎮圧作戦に参加した中で感じた、未だと不足する自身の戦闘能力の強化を施すために酒場へと赴くこととしていた。
――ミントを引き連れて歩く拠点エリア:風国。その吹きすさぶ風はいつものようにこの肌を撫で掛けてくるものであったが。『魔族』という存在がチラつく現在、この、常に撫で掛けてくる風が何かの予兆のような気がしなくもない感覚にとらわれてしまい、こうして外を歩く度に、どうしても気が気でない日々を送ってしまっていたものだ。
「ミント。次はどっちに向かえばいいのかな」
「はい。この先の十字路を右に曲がり、そのまま五分ほど直進した先の右手に、この拠点エリア:風国における唯一の酒場が設置されております」
「把握」
ちょっと後方の、ちょっと右斜めの位置でこちらについてくるミントにナビゲートをしてもらう主人公アレウス。
未だと風国というエリアの内部を把握し切れていないうっかりな主人公に、そんな彼を嫌な顔をすることもなく丁寧に支え続ける律儀な少女。そんなナビゲーターの少女と歩むこの道のりも、『魔族』の脅威から守りたいいつもの日常であり。そんな日常を、このゲーム世界で生きる主人公として心から愛していたものだ。
……だからこそ、この愛する日常を守るために、アレウスという主人公は今まで以上に強くならなければならない。そのためにはまず、こんなところでへばってなんかおらずにより自分を高める。そして、その自身を高める手段として、宿屋に在中している聖職者に頼んでポイントの割り振りを行うべきだろう。
「スキル、次は何を習得していくかなー。前はステータスを上げる剣士特有のパッシブスキルを身に付けたものだし、次は攻撃ができるスキルでも検討してみるかなぁ。……そう言えば、ユノからクリスタルブレードを貰ってから、ブレード系のスキルは全く手に付けていなかったものだからなぁ。と考えると、ブレード系を中心に、習得するスキルにある程度の目処を付けておくとするかな。それで、ポイントが足りればそのまま習得しちゃってもいいし」
運良くポイントが足りていればラッキー。
そんなノリの、自身の割り振れるポイントも把握していない主人公へと、そのナビゲーターの少女は少々と意外そうに目を見開きながら口を開いていく。
「ご主人様は自覚なさっておりませんようなので、報告です。無自覚ながら、ご主人様は日に日にレベルアップを達成しております。それは、会話から生活、日常の内部で行う様々な経験により、ご主人様は戦闘以外にも地道と経験値を稼ぎ無自覚のレベルアップを成し遂げておりました。故に、現在のご主人様には余分に溜まったスキルポイントがそれなりと蓄積されております。多少もの無駄遣いも許されるそれらに、きっとご主人様は仰天なされることでしょう」
「えっ。俺、そんないつの間にレベルが上がっていたりしていたのか! 全く気付かなかった! なぁミント! それ、どんなタイミングでレベルが上がっていたんだ!? 俺、どんなことをして経験値を稼いでいたんだ!? というか、戦闘やクエスト以外で経験値を稼げるのかっ!?」
「こちらは、ゲームの世界という名の、現実の世界。自由な発想や行動も全て可能となる、固定概念に囚われぬ、生命溢れるバーチャルの世界でございます。こちらの世界で行うそのあらゆる全てが、ご主人様という主人公の経験となり糧となり経験値というシステムに変換され蓄積されていきます。それは、挑戦という行為によっても蓄積されますし。新たな物事に取り掛かると、その新たな発見や経験により多くもの経験値が蓄積されますし。繰り返しの作業が長引けば、それだけ経験値の溜まる具合は遅延を促すこととなるでしょう。目新しい発見や挑戦もまた、ご主人様の糧となります。……ですが、何事も程々に。限度を弁えてこその、常識でございます。ゲームの主人公であるから、何をしても許されるというワケではありませんよ。――尤も、非道を常識とするルートを辿るのであれば、そうした非常識を人道と説くことにも否定いたしませんが」
「おぉっ奥が深いなっ」
これは再認識とでも言えるだろうか。それらミントの言葉を耳にして、あぁ確かに、新しい経験や体験はこれまでとたくさんしてきたなぁ、と。だからこそ、こうしていつの間にか経験値が溜まりレベルアップしていたのか。と、ナビゲーターから改めて大切なことを知らされたことに、頷き納得をするばかり。
この日も、街中を歩むその日常の中でまた一段と成長をすることができた気がした。
……朝から良い事を聞くことができた。と、一日の幸先の良いスタートに、これから起こる出来事に期待感さえも抱けてしまう何ともチョロい思考で小さな幸せを噛み締める。
……ものであったのだが。まさか、そのこれから起こる出来事が、この幸先の良いスタートの出鼻を挫くとは、この時点ではまるで予測することはできなかったものだ――――
【~次回に続く~】




