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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
四章
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差し入れバーダ

 NPC:バーダユシチャヤ=ズヴェズダー・ウパーリチ・スリェッタはその胸に籠を抱えながら、疲労で力尽きていたこちらの姿を弱々しい怯えた瞳で見つめていて。声を掛けられ反射的に上半身を起こしたこちらにビクゥッと敏感な反応を示しながらも、疲れ果てた主人公の顔を、少女は恐る恐ると覗き込んでくる。


「あ、の。その、……ご、めんなさい……。ウチのせいで、機嫌を悪くされました、よね……」


 抱き締める籠をみしみしと、力んだ腕の力で締めていく。

 忙しなく動き回る瞳は落ち着かず。おどおどとした様子に弱々しく呟くような喋り方でそう言っては、より籠を抱き締めて少しずつ後退していく少女の足……。


「いやいや! とんでもない! むしろ、助かったくらいだ! ここで寝るつもりなんて無かったものだから、こうしてバーダに声を掛けてもらえて本当に良かった! ありがとう! バーダ!」


「で、でも。せっかくの休憩に、こんな邪魔が入るなんて……」


「邪魔? 邪魔って、何が邪魔なんだ?」


「え、いや……なにって、あの…………なんでもありません……」


 その力んでいた様子は若干と和らいで。視線は逸らしたままではあったが、一瞬もの戸惑いの感情を交えたことにより、先程の怯えは多少と取り払われたようだった。


 それでも少しずつ、一歩一歩と下がっていく少女。

 ……ではあったものの、こうして会話を交わしたのも何かの縁だろうと思ったその時にも、自然と、この口はバーダユシチャヤに言葉を投げ掛けていたものだ。


「バーダ。いつもの釜は今日持ち歩いていないんだな。その籠は一体?」


「っ、っいえ……あの、その……」


 投げ掛けられた言葉に、少女はどこか慌てる様子を見せながら。その籠を差し出したり、引き戻したり。少女の内側で巡る何かの感情が忙しなくと転換する様がうかがえる中で、下を向きながら、バーダユシチャヤは呟くように喋り出す。


「……お菓子、作りました。それで、あの……こんなウチが作ったモノでよろしければ。その……召し上がって、ください……」


 同時に歩み出す少女の足。抱き締めていた籠をテーブルに置き、それに被せていた布を取り払うと、中からは円形、四角形、三角形などなど、様々な形が施された可愛らしいクッキーの詰め合わせが露となり。

 程好く焼かれたそれらは、外見だけでカリカリとフワフワの中間を思わせて。その食感を食べる前から味わえる絶妙な焼き加減のそれらに、疲労で忘却していた空腹の感覚が一気に呼び覚まされてしまったものだ。


「これ、バーダの手作りなのか? これ、バーダお手製のクッキーなのか!? うをぉー! 綺麗で美味しそうだ!」


「そ、そんな……あの、そんな、ウチに気を使ってもらわなくても、いい、です……。その、やっぱり……こんなお粗末なモノを出してしまって、すみませ――」


「え、もう食べていいのか? もう食べていいか!? というか、腹が空いた! ありがとう、バーダ!! それじゃあ遠慮無く、いただきます!!」


「えっ」


 その時にも、この手は伸びていて。それらをわし掴んでは、口の中へと放り込んでいた。


 サクッフワッな絶妙な歯ごたえに、噛むと溢れ出すあっさりとした生地の香り。しつこくない味は一向に飽きさせる気配を感じない。これは、胃袋が許す限りにいくらでも食べられるし。様々な形が、それらを包み込む舌を楽しませてくれる。そして何よりも、パサついていないために喉が渇かないため、この食という行為に躊躇いを促す原因や要素が皆無であるがために、こうして伸ばす手は止まることをまるで知らなかった。


 そこに存在していたのは、少女お手製であるクッキーを夕食とするゲーム主人公の姿。

 この勢いには、目の前のバーダユシチャヤも放心交じりの唖然な表情……。


「……あの、その。あ、れうすさん。そんな、ウチなんかが作ったものを、無理して食べなくても……」


 もはや困惑さえも見せ始めた少女にお構いなしと。この手は、この口は、この身体はクッキーへと手を伸ばし喰らい続けていき。

 ……気付けば、籠の中身は空っぽになってしまい。ふぅっと満たされた味覚と満腹に満足をするものの、直にも、自身がしでかした行いに気が付きハッと息を呑んでしまう。


「――ッ!! あ、ごめん……バーダ。せっかく作ってくれたクッキー、全部食べてしまったよ……。皆にも配る予定だったんだろ……? いや、ほんとごめん……」


「え、いや。あの……あの……」


 互いに困惑交じりに手を振り合いながら。互いに汗のエフェクトを見せ合いながら。二人してアワアワと焦り戸惑い、なんとも微妙な空間が出来上がってしまう。

 ……ものではあったのだが、そうしてただ申し訳無いばかりの気持ちで余計に焦りを見せてしまっていたこちらへと。その少女は、こう続けてきたのだ――



「……その、……こんなウチが作ったお菓子を、こんなにも美味しく食べていただいて……。その、……ありがとう、ございました……」


 それは、これまで以上と小さく呟く、少女の弱々しい言葉。

 ……しかし、それとは一方に。目線はこちらに向いており、若干と微笑みと思われる口元と、先よりも少しだけ明るい声音からは少なからずもの気分の良さをうかがうことができて……。


「……あの。また、作ったら……良かったら。都合が良かったら、ウチの作ったお菓子を。……ウチの作った料理を、いただいて、ください。……ありがとう、ございました……」


 恐る恐ると差し出したその籠を、真っ直ぐと腕を伸ばしゆっくりと引き戻しながら。その中を眺め。何だか満足そうな表情を垣間見せてから。NPC:バーダユシチャヤ=ズヴェズダー・ウパーリチ・スリェッタはその明るい声音で礼を述べ、逃げるというよりは走り去るように、この食堂から出て行ったのであった――――



【~次回に続く~】

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