宵闇③
「っふ。……部下に心配をされてしまうとはな。指摘を受けてしまうということは、それほどオレは傍から見て少々と気張り過ぎていたのかもしれない。考え過ぎでもあったか。確かに、過去は過去で、現在は現在。だが、それはきっと、天の伝えたかった意味とは異なる解釈で、オレはそれを聞き入れたことだろう。……この数十年で、人類の行動や思考は変化し、同時に退化と進化を繰り返しているのやもしれない。それを考慮すると、オレは、その人類の変化の末を見定めなければと考えてしまい。次に行うべき行動を思考してしまい、それを実行に移さなければ気が済まなくなってしまったものだ」
「だから、旦那ぁ。言ってることが難しくてよく判らないっす。ただ、まだ考えることを止めていないんすね。いやぁほんと、"ゾーキン"の旦那って、ホント考えるの好きですよねぇ。もっと、こう、その見た目のイメージ的には、ハッチャける暴力! 飛沫を上げる汗! な雰囲気なだけに、なーんか違和感がバリバリですぁ」
悪戯に吊り上げた口元で、少々とうかがうように漆黒へとそう言葉を投げ掛けていき。直にも、ふと思いついたそれを、その存在は躊躇いなく続けていく。
「っ、んぁー。あー、もしかして、旦那ぁ。そのムキムキな見た目をしている割にはぁ、もしや、意外とビビりで臆病だったりしますぅ?」
「んなっ。天!!」
その存在から悪戯に掛けられた言葉にすかさずと反応を示し、次の時にも肉体美を披露するポージングを決めながら漆黒は必死な様子で返していく。
「何を、んな、それではまるで、この筋肉が全く意味を成していないと言わんばかりの言い草をっ!! いいか、天! この肉体美はな、決してただの見掛け倒しでも何でもないんだ!! これは、オレの一族が代々と受け継ぐ、この一族で言う流儀、もとい礼儀に等しい神聖なる伝統がもたらした、血と汗と涙とプロテインの結晶! まさしく! 正真正銘、オレの意思と力強さを象徴する、オレの集大成なのだからなッ!! 見よ、天!! このマッシブ、実に素晴らしいものだろう。これも全て、『魔族』に属する我が一族に伝えられし伝統がもたらした、肉体に宿りし屈強なる精神と生命の加護を纏う、生物の素晴らしき進化の過程に我が一族のみが有する由緒正しき伝統が上乗せされたことにより促された生物の成長という――」
「んで、旦那ぁ、結局オレは次なにを実行すりゃいいんですかぁ?」
すっぱりと遮られる会話。
だが、そんな物事に動ずることもなく、漆黒は流れる動作でポージングを止めると同時に、何食わぬ顔で真剣な眼差しを向けながら言葉を続けていく。
「次の任務か。そうだな……"ヤツら"の戦力を軽く見積もっても……ふむ、これくらいだと仮定するとしよう。と、なると、今用意すべき必要最低限の戦力は、これほどで十分だろうか。こうして考慮すると、まだまだ情報不足感が否めんな。英気を養うための食料の確保にも務めてもらいたいところではあったが、如何せん気性の荒い『魔族』に隠密行動などまるで相性が最悪。その中で、冷静な隠密行動を可能とする数少ない人材である天には、引き続いてこの地に偵察として潜り込んでいてもらいたい。ということで、天。天には、今日と同じ任務を課する。引き続きこの地の戦力の把握及び情報網を辿り、"我々"にどのような策を用いるかを重点的に探るんだ。尚、明日の昼間にもポイントを増やし再びと餌を流し込む。その際の"ヤツら"の行動にも、しっかりと目を向けてくれ」
「引き続いて同じ任務ね。うーす」
顎に手をつけ思考をめぐらせる漆黒とは相対して。その存在は悪戯な表情で手を適当に振りながら相槌を打ち、軽い態度のままに踵を返して自身に課された使命へと赴いていく。
そんな存在の背へと視線を向け。漆黒は見遣りながら口を開いた。
「天。お前さんは、『魔族』という種族の中でも一風変わった箇所が目立つ人材だ。それは、こうして隠密行動も可能としてしまうほどの冷静さを持つ、そうだな……所謂、大人しい『魔族』だ。その、血が滾り溢れ出す敵意を抑制することができる自制心を持つ、数少ない人材の一人なんだ。――その一風変わった自身の特徴を存分に活かして来るんだ。今回の、この、風国における任務の全てにおいては、天の活躍が大成の要となることだろう。頼りにしているぞ、天」
漆黒からの、そのガッツポーツを交えた熱意溢れる期待を受けては。その存在は得意げな表情で振り返りながら、その妖しい黒の瞳を輝かせ高らかに声を上げて応えたのであった――――
「へへーい!! まぁ見ていてくださいよー旦那ぁ!! この天こと、天叢雲剣が、必ずや旦那と『魔族』の勝利に貢献いたしますからぁ!!」
【~次回に続く~】




