宵闇②
「――して、天。この敵地にて行った暗躍の報告を是非ともこの耳に聞き入れたい。天がその目で目撃しその耳に刻み込んだありとあらゆる情報を、余すことなくこのオレに教えてほしい」
「はいぁーい。んじゃぁ報告会っつぅことで色々とお教えいたしますぁー。あ、ちょっと待って旦那。今メモ取り出すから」
振り向き、後方の存在と向き合う漆黒。
それと共にして、陽が落ち闇がもたらされた夜風吹き付ける風国に、これまでと流れ行く雲の群集の陰となっていた月の光が地上にもたらされる。
その月の光は、丘の頂上で密会を行う二つの存在の姿を僅かに照らしていくものであり。それは、つい先にも不明であった"その存在"を照らし容貌をハッキリとさせていく――
それは、百九十二もの余りある身長の主。上半身と下半身それぞれには、前方の漆黒と同様に黒の一色に染まる薄い上着と七分丈の余裕あるズボンを身に付けていて。だが、それらには虫食いのような大きな穴が不規則に点々とくり貫かれている。
足元は漆黒と同様の黒に染まるブーツを。手には黒のグローブを装着しており。黒の下に控えた素肌は、割と筋肉質である肉体とは裏腹となる病的な青白さで、長身で屈強な外見とは相反して、今にも倒れてしまいそうな印象を受ける。
又、顔は若干と縦長で細く。髪は漆黒に煌く刈り上げたリーゼントで、上へ流れるよう伸びて揺らいでいるのが特徴的。青白い顔に点と浮かぶ黒の瞳と、両耳に付けられた黒真珠のようなピアスもまた、色白であるその存在に黒と白の対比からなる妖しい雰囲気を作り上げていて。軽い口調も合わさり、その身長、その容貌、その口調と、人々を寄せ付けない風貌がその存在を目立たたせていたものだ。
その存在が紙切れを取り出しては妖しい黒の瞳でじっと文字を辿っていき。それに合わせながら口を開き、その文字と同様となる言葉を漆黒へと伝え出す。
「んぅ、と、だなぁ。んまぁ、まず真っ先に調べろと言われていた"ヤツら"の連絡網のことなんですがぁ。まぁーどうやら風国の上層部は"オレら"の訪れを危惧して? 大層怯えながらと色々な場所に要請を送っているみたいなんですぁ。ただぁー、他ん所も"オレら"『魔族』が来るのが嫌なもんなんでぇ、今はここに送る救援が不足しているを言い文句に、要請は大方と断られているようでなぁ。まぁでもぉ? そん中からわざわざと戦力を割いてまでここに寄越した軍団もいるようでぇ。そいつらの到着はぁ、軽く見積もってもせいぜい二日か三日。うーん、三日だろうなぁ、オレの予測だとぉ」
「ほう。それで、その救援として現れる勢力が属する地域の情報はあるものなのか?」
「んそれが、よく聞こえなかったんですぁ。やっぱ、ここ最近と爆音で音楽を聴いていたもんで耳が悪くなっちゃったかなぁなんて。で、んでも、ま、二連王国の連中でもなけりゃあ楽勝かまぁ問題無いかまぁまぁの強さかちょっと手こずるか。でも、まぁどうせそこまででもない連中だろうし? まぁー大丈夫っしょ。ね、旦那?」
軽い調子でニカニカと笑みながら。それは闇に紛れる邪悪でありながらも、人間味を思わせる愛嬌溢れる表情でそう言葉を掛けるものであった。
が、それにすかさずと首を振り否定の意思表示を行う漆黒。それの動作に少しばかりと目を開くその存在へと、漆黒は口を開いていく。
「天、その考えは甘い。何せ、"ヤツら"はそういった僅かな勢力でありながらも最大限のポテンシャルを発揮し、気合い交じりのド根性で不利な形勢を一気に逆転してしまう、ウルトラパワフルな生命力を宿すとてもしぶとい連中なのだ。自身の心のマッスルとハッスル。奇跡というほんの数ミリもの穴に、勝利を想う意図を通してしまう勇敢なるガッツとそれを後押しするラックを発揮する。そんな"ヤツら"の勇姿は、敵ながら実に天晴れ。で、あるからこそ、"ヤツら"との戦争で勝利を収めるには、それ相応となる情報と奇抜な策、漲る戦闘力や奇跡にも動じぬ安定ある事前の準備が必要となる。"ヤツら"を叩くのであれば、それは徹底していなければならないのだ」
漆黒の、拳を握り締め溢れ出す感情を抑え切れないその様子を交えた力説を。敵対する勢力へと抱く心を、真剣な眼差しと共にその存在へと唱えたものであったが。その、当の本人であるその存在は、半分は聞き流すような髪を毟る動作、眠たげに瞼を下ろして若干と退屈そうな表情を浮かべていく……。
「……"ゾーキン"の旦那の言ってることが難しくてよくわからないですぁ。なんつぅか、旦那、ちょっと考え過ぎじゃないすか? それ」
「その考えも甘いぞ、天。これは、過去の、人類との戦争における過去の惨敗を期した経験に基づいた結論だ。人類というものは、こちらが侮り晒してしまったその瞬間を一瞬たりとも逃さない、隙の無い恐ろしい生命体なのだからな!」
漆黒の力む拳と声音の調子が、彼の、心の奥底に過ぎる切羽詰った恐れの感情を明確に表していた。
……だが、それとは一方として。漆黒と相対するその存在は、眼前の力説に対しても軽率な様子を見せていきながら。しかし、その存在はその存在の持論を以ってして、力む漆黒を説得し始めたのだ――――
「んでも、旦那、そん時はまだ旦那も生まれてきてなかったっしょ? オレが思うに、過去は過去で、現在は現在、っすよ。過去がそうだったからと言って、必ずしも現在もそうであるとか。過去があれほどだったから、現在は過去よりももっとスゴくなってるとか。そんなん、そう決まってるって保証がドコにあるんすか。人類って強いんでしょ? なら、慢心の一つや二つ。世界の危機が過ぎた今、自分達が強いことに満足して、現在よりも上を目指すこともなくなった怠惰な輩がそこらにごろごろといても何らおかしくもないじゃないすか。そりゃあ、強い人類は旦那のようにすぐさまと見つけ出せるような、見分けがつくほど目立つ高い能力を持っているものだろうけれどさぁ。でも、旦那が目をつけた強い人類って、逆に言ってしまえばそんくらいなんでしょ? つまり、他は強くないってことっしょ? それは、自身の現在に満足して己を高める鍛錬も怠る向上心の一欠片も持っていない怠け者の集団ってことでしょ? だったら、別にそこまで気張らなくてもいいんじゃないすか? だって、そんな怠けてサボりにサボっていた連中が、"オレら"のように努力を積んできた輩に勝てるワケが無いんすから。ね? そうでしょ? だから、些細なことでもずっと気張ってばっかしの旦那。ずっと気を張っているもんだから、その筋肉が硬くなるだけじゃなくて、肩もこって脳みそも硬くなって、考えっぱなしでずっとエネルギーを使い続けて、そう遠くない内にも旦那は疲れ切ってぶっ倒れるすよ。少しでもこの場所のことが判った。今回の戦争は、もうこれで十分だと思うんっす。なんで、"ゾーキン"の旦那、後はこのオレにでも任せて、旦那は今取れる範囲での休息を少しだけでも取って休んでいてくださいよ」
「天……」
それは、頭をフラつかせ落ち着きもなく首を動かし続ける、分散した意識の中での言葉の数々。
しかし、同時として。それは、大事な部下からの労わりが込められた意味であることを把握し。その口は反論の形で息を漏らすが言葉は流れてくることもなく。漆黒は自身の抱いた感情に意識を向けて。素直に頷くや否や、粗雑でありながらも無意識と厳つい微笑を浮かべていった――――
【~③に続く~】




