宵闇①
宵闇の落ちた風の都。
それは、不穏の襲来を予期するかのよう肌に吹き抜ける。冷涼とは異なる感覚を覚える、良からぬ直感がざわめく不快な夜風。
その不快感の根本となる存在。この地に降り立ち、段々とそびえる丘の頂上に足を着け夜景を見渡すその漆黒は。不穏の象徴とも呼べるだろう黒のマントをなびかせて、鍛え抜かれた筋骨隆々とした上半身を不気味な夜風に晒しながら静かに口を開いていく。
「うぅむ。まずは様子見で各方面それぞれからモンスターを放ってみたものだったが、うむ、なるほど。さすがにあの程度の脅威であれば容易く対処するか。まぁそうだろう。でなければ、血眼にして"我々"に備えるその態勢が功を成すハズもないからな。"ヤツら"とてその平穏に平和ボケを起こしていたワケでもあるまい。光を避け陰で息を殺し密かと過ごしてきた"我々"と同様に、"彼ら"もまた、光の射す下でその学習能力を活かし更なる繁栄と発展に力を入れていたものだろう。それだけはあってか、モンスターという生物への対応はさすがに手慣れているものだ。それも、各方面から放った勢力を、どれも瞬く間と対処し何食わぬ顔で日常へと帰した。――ふむ、これは当初の見積もりを少々と見直さなければならない、か。…………これでまた、オレの仕事が増えてしまったというわけだな。いくら減らしても尚増え続ける仕事の量に、まるで途方が無いものだ。全く、次から次へと悩みの種を増やしてくれる。これでは、今にも過労でぶっ倒れそうだ」
その漆黒は、ゴツく強張った、彫刻のような顔。髪も、妖艶さを伺わせない厚塗りの紫を思わせる短髪であり。瞳は黒く目は細く、眉は太くの至極濃い存在感。しかし、シワの無い厳つい素肌から見るに。そのゴツく厳つい強面とは裏腹に、年齢は比較的に若人として捉えることができる容貌で。
喉にこもる音の、ゴツく、少々と野太く。しかし、空気に溶け込むような。腹から声の出ているハキハキとした男らしい調子で一人その場で呟き。だが、その男気に満ちる声音とは裏腹の意味合いを口にしたことで、少々と目を細めてはため息を一つ零していく。
後頭部へと回した手で髪を掻き毟りながら。その闇夜に一際と異色な存在感を放つ筋肉をピクピクと微動させ。左腕を力ませ自身の筋肉を確認。次第に右腕も力ませ自身の筋肉を眺め、ふむっ、と何かに納得したよう頷きながら漆黒は呟き続けていった。
「上手くいかぬ物事に少々と焦りが募る。だが、その焦燥の念を取り払ってくれるこのマッシブの存在が、正に今のオレを活かし続ける原動力であるとも呼べるだろう。落ち着け。落ち着くんだオレ。ここは日々の鍛錬で鍛えに鍛え上げた我が上質な筋肉を視界に入れて平常心を取り戻すのだ。そう、そうだ。落ち着くんだ。例え上からの期待に自分らしくもない緊張ばかりに苛まれ通常のポテンシャルを発揮できない宵闇の日が続こうとも、何れはこれまでの行動全てに結果が伴うことをこの筋肉と共に信じ続ければいいだけなのだ。――オレの行動に意味があることを、このマッシブ達が証明してくれる。だから、オレはできる。オレはできる……」
その威厳のある顔付きの漆黒は、若干と控えた調子の声量で呟いていきながら様々なポージングを華麗に決め続けていく。
しばらくもの暗示に効果が現れたのか。再びと息をついたその際にも、その細く鋭い眼光を取り戻し。眼前の闇夜に輝くパステルの光景を真っ直ぐと見つめながら。その漆黒は、どこに宛てることもなく呼び掛けを行ったのだ。
「特に、主として弓を扱い、場面によっては二本の短刀を用いることで戦闘を器用に切り抜けたあの女は、各方面と対処にあたった戦力の面々を遥かに凌駕する存在感を放っていたものだ。今も、彼女が戦地を駆けていたその光景が瞼の裏で巡っている。このオレが最もと危惧する存在であることは確かであり、同時に、彼女がこの地における主戦力であることが容易とうかがえた。で、あれば、この地で繰り広げられるだろう戦争は、彼女への対応によってその勝敗が左右される、か。――風国の地の、現在の戦力を多少ばかりと把握することができた。次に、"ヤツら"風国の連中における各々の行動の基準や伝達の方法といった、対『魔族』へ控えた作戦の内部を知りたいものだが……そこのところは一体どうなのかを今知ることとしよう。正体を見抜かれることもなく、個人に課された任務をせっせとこなすことはできたか、"天"」
顎に手をつけ思考をめぐらす仕草の漆黒は、言い切ると同時に音も無く現れた後方の存在へと言葉を投げ掛けて。
それを耳にした、周囲の宵闇に溶け込む"その存在"もまた、漆黒と同様の闇に染まる衣類に身を包んだ色白の肌を晒しながら。素の声音が高いお調子者な様子で、悪戯に口を曲げた愉快げな調子で漆黒へと答えていく。
「ぅいーす、旦那ぁ。ちゃぁんと正体がバレないよぅ、こそこそと隠れながらきちんと聞き耳立ててきたもんだよ~。いやぁねぇ、何と言うかさぁ。この街ってさ、夜はともかくさ、昼間なんてやっぱ明るくって更に色合いがうるさいほど眩しいもんだからさぁ。オレも今日、旦那のような色々と大変な思いをしてきたなぁっつーもんですぁ。んだから、今日の任務にはやり甲斐や達成感を感じているってもんなんすよぉ。いやぁ、それにしてもねぇ。こんな重労働を毎回毎回と強いられている旦那はさすがっすねぇ。上の方々も、なんて人使いの荒いことですぁ。いくら旦那がムキムキとはいえ、もうちょっと旦那の身体を労ってやってほしいもんっすけどぉ」
「むっ、大変な思い、か。やはりお前には、この任務はまだ早かったか……? くっ……部下の力量も測れないとは、オレはなんて見所の無い、部下の本質も見抜けぬ目が節穴な上司なのだ……。天、すまない。どうか、こんな、上質なマッシブが特徴的且つ魅惑的でありながらも指揮官としてはまだまだ未熟である筋骨隆々なマッシブ上司を許してやってほしい……」
「んなに言ってんすか。オレも皆も、"ゾーキン"の旦那がこうして引率してくれるからこそ、バラバラで大雑把だった"オレら"が一致団結して人類に対抗することができているってもんっすからぁ。んなの、気にしないでくださぃよ。んだから、これからもじゃんっじゃん、"オレら"を良い様に使ってくださいよぉ"ゾーキン"の旦那ぁ」
「すまないな、天。そして、我が『魔族』の仲間達よ。いくらとてこの鍛えに鍛え抜かれ荒々しくも神秘的な美しさを纏うマッシブを有するオレであろうとも、ここまでこられたのも全て、こんなオレを支えてくれた仲間達がいてくれたからこそというものだ。――して、天。この敵地にて行った暗躍の報告を是非ともこの耳に聞き入れたい。天がその目で目撃しその耳に刻み込んだありとあらゆる情報を、余すことなくこのオレに教えてほしい」
「はいぁーい。んじゃぁ報告会っつぅことで色々とお教えいたしますぁー。あ、ちょっと待って旦那。今メモ取り出すから」
振り向き、後方の存在と向き合う漆黒。
それと共にして、陽が落ち闇がもたらされた夜風吹き付ける風国に、これまでと流れ行く雲の群集の陰となっていた月の光が地上にもたらされる。
その月の光は、丘の頂上で密会を行う二つの存在の姿を僅かに照らしていくものであり。それは、つい先にも不明であった"その存在"を照らし容貌をハッキリとさせていく――――
【~②に続く~】




