モンブラン
逃げるように厨房へと戻ったNPC:バーダユシチャヤ=ズヴェズダー・ウパーリチ・スリェッタが三人のもとへと戻ってきたのは、先に会話を交わしてから十数分としてからのことだった。
向こうで心の準備を整えていたのだろうか。その緊張に緊張を重ねたような。未だと慣れぬこちらの存在に怯えながら、間隔の短い弱々しい足取りのまま。いつも胸に抱えていた薄浅葱の淡く薄い青緑色の釜を裏返しにした底をお盆に、それぞれ皿に乗せられた三つのスイーツを慎重に運び込んでくる。
……スイーツ、そこに乗せてくるのか……。
少女の行動に汗のエフェクトを流しながら。問題無く無事にテーブルまで運んできたスイーツをそれぞれの手前へと差し出していくバーダユシチャヤ。
目の前に出されたのは、栗色の螺旋が段々と重なり一つの山を形成する、上にマロンが乗せられた可愛らしい小さなモンブラン。
その、繊細なほどまでに丁寧と重ねられた螺旋から、バーダユシチャヤという少女の器用さとセンスをうかがうことができる。
「え、っと、あの……ほんと、ウチが作ったものですから……その、不味かったり、する、かも……。だから……ま、不味かったら、ご、めんなさ、い…………」
栗色のキュートなスイーツとは相反して、その少女は如何にも自信無さげに、段々と小さくなっていく声でこちらの顔色をうかがうよう不安そうにそう言っていくものだったから。
こんなに可愛らしいスイーツを作れるんだ。だから、もっと自信を持ってもいいのに。と、そう感想を抱いた時にもこの口は動き出していて……。
「そんな、こんなにも美味しそうなスイーツが不味いなんてことはないだろう! だって、こんなにも丁寧に作られた、とても可愛らしいモンブランじゃないか! 見るからに甘くて、すごく美味しそうだ! カフェから取り寄せてきましたと言われたら、それに気付かず食べてしまっていたくらいだよ! というか、バーダ。もしかして、カフェの店員だったりするのかな? ……なんて」
「…………え、と。え、ぇ……ご、ごめんなさい……」
もっと自信をつけてもらおうと少女を褒めちぎった結果、むしろより一層もの不安を与えてしまったようだ。
プレッシャーを与えてしまったか。はたまた、その表現が大袈裟すぎたか。
信じられない、といった若干引き気味の顔で見られてしまい。あぁ、これは完全に裏目に出てしまったなと自身の失態にやっちまった感を醸し出して。だからこそ、この停滞した暗雲たちこめる空間を他者からの意見で空気を濁そうと、すぐさまと救いの目をマスターシェフとなるラ・テュリプへと向けていくものだったのだが…………。
「な、なぁ? ルージュシェフ。彼女のモンブラン、見栄えが素晴らしいです、よ、ね? ……えっと。あ、あぁ。まぁ、もう、さっそくこの可愛らしいモンブランにフォークを差し込んでみてもいいかな……? それじゃあ、俺はいち早くと頂くとするよ。それじゃあ、頂きまー――――」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!! モンブラァァァンッ!!!」
!?
謎の焦燥感に駆られ、急ぎとフォークを手にして早速と味を拝見しようとした矢先。目の前の、あのラ・テュリプから突然と響き渡った情熱的な甘い声。
その舌がとろけているような、一体ドコを触られたのか。突然と、深夜でもないのに甘い声を上げ出した彼女に驚き、あまりにも突然の出来事に思わずとこの思考と行動が停止してしまった――――
「あァン! はァァァン!! この、積み重なったマロン色の細く細かく繊細にくるくると巻かれたクリームのとぐろがキュートでなんてセクシーィっ!!! その大きさはネズミの通り道をくぐる小人のように小さいものでありながら! 形状は優しく抱擁してあげたいくらいににょろにょろと巻かれた、崩すのも勿体無いほどの完璧な螺旋! その形を見ただけで飴のようにこの舌で転がり出す甘美な味覚! っこの甘美が全身に伝わってくるよっ!! ッあぁ、鼻の先端や爪の先っぽまで。髪の毛の先っちょにまでこのモンブランの味が伝い出す!! ビューティフル!!! 可愛げで可憐な子には旅をさせろ! このあたしの舌の上を転がり、食道を通って胃へと辿り着きあたしの血肉の一部となって完全体へと到達するのが貴方の運命!! ――こんな贅沢な可愛いカワイイご馳走を前に、もうこの我慢がならないわ!! さぁ、貴方の繊細な螺旋に優しく触れるための清潔な銀のフォークを手に持って。辛抱堪らん、頂きまーすッ!!!」
【~次回に続く……?~】




