ホット&クール②
「トーポさんに認められたってこと。君に心当たりあるんじゃない? あの人、ああ見えてすっごく厳しい人なんだから。あの人にこんなすぐ認められてしまうということは、君はただの冒険者じゃないということよ。つまり、君は戦闘に関するセンスがあるっていうこと。とても心強いなぁ。いいや、新人君に変なプレッシャーを与えるつもりなんてさらさら無かったんだけども。でも~、この、なんでしょうね。この……こうして、目の前にいてくれるだけでホッとする、妙な安心感。どんな事態と直面してしまっても、君がこうして居てくれる限りは何とかなる気がしてくる。あっははは! ごめんね! だから、プレッシャーを与えるつもりは無かったんだって! だからそんな、ちょっと困った顔をしないでよ~! ……新人君らしい初々しさ。も~、アレウス・ブレイヴァリー君、カワイイなぁ」
その一度のメッセージに色々な内容を詰め込まれ、一気に押し寄せてきた情報量に頭がこんがらがり出す。おまけに、なんか言われ慣れない言葉まで投げ掛けられたし。
……要は、目の前のNPC:ラ・テュリプ・ルージェスト・トンベ・アムルーもまた、このゲーム世界の主人公特有であるこちらの、ゲームの主人公という特殊な存在感を曖昧にも汲み取ったのだろう。
やはり、そのゲームを攻略するために降り立った存在なだけあって。この、アレウス・ブレイヴァリーという存在は、NPCという存在に言葉では言い表せない影響を与えているということなのだろうか。
それは、主人公と相対することで自然と抱き出す、メタな感情。目の前の、あらゆる困難を乗り越えることを主体とするそんな存在と対面しては、希望を抱かざるを得ない……というものか。
こうした会話の一つ一つから、NPCから放たれる言葉のそれらからうかがうに。NPCには到底と辿り着くことのできない思考を用いて、その一つ一つに意味を見出すことができるメタな視点を持つ主人公という存在はやはり、周囲から見ると一目瞭然であるほどの異端さを放っているのだな、と。
……それはつまり、主人公という存在は、このゲームの世界に馴染むことのない。彼ら彼女らの視点で言う、非現実の具現化であることを証明されているような気もしてくるものだ。――尤も、これが良いのか悪いのかは、そのプレイヤーそれぞれによって解釈が異なることだろうけれど。
ラ・テュリプからの言葉にそんなことを考えてしまいながら。まるで別のことに思考をめぐらすこちらへと、彼女は言葉を続けていく。
「ッフフ。そのカワイらしい初々しい反応が、君が新米冒険者君であることを証している。……けれど~、あぁ、不思議ね。これは、とても不思議な感覚。その瞳の中から覗く力強さは一体なに? "君の中に宿る何か"が、このあたしに勇気を与えてくれる。……それは、目の前の困難にもめげず立ち向かう、勇敢な心。そこからは~……使命? かな。トーポさんの言うとおりに、どうやら君は何かを背負って冒険をしていることがうかがえるわ。その使命が何なのかまでは判らないし、多分、それは君の口から説明をすることもできないことだと思える。――だからこそ、こんな不思議な思いにさせてくれる君に、あたしは期待を抱かざるを得ないの。これもまたプレッシャーになっちゃうかな? フフッ。でも、"君の中に宿る"、その"何か"の輝きに見惚れちゃって。この、何となくな直感が、とても正しいようにも思えてくるんだ。アレウス・ブレイヴァリー君。君の今後に、あたしは期待をしているよっ!」
それは、彼女自身が一人納得をして終えた一連の流れ。云わば、NPCに話し掛けた際の、NPCが一人喋り一人で話を終える独り言のようなもの。
自身の言葉に自身で頷いているラ・テュリプ。まぁ、彼女は彼女でこちらに思うことがあるんだろうな。と、彼女から期待をされていることのみ理解することができた独り言にただ作った微笑を見せることしかできずにいたこの主人公アレウス。
それを最後に、このイベントを終えたのだろうか。話に一旦もの区切りがつき、この途切れた間を察しては、それじゃあ晩御飯を注文しようかと厨房へ向かおうとした……その時だった。
ふと、厨房の扉がおもむろに開き出す。
そこからひょっこりと現れたのは、昨夜にも初めて出会った一人の少女。
百六十三ほどの身長。黒、焦げ茶、暗めの赤という色々が混合するチェック柄のポンチョと。真っ黒に染まる、ロングスカートのような七分丈のガウチョパンツ。真っ黒なロングマフラーで口元や鼻を覆い隠し。焦げ茶の運動靴。ふくらはぎ付近にまで伸ばした、深緑の青みと黒みが強いとても濃い緑色の超ロングヘアー。華奢な輪郭からはみ出る、黒い縁の大きな丸メガネ。その瞳もまた黒く、大事そうに、抱き締めるようにその胸に抱えている薄浅葱の淡く薄い青緑色の釜がまた一層と。そして、何だか不安げな表情がやけに印象的な彼女が、こちらの様子をうかがうように口を開いた。
「あ、の。テュリプ・ルージュさ――――あっ。えっと……こ、んばんは、アレウス、さん……? と、ミント、さん……? えっと、あの。み、皆さん、って、言った方がいいのかな……? ……その、テュリプ・ルージュさん。……その、スイーツを作ったので。その……プロの味覚に合うかはわからないけれども……よ、よろしければ、味見、してくださいませんか……? その。アレウス、さん。と、ミント、さん。の、分もありますので。その…………よ、よかったら……いえ、ご、ごめんなさい…………」
弱々しい声で呟くように喋る、NPC:バーダユシチャヤ=ズヴェズダー・ウパーリチ・スリェッタ。
しどろもどろな口調と、落ち着きの無い動き回る視線が少女により一層もの焦りを促し。それは直にも、急に涙ぐんだ調子となって半泣きな表情となってしまうものだったから。そんな少女のもとへと、ラ・テュリプは若干と仕方なさそうに声を掛けていく。
「シーちゃん! 悪いことなんて何も無いのだから、謝らなくてもいいの! 声を掛けることは、悪いことなんかじゃないんだから! だから、ほら! もう少しだけ頑張ってみて! シーちゃんは、アレウス君とミントちゃんの二人に何を伝えたかったの?」
「うぅっ、うぅっ……えっ、と。あの……あ、あ、味見……。ウチの作ったスイーツ。二人にも、味見、をしてほしくって……」
「それじゃあ、それをあたしじゃなくて彼らに伝えてみよっか?」
「うぅぅっ…………」
その目に、今にも零れ落ちそうな雫を浮かべてしまいながらも。ラ・テュリプの言葉に背を押されながら、泣き出してしまいそうな顔でバーダユシチャヤは呟くよう弱々しく言葉を続けていって……。
「……あ、あ……れうす、さん。み、んと、さん……。……そ、その。ウ、ウチの作ったスイーツ……美味しい保証なんて無いけど、それでもよかったら……その。た、食べてくれませんか…………?」
「よくできたわね。偉いよ、シーちゃん!」
ラ・テュリプに褒められ、その半泣きな表情で弱々しく微笑むバーダユシチャヤ。
……次の時にも、この視界に現れた二択の選択肢。それは選べる形式で、そのどちらを選ぶのもプレイヤーの自由ではあるものだが……いくら冗談と言えども、上とは異なる内容の、下の否定的な選択肢を選ぶ勇気なんてとても無かったために、ここはもう上の肯定的な内容を選ぶ他にないだろうと思い速攻と選択する。
「あぁ、バーダの作ってくれたスイーツをぜひとも食べてみたい」
「このミント・ティーも、バーダユシチャヤ様が丹精込めて作ってくださったスイーツを頂きたい所存です」
「うぅっ、うぅっ……ただいま、お持ちいたしま、す…………っ」
ミントと共に返した言葉に、未だと怯えた様子のまま逃げるよう厨房へと戻っていくバーダユシチャヤ。そんな少女に、ラ・テュリプと顔を合わせては互いに苦笑いを見せていく。
こうしてまた新たなイベントと直面したことで、その内容に和やかな期待を抱きながらバーダユシチャヤのスイーツを待ち始めたのであった。
……ものだったのだが。まさか、その内容がこの期待に沿うこともなく。ある意味で、斜め上のその先へと突き抜ける内容のそれと直面することによって。俺は、この次に出くわすイベントによって、ラ・テュリプというNPCに対する考えを改められることとなってしまうとは、とても思いもしていなかったものだ…………。
【~次回に続く~】




