ホット&クール①
昼間にも勃発した出来事をトーポに報告し、その内容もまた考慮の欠片として、フェアブラント・ブラートと話し合ってみるよと礼を伝えられた。
そして、この日にやるべき一通りのイベントが済んだのか。それ以降というものは、特にこれといった出来事が起こることもなく、この日はただ平穏と過ぎ去っていったものだ。
その夜も、個室で身を休めながらミントと他愛の無い会話を交わし。ふと、それじゃあ晩御飯にしようかと提案し、腹を空かせた少女と共に個室を出て。宿屋の廊下を通り、その扉を開けて宿屋の食堂へと赴いたところであり。
図書館のような宿屋のラウンジとは雰囲気がまるで異なる、昼間の風国のように明るいその食堂。ラウンジや個室とは質の違う照明が使用されているのか、その意図して工夫された目を見張る変化のそれに。なんとも、優しさと鋭さの対比な一面を持つトーポらしいちょっとした趣に毎度と驚かされてしまう。
落ち着きの焦げ茶には表せない、清潔な白と灰の配色が眩しいほど光るこの室内を見渡していく。
そして、真っ先と目に付いたその箇所へと視線を向けては、また新たなイベントを予感させるNPCの配置に、意識は自然とそちらへ向いてしまっていたものだ。
食堂の中央。ユノ御一行がいつも腰を下ろし、食事や会話を行っている席に着いていた一人の存在。大人びた横顔ではあるが、その存在感自体は熱く燃え滾る、熱血のような火照る雰囲気を醸し出すNPC:ラ・テュリプ・ルージェスト・トンベ・アムルーが、頬杖をつきながら真剣な表情で本に目を通していた。
「こんばんは、ルージュシェフ」
「んー? あぁ~、こんばんは。アレウス・ブレイヴァリー君とミント・ティーちゃん。っあら~。いつも二人一緒にいるけれども、本当に仲が良いのね~。これから二人でお食事? あ、ちょっと待っててねっ。今ここ空けるからっ!」
そう言い、テーブルの上に広げていた数冊もの本を慌しくどかしながらテーブルに空間を作り出すラ・テュリプ。
お構いなくと一言を伝えたものの、その時にも、彼女の迅速な行動によってあっという間と綺麗になったテーブルの上。ただそれらの本を他のテーブルへとどけただけという迅速なそれに、如何にも一仕事を終えたとふぅっと一息を挟みながら額を拭い情熱的な表情で満足そうにしている。
なんだかんだで色々と個性が強い彼女に手で席を催促されて。失礼しますと、ミントと共にラ・テュリプと相席をすることになり。
腰を下ろし、目の前のラ・テュリプも席に着いたところで。この真昼の際にも起きた騒動に関するあることで、こちらから言葉を投げ掛けていくこととなったのだ。
「昼の時に起こった、モンスター襲撃の騒動。俺の一番近くで起こっていたその騒ぎも、全てユノに任せる形となってしまいました。俺も力になれたらと思い、『魔族』の迎撃作戦に参加したというのに。女の子であるユノ一人に任せてしまい、俺はただ何もできず、すみませんでした」
第一声から、俺なりの真剣な話であることを察したのか。手に持っていた本をテーブルに広げ、そちらへと注ぎ始めていた視線を真っ直ぐとこちらへと向けてくるラ・テュリプ。その暑苦しいほどの、燃えるような真っ直ぐな視線を浴びる中で、こちらは昼の時のことを謝っていく。
そんなこちらの謝罪に、ラ・テュリプは大人びた調子で口を開いた。
「っんー。まぁ、今回は今回。また次回があるだろうから、その時はまたお願いね、アレウス・ブレイヴァリー君。んまぁ、次回が無い方がいいことに越したことはないのだけれどもっ」
冗談めかした調子で微笑しながら。そのホットな瞳や存在感とは対となる、クールで落ち着きを払った声音で真っ直ぐ優しくそう口にするラ・テュリプ。
開いていた本をそっと閉じていき。両肘をテーブルに乗せて手に顎を乗せながら、そのホットでクールな視線を真正面から向けてくる彼女はそう続けていったのだ――――
「今回の作戦にユノちゃんが加わってくれて、本当に心強くて助かるものね。勿論、アレウス・ブレイヴァリー君。君もこうして力を貸してくれることに、あたしは感謝をしているの。こういうものは、人手が多い方がそれだけでも有利になるものだから。ただ、この、『魔族』の迎撃作戦。新米冒険者君である君にとっては、とても耐え難いプレッシャーが圧し掛かってしまうものかもしれない。だから、自分も頑張ろうと意気込むのは大変良い心掛けなのだけれど。絶対に無理はしないように。命を落としてしまってからでは遅いから。――っふーん。君がトーポさんに頷かれたその理由。今、こうしてまじまじと見つめてみて、ようやくと判ったような気がするなぁ」
「オーナー、トーポに頷かれた理由? ですか」
「トーポさんに認められたってこと。君に心当たりあるんじゃない? あの人、ああ見えてすっごく厳しい人なんだから。あの人にこんなすぐ認められてしまうということは、君はただの冒険者じゃないということよ。つまり、君は戦闘に関するセンスがあるっていうこと。とても心強いなぁ。いいや、新人君に変なプレッシャーを与えるつもりなんてさらさら無かったんだけども。でも~、この、なんでしょうね。この……こうして、目の前にいてくれるだけでホッとする、妙な安心感。どんな事態と直面してしまっても、君がこうして居てくれる限りは何とかなる気がしてくる。あっははは! ごめんね! だから、プレッシャーを与えるつもりは無かったんだって! だからそんな、ちょっと困った顔をしないでよ~! ……新人君らしい初々しさ。も~、アレウス・ブレイヴァリー君、カワイイなぁ」
【~②に続く~】




