未知と既知
「正直、私にもよくわからないの。『魔族』は恐いようで恐くない。対のことを口にしているものだけれども。でも、この気持ちを言葉にするのなら、それが最も適当な表現のように思えてくるの」
活発でハキハキとしたユノにしては珍しい、なんとも曖昧な返答を耳にして。今までに無い少女の表現を聞いてからというもの、その返答にただ不可思議な顔で首を傾げることしかできず。
そんなこちらの様子とはまた別として。ふと、顎に手をつけて、何かを探るかのよう考えをめぐらせ始めたユノ。――彼女もまた不思議そうな様を見せながら。こんなことを独り言として零し始めたのだ。
「そうねぇ。『魔族』、という存在自体には、とても興味を惹かれるものがあるのよ。……そう。とても恐い存在である、と。そんな認識は、ぼんやりでありながらも頭の中でしているの。――でも、これは何と言うのかしら。うぅん。えっと……この、イマイチ定まらない気持ちにピッタリと当て嵌まる言葉がまるで見つからないわ。ただ、"彼ら"のことを考えると。とても、複雑な気持ちになるの。――"彼ら"はとても恐ろしい存在だわ。そんな"彼ら"の大きな存在感に、今もこの心が飲み込まれてしまいそうになる。……いつもであれば、だからこそ、そんな大きな謎の存在感にとても興味が湧いてきて仕方が無い!!! …………っていうのが、今までの私。でも、今回ばかりは、何かがちょっと違う」
パフェを突っ突いていた手を止めて。同時に、いつもと異なる調子の彼女に、俺も、ミントも、そして彼女自身までもが謎めいたその言葉達の意味を探るためにそれらへと意識を向けていく。
「……珍しく、まるで興味が湧いてこないの。未知の脅威に対して、全然ワクワクしてこない。もっと"彼ら"のことを知りたいとも思えてこない。もっと言ってしまえば……"彼ら"のことが、心底どうでもいいの」
「どうでもいい……?」
「うん。……何て言うのかな。そこまでしなくても、もう……既に知ってしまっているような気がしてしまえる。勿論、『魔族』という種族が存在していることを知ったのは、つい最近のこと。だから、最初にその名前を聞いたときは、わぁ! すごい! これは未知だわ!! って、新たな未知との出会いにとっても喜べた。――でも、それだけだった。私にとって、『魔族』という存在は興味の対象にはならなかった。そうね、これは言ってしまえば……それは既知の存在である。とでも言えるかしら」
既知の存在……?
初めて知ったばかりでありながらも、それは既に知っている存在で、興味がまるで湧いてこない。
未知を追い求め、危険を顧みず様々な場所を巡り冒険を続けてきたユノが。まさか、これほどまでと危険な未知を持つであろう存在に、まるで興味を示さないという異常な事態。……いや、それはさすがに大袈裟な表現かもしれないが。しかし、ユノのキャラクター性を鑑みた際にも。既知の存在として"それ"が認識されていたのは、様々な事象や存在に更なる謎を呼び込むこととなったのは確実だ。
ユノは何故、未知を求めるにあたってこれほどまでと好都合な『魔族』という存在に興味を示さないのか。そもそも、彼女にそう言わしめる『魔族』とは一体、どういった存在であるのか。
彼女は何故、『魔族』を既知している? そもそも一体全体と、『魔族』とは何なんだ?
……考えれば考えるほど、余計にわからなくなってくる。
わからないことをこれ以上考えたところで、それ以上もの進展はまるで望めないだろう。そう思い、一旦とこの思考を止めることにしたものではあった。……が、しかし。その思考を言葉にしてまとめたからなのか。自身の、『魔族』に対する思いを口にしてからというもの、その本人がやけに考え込み始めて……。
「……あら? でも、それじゃあ、どうして私は『魔族』という存在に興味が湧かないのかしら? …………うん。うーむ。……んぅー?? …………そう考えると、何だか……『魔族』という存在が気になってきちゃったわね……ッ! ――未知ね。これは未知よ!! どうしてなのかしら!? なんで、私は『魔族』に興味が湧かないの!? これは未知だわ!! これは新たな未知との遭遇よ!! この未知を知りたくて仕方が無いわッ!! あぁ、すごい!! こんなにも興味が湧いてくるだなんてッ!! この、胸を熱く締め付けてくる感覚!! 心臓から頭のてっぺんにまで! 指の先へ! 足元にまで伝い出すこの熱い感覚!! 知りたい! 知りたい! もっと、もっと未だ見ぬ未知を知りたくて仕方が無くなってきたわッ!! あぁ。もう、我慢できない……!! この未知を知るためにも、『魔族』と遭遇してみたい!! トーポおじさまから、既に話を伺っているの!! あぁ! この街に来るであろう『魔族』。この未知を知るためにも、早く来てくれないかしらッ!!」
縁起でも無いことを言うんじゃない。
あまりにも恐ろしい言葉を、その瞳を輝かせながらハキハキと口にし始めた彼女に戦慄が走り出し。しかし、そんな少女の、いつもの調子が戻ってきたことにはある意味と安心までしてしまえて。
結局、ユノの言葉によって更なる謎が刻まれることとはなったが、これ以上と考えたところで仕方が無いために。この後というものは、『魔族』ウェルカムなハイテンションの少女と共に三人で宿屋へと戻り、街で起きた騒動をNPC:トーポに報告してから、個室に戻ってミントと共にこの身を休めたものだ――――
【~次回に続く~】




