"ヤツら"②
……それは、あまりにも突然の知らせだった。
そんな、突然、この場所があの『魔族』に狙われてしまっているだなんて言われたら。例えそれがただの仮説であろうとも戦慄が走り怯んでしまうに決まっている。それを、トーポの口から伝えられて。それからというもの、ほぼ唖然といったあんぐりな口を開けたまま言葉を零してしまう……。
「……ここ、ですか……!? でも、だって。まだ、『魔族』が現れたと話題にも上がっていない――」
「フェアブラント・ブラートと思考を共有した結果、"ヤツら"は、ある一定の周期で行動をしていることが読み取れてね。それで、その周期を参考に仮説を立てたんだ。――ところで、マリーア・メガシティの一件からそれなりの日にちが経過した現在。この仮説が正しければ、"ヤツら"がその破壊活動を開始するのもそろそろな頃合いだろうね。僕の読みで言うと、きっと……本来であれば、今日。そして、遅くても明日か明後日にでも、この風国に『魔族』が襲来してくると見ていたんだよね」
「き、今日……!? か、明日? 明後日……!?」
あれほどの脅威を持つ存在が、本来であれば今日。遅くても明後日にも集団となってこの街に襲い掛かってくる。
それが飽くまで仮説であろうとも、さすがにそんな、あんな強大な力を持つ輩が明日にも来ますよと急に告げられてしまっては、心の準備も装備の準備も、あらゆる用意が完了していない今の状況に焦りだけが募ってしまう。
……驚きで言葉も出ないこの口。あんぐりと開けたままの間抜けな表情を晒していくこちらの様子を見ては。トーポはその横線のような細い目で、まるで、からかいを思わせる悪戯な微笑みを浮かべてそう続けてきた。
「――と、いうわけさ。今日中に"ヤツら"が現れなかったことは、この僕からしたら、これは随分と運の良いことだったね。まぁ、君達からすれば、これほどと運の悪いことなんて早々出くわすこともないだろう。さぁ、実力者がこの街に集った。で、あれば、この街で宿屋を経営する、この街が大好きな人間である身がまず速攻と思い浮かべる、とある思惑。――さて。あのフェアブラント・ブラートに信頼されし期待の新星であるアレウス・ブレイヴァリーに、ある頼み事をお願いしたい」
メガネを直す仕草を挟み。一方で唾を飲み冷や汗を流すこちらの様子を見計らってから。この宿屋のオーナーであるNPC:トーポ・ディ・ビブリオテーカは、このゲーム世界の主人公である俺に。このゲーム世界の行方を定めるであろう、至極重要となるクエストを依頼してきたのだ――
「この街に襲来してくるであろう、『魔族』という危険極まりない輩の撃退作戦に加わってもらいたいんだ。生憎、この街の防衛班や護衛隊は他の地域へと出向いてしまっていて、今は圧倒的な戦力不足に陥っているのが現状。……尤も、そんな彼らの集団に匹敵する実力を持つテュリプ・ルージュが来てくれたことで、その戦力不足はプラマイゼロとなったわけだが。それでも、『魔族』という勢力を相手にするには相当力不足であることは目に見えて判ってしまえる。そこで、まだまだ駆け出しであるという君にも、この『魔族』撃退の作戦に加わってもらいたいと考えているんだ。生へ執着する君にとっては、これほどと出向きたくない頼み事は他にないことだろう。そういうこともあるから、この撃退作戦の間、君への待遇はとても手厚いものにさせてもらうつもりだ。なんなら、命に値するであろう多額の金も、前払いとして支払うことも可能だよ」
その声音を低く下げて。先までの穏やかで温かな音を微塵にも思わせない、真剣味を帯びた鋭い調子へ変貌しながら。周囲を歩き回りながら説明を施していき、こちらへと向いてくるトーポ。
「駆け出しである冒険者にすがらなければならないほど、今、風国は存亡の危機に陥ってしまっている。その中で、こうして現れた一人の少年。あのフェアブラント・ブラートを認めさせた人材がいるとなれば、こんなチャンスを逃すわけにはとてもいかない。それに……君であれば、なんとかやれそうな気がしてしまうんだ。不思議な気持ちだよ。今まで色んな冒険者を見てきたけれども、ここまで期待を抱けてしまえる人材は初めてかもしれない。君の何が、僕をここまで期待させるんだろうね。その存在感が、この絶望的な状況に希望を見出せてしまう。なるほど。こうして、こんな立場に置かれてしまったからこそ、あの彼がこの少年を認めた理由が判った気がしたよ」
それは、このゲーム世界のNPC達が。主人公という特殊な存在である、アレウス・ブレイヴァリーという一人の男に対して抱いてしまえる不思議な感情。
このゲーム世界を導く絶対的な引力を持つ存在を前にして、トーポという彼もまた、この存在に希望を見出し期待をしてしまっている。
……まぁ、尤も。それが例え、彼からどんな期待を抱かれようとも。その頼み事は、この命を落とす可能性が大いに有り得るという至極危険な作戦であろうとも。このゲーム世界に主人公として降り立った以上は、『魔族』というこのRPGの目的が姿を現すメインクエストを受けないわけがない――
「オーナー、トーポ。貴方からの期待や希望はとても嬉しいです。でも、そんな貴方からの期待や希望とはまた別に。俺は、俺という存在が在り続けるために。この世界に訪れた理由のために。俺は、自分のために『魔族』という存在に立ち向かうつもりでいます。こうして、『魔族』という存在と連続で関わってしまうのも、きっと何かの縁でしょう。――この俺でよければ、この街の力となりたいです」
「……ふむ。どうやら、君はとある信念か使命を抱いてその冒険を始めたのだと見て取れる。そして、その信念か使命かは、『魔族』と相対することで満たされる、か。……面白いね。君の生き様を見届けることも、こうして老いながら生き続ける中での楽しみとなりそうだ。協力、心から感謝をするよ」
その不敵な笑顔のまま、こちらへの歩みを始めるトーポ。
ゆっくりゆっくりと歩いてくる彼へと手を差し伸ばし。そんなこちらの手を、彼もまた伸ばした手でしっかりと握り締める。
互いの意志が宿る表情を双方それぞれ真っ直ぐと確認して。力のこもった強い握手を交わし。直にも、離された手の温もりが残るその中で、トーポは話を始めた。
「ここ最近、この周囲に広がる地域、デスティーノ・スコッレと風走る渓流に巣食うモンスターや生物が凶暴になった。まだ断定ができたわけではないが、恐らく、『魔族』の出現と大きく関わっていることだろうね。既にテュリプ・ルージュから話を聞いているよ。君とミズシブキちゃんも、その餌食となってしまったことを。そして今、ドラゴン・ストームのような危険度を誇る凶悪なモンスターも、あの地域やその周辺をうじゃうじゃと徘徊していることだろう。この作戦を遂行する際にも、そんな凶悪な存在達にくれぐれも気を付けてもらいたい」
話しながらカウンターへと移動するトーポ。カウンターの上に乗っていた本をごそごそと退けながら、この話を続けていく。
「この作戦を指揮するのは、テュリプ・ルージュ。彼女もまた、この依頼を快く受けてくれた勇敢なる戦士だ。彼女は女性ではあるが、この世界では男や女なんて関係無い。彼女は、その単身で大きな勢力に匹敵するほどの戦力を有する歴戦の戦士さ。その実力も、桁外れの能力を宿している。この作戦中は、彼女と共に行動するといいだろう。なんなら、僕の方からアレウス・ブレイヴァリーを率いるよう彼女に指示しておくとするかな。それと~……まだこの件とは全く関係の無い彼女らではあるが、その内のユノちゃんにも、明日にもこの件を依頼してみるつもりでいる。ただ、ミント・ティーちゃんとミズシブキちゃんはこの作戦に加えないつもりでいる。彼女らには、この件は荷が重過ぎる。後は、そうだね……明日の早朝にも、この街の下見を済ませておくといいだろう。指示や命令が下った際に、その地形を把握してあるだけでも生存率は大幅に上がる。装備も整えたりしてくれ。その額を言ってくれれば、全額こちらから負担させてもらうよ。あぁそうそう。君はこれから、その萌える命を無謀へと投げ遣る駒の一つとなるわけだから、それ相応となる手厚い待遇をさせてもらうよ。というわけで、この宿屋に滞在する間は、あらゆることにおける出費を全てこちら側で負担するし。希望のある物を用意することだってできる。あとは~……魔法使い系統の職業であれば、この僕自らが稽古をつけることだってできるからね。まぁそういうわけだ。また何か、不明な点があったら遠慮無く訊いてほしい」
ごそごそと机の上から色々な本を取り出してきたトーポ。それを重そうに抱えてはこちらへと歩んできたため、すぐさまと駆け付けてトーポの手助けへと向かう。
手で支え代わりに受け取ってくれた少年へありがとうと一言を伝え、手が離されると同時にこの両手にずっしりと圧し掛かる本の重量。
何冊も積み重なった本。視線を落とし表紙を見てみると、そこには、風国の案内やら歴史やらが書いてあると思われる分厚い本や。ちょっとデフォルメされたモンスターのイラストが書いてあることから、これは図鑑だろうか。その他にも、武器や防具の写真が貼られた本やら、植物や生物の図鑑か。様々な知識を得ることができる本を大量に手渡されたその中で。NPC:トーポ・ディ・ビブリオテーカは、そのメガネを直す仕草を交えながら。主人公という特殊な存在であるこの少年へと、その言葉を託したのであった――
「若い頃は、さぞ皆に迷惑を掛けてきたものだ。そして、その癖は今も続いていて、どうも意地悪な喋り方をしてしまう。だが、そんな性根の捩れた僕にも、大好きなものがあってね。それを守りたくって守りたくって、今はすごく必死となっているんだ。――ここは、風国。自然と共に築き上げてきた、風との共存という由緒正しき歴史が形となったこの街も。『魔族』という厄介な存在の手に掛かれば瞬く間と崩壊させられ、歴史もろとも崩れ去って生命を屠られてしまうことだろう。これは、君達にとっては大変な重荷となってしまうかもしれない。だからこそ、僕は君達がより最良な判断を下し行動を起こせるようなバックアップをするつもりでいる。こんな、日々老いぼれていく爺の戯言に付き合ってくれてありがとう。この先の、まだまだ未来の明るい若人を死なせるわけにもいかないから。君達のこの先に期待をしているから。僕は老いぼれ掛けているこの身でありながらも、全力で君達を助けていきたいと思っているよ。…………こんな大変なことを引き受けてくれてありがとう。アレウス・ブレイヴァリー。この街にいる間、どうか……よろしくね」
【~次回に続く~】




