笑顔の仮面
「やぁ、アレウス・ブレイヴァリー。と、ミントちゃん。ちょっといいかな? 隣に座らせてもらうよ」
振り向くと、そこには宿屋:ア・サリテリー・インのオーナーであるNPC:トーポ・ディ・ビブリオテーカが佇んでいて。
その、横線のように細い目で。ニコニコな表情が印象的な彼に、俺とミントは軽く会釈をしたものであったが。……そんな、ニコニコな表情を浮かべたまま、ふと姿を現し話し掛けてきた彼と。この後にも、ある会話を交わすこととなったのだ――
「あ、よっこい、しょ。っあぁぁ、こうして腰に気を使わなければならないだなんて、老いというものは生きる上で避けては通れない、時の経過と共に迫り来る本能的な恐怖だね。まぁ僕のことは、この際別にいいんだ。やぁ、改めまして、初めまして。アレウス・ブレイヴァリー。ミント・ティーちゃん。この宿屋:ア・サリテリー・インのオーナーの、トーポ・ディ・ビブリオテーカという者だ。僕も若い時に、君達のようにこの偉大な世界を冒険して回っていた時期もあったものだ。あの時は、刺激を追い求めし冒険者の端くれとして、のびのびと冒険を楽しんでいたものだったね」
その見た目通りの、とても落ち着きを払った彼の調子に安心感さえも抱けてしまう。
少々と時間を掛けてイスに腰掛けて。ふぅっと一息をついたところで改めての紹介をつらつらと行ってくれる。そんな彼からの紹介を与って、こちらもまた同じような紹介を織り交ぜたところで。トーポは顎に右手を付けながら、何か面白可笑しそうにこう喋り掛けてきたのだ。
「そんな僕から見ても、彼女のパワフルな行動力には目をみはるものがある。あぁ、彼女というのはユノちゃんのこと。ユノ・エクレール。あの子はとても元気な子だ。どんな災難に見舞われようとも、その足を止めるどころかその先へと突っ走って行ってしまう。とても大胆で面白い性格をしているけれど……裏を返せば、未知の探求と表し望みもしない死に場所を日々追い求める、恐れを知らない愚かなるこの世の迷い子だ。ああいう子の最期というものは、割と呆気ないもの。だから、こうしてまた彼女の姿を見れただけでも幸運なことだったね。彼女は、幸運の下に生かされている。――いいや、はたまた……死ぬことをまだ許されていない、この世界に必要とされている、ということかな」
……なにやら意味深な話し方を行うトーポのペースに、この心にざわめきが過ぎり出す。
何せ、その見た目と反して、その言い方といい言葉遣いといい、結構鋭いものを感じ取れてしまったからだ。
落ち着きを払った雰囲気も相まって、トーポという穏やかでのんびりな明るさを宿していたキャラクター性に陰りが見え始める。……正直、この瞬間にもトーポというキャラクターのことが怖くさえ思えてきた。
「えっと。幸運によって生かされているとかは、まだまだ冒険者の駆け出しである俺にはよく分からないところがありますが……。でも、ユノのパワフルさには毎度と驚かされてしまいます。まぁ、今現在、その毎度があまりにも頻繁だったために、その驚きもいつの間にか無くなってしまい。あぁ、いつものユノだなぁ。と、彼女の、コロコロと忙しなく巡る欲求のペースに慣れてしまった自分もいたりしますが」
「ハッハハハ、同意見だ。そして、君の体力にもまた、目をみはるものがあることも判ったよ。僕も一時、彼女と旅を共にしたときがあった。いやぁ、年をとったからだったかなぁ。とてもあの元気な姿についていけなくて、途中でギブアップしてしまったものだよ。そんな彼女についていけるのも、若さ故の至りなのかもしれない。あの彼女がもたらしてくれるスリル満天な冒険を、もっと若い頃に経験してみたかったものだ」
先の陰りとは打って変わり、その雰囲気を穏やかな調子へと戻して微笑むトーポ。
……年をとったとか、若い頃はと彼は言っているものだが。その外見自体はパッと見で見積もっても四十代前半。そう伺えるように、自身のことを年老いたと言う割にはそれなりと若そうなトーポの姿に、彼の言葉にどうしても首を傾げてしまう。
……まぁ、時の経過と共に迫り来る本能的な恐怖と言っていたように、トーポは老いを恐れている人物であると認識すればある程度と頷けるものではあるが。
そんな、引っかかってしまった彼の言葉に色々と考えてしまっていた中で。少しもの間を置き、トーポはこう言葉を続けていく。
「先にも、冒険者の駆け出しと言っていたね。でも、それにしては随分と肝が据わっている表情をしている。どうやら、これまでの道のりでそれなりの困難を乗り越えてきたみたいだね。君のそのさり気無い顔付きからも、僅かでありながらも質の良い経験の数を伺える。そして、これからも困難と出くわすであろう君の未来が、僕は何だか楽しみに思えてきたよ。どうにか、その道中にて野垂れ死なないでおくれ。若き人間の成長を見守ることが、この、日々老いが進行していく過程で見出した唯一の楽しみの一部なんだ。君の成長には目をみはるものがある。ハッハハハ、ユノちゃんはまた、面白い話を持ち込んできてくれたものだ」
「は、はぁ。ど、どうも。俺としても、こんなに充実した冒険の日々を手放したくなんかないので、この世界に必死にしがみ付いて生きることに執着してやろうと思っております」
「生きるためにもがく覚悟を持つ。冒険者としての、必要最低限もの心得は有しているようだ。何となくを理由に外界をほっつき歩くお花畑の輩と種類が異なる人間みたいで、久方に好感が持てる人材と出会えた気がするよ。君とは良い酒が飲めそうだ」
「ぜひ、ご一緒したいものです」
やはり、その所々に表れる鋭い調子に若干と怯んでしまいながらも。また期待されてしまった目の前からのプレッシャーに。いや、このゲーム世界の主人公として生きる上での、ある意味でのお約束を受けてはただ頷くことしかできずにいた。
…………その中で、この話題を終えたところで。ふと、急に、トーポはこちらへと顔を寄せてくる。
急にどうしたのか、彼の接近に若干と驚きながらも。耳元に寄ってきては、小声で、NPC:トーポ・ディ・ビブリオテーカはある話題を振ってきたのだ――
「……実は、既にブラート、フェアブラント・ブラートから話を伺っていたんだ。彼のお使いを受けた、彼の大切な存在であるミズシブキちゃんを、信用に値する少年少女に託してこちらに向かわせた。とね。そこにテュリプ・ルージュも混ざっていたとは思わず、ユノちゃんの未知を運び込む質には毎度と驚かされてしまうものだが。まぁ今はそれは別にいいんだ。で、フェアブラント・ブラートという、この僕が知る限りで一番か二番かと用心深い彼からこれほどの信頼を得た人物なのだ。――むしろ、それほどの面構えをしていなかったら。今頃、僕は、冒険者という浪漫を追い求めし探求者を侮辱する舐め腐ったその存在に憤りを表し、そんな存在に大切な少女を託したあの彼へ失望の念を抱いてしまっていたことだろう。というわけなんだ、アレウス・ブレイヴァリー。あの彼から信頼を得て、又、彼と共に"ある出来事"と深い関わりを持つようになった君に限っては、僕、他よりも少々と厳しい目で見ているんだよ…………」
【~次回に続く~】




