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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
四章
210/368

蛇蝎

 灯る焚き火が鎮火し、その場に降りた宵闇が閑静を運び込む。

 寝息が地を這う、吹きすさぶ夜風がどこか騒がしいこの空間。灯り一つも無い無防備の安全地帯にて、その存在は長身に背を向け合う形で佇んでいた。


 黄緑の若葉一式に包まれた、身なりの良いタキシード。同色の中折れハットにかざす左手はそのままに、紅葉のようなショートヘアーと瞳が不敵であるその存在は。背後からの言葉を耳にし、口角を吊り上げ紅の三日月を浮かべてから。その口元を静かな笑みへと変えて、至って平然とした様で背の長身へと言葉を投げ掛けていく。


「いやいや、このボクとしても驚いたものだよ。これはなんという偶然なのだろうか。――やぁ、久方ぶりの再会だね。元気にしていたものかい?」


「あぁ、こいつぁ全くもっての偶然な出会い~……なワケがねェだろうよ。わざわざと律儀な潜伏までしておいて、お前さんが勝手に尾行してきたもんのどこが偶然と呼べるのか。この"オレ"にぁよくわからんもんだねェ。…………それにしちゃあ、お前さん。オレの前に、よくその面を出しに来れたもんだな」


「面を出すも何も、出てこいと言ってきたのはキミの方じゃないか」


「…………」


 口元を捻じ曲げ嫌悪を表に出す長身と。その様子にふっ、と笑みを零す美青年。

 やり辛いと言わんばかりに頭を毟る長身は、その眉間に怒りの色を浮かべながら言葉を続けていく。


「じゃあ、このオレから呼んでおいてすまねェもんだがぁ~。……お前さん、とっととこの場から消え失せてくれや。お前さんの臭いが。お前さんの存在がこの鼻にこの視界にチラつくだけで不快になっちまう。お前さんという生命体が、心底大嫌いなんだよオレは。…………まぁ、こうしてお前さんに"見つかっちまった"ものだから。こうなりゃあ易々と見逃してくれるとは思いやしねェがな」


 それは平然を装った強がりの調子。

 その言葉の中に。この緊張する喉奥に潜めた心からの感情を必死と抑え込みながら。しかし、若干もの震えを交えたそれを発して。背を向き合う長身の様子に笑みはそのままに、一方として美青年の彼は溢れんばかりの余裕を以ってして口を開いていく。


「ふふっ、話が早くて助かるよ。こうしてキミを見つけ出せたことは、実に幸運なことだった。生憎、"キミをこの世界に野放しとするのは少々と厄介"なものでね。そうさ、この"ボクら"からすると、キミという存在はただただ邪魔で仕方が無いんだ。――が、今回ばかりは条件付きで見逃してあげるとしよう。というのもね、いやはや、ボクがこうしてキミを見つけ出せたのも、とある偶然に過ぎないものであるから。それでいて、今回に限っては"ボクら"とは別となる、"ボク個人"の目的があるものなんでね。そのため、今回に関しては"ボクら"とは全く関係の無い、ボク個人の用事を済ませるためにも、特別にキミという厄介な存在を見逃してやってもいいんだ。ただ、さっきも言ったように。とある条件付で、ね」


 美青年の言葉に、その長身は思わずと唖然を見せる。

 ――次第に、その長身が口にしたのは……必死となって抑え込んでいた、心からの恐れとなる感情。


「? ?? ??? ……お前さん、一体何を企んでいやがる……?」


「ふふっ、あーあー、待てよ。いくら五感が鋭いとはいえ、いくらなんでもそれは察しが良すぎるんじゃないかな? ――その答えは直にも、この会話の中で鮮明となることだろう。ふふっ、これは、ボク達だけの内緒だよ?」


 しーっと、その指を口元に当ててサインを示す美青年。互いに背を向けたその状態で、だが、共に尋常ならぬ能力を宿す双方による、互いの動作が筒抜けであるこの空間にて。このミステリアスに過ぎる思惑に恐怖を抱き怯んでしまう長身に、その美青年は続けていく。


「ところで、本題に入る前に少しばかりと他愛の無い話を交わそう。――ペロ。あぁ、ペロ。ふふっ、実に"良い名前じゃないか"。この世界を彷徨う野良の子犬らしい、キミらしさが醸し出すとてもハイセンスな名前だよ。名付け親は誰かな? そのセンスある命名に、この名を授けた者を讃えたいほどだ」


「ッ――、…………その口で易々とこの名を口にするんじゃねェ。穢れるだろうよ」


 自身の名を口にした美青年に、その口角を引き上げ怒りのままに息を漏らしながら。怒鳴るよう、その低い声音で返す長身。

 心底から怒れる長身の様子に鼻で笑う美青年。どこか蔑むかの調子に眉を微動させる自身よりも小柄な彼へと。長身は仕返しと言わんばかりに、その言葉を発していく。


「ッあぁそうだなぁ。お前さんも、随分とまぁ"それらしくなった"じゃねェかよ。なんだぁ? その面はよォ。その形はよォ。その服装はよォ。あれほどと上の輩に媚びを売ることしかできずにいたお坊ちゃんが、まぁ立派になったこったぁ。どうやら、そうまでしなければならないほどのことがあったみたいじゃねェか? もう、あのすねをかじりながらの生活もままならなくなったのかい? ――みっともねェ様だ。いい気味だぜ」


「ッ――――」


 挑発気味のわざとらしい調子で放たれた言葉の数々に、その美形を歪ませ背後の存在へと睨みを利かす美青年。被る中折れハットを掴む左手が力み、帽子にぐしゃりとシワを刻み込む。

 ……少しもの間を空け、ふっ、と鼻を鳴らす美青年。どうでもよさげに首を横に振り、長身に向けて言葉を呟いていく。


「……まぁ、今に限ってはキミのことなんて心底どうでもいい。それよりも、ボクには全く異なる目的があるのだからね。今はそちらで忙しい身なんだ」


「ふっひひひぇっ、その反応で察ーっしちまえたぁ。……あーぁ、そういうことかい。だから今、お前さんは一人で暗躍中というわけかい?? そいつぁ、ただの必死ながらの抵抗だろうよォ?? さぞ、お前さんは悔しい思いをしたんだろうよォ?? ――そいつを、自業自得と言うんだぜ? みっともねェ滑稽なその姿、ざまァ見やがれってんだこの外道野郎。そして願わくば、お前さん共々"ヤツら"が朽ちてくれることを願っているってもんよ」


「キミがどう言おうとも、ボクは朽ちたりなどはしない。絶対に、な」


 互いに喧嘩腰となる言葉を交わし合い。その空気に淀みを生んで火花を散らす双方。


 ……だが、その空間の中で。それじゃあと美青年が口にしたある言葉を聞き、その長身に戦慄が走ることとなる――




「……じゃあ、本題へと入るとしようか」


「オレはお断りだっつぅの」


「違う。それは断じて違う。さっきも言っただろう。今のボクはもう、キミという存在なんかは心底とどうでもいいものなんだ」


「ほーん?? んじゃあ、何しにここに来たと言うんかい? このオレに断られちまって、もう、次に発するべき言葉が迷子になっちまっているんだろう? 苦し紛れの言い訳を、このオレはいつまでも聞いていてやるぜ? だから、言ってみろよ。お前さんの困る様が。そして、最終的にお前さんが尻尾巻いて逃げる様子を、この鋭い視覚の瞳でしっかりしっかりと見送ってやっからよォ」


 ふと、自身に向いた追い風に乗るかのように強気となった長身。外したゴーグルの奥から現れた瞳を指で差しながら。得意げにニヤリと上げた口でおちょくるよう言葉を発していき、背の存在の反応を心待ちとする。


 ……だが、自身が想定していた彼の反応を待ち望む長身は、次にも美青年の口から連ねられる言葉の並びに、次第と上げていた口角が力無く下がり始めるのだ……。


「……こうして、キミという存在を見つけ出してしまったのは、まるで嘘のような、何とも都合的なこの上ない偶然の賜物であるんだ。正直、キミという存在が"ボクの目的"と被っていたその光景に驚きを隠せなかったものだよ。――キミという危険な存在が、何故ボクの目的と被ってしまっているのか、ってね。それはもう、肝を冷やしたことだ。それは、この数日に渡って常にヒヤヒヤとさせられた。この意味が判るかい? あぁそうだろう。優れた五感から働く鋭い勘を持つキミであれば、この言葉の真意を今にも汲み取ることができるだろう?」


「…………」


 一気に漂い出した不穏に、長身は唾を飲み込み冷や汗を流していく。

 彼の言葉で静まるこの空間。巡ってきた閑静に重々しい空気と現実が重なり、全身に渡り出した緊張感は、その吹きすさぶ夜風の冷涼を拾う余裕も無い。


 ……もったいぶる間隔を意図的に空けてから。直に、その美青年から良からぬ言葉が飛び出してくる。


「あぁ、その無垢の器に宿す情熱のオーラが愛しいキミよ。今すぐにも、この胸に迎えこの両腕で熱い抱擁を交わし合いたい。――ユノ・エクレール。キミと彼女は、一体どんな繋がりを持った仲なんだい? キミと彼女は、一体どういった関係なんだい? そこのところを、このボクに詳しくと教えてくれよ」


「――ッ!!!」


 巡る不穏の予感が的中し。その長身は思わずと息を引きつらせ一瞬と身体を跳ねさせる。

 ――次第に訪れる震えに指を痙攣させて。心臓から流れてくる激しい鼓動に喘息気味となった長身の様子に笑みを零す美青年。


 ……暫しして、冗談めかした呆れ気味のため息を吐く長身。未だに収まらぬ身体の振動で言葉を震わせながら、額に手を当て力無く口を開いたのだ――――


「……そうかい。あぁ、そうかい。……そうだねェ。あぁ、そういうこと。把握だ。…………っへへ、あーぁ、ユノっち。っあーぁ……あぁ、こんな、よりにもよってこんなヤツに目を付けられてしまうだなんてな。どうやら、お前さんはだいぶと運が悪すぎたみたいだ」



【~蛇蝎②に続く~】

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