イベントとリザルト
「ハァ……ハァ……ァ――」
崩れ落ちる気力。
極度の緊張からの解放と共に、全身の力という力が抜け出していくこの感覚。
勝利――確信。達成感として現れた目の前の実感。
……そう。俺はこの戦いに勝ったんだ――
「ご主人様っ!!」
球形の妖精から少女の姿を成したミントが、その泣き出しそうな声音で俺のもとへ駆け出してくる。
膝を着いて無気力となっていた俺。
目の前で力尽きたエリアボス:ドン・ワイルドバードを見据えながら。未だに信じられないといった面持ちで、目前に倒れるモンスターを見ていた俺の視界に顔を覗かてくるミント。
不安と心配で強張った表情を浮かばせて。その手に薬草を握り締めながら、ミントは今にも泣き出しそうなその瞳を輝かせていた。
「ご主人様……ご無事でなによりです……! フィールド:セル・ドゥ・セザムの勝気な山丘のエリアボス:ドン・ワイルドバードを単独で突破されてしまわれるだなんて……! ワタシはなんて忠誠の欠けた不信なナビゲーターだったのでしょう……。ご主人様を信じ切れなかった自身のこの不甲斐無さを、どうかお許しください……!」
ミントなりの感嘆だろうか。
ドン・ワイルドバードに敵いっこないと断定した矢先で目撃した、俺の想定外な実力をその目に。ミントは自身の主を信じることができなかった自分自身のことが許せないようであった。
真面目な少女が故に、捻れた確信を抱いていたと言うミントは俺にひたすらと謝罪を続ける。
「あ、あぁ。いや、別にミントが謝ることなんてないさ。無事に生き残れた。これで一件落着だろ?」
「ですが……ワタシがもっと早くこちらのフラグに気付いてさえいれば、ご主人様をこれほどまでの窮地に立たせることも無かったハズ……。これも全て、正しい判断を下せなかったこのワタシの失態……。申し訳ありませんでした……本当に申し訳ありませんでした……」
罪の意識に囚われたミントは、その口から謝罪の言葉を繰り返す。
目を逸らしながら。自身の不甲斐無さを悔やみ続ける少女。
「ま、待てよ。大丈夫だから! 俺はこうして生きてる! だから、別にミントがそこまで謝る必要なんて無いんだ! ほら、俺がこう言ってるんだし。な?」
責任を全て自分で背負おうとするミント。
誠実で真面目で清らかなその性格。一見すると汚れ無き善意を持つその正しき人道も、それがかえって自身を追い詰める悪影響となってしまうのは仕方の無いことか。
どの方向においても真面目過ぎるんだ。いずれ自分で自身を潰してしまわないか。と、俺はミントの精神面にただならぬ不安を抱き始める。
……だからこそ、こうして俺が彼女を支えてやらなければならない。
ミントは俺を支え、俺はミントを支える。
最初はただの従士という関係の認識であったハズだったのに。いつしか、俺とミントは互いに支え合う"パーティーの一員"という認識で互いを確認し合っていた。
もはや、ミントはただのナビゲーターではない。
ミントはこのゲーム世界で旅を共にする、仲間だ。
「フラグにも色々な種類があるんだよきっと。用意されたかのように張られているフラグもあれば、今回のように唐突と現れるフラグだってあるってことだろう。今までだって、予め用意されていたフラグの数々をミントは教えてくれていたじゃないか。そして、今回も突然出てきたフラグを感知した。ミントはナビゲーターとして立派な役割を果たしていると、そう俺は認識している。だから、そこまで気に病むことはないと、俺は思うんだ」
「……ご主人様――」
咄嗟の慰めながらも、俺はなんとかミントをなだめることができた。
不安による強張った表情は和らいでいき、次第に清純な活発性を感じさせる自然な笑顔へと移っていく。
握り締めていた薬草を俺に手渡し、自身の定められた役割を果たしたことでふぅっと一息を挟むミント。
彼女から手渡された薬草は温もりを帯びていた。きっと、いつでも手渡せるように常備していたのだろう。
「……よし」
回復完了。減少していたHPを満タンにさせ、俺は改めて目の前で倒れているドン・ワイルドバードへ視線を向ける。
その歪んだ形相には、力尽きても尚そのモンスターの強大さを伺わせる迫力があった。俺はこんなやつを倒したのか。改めて、俺は戦慄する。
「ご主人様。仕留めたモンスターへお近付きになられてみてください」
と、そこへミントからのヒント。
彼女の促しのままに、俺はこの手で仕留めたドン・ワイルドバードへ近付くと――
「うぉっ――」
透けていくドン・ワイルドバードの体。
その透明化という現象と共にそこから飛散するアイテムの数々。なるほど、これは所謂リザルトというものか。
力尽きていたモンスターの姿は、まるで幻想だったかのようにパッとその姿をくらます。
その代わりと言っては。そんな言葉が聞こえてくるような雰囲気を纏った、ポツンと地面にドロップする数々のアイテム達。
そこにはワイルドバードがドロップするのであろうアイテムを始め、輝きを放つお金や球状という固体として地面に落ちた経験値、ドン・ワイルドバードを模したのであろう豪快な黒の羽毛が取り付けられた胴の防具とその扇、そして一際目立つ大きさであるワイルドバードの卵があちこちへ散らばるようにドロップしていた。
……待て。ワイルドバードの卵だと?
「ご、ご主人様っ!」
「あぁ、ミントっ!!」
爆発した達成感。
ドン・ワイルドバードの討伐という逆転勝利以上の喜びと共に、俺はミントと息の合ったタッチを交わす。
やった!! 二人で歓喜しながら真っ先に拾い上げたそれは、正しく俺達が長い時間をかけて探し求めていたそれに違いのない目的のレアアイテム。
死闘の末に入手したレアアイテムを抱きしめながら。俺はミントと共に突破した一つの困難へ礼を告げて、一刻も早くと二人で拠点エリア:のどかな村へと駆け出していく。
苦労の方が圧倒的であった今回の一件も、ゲームの世界ではまだまだ序の口な序盤のイベントに過ぎない。
これ以上の苦難がこの先にも存在している。そんな窮地の連続に、普通の物事であれば憂鬱の念を抱かざるを得ないだろう。
だが、これはゲームだ。ゲームというものはむしろ、立ち塞がった困難や窮地を醍醐味として吟味し味わい突破していく。云わば、娯楽を伴う快活な困難。
不安や緊張と同時に、それ以上に溢れ出してくる好奇心と冒険心。
この先には、一体どんなイベントが展開されていくのか。この先には、一体どんな困難が待ち受けているのか。
ハプニングの先に待つ新たな達成感を求めて、俺とミントはその足を走らせたのであった――




