風走る宵闇に佇む陰
絶え間無くと吹きすさぶ風は、闇夜の儚き冷涼を纏い音を立てながら流れていく。
周囲の人影は衣類を替え物を口にし、一泊とするテントを張りこの地を拠点とする。
各それぞれが行動を起こしていくその中にて。バチバチと火が鳴る焚き火を囲い。和気藹々とした和やかな空間を醸し出しながら。その、丹念に磨かれ輝きを放つご自慢の鍋で料理を振る舞うラ・テュリプと。彼女の、超が付く一流の腕によって生み出された美味の料理に、思わずと唸り味わっていく女性陣。その内にも、ユノが今の幸せを口にしていくものであり……。
「や~んっ!! もう何度食べても美味っしいわ!! ホント、ルージュお姉さまの料理がお腹いっぱい食べられるだなんて!! こんな待遇を無償で味わえてしまえるだなんて!! もう、幸せの虜となってしまった私は今、夢のようなご馳走をただ食べ続けてしまうだけの、食に飢えし夢見るお姫様のような気分だわッ!!」
「も~、ユノちゃんはいちいちと大袈裟なんだからっ。こんなものが夢のようなご馳走だなんてことないよぉ別に~。だって、そのスープにメインの味付けを入れ忘れちゃって、メインが隠し味という失敗作になってしまったのだもの~。だから、そんな隠し味が占める。本来は陰で支えるべきの、引き立て役の自己主張が激しいこの料理が美味しいわけがないのよ~。……どれどれ、味見。ペロッ。――ッ!!? お、美味しいッ!!?」
ツッコミ役という重要なポジションの役がいない、メリハリが存在しない会話を繰り広げるラ・テュリプとユノの会話を遠くから眺め。ボロボロとなったこの身体で横倒しとなった大木に腰を掛けていながら。その手に持ったスープを啜り、その味に一人静か感動を覚える。
……だが、この物足りない感じ。それは、口にした味覚によるものではなく。眼前に広がる光景の、どこかピースが欠けたかのような物足りなさ。
この感覚に、俺は辺りを見渡していく。
料理を振舞ってくれた、マスターシェフとなる超一流の料理人のラ・テュリプ。そんな彼女とこの一日で打ち解けた上に、お姉さまと呼んで彼女を慕うユノと。彼女らの脇には、二人で向き合い談笑を交わすミントとミズキの姿……。
「……ペロのやつ、どこ行ったんだ……?」
あの高身長が見当たらないことに不思議と思い。今はこの美味を堪能していたかったものの、だが、仲間を優先しその器を大木へと置いておき。
音も無く立ち上がっては、俺は一人、ペロを探すためにこのキャンプ場を後にした。
それから、ペロを見つけるまでにそれほどの時間を有さなかった。
モンスターに対し、拒絶反応までも見せる彼のことである。まず、この安全地帯兼メタな視点で言うセーブポイントであるこのキャンプ場から一歩も出ないことだろうと踏んで。その周辺を散策してみたところ、そののっぽの背が割とすぐに見つかったものだ。
夜風にしては少々と強い吹きすさぶそれを浴びながら。フィールド:デスティーノ・スコッレと風走る渓流の景観を眺めることができる、生い茂る木々から開けた見晴らしの良いそのポイントで。つい足が竦んでしまう、高度のある崖の端に突っ立って佇んでいるその高身長へと、俺は声を掛けていく。
「ペロ?」
「ッんぉ!! ぉぉ、ぉぉ。ぉぉビックリしたぜェアレっちィィ……! ったく、んな急に声を掛けられちゃあ、驚きでこのマイハートがドッキンして飛び出ちまいそうになるぜェ……」
ビクッと反応を示しては、装着しているゴーグルを直す仕草でこちらへと振り向いてくるペロ。
突然でありながらも、それにしては随分と焦るその様子。余程なまでに、他のことへと意識を向けていたのだろうか。その、苦笑いを浮かべていきながらの喋り方につい違和感を抱いてしまう。
そして、何かを気にするよう周囲を見渡してから、ペロはこちらへと歩いてくる。……その様子は、何だか警戒の様を伺わせてしまえたものだが……。
「すまない、驚かせるつもりはなかったんだ。っペロ、向こうで夕食を頂いているんだ。ルージュシェフが振舞ってくれた最高の料理だ。とても美味いぞ。ペロは頂かなくてもいいのか?」
「んぅー。んまっ、直にでも向かうからアレっちは気にすんな。んなよりも、今はオレっちのいないあの男一人だけのハーレムを存分に楽しんで来いや。ったくよォ、ほんっと、アレっちは勿体無い男だぜ? あんな楽園を本能のままに堪能しねェだなんてよォ。アレっちはほんっと、とんでもねェほどの勿体無ェ男だぜ。それかなんだ? やっぱコッチの趣味なんか? ッハハハ。じょーだん。――ったく、アレっちはそういうヤツだもんなぁ。そのお人好しに、オレっちはお手上げっつぅもんよォ。だから、んまぁ直にもそっちに顔を出すからよ。だから……今はこの男をそっとしておいてくれや」
と言い、ペロは手をひらひらさせながら俺に背を向けていき。その足を止めては、また途方無き雄大な渓流の景観を眺め遣っていくものであって。
その喋り方といい、その動作といい。彼の様子は、今までとどこか異なる雰囲気を。……更に言ってしまえば、ペロはまるで、この俺を突き放すかのような態度を示していくものであったから。
……たまに、ペロという男のことがよく分からなくなる。そのお調子の良いキャラクターを周りに振舞っているかと思えば、こうしてふとした際にも突然とシリアスさを醸し出すものであるから……。
「……前にもあのバーで言ったものだが、しつこいと思われるだろうけれど、もう一度と伝える。ペロ。ペロからすれば、俺達はただの知人という認識なのかもしれない。でも……俺達からすれば。あんたは、れっきとした俺達の仲間なんだ。――何かあったら、俺達に相談をしてくれてもいいんだ。特にユノ。彼女であれば、ペロのことも親身となって聞いてくれるだろう」
「んー。んまっ、オレっちのことは気にすんな。なんつぅかよォ、アレっちもユノっちもちょいとお節介が過ぎるんだ。そんなんじゃあ、いつか"オレっちのような人間に"その内側を食い破られるぞ? 前にも言ったよなぁ? これからは、他人とは端から深く関わらないようすることだ。『魔族』っつぅ末恐ろしい輩も出てきた。前にもこいつを忠告したがぁ? アレっちはもっと、警戒をするべきなんだぜ? んまぁ、その言葉はオレっちを思ってのものであることはよぉく伝わってるから、そこんところは安心してもいいぜ。ってことだ。だからもう、オレっちのことは気にすんなや」
どうでもよさげに返し、手をひらひらさせ適当にあしらうよう適当に返していくその言葉。
……俺をこの場からどけたいという意思表示に見えてくるそれに、彼の気持ちを読んで一旦と引き下がることにする俺。
にしても、だ。こうして関われば関わるほど、NPC:ペロ・アレグレ=Y・シン・コラソンというキャラクターの温度差に疑念ばかりが過ぎってしまうものだ。
……そんなに、俺達のことが信用できないのかな。……こんなことを考えてしまいながらも、しかし彼の意思を尊重するために静かと踵を返し、俺はこの場から去ろうとする。
っと、その時にも。この背に、彼から言葉を投げ掛けられたのだ。
「……なぁ、アレっち。一つ訊いてもいいかねェ?」
ペロの問い掛けに、俺は機敏と振り返る。
その行動を、鋭い五感で感じ取ったのか。この行動に合わせるよう少しと間を置いて。ふぅっと息をついてから、ペロはこう言葉を続けてきたのだ――
「……オレっち。……なぁ、アレっち。……オレっち。オレっち、ってよォ…………」
その声音からは躊躇いを。それでいて、何だか恐れを思わせる。
何かを尋ね掛けたい。だが、それを上手く言葉にできずにいる彼の様子に。そんな彼を焦らさないためにも、俺はその間と待ち続けて。
……何度も言葉を詰まらせてから、ふと、ペロはそう伝えてくる……。
「……いぃや、やっぱなんでもねェわ。なんっつぅか、アレっちに訊きたかったことも、今の時にもオレっち一人で解決しちまったからよォ。だから、やっぱなんでもねェんだわ。だから……オレっちのことは気にすんな」
「? ……わかったよ。なぁ、ペロ。もしも気が向いたらさ……この夜の内にも、俺達の所に来てくれないか? 皆、ペロとも話をしたいだろうし、さ」
「…………」
結局、彼は何を伝えたかったのか。ペロの真意はどうしても気になってしまったものだが、それを喋るかどうかは本人次第だ。
内に秘めていた言葉を追加してそう彼の耳へと投げ掛けて。それに無反応であるペロから視線を逸らし、俺は皆のいるキャンプ地へと戻っていく。
「ペロ。おやすみ」
「…………おぅよ」
互いに背を向けた状態で交わす挨拶。
彼の声は至って平然。……とは言い難い、力の無い弱々しい響きを最後に。俺は開けたこの場所から生い茂る森林の闇に包まれ姿を消す。
まぁ、いずれ心を開いてくれた際にも彼の力になろう、と。交わした会話から垣間見えた躊躇いや恐れを解くための関わり方なんかを考えながら、その夜は眠りについたものだ。
それは、ペロという仲間を支えられるような存在になりたかったから。ペロが、そんな躊躇いや恐れを抱く必要が無いことを。気兼ねなく相談事を打ち明けられるような、ペロにとっての救いとなれる存在になりたかったものだから。尤も、実際は俺も、あまり他人の心配ばかりをしていられる余裕など決して無い立場ではあるものだが。……それでも、彼というこのゲーム世界を生きる生命の支えになりたかったものであったから。
……だが、その考えは直にも。ある唐突な出来事を境に、先へ見送ることとなってしまったのだ――――
灯る焚き火が鎮火し、その場に降りた宵闇が閑静を運び込むこと早数時間。
寝息が地を這う、吹きすさぶ夜風がどこか騒がしいこの空間。灯り一つも無い無防備の安全地帯。とあるテントの前にて、その夜風に晒されながらと佇み、バンダナとゴーグルという外見のまま腕を組み俯く長身がふと顔を上げる。
向けた視線の先。それは、ただ沈黙の広がる無の宵闇。足元も見えぬその地を長身は歩き出し、重々しい足取りと警戒で強張る表情を見せていく。
直に、頭部のバンダナとゴーグルをおもむろに取っ払っては、右手に出現させた赤と茶の棍を取り出し肩に掛けていき。歪ませた眉間とふつふつと湧き上がる感情で吊り上がった口角から歯をむき出し、彼は静かに声を荒げたのだ。
「頃合いだろうよ。っつぅことだからよ、もうかくれんぼは終わりにしようぜ。こそこそと隠れていねェでよォ、いい加減にその面を引っさげてきたらどうだ? "お前さん"の存在はとっくに感付いているもんだからよォ。その気色悪ィ気配なんかでこの場の空気を穢すのは、もう止めにしようや」
その彼とは思えぬ、地を響かす静かな低音が虚しくと溶けていき。
……瞬間。背を向き合う形で、彼の背後に佇んでいたその存在。黄緑の若葉一式に包まれたタキシードと。同色の中折れハットにかざす左手はそのままに、紅葉のようなショートヘアーと瞳が不敵であるその存在は。背後からの言葉を耳にし、口角を吊り上げ紅の三日月を浮かべた――――
【~次回に続く~】




