イベントボス:ドラゴン・ストーム
暴風を身に纏い眼前に滞空する、トンボを想起させる巨大な昆虫のイベントボス:ドラゴン・ストーム。
黄緑色の巨体でくりくりと動かす大きな目と微動させる口。羽ばたかせる薄く大きな羽から波打って放たれている暴風の圧。足も長く細かに動かしており。しかし、その尾はサソリのような屈強としたもので。その先端はハサミのように分かれガチガチと音を鳴らして威嚇を行うその姿。見るものを生理的な拒絶へと陥れる、寒気の過ぎる容貌のヤツを前にして。遥か格上であろうその存在へと、俺とミズキは二人というパーティーで相対して。
……フィールド:デスティーノ・スコッレと風走る渓流に設定された、吹きすさぶ強風という独自のシステムの中。不利となる条件が揃い踏みという圧倒的な劣勢を背負い。しかし、ボスを前にして逃走も行えない状況を受け入れ。覚悟を決めて。今、水飛沫泡沫という仲間と共に。目の前に存在する強敵との戦闘へと臨んでいったのだ――
「ブレードスキル:エネルギーブレード!!」
輝きを放つクリスタルブレードに青白の光源を宿らせて。スキルの使用と同時にその場から駆け出しドラゴン・ストームへの接近を図る。
相対する強敵もまた。威嚇する顎をガチガチと鳴らし、転回するよう宙で泳ぎ回り周囲の暴風を自身に巻き付けて。薄い羽からの羽ばたきによる風圧がこの顔に掛かってくると同時にして、周囲の暴風が斬撃のエフェクトを成して俺のもとへと降り掛かってくる。
この地域特有となる風を利用した、その地の特徴を最大限に活かす眼前の賢い戦法に。昆虫である容貌にばかり気を取られどこかなめていた俺は思わずと感服をしてしまいながら。眼前から襲い掛かるかまいたちの猛攻を、宿したエネルギーブレードで一つ一つと弾いていって。
――が、しかし。かまいたちを弾くと共に、この身を囲うよう巡る風のエフェクトに痛覚を覚えて。その一つ一つを弾いていく毎に、身体の芯に宿るHPの概念が磨り減る感覚に俺は動揺し。かまいたちを弾きながらと、現在のHPを確認していく。
……間違いなく、俺のHPは徐々と減少していた。スキル攻撃による相殺も無く、相手の通常攻撃を弾いているだけだというのに。システムの優先度は間違いなくとこちらのスキル攻撃が優先され、それは相手の通常攻撃をほぼ無傷で弾き返せるという常識を覆すこの状況に。
これまでに直面したことの無い現象に焦りパニックを起こしてしまい。……次に、自身の周囲を巡る風のエフェクトに目を移し。瞬時に、それを理解してしまう。
……そうか。弾く際に触れた攻撃に宿っている、その攻撃に含まれた属性という追加効果によってHPが磨り減らされているのか、と。弾くことができるのは、飽くまでもその攻撃本体のみ。それは、その中に宿る属性の効果までを弾くことができないのだと。
その攻撃に触れることで、追加となる属性攻撃が効果を発揮してしまう。それは、例え、こちらが優先度の高いスキル攻撃で通常攻撃を跳ね除けたところで。相手の通常攻撃に宿る属性攻撃までを跳ね除けることができないということ。……つまり、こうしてドラゴン・ストームの攻撃を弾いている限り。俺はただ、このHPを消耗し続けてしまう――
「なら、回避で――ッ!!」
眼前から次々と降り掛かってくるかまいたちを前に、ブレードを振るう腕を止めて回避へと専念する。
迫り来る強風による斬撃が飛び交い。辺りに耳うるさく響き続ける、かまいたちによる金属のような鋭い音の数々。それが風だとは思えぬ、鼓膜も貫くであろう鋭利な斬撃のSEが一気に降り掛かり。それを回避コマンドによる前転やステップで紙一重を繰り返し避けていく。
……だが、その降り掛かる斬撃の数にはまるで敵わず。タイミングを逃しその一撃を受けてしまうと、それは次々と俺にヒットしてしまい――
「ぐッ、ァ、ァアアアァァァァアッ!!!」
怯むモーションの間にも絶え間なく振り続けてくる斬撃に、俺は成す術も無く滅多斬りとされてしまう。
動けない硬直状態での連続技に、それは一種のハメを思わせる。
一向に動くことができず。ガツガツと消耗していくHPに焦りを覚え。しかし、眼前の不可抗力な理不尽に抗うこともままならず。ただ被弾を受け続けてダメージボイスを上げることしかできず。
その光景は、まるでかまいたちに踊らされているかのよう。あっという間にもHPは半分を切り。しかし、それは一向にも収まる気配が見えず。このままハメ殺されてしまう未来を浮かべてより一層もの焦燥に駆られる。
目前のモンスターが如何に危険であるかをこの身で思い知り。武器の新調とステータスの上昇による自身の強化もまるで皆無である場面と出くわし。俺はこの状況に、徐々と絶望の念が過ぎり出してしまう……。
……俺はここで終わってしまうのか?
絶望が作り出す、考えうる限りの最悪となる展開に畏怖し。だが、自身ではどうすることもできぬ無力さを実感しながら。今も前方から降り掛かりこの身を切り裂くかまいたちの猛襲に、俺の脳裏には諦めの文字が浮かび上がってしまう。
――しかし、その時にも少女が駆け付けかまいたちをダガーで跳ね除け。今目の前で起こった出来事に目を丸くしていた内にも。ミズキはすぐさまとポーションを取り出しては、俺の口へと強引に突っ込み飲ませられ。
瞬時にも全身に巡る自己の再生を体感し。回復し増加するHPの感覚と共に、こうして助けへと割り込んでくれた少女の存在に希望が満ち溢れ出す。
「た、助かったよミズキ……!! 今のはマジで危なかったんだ!!」
「だからわざわざ助けたんだ。ここでおまえに死なれては、ブラートの兄さんに顔を合わせることもできやしないからな!」
短くと言葉を交わし。足並みを揃え二人で眼前の存在へと駆け出していく。
その歩調は完全に一心同体であり。それは未だに不仲の関係でありながらも、何だか心の通じ合った仲間同士の光景にも見え始め。傍に存在してくれている少女に感謝をしながら。俺は再度と覚悟を抱き、ミズキと共にドラゴン・ストームへの接近を試みる。
依然として飛び交うかまいたちの中。それを避けながらと接近してくる二つの存在に。ドラゴン・ストームはその尾が成すハサミをガチガチと打ち鳴らし。その羽を自身の前へと寄せ。その先から大気を揺るがす衝撃を伴いながら渦を巻き始め何かを蓄え出し。
その次なる行動が容易く読めてしまい。だからこそと警戒を強めた俺とミズキ。互いに視線を交わし、暴風吹き荒れるこの地で二手に別れドラゴン・ストームの側を目指す。
その間にも、チャージが完了したのか。風を編むよう羽を手足のよう蠢かせ、段々と巨大化していく渦の中央に暗雲を生成し。次の瞬間にも、周囲の暴風をその一点へと吸い込み。暗雲から特大となる竜巻を噴き出してきたのだ。
その水辺の水分を散り散りに吹き飛ばす、嵐の如き一撃が炸裂し。この地の大気が風圧となり塊となり全身にぶつかってくる感覚に、俺もミズキも堪らずと足を止めて必死と堪えていく。
偶然にも、幸いと計り知れぬその一撃を回避することはできた。だが、それとは別に襲い掛かる強力な風圧に互いと地に足をつけていることが精一杯であり。
……この身体が、今にも吹き飛んでしまいそうで。この足が地から離れてしまいそうになり。……しかし、今行動を共にする少女を一人置いていくことなどは、つまり少女を見殺しにしてしまう事態へ直結する決して許されない展開で。そんな最悪な終わりでこのイベントの最後を飾りたくなくて。……それを避けるために。そして、二人で共にこのイベントを乗り切るためにも。
……ここが踏ん張りどころだ!
吹き荒れる強風に晒される中。前方からの圧を押し退け力ずくで前へと歩を進め――
「う、ぉ、ぉぉ、ぉぉおお、おおおおおぉぉぉぉぉッ!!!」
クリスタルブレードを握り締め。俺は強風の中を駆け出す。
俺の行動を把握したミズキもまた、その力を振り絞り重い足取りのまま前へ前へと前進を始め。そんな互いの姿を確認し合い。――無意識にも零れる互いの笑みを見て。この胸の奥に帯びた熱を原動力に。一歩一歩と大地を踏み締め、クリスタルブレードを構え。この刃に橙の光源を宿し、俺はドラゴン・ストームへと攻撃を仕掛ける……!!
「ブレードスキル:パワーブレードォォッ!!」
もう、この一撃で終わらせんとばかりの全身全霊をこのスキル攻撃に注ぎ。気合いと共に光源を纏った広範囲の回転切りが炸裂する。
その橙は周囲の暴風を引き裂き道を切り開く。その回転は一度では収まらずに何度も何度とモーションを継続し。その間にも前進し眼前に存在するドラゴン・ストームの巨体へと猛進を続け。
それによってクリスタルブレードに勢いが。そして、今の俺による渾身の中の渾身による最大限もの薙ぎ払いが暴風を切り裂き、それが滞空するドラゴン・ストームへと届き。
重量が圧し掛かるヒットストップに予想以上もの手応えを覚え。この一撃にてドラゴン・ストームは揺らぎ高度を落とし。落ちる巨体のもとへと、地上で駆けるミズキが接近を果たす――
「エネミースキル:サイクロプス・ハンマーッ!!」
位置が下がったその機会をすかさずと捉え。反対側で駆けつけていたミズキも両手同士で握り締め、その手元に金色と光る巨大な拳を生成し重量思わせる大きな横殴りの一撃をヤツに食らわせたのだ。
連続と襲い掛かった高威力を前に、怯む様子に唸る音を上げてその巨体をフラつかせる。
効いている! 遥か格上と思い、その脅威に畏怖していた俺とミズキは。今この瞬間にも見えた勝利への兆しに期待ばかりが高まる。
このまま攻めを継続すれば、俺達でもこの相手を倒すことができる。互いに視線を交わし合い。互いに抱いたであろう兆しの予感を共有して。
一気に攻め立てて勝負をつける。クリスタルブレードを握り締め。少女もダガーを取り出し。その予感のままに二人共に走り出し……た、その時であったのだ――
「ッうゎっ!!」
――突如と二人の周囲に巻き起こる、天へと伸びる特大の竜巻。
その吸引力に、体内の神経が内部から引き抜かれそうになる感覚を覚え。足元から突然と巻き起こった辺りの現象に戸惑いを。……そして、段々と込み上げてくる嫌な予感を…………。
……目の前には、先の黄緑を赤に染めた巨体が威嚇の音を上げていて。見るからに怒り状態である眼前の存在は、つい先ほどまでとは遥かな実力差を予期してしまう、暴風を纏いしものの名に相応しき威厳を漂わせる風貌で。それはまるで、強者という存在感を醸し出し。
昆虫特有の耳障りな風切音と共に。その場で旋回するよう竜巻の中で蠢きながら。……イベントボス:ドラゴン・ストームは、怒りで荒ぶる闘争心のままに、その脅威を再びと振るい始めたのだ――――
【~イベントボス:ドラゴン・ストーム②へと続く~】




