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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
四章
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人道的な非常識

「おれは、ブラートの兄さんに救われた。……でも、そんな彼の温もりを以ってしてでも。このおれの記憶に刻まれた、この身と心に受けてきた外傷を癒すことに困難を極めている。…………おれも、この傷を治すために様々なことを試してきたが。それでも、あの男共から受けてきた仕打ちが脳裏に過ぎってきて。……おまえのような。ブラートの兄さん以外の男共は皆、女を見下し劣等として扱っているようにしか思えてこなくてしょうがないんだ」


 森林や大地に跳ねる雨音が静かに降り注ぐその中で。ほら穴にキャンプ地を備え一夜を過ごす二つの存在が。互いに座り込みこの空間を過ごしていく。


 膝を抱えるよう座り込むミズキ。上着の襟に顔を埋め、顧みたその光景に目を潤ませながら。悔しそうであり。辛そうであり。しかし、どうすることもできない、その諦観さえも伺えるその空気を醸し出しながら。隣で静かに座り込む俺へと視線を向けることなく、自身の話を続けていく。


「これほどと自覚をしているのだから、もうここまで来てしまえば後は少しもの辛抱だろうと思うだろうさ。……でも、一度と負った傷は。例えどれほどと時間を掛けようとも、傷跡として永遠に残ってしまうものもあるんだ。……男は皆、そうではない。と、ブラートの兄さんは何度も何度も、おれにそう説得を試みてくれて。でも、その彼の言葉であっても。おれはその言葉に頷くことができやしない。……こうして自覚をしていても、尚おれはもう、男という性の人間を普通の目で見ることなんかできやしないんだ。ヤツらから受けてきた仕打ちも、その場では至って普通の常識だと思っていたけど。今考えれば、とんだ恐ろしいものであったことがわかって。それを考えてしまうと……おれは、男のことをどうしても許すことができなくなって。どうせ、彼らはおれのような女のことを見下して生きていることばかりを考えてしまって。そんな環境で十数年と過ごし完全と思い込み……男が行う物事の全てが、何か裏があるものだと勘ぐってしまえて仕方がないんだ。――それは時々、ブラートの兄さんのことも疑い始めて次第に怖くさえ思えてきてしまうほどまでに…………」


 頭を抱え。指を食い込ませ自身の外傷に思いを馳せて悩み涙ぐむ。

 がしがしと髪を掻き分け。この、どうすることもできない思いにやるせなさを伺えて。……ミズキは、まるで悟ったかのようにそう口にしてきたのだ。


「……おれが、女として生まれてこなければよかっただけなんだ。――いいや、そもそも、おれが生まれてさえこなければ、こんなに悩む必要なんてなかったんだよ。……あぁ、どうして。おれはどうしてこうも、女として生まれてきてしまったんだろう。最初から生まれさえしていなければ、こんなことなんかで悩むこともなかったのに……」


「ミズキ……」


 頭を抱えたまま襟に埋まり顔を隠す。

 その声音は涙ぐんでいながらも。その絶望で悟りに近き、魂を感じさせないその調子で。少女の声に、感情という感情をも感じ取ることができない無意識の諦観な様子に見えてしまって。

 ……そんな少女の姿が、ただただ痛ましくて仕方が無く。だからとは言え……いや、だからこそ。こうして傷を負ってしまった少女の助けになりたくなってしまい。勇気を振り絞り、俺はミズキに言葉を掛けていくことにしたのだ……。



「……俺は、ミズキのような酷い仕打ちを。それも、それを十数年と受けてきたわけではないから。ミズキの、それほどまでと感じてきたこれまでの苦しい気持ちや体験を、俺は完全と理解して同情してあげられないものではあるけれど。……でも、その内容は。そんな苦しみを知らない俺でさえも頷けてしまえるほどの……酷くて、とても残酷なものであることはよく判るんだ」


 俺もまた、膝を抱える姿勢で座り。ミズキと似たような姿となりながら、この言葉を続けていく。


「……でも、その話を聞いている中で。ふと、俺はこう思った。――ミズキ。だからとはいえ、それは、ミズキが女として生まれてさえこなければ、と。おれが生まれさえしなければよかったんだ、と。如何にも、生まれてきた自分自身が完全な悪者だといった言い方はしなくてもいいんじゃないかなって。俺はそう思ったんだ」


「おれは、皆から邪魔者扱いされてきた。おれなんかが生まれてきたことで、皆は不快な思いをしてしまったんだ。そんな存在、傍から見ても村を這うただの害悪だろうさ。……これも全て、おれが女として生まれてきたせいなんだ」


「……ミズキ。それ、本当に自分が悪者であると考えての言葉なのか? それが、ミズキの本心というわけなのか? ――もし、本当にこれまでの全てが自分のせいである。と思っているのであれば…………まぁ、それはそれでもいいよ。何せ、自分のことは、自分の理想や想像のままに、好きなように考えて思い込んでいていいだろうから。それは、誰にも妨害されてはならない、自分だけの特権だから。自分のことをどう思い込むかは全て、その本人の自由さ。……でもな、ミズキ。少なくとも、傍から見る側である俺の視点からするとさ。ミズキという女の子は、別に何も悪いことなんてしちゃいないように見えてしまえて仕方が無いんだ」


 自身の考えと正反対である俺の言葉を耳にしては。ようやくとその視線を隣で座るこちらへと向けてじっと見つめ出すミズキ。

 その瞳は、一体何を言っているんだという理解の追い付かぬ様相で。しかし、その表情のどこかからは少しばかりと期待を伺えてしまえる。


「もっと言ってしまうと。ミズキは、女であるからと、その自身の存在を頑なに否定することはないんじゃないかなって思えるものでさ。そりゃあ、その地では女性だからと散々な仕打ちを受けてきたんだろうけれども。でも、それは、その地では男性という存在が重要視される場所だったから……という問題なだけであって。それ以外の場所――正に、ブラートの傍やユノ達の傍といった今いる環境の中で最も身近となる場所には、そんなならわしやルールなんて存在しないから。だから、少なくとも。ブラートの傍やユノ達の傍という場所に居る限りは。ミズキはもう、自分が女であるからダメだとか。自分は生まれてくるべき存在じゃなかったんだと自身を責める必要なんて全くと無いことを知っておくと……その気持ちは、多少とも軽くなるかもしれないかな」


「…………ブラートの兄さんの傍と……お姉さん達の傍は……?」


 埋めていた頭はそのままに、言葉を零しながら縮こまり。先にも聞き取っては、その意味を脳内で再度と整理しているのだろうか。ぼんやりとした眼でその言葉を噛み締めて。次第にも、少女の周囲に漂っていた負の雰囲気が和らいでいくような気がしなくもなくて。……だからこそ、俺は続けてとそのまま言葉を連ねていくものであった。


「ミズキは、女性として生きていってもいいんだよ。ミズキという存在は――いや、水飛沫(ミズシブキ)泡沫(ウタカタ)という人間は、こうして存在し続けていてもいいんだ。今はもう、前のような考えでいなくてもいいんだ。今、ミズキは生きてこの人生を謳歌することが許されている。正に、過去に繋がれてしまっていた不自由と差別の鎖から解き放たれている今だからこそ。そうして得ることができた自由や感情を自分の思うがままに大切にしていってもいいんだと、俺はそう思うんだ」


「自由……感情……解き放たれて。自分の思うがままに……前のような考えでいなくてもいい……生きてこの人生を謳歌することが許されている……」


 それは、自身に言い聞かせるかのように呟いていくものであり。襟に隠した口元から放たれていく言葉の数々からは、少なからずの溢れ出してきた希望を思わせる声音を聞き取ることができる。


「……ブラートのやつは、ミズキの変化を望んでいたな。それはきっと、今までのミズキの考えにふと訪れる変化を。彼はミズキと共に行動するその間、ずっと待っていたんじゃないのかな。――それは、ミズキはもう、自由である身なのだから。だから、これからも男としても。これからは女としても。そのどちらでも、どちらとも。でも、今までとは違う。否定され差別され苦しみを伴う必要も無く、この俺こと探偵・フェアブラントやユノ達のような存在を糧に希望や幸福を伴いながら生きていってもいいんだよ。っていう、ブラートからのメッセージだと俺は思ったな」


「でも……ブラートの兄さんやお姉さん達以外の皆の傍じゃあ……おれは一体、どうすればいいの……?」


「ブラートやユノ達の傍にいる限りは。というのは飽くまでも、少なくともを最初に付け加えての言葉さ。でもね、ミズキ。そこまで心配をする必要なんてないんだよ。だって……あの場所の話を聞けば、誰だって酷い話だと思うだろう。そして、その誰だってという人々には、あの場所の人間には否定的である者達が大半を占めているだろうね。――そう。ミズキの苦しみを理解してくれる人々が、この世の中にはたくさんと存在しているんだ。その人々は、苦しみと思える経験で傷付いてしまったミズキという人間を、同じ人間として支えるべき存在として受け入れてくれる。そして、時にはその存在に好感を持ち、ミズキを必要としてくれる人だって現れることだろう。そんな人々の傍であれば、何だか上手くやっていけそうだなって。そう思えてはこないかな?」


「…………ッ」


 視線を逸らし、自身の思考に入り込むミズキ。

 その瞳は真っ直ぐと前方を見据えていて。先のような絶望に浸る様相から一転とした少女の様子に、俺は安堵の息をつく。


 ……暫しして、ミズキが口を開いてきた。


「……相変わらず、おまえは心地の良い言葉が好きだな。そんな言葉ばかりを口にしていて、恥ずかしくも何ともないのか?」


「恥ずかしがる必要なんて無いから、こうして言葉にしているんだ。だって、それがこの俺の本心なんだからな」


「…………ッ」


 先の問い掛けはどこか棘のある調子ではあったものの。しかし、こちらの返しを耳にしては。何かに納得し穏やかな様相を浮かべたミズキであったものだから。

 ……さっきのは、何かしらの意図を含めた敢えての問いだったのだろうか。少女の様子に、だが、その考えても分かるはずのない真意ばかりを気にしていても仕方がないため。なんだか落ち着いてくれたらしいミズキへと、再び話し掛けていくことにする。


「生きることに、男だから、女だからだなんて関係無いと思うよ。その人生を生きることは全て、その本人の意志が決めるべきだ。それは、いくら周りから否定をされようとも。その全てにおける決定権は、本人のもとにあるべきだと思うんだ。……あぁ。とはいえ、さすがに犯罪はダメだけどね。あとは、その場の決まり事。それも、あの場所のような独断的で思い込みに左右された過激な決まり事なんかではなく。その場における、皆が快適な場を過ごせるための配慮として定められた、ほんのちょっとしたルールなんかはさすがに守るべきだな。――でも、それ以外であれば。その本人は本人の思うがままに生きていっていいと、俺はそう思っている。……男性として生まれてきた。女性として生まれてきた。男性が女性になりたいと。女性が男性になりたいと。あの人と一緒に過ごしたい。この場所で生きていきたい。……それらの意思を持つことは全て自由だろうからさ。だから……ミズキ。自分が女だからって。女は男よりも非力だからとかって。そんな、以前までの非道的な常識は、もう信じ込まなくてもいいんだ。…………そうだな。これからは、以前までの非道的な常識から外れて生きてみないか? その非道的な常識から外れた、人道的な非常識を信じて生きていく人生を過ごしてみないか?」



 ……その場を占める、雨音の跳ねる環境音は今も鳴り続けていて。しかし、ほら穴の内部には一切もの音が響かぬ閑静の間が流れ出し。

 ……ぼうっと、前方を眺め続けるミズキの横顔を眺め。その瞳の先に存在する光景を。その頭の中で今もめぐっているであろう少女の思考を気にしてしまいながらも。……だが、この前にも、互いにあの激流にもみくちゃとされて。それも、気を失う俺を見張っていたであろうミズキに募る疲労を気に掛けてしまい。それじゃあ一旦と、この堅苦しいお話を切り上げようと考え。俺は、最初に抱いた質問をぶつけて区切りをつけることにした。


「ミズキ。ところで、被っていた帽子は一体どうしたんだ?」


「…………どっか行った」


 ぼそっと、不機嫌そうに零すミズキ。

 それは、やはり嫌いな存在である俺からの質問で相変わらずとへそを曲げてしまい。それ以上にも、今もめぐる思考でそれどころではないのか。短くそう呟くよう答えると、黙り込んでこの間に再びと静かな空気が流れ出す。


「……そうか。どこかに行ってしまったか」


「もっと言えば、川に流された。どこかの薄鈍人間のせいでな」


「……あぁ、そう言えばさっき言い忘れてしまっていたんだが。ミズキ。あんなにも荒れ狂う激流の中、俺を助けてくれてありがとうな」


「ッ――おまえ。なんで急にお礼を言い出すんだ」


 不機嫌そうな様相で。だが、急なお礼に思わずと驚き反応を示していくミズキ。

 一瞬と声を詰まらせ動揺する少女を前に。しかし、そんな様子に構いもせず俺は続けていく。


「だって、ミズキが俺を助けてくれたんだろう?」


「それは、まぁ……そう、だけど」


「じゃあ、変なところは何もないよな?」


「だっ……が、いや。だが、今はそんなタイミングじゃないだろっ!」


「俺としては、今がそんなタイミングだったんだが」


「おれとしては今はそんなタイミングなんかじゃない――あぁもう! やり辛いったらありゃしない。だからおまえのような薄鈍人間が嫌いなんだ!」


「でも、そんな薄鈍人間をわざわざと助けてくれてありがとな」


「だっ――! っか、ら。そんな簡単にお礼を言ったり綺麗事ばかりをぬかすところが嫌いなんだ!! 礼を言うのはもうやめろ!! おれをからかうな!!」


 怒られた。

 ムキとなって、しかもガチもののキレ具合であったために。さすがにちょっとやり過ぎたかなと反省し、これ以上と少女を怒らせるわけにもいかないために。もう、伝えたい用件だけを伝えようと考えていく。


「まぁ、何と言うかさ。今日、ミズキも色々とあったものだから、そろそろと休憩をした方がいいと思うんだ。――次、俺がこの周辺を見張るよ。俺が先に休息を得てしまっていたものだから。順番的には、次はミズキが休む番だもんな」


「……勝手に決めるな。この薄鈍人間…………」


 尖った調子でありながら、それは静かでどこか優しい響きのそれであり。その場を立ち上がり、俺の隣から逃げるよう足早にテントの中へと入っていくミズキ。

 そんな少女の背を見送り。この視線を、前の暗闇蔓延る森林へと向けていく。


 ……ミズキのことを思って、俺は俺で少女をフォローしてやりたいと思ったものの。俺の言葉には、あの少女を変えられるような力などはまるで無かっただろうなと。説得力が皆無である自身の無力さに、思わずはぁっとため息をついてしまいながらも。まぁ、こうして耳にした言葉や内容を整理することができる猶予というものが、この休息の中で得られるといいものなのだがと。ミズキの思考に、余計なほどまでの心配をしてしまいながら。


 ……まぁ、これも少女にとっては余計なお世話かと。ミズキのことを考え過ぎていた俺もまた一旦と思考を空っぽにし。……目の前で振り続ける雨音をじっと見つめながら、この一夜を一人静かに過ごしたのであった――――



【~次回に続く~】

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