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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
四章
202/368

回想:水飛沫泡沫 ③

 その目的地は遠く果てしないもので。それは数日と掛けて、私を運ぶ運搬車は揺れながら走り続けていた。

 食事もろくに与えられず。錠で奪われたこの不自由の身に慣れを。そして、もう、諦観と絶望によってあらゆる物事にも動じなくなり。目の前の変わらぬ車内の光景も。車両の軋む音も。揺られ揺すられるこの感覚も。その全てが、まるで幻のように思えてきて。


 意識が朦朧とするその日々を過ごし。この先にも待ち受ける新たな人生に、もはや何を抱くこともできない無感情に支配された私ではあったが。…………しかし。その日を境にして。……また、この行方に新たなる展開を迎えることとなるのだ――



 ……それは、車両が停止をしていた場面であったことは覚えている。

 朦朧な視界の中で。鈍感となった感覚の中で。今日も陽の光を浴びることのない生活を余儀無くされていた。――その時であった。


 ガタンッと。見回りや餌付けの決まりではない時間に突如と開く運搬車の扉。視界に光が差し込み。久方とも言えるそれに目を晦まし思わずと意識が蘇る。

 目的地に着いてしまったのか。自身の今後を定めるであろう市場へと赴くのかと。目の前の現実を受け入れ。抗うこともできないこの現状に従うがままその光のもとへと視線を送る。


 ……そこに存在していたのは。この眩しい陽の光を背に、逆行でシルエットとなった一つの人物。

 それが足早に近付き。その黒服の姿を眼前で見せ付けていきながら。この忌々しき黒服と男共に嫌悪を抱き睨み付けていったものであったが。……その次の時にも。その人物は、こう呟いてきたのだ…………。


『ふむ、この様子を見る限りは特別と異常は無いように見受けられる。メンタル自体は既にズタボロな、使い古された雑巾の如く傷付いたもので実に疲労困憊であるものであるし。必要最低限である食事によって空腹も満たされずに腹も空いていることだろう。今は正に極限の状態とも言えるべき少女の限界寸前であると思うが。まー、幸いにもこの俺へと睨みを利かすほどの余裕はあるようだね。で、あれば。その様子を見るに問題は全くと言っていいほどないことだろう。さすがは、独自の風習によって丹念と鍛え己を磨き上げた戦闘民族のアマゾネスなだけはあるか。……だが、しかし。女という生物への排他的な思考によるこの残酷な行いによって、哀れにも輸入されてしまった凄惨な命運を辿りしこの少女。そんな地域に長年と在り続け。且つ、これほどまでと鍛え学び耐え続けてきたものだなんて。そんな生活を強いられ、それでも己をここまでと成長させただなんて。さぞ、その日々は苦痛に塗れ。同時に、その生活における自身の在り方を確立させていたものであることが容易に想像することができる。なんて可哀相な人生を送ってきたことなのだろう。感動というものをあまりしないがために、映画では一度も涙したことの無いこの俺でさえ。この少女の運命には堪らず同情してしまえる。…………尤も、この俺は涙の一滴も流さないがね』


 一人で喋り。一人で色々と納得し私へと語り掛けてくるその男は。これまでと見てきた男共とは全く異なる独自の雰囲気を漂わせていて。正直、何よりも怖くさえ思えてしまったものだ。

 が、目の前の存在に呆然としてしまっていたその時にも。その存在は何かの鍵を取り出し。それを、私を拘束する手錠に挿し込み解除してしまうもので。


 ……その雰囲気は、あからさまに物品の運び込みではなく。そんな彼の行いに驚いてしまっている間にも。その彼は未だと喋り続けながら、この首輪の錠も解除し私を解放してしまった。


 ……一体、この人は何をやっているのだ?

 非道な人員の一部である存在に疑念を抱き。だが、その瞬間にも。その存在は手を差し伸べ。……この私に、そう言ってきたのだ――


『遅くなってすまなかったね。こうして安全な状態で君を助け出すためにも。前もっての下準備や行く手を阻む障害の仕込みやらで随分と時間が掛かってしまった。全く、こうしてこんなにもいたいけな少女を売り捌くだなんて。とても信じられない人間達なものだ。これが本当に同じ種族であることを頑なに否定してしまえて仕方が無い。っと、そんなことはどうでもいいのだ。それよりも、この差し伸べられた手を掴むことはできるかい? もし立ち上がれないとなれば、この俺が君をおぶって敵地から脱出を果たすという。映画さながらのアクション気質たっぷりな演出のもとで、その運命からの解放の手伝いを行うものであるのだが~……うむ、まーそうだろう。この俺の手を取ってくれたね。ありがとう。こんないたいけで、しかし外傷が目立ち顔色も悪く明らかに不健康である少女に。そうして自らの足を使えだなんて、とても残酷な行いであることにきっと違いなかったものだが。しかし、君としては何よりも自分自身しか信じられないことだろう。だから、その身を全て赤の他人に許すということができないだろうからね。だから、今は見ず知らずの手に導かれるストレスに多少もの無理を強いてもらうけれども。でも、安心したまえ。何せ、この俺が傍についているのだからな!』


 やけによく喋るその男に手を引かれ。私は立ち上がり。この運搬車から飛び出して。既に確立してしまっていただろう運命をその背に。今、新たな運命を前に捉えながら。……私は気付いた時にも、その彼と共に走り出していたのだ。


 運搬車から飛び出し。目の前に広がる真夜中の街中を、その彼と共に駆け抜ける。

 見渡す限りの光溢れ出す建物がそびえ建つ中で。しかし、周囲には人の影一つも無いこの街道を。その彼に先導されるまま。この予想だにしなかった展開に。私はただ、今こうして起こっている出来事に希望を見出し。その存在の背をずっと。ずっと見据えていたのだ…………。



『さー、着いた。ここが我がマイホームである、埃塗れであったその薄汚い一軒屋を清掃しリニューアルさせた、とある空き家さ』


 手を引かれ、黒服であるその彼に連れてこられたその場所は。人通りの少なく真夜中の闇が侵食する、細い裏道に沿うよう連なる建物の連続の一つ。

 その引き戸を開けて中へ入るよう催促されたために。こうして自身の身に起こっている出来事に未だと理解が追い付かない私は彼に従うまま、その建物の中へと入っていく。


 そこは、広々としていながらもまるで人気の無いもの寂しい内部。その構造に、あとは家具を上手く配置してやれば何かしらの事業を営めそうな建物の奥へと案内されて。軋む廊下を辿り歩き進めていったその先にもまた、人の集いに良さげである広々とした広間に案内されて。

 ……その中央にぽつりと配置された一つのテーブルと四つのイス。その内の一つには、彼と私のこちらを眺める。鮮やかなエメラルドピンクの髪と、鮮やかなエメラルドの緑に染まる体毛に覆われた身体の。白のYシャツと黒のジーンズを身に付けたモンスターの姿が……。


『わォ。ブラート。ブラート。そレ、なニ? ブラート。同類?』


『あぁ、ただいまグーさん。彼女もまた、グーさんと似たような境遇に立たされし悲運な存在の一人さ。つまり、グーさんと同じ……同類、だね。だから、彼女と仲良くしてやってほしい』


『同類、同類! わォ! どーるイ!! あっふふふフ!!』


 ……人間の言葉を理解し。多少なりとその言葉を使いこなすモンスターを前にして。モンスターと共存しているであろうその光景に抱いた驚愕は今も忘れやしない。


 女性であろうモンスターのいるイスへと連れていかれては。着席させられ久方となるマシな座り物に腰を下ろし。ここが一体何なのか。彼らは一体何なのかの詳細がまるでわからないその状況でありながらも。そんな彼の姿に何故だか安心感を覚えて一息をつく。

 テーブルに乗っていたコップを差し出され。彼が持つビンから飲み物を注いでくれて。その際にも、安心したまえの言葉ばかりを並べて私の警戒心を解くことに努めていくその姿勢に根拠の無い安堵を抱き。その飲み物を飲んで私は落ち着くことができたのだ。


 ……コップいっぱいの水だなんて、生まれて初めて口にした。こんなにも水分を摂取したことが初めてで。喉を伝い腹へ蓄積されていくその清らかな流れに幸福を感じ。そんな私の様子を見ては、黒服の彼も、モンスターの彼女も微笑み掛けてきて。


 ……その光景に、温もりというものを知った気がしたんだ。

 これが、人情なのかと。今まで空想だと思い込んでいた彼らの温かさに心臓が締め付けられる思いを抱き。…………次の時にも。私は無意識と、涙を流してしまっていた。


『なに、案ずるな。もう何も不安がることなんてないのだよ。これも、君がこれまでの不自由を耐え凌いできたご褒美なのだからね』


『……不自由? ご褒美? ……何を言っているの……? わからない。不自由って何? 自由と何が違うの? ご褒美……? ご褒美って。私、それが何なのかわからないから。これの何がご褒美なのかがわからない』


『…………ふむ。彼女の様子を見るに、どうやらあの農村はそれほどまでと非道的からなる指導を行ってきたようだ。全く、おふざけの度合いを悠に越えるその行為に。腹立たしく思えて今にも腸が沸騰してしまいそうだよ』


 私の言葉を聞いては、その誇らしそうな表情を歪めて怒りを露にして。でも、その顔に怯えるモンスターの彼女に見つめられては。おっとと零し微笑み掛けながら。そのまま私の方へと向き直ってきてそう伝えてくる。


『……それにしても、君は実に運が良い。というのも、こうしてこの俺が出向いた先に存在していたのだからな。こうした悪しき行いを滅ぼすための正義を遂行するこの俺の行動先にいたのだ。それはもう、その場所で凄惨な毎日を送ってきたであろう一人の少女が救われる運命であったことを暗示している。――が、そうして救えたものは飽くまでも少女の身柄のみであり。恐怖が刻まれてしまった彼女の心を救うことは、この俺であってもほぼ不可能に近しいものだ。いーや、この俺に不可能など全くもって無い。が……こうして、この俺でさえ手を焼いてしまうほど。それほどまでに、人の心というものは修復が利かないものなのだよ。でも安心したまえ。君はもう、あの村に戻らなくてもいいのだ。君はもう、あの場所で過ごしたような苦痛の毎日を送らなくても良いのだ。君はもう。何に怯え何に怖がり、何に傷付き何に苦しめられることも無い平穏な日々を手に入れることができたのだからね!』


『……苦痛の毎日を、送らなくてもいい……?』


 その当時の私には、彼の言葉がイマイチと理解することができていなかった。

 ……でも、そんな私でも。彼の言うその旨において、ある一つだけの事柄は理解することができた。


 ……それは。彼という存在が、この私に降り掛かった災難を退けてくれたということを――



【~回想:水飛沫泡沫 ④に続く~】

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