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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
四章
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回想:水飛沫泡沫 ①

 おれがこれまでと受けてきた仕打ちの数々が、女が生ける人形でしかないことを物語っていた。

 ……それは、女であること自体が認められない環境で生まれ。ただの生ける人形としてその運命を辿ってきた。女の水飛沫(ミズシブキ)泡沫(ウタカタ)がその身に体験してきたこれまでの全てが、そう証明していたんだ――――




 そこは、とても小さな農村だった。小さく規模の狭いその農村は、しかしそれとは裏腹にして。木製の建物が多く並び。大きく大きく広がる見渡すばかりの畑や。様々な者達が集う酒場までもが備えられた、活力溢れる賑わいの村としてその名を知らしめていたものだ。


 一見すると、それは外との交流に積極的である景気の良い農村であったことだろう。そして、それは他の地域から見ても一目瞭然で。それは周囲の小さな農村よりも栄えていたことに違いない。

 ……しかし、それらは全て。その農村の力関係を示すならわしの一環であり。古くから大事にされてきた、惨く非道的な行いによって成り立つ。人道から外れた決まり事によって栄える深遠な業が蔓延る穢れの地であったのだ…………。



 その農村を見渡すと、そこにいるのは、男、男、男。

 この農村は、何よりも"男性"という存在を礼拝し。まるで神の子の如く、その待遇の元で恵まれた環境と共に育っていったものだ。

 ありとあらゆる歴史や事象よりも男性を崇拝し。その地における男性を敬い信仰を捧げる。もし、このならわしが本当に古くから存在していたとすれば。世界の歴史から抹消された、かの『魔族』が猛威を振るい脅威を繰り広げていた時代にも。既にその農村ではそのならわしが何よりと重視され。その歴史が現在にも渡って受け継がれてきたと考えることができ。自然と生まれたであろう先代からの意思であるならわしの歴史に、一層もの深みが増すことだろう。


 この農村における、男性というものは。その、古くから存在するこの小さな地域が。外部からの強大な力に屈し滅ぶことの無いよう、生存するために大事とされ。この農村が周囲の脅威に抵抗すべく自然と成り立ったならわしの元であり。男性が何よりと重視されることもあり。その農村は、男の力を上手く活用した力仕事の事業を中心として資金を調達し生存し続けていたものだ。

 それは運搬や大工に留まらず。この世界に巣食うモンスターの討伐や撃退といった命懸けの事業を運営していたために。この農村で育つ男は皆、それ相応となる強力な実力を備えし屈強な戦士として各方面で活躍をしていたのだ。


 ……その、何よりも男性を信仰する農村の中。皆の期待を裏切る形となって生まれてきたのが、"私"である。

 女として生まれてきた私を見て、皆はため息をついた。せいぜい、こうして子を増やすための人員としては価値があるだろうその私の待遇は。赤子の頃から数年数十年と経過したその過程全てにおいて。同じ生き物の扱い方ではない、とても醜く酷い仕打ちばかりのものであったんだ――



『っち。こんな軽い物一つも運べねぇのかこの女はァ?? ったくこれだからほんと、女というものは忌々しい生き物なものなのだ。……っおい!! もっと力と気合いを入れろぉ!! それだから、周りから虐められるんだぞぉ~?? って、まぁ女なものだから男に劣る不完全な劣等生物なんかが虐められて当然なもんなんだがなぁ。――おいこの役立たずがァ!! 時間が無いってのにすっとろんだよ!! これは遊びでやっているんじゃねぇんださっさと運んでせいぜい役に立ってみせろこの女ァ!!!』


 まだ生まれて数年という月日しか経過していない小柄の女。しかし、目の前にそびえるその重量は。大人の男が二人分と乗っているであろう、その小柄では明らかに運ぶこともできぬこの上ない大きな大きなとても重い木箱。

 そもそも持ち上げることすらできない眼前の物体を持ち上げようと。その手を側の穴に入れて力を入れるが。しかし、力む全身以外もの変化が訪れること無く。それは一向と、微動だにしない。


 それに呆れた顔を見せて。その地面を踏み締めるようわざと音を立て、怒号を喚き散らしながらずんずんと歩いてくる大の大人が近付いてきて……。


『もういい!! さっさとどけ!! たかが女風情が、こんなこともできねぇ劣等をウチの担当に送り込むんじゃねぇよ!! 面倒な存在だ。時間の無駄だ!! どけっ!!!』


 後頭部で縛っていた髪を鷲掴み、力ずくで退け遣り捨てるようその小柄を投げ飛ばす。

 地面に転び、身に付けていたTシャツとジーンズを砂埃で汚し砂塗れとなって。小柄のそれへと気にすることもなく、重荷を容易く持ち上げ呆れ気味に呟きながら歩き去っていく大人。


 舞い上がる砂埃に包まれ。器官に入りむせながら、涙ながらと視線を上げる。

 そこには、こちらを嘲笑う輩の姿。皆が男で。大人子供関わらず皆がその重荷を持ち上げその場の作業に取り掛かっている。

 内、年齢が多少と上であろう一人が歩み寄り。その下種な顔を曝け出し吐き捨てるよう言ってくる。


『おい、なにそこで寝転がっているんだよ? 全員が働いているってのに一人で休んでいるんじゃねぇよ劣等。……なんだぁ? その目ぇ。なんか生意気だなぁ? ――お前のような女なんか、ここに必要なんかねぇんだよ。でも特別に居させてもらっている身とは思えねぇ偉そうなその態度、ムカつくわ。あとで食料庫の裏に来い。仕事終わりにでも、お前を男として鍛え直してやる』


 目の前で影が動くと同時に、この顔に靴先の蹴りを入れられ。その衝撃で仰け反り痛みを伴い。そうして痛がる様子にその場の全員がほくそ笑む。

 その後にも、食料庫の裏で集団の男からたこ殴りにされた。日頃から鍛えられ筋力のある男共から食らう拳や蹴りは、この小柄では到底耐えることもできず。血を流し痣を残し目を腫らして。今日は、女として生まれてきてごめんなさいと謝罪させられ。この日はそれで勘弁してもらうこととなった。


 昼間は肉体労働で毎日と傷付いて。夜間は家族から冷たい目で見られながらの気まずい食事を行う。

 ここは、男四人女一人の五人兄弟からなる六人家族。……この農村において、その人間の母となる人物は存在などしない。それは、この家庭も例外ではなく。私はこの目で、母となる人物を見たことが無かった。


 村が栄えていたこともあり、食事はどの家庭も貧相ではなかった。……でも、女である私の食事は。周りの家族よりも少量で十分にも腹を満たすことができなかったものだ。

 家族は、私という存在を極力と視界に入れないよう冷酷な姿勢で振舞ってきた。勿論、私も皆に気を使って会話を交わすことがなく。……そもそもの話として。女である私は、そのならわしによって男との会話も許されていなかった。


 勉学も男のみが受けることができ。私はこの言葉や国語、算数などの基本は全て独学で補ってきた。それも、この私には食事と衣類、寝室以外のものを与えられなかったため。周囲が口にするそれらの知識を聞き逃すことなく耳にしていき、そこから様々な基本となる勉学を学んできたものだ。


『弱い!! 誰もができる格闘の基礎がどうしてこうもなっていないんだ!! これだから女というものは嫌なんだッ!! おらさっさと立てぃ!! 今日の戦闘技能は終わりだ!! いつまで経っても弱いままな貴様の姿など今日はもう見たくもない!! そんなヤツを指導しなければならぬ俺の身にもなってみろこの劣等生物がッ!! っ何を見ているんだ!! さっさとここから出て行けと言っているのが聞こえないのかこの女ァ!!!』


 この日もまた、昨日に加えてと新たな傷を増やし。身に染みる痛みと苦しみのままに、私はただただ目を腫らし泣いていた。

 泣くその姿を嘲笑う連中を他所にして。この農村のはずれにある丘へ行っては、そこで気が済むままに声を上げ涙を流し続け。そして、義務として持たされていた木刀を取り出しては、一人で続きとなる稽古に励んでいく。



 ……私は、こうして毎日と馬鹿にされ続けることが悔しくて悔しくて仕方が無かったんだ。それは、女として生まれてきてしまったが故の運命ではあるが。しかし、そんな弱く脆く男よりも不完全で儚い女であっても。強くなることであれば、まだ十分な望みがあったのだ。


 この農村は、男性という存在が何よりと大事であり。それでいて、この農村を守れる屈強で頼れる強力な戦士が重宝される。

 ……そこから、生まれてすぐに様々な目に遭わされてきた私には、ある目標が存在していた。――それは、この農村に住まう男共よりも強くなり。皆を見返し、皆に認めてもらおうという。清純な想いからなる純粋な野望。

 例え、この農村では穢れとして皆から邪魔者扱いされる劣等生物の女であったとしても。その女がどの男よりも強ければ、その実力に皆が"この私を必要としてくれる"と考えていたのだ。


 それは、この農村で過ごす酷く惨い生活の中で餓えた。"この存在を誰かに必要とされたい"という渇望を動力源とした、我ながらと図太い精神による思考の末の結論であった。


 その日を夢見て、私は今日も一人でこの木刀を振るい。夜には愛情も無い生活を強いられ。朝には奴隷のようにこき扱われて。昼にはふざけや本気の怒りが交わる理不尽な目に必死となって耐え続け。

 ……でも、それでも。私は、この、誰かに必要とされたいという渇望を諦めることは無かった。ズタズタにされ、ボロボロにされ。痛くて苦しくて、辛くて悔しくて泣き続ける毎日に悲しい思いばかりが募り。それでも、この農村で義務化された訓練とは別に。その自由時間のほぼ全てを、自身を高め皆に必要とされるための努力へと費やしていったものだ。


 ――ここまでと説明をしていく内にも、その念にある疑問が浮かんできたことだろう。……それは、『それじゃあ何故、これ以上もの苦しみから解放されるためにその農村から出なかったのか』という。これまでの全てを一瞬にして解決へと至らせる極論。


 ……それを考えた時も、数え切れないほどとあった。

 しかし、この、皆から馬鹿にされたままでは終わりたくなんかない。という負けじの信念と。この努力の末に、どの男よりも上回る実力を見せ付けて驚かせてやろうと。この、私という存在を必要とさせてやろう。という野望を抱き頑張ってきてしまったものだ。


 ……でも、それとは別に、この農村にはある決まりがあったのだ。

 ――それは、この農村で生まれた女は。例えどのような事態と直面しようとも、この地から一切と出てはならない。という、女への排他的な考えとは全く異なる決まり事がならわしとして存在していたために。律儀にもそれを守り。又、抜け駆けとして農村からの脱出を試みようとも。その栄えた農村の見張りを潜り抜けることも不可に等しいために。私は、この地からの脱却などは到底、遂行する思考などを持ち合わせなんかしなかったものだ。


 ……しかし、その"女への排他的な考えと全く異なる、ならわしに沿ったこの決まり事"が。まさか、こうして理不尽な目に遭わされ続ける私を、更なるどん底へと突き落とす非道的な出来事へと繋がることになるとは。その"決まり事"の訪れまで。これまでの生活の全てが、そんな展開へと陥れるための付箋であったなどとは。その当時の私はまるで予想だにしなかったのだ――――


【~回想:水飛沫泡沫 ②に続く~】

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