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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
一章
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出会い

 目が覚めると、俺は茂みの中で横になっていた。


 顔に刺さる葉の先端に鬱陶しさを感じる。

 せっかくのゲーム世界だと言うのに、そんな夢の無いことを考えながら。俺はうつ伏せの身体をゆっくりと持ち上げた。

 あぁ、よくある平原から俺の冒険が始まるのだなと。そんな意外性への薄い期待感を抱きながら茂みを掻き分けていく。が、しかし。茂みから覗いたゲーム世界の光景は、俺の期待を遥かに超える驚愕なものであったのだ。


 それは、多種多様の花が咲き誇る、鮮やかな色合いに包まれた若葉色の草原。何杯でも飲めてしまえそうな、清く透き通った輝く湖。逆に飲み込まれてしまいそうな闇が広がる、深緑の世界で形成された森林。

 自然の緑が広がる幻想的な光景の奥には、自然による彫刻で造形された灰色の美しい山脈が。天を仰ぐと、綿菓子のように形が整った雲と、世界を覆う青空と世界を照らす太陽が存在している。


 幻想的だ。いや、もはや幻想だ。

 目を疑う美しき光景を前に、俺は思わず唖然として開いた口を閉じることが出来なかった。茂みの中で。

 頭に葉を乗せた間抜け面。目まぐるしく巡る俺の思考。本当にゲームの世界に来たのだなという改めての実感。

 それらに感動を覚えると共に、今にも始まった俺のRPG主人公ライフに心を躍らせたその時であった。


「――フンフン。フンフンフーン」


 可愛らしい、一つの鼻歌。

 乙女を思わせる鼻歌を耳にして我に返った俺。開いた口を塞いで、その声のする方角へと注意深く視線を向ける。

 その視線の先には、ある変哲もない巨大な岩石が落ちていただけであったのだが――


「――ランランランララ~ン。ララララ~……ウフフ」


 なんと、巨大な岩石の陰からひょっこりと、白髪ポニーテールの大人びた少女が姿を現したのだ。


 身長は百六十九くらい。健康的な色白の肌。厚く束ねられた、白髪のポニーテール。純粋な黒の瞳。活気溢れる口元。

 大人びた黒で統一された革のジャケット。何かに対する情熱を感じる、暗めな赤のチュニック。ジャケットに合わせた大人な黒のストレッチジーンズ。デキる女を演出させる、動きやすそうな黒のショートブーツ。


 なんともスタイリッシュな雰囲気を身に纏いながらも、その少女は甘い乙女のような声でピンク色の花を摘んで匂いを嗅いでいる。

 また一つ摘んでは鼻に近付け、満足げな笑みをこぼす。この幻想的な自然を心から楽しんでいるその彼女の様子には、見ず知らずの俺も思わずほっこり。


 そんな少女に見惚れる形で眺めていると、少女は何かを察知したのか急に辺りを見渡し始めた。

 あちこちへ振り返っていく少女。少しして、少女と目が合った俺。茂みから顔を出す間抜けなこちらの姿を発見した少女と俺は、沈黙の中でしばらく見つめ合う。

 ……と、ここで状況に整理がついたのか。今の俺の状況に感化されるかのように、驚愕による間抜けな声を発した少女。手に持っていた花を思わず落としながら一歩退いてこちらの様子を伺い始めた。


 見てはいけないものを見てしまった。少女の表情が物語る、そのドン引きな様子。まぁ、傍から見たら当たり前だろうな。俺だって、誰かに茂みの中から覗かれていたら怖いもの。

 最初こそは、俺を奇怪な物を見る警戒の眼差しで見遣り続けていた少女。が、少しして何かに気付いた様相を浮かべた少女は、急に俺を心配するかのような調子で声を掛けてきたのだ。


「ちょ、ちょっと。そこの茂みにすっぽりと納まっているそこの貴方! ……何だか変わったようなことをしているけれど。だ、大丈夫? 何かあったの??」

 

 まだ困惑気味な少女ではあったものの、なんと彼女は俺のもとへ走り寄ってきた。

 こんな、茂みから顔だけを覗かせた男によくそんな軽快な足取りで近付けるなぁ、と。もはや自虐を持ち出した思考を浮かべていた俺のもとに到着した少女。


「あ、あら。こ、こう見てみると、顔は結構イケるじゃない……。無難に顔の整ったイケメン君が、こんなところで一体何をしているというの……?」


「え。あー……いや。これはー……その」


 褒め言葉に添えられた、困惑の眼差し。より一層、謎が深まったと言わんばかりの困り顔で尋ねてくる少女。

 正直、これ以上彼女を困らせるわけにはいかないか、と。やっとのことで体を動かし始めた俺は言葉を詰まらせながらよっこらせと起き上がる。

 未だに向けてくる困惑交じりの視線。彼女の痛い視線に耐えながら俺は起き上がった――のだが、その瞬間にふと意識が途絶えた。


「ちょ、ちょっと! どうしたの!? って――貴方、やっぱりそれ……! その傷……だいぶダメージを負っているじゃないの……ッ!!」


 気付いた時には、少女が両手で俺の無気力な体を支えてくれていた。どうやら、俺が倒れかけたところを彼女が支えてくれたらしい。いやぁ、本当にありがたい。

 ……って、俺がダメージを負っている……?


「貴方の体力――マ、マズい……! あ、貴方、このままだと死んじゃうわ! えっと、それじゃあ取り敢えずじっとしてて! 私が今すぐに手当てをしてあげるから!! ということで、はい! 口開けて!!」


 そう言うなり少女はどこからか草の束を取り出し、なんと躊躇いも無く俺が唖然として開けていた口に勢いよく突っ込んできたのだ。

 息の詰まる音。突然の出来事で声を漏らす俺。なんだ、次は俺が困惑する番というわけか?


「ほらっ! いいからこれをいっぱい食べてッ!! ほら、もっと。もっと食い意地を張ってっ! ほらもっと豪快にモグモグしなさい!! じゃないと、貴方死ぬわよッ!!」


 口いっぱいに草を詰め込まれながら、死ぬわよと脅迫をかけられるこの図。なんだこれは。

 そんな彼女の言いなりになって、苦味が溢れ出す草をただひたすらに噛み締めていた俺。すると、この無気力だった体にみるみると力が入り出したのだ。


「……あれ、あれ……? 急に力が湧いてきた……?」


「ふぅ、危なかったわね……」


 安堵の表情を浮かべて、額に浮かべた汗を袖で拭う少女。

 彼女の様子からして、どうやら俺は助かったらしい……?


「貴方の体力、もう瀕死になる寸前だったのよ? ホントに危なかったわね、助かって本当に良かったわ。あっ……もしかして、敵と出くわさないようにあの茂みの中に隠れていたっていうことだったの……?」


 なんて都合の良い展開なんだ。

 特にやましい気持ちであの茂みにいたわけではなかったが、俺はこの少女の疑問にのることで現在の不審に思われている状況を切り抜けることにした。


「そ、そうなんだよ! あ、あぁ。あぁ~危なかったなぁほんと。いやぁ君のおかげで助かったよーアハハ……ッ」


「ウフフ、なぁんだ。それなら納得! もう私、ホントにビックリしたの。だって、あの茂みの中から見知らぬ男の人がじっと覗いてきているのだもの。最初はアブない人かと思ってすごく怖かったけれど、今の返事を聞いて安心したわ。あの眼差しも、実は私へ救いを求める眼差しだったというわけね。助けになれて本当に良かったわ」


 怖がらせて本当にごめんなさい。そんなつもりは無かったんです……。

 でも、助けてくれて本当にありがとうございます。体力が瀕死寸前って、俺の主人公生活がまさかの出だしで終わるところだった……。


「あ、そう言えば自己紹介をまだしていなかったわね。私は"ユノ・エクレール"! 冒険を始めてからそれなりに長いけれど、別に本格的な旅なんかは別段していないお気楽な旅人よ!」


 ユノ・エクレールと名乗る、クールビューティながらも可愛らしい一面を兼ね揃えた少女。

 先程までの緊張を解いたことによって、本来の顔であろう太陽のように眩しい笑顔で自己紹介を行うその姿。彼女の姿が、なんだか眩しい。


「さ、さっきは助けてくれてありがとう。俺はアレウス・ブレイヴァリーっていう名前なんだ。よろしく」


「アレウス・ブレイヴァリー! へぇ、その顔に見合ったカッコいい名前ね!」


 口元に手をあてがいながら、木漏れ日のように優しい笑顔で笑い掛けてくるユノ・エクレール。

 カッコいいけど、カワイイ。彼女の第一印象に相応しいこの笑顔に、俺は自然と見入ってしまっていた。

 って、今はそんなことを考えている場合じゃないな。話の流れ的に、俺も彼女の名前を褒めなければ……。


「え、えーっと。ユノも――エクレール……エクレアみたいで、なんだか美味しそうな名前だね?」


 いや何言ってんだ俺! ほぼ初対面の女の子相手に美味しそう言う男がいるか!!


「あらっ。お、美味しそう? ……フフッ、エクレールはエクレアと同じ意味よ? ありがと。私、エクレア大好きだからすごく嬉しい褒め言葉! ……にしても、名前の感想が美味しそうだなんて。貴方、なんだか変わった人ね」


 俺の致命的ミスはなんとかやり過ごせた模様。

 安心してホッと一息をついた俺だったが、そんな俺に急接近するかのように、ユノは俺の顔をじっと見つめ始めてきたのだ。とても興味深そうな眼差しで。


「……な、なに?」


「……なんだろう、この感じ。理屈では説明出来ない勘のようなものだけれど……貴方、なんだかすごく面白い人なのかも。貴方にちょっと興味が湧いてきちゃった。私、冒険することが大好きだから、貴方のような不思議な感情にさせてくれる人が魅力的で大好きなの」


 潤う唇に指を当てながら、覗き込むようにこちらの目を見つめ続けてくるユノ。

 クールビューティな少女に間近で迫られた、この高揚する緊張感。正直、このまま見つめ続けられたら惚れてしまいそう。そんな魅力を放つユノに見つめられていたその時であった――


「――――ッ!!」


 突然、周囲から複数の物音。

 草木を掻き分ける音と共に、ユノは警戒しながら機敏な動作で物音の方角へ振り向く。

 一体何が起きているのか。今の状況にまるで追いつけない俺は唖然として棒立ちしていると、俺とユノの前に広がっていた森林の奥から、三匹のオークが歩いてきたのだ。

 イノシシの頭を持つ、人型のモンスター。それぞれが剣を所持しており、今にもこちらへ襲い掛かってきそうだ。


「下がってて、アレウス!! 武器が無いのでは、貴方は戦闘に加われない! だから、ここは一旦私に任せて!」


 腕で俺を制すると同時に、ユノはオークの群れに向かって右腕を勢いよく振るい始めた。


召喚(イル・ミオ)(・バディ・)黒き獣(ジャンドゥーヤ)ッ!!」


 ユノが高らかに唱えると共に彼女の頭上から現れる、漆黒と紅の魔法陣。禍々しき情熱を宿した浮かぶ魔法陣が回転すると、なんとその中央から一匹の獣が待ってましたと言わんばかりに飛び出してきたのだ。


 体高は二メートル。体長は三メートル。漆黒のケルベロスを思わせる獰猛な犬の頭。熊のように巨大な漆黒の体。逆立った毛並みを揺らしながら、蛇のようにうねる漆黒の尻尾。

 頭部から生える、二つに枝分かれした悪魔のような二本の巨大な角。顎から伸びる、足元の地面を覆いし漆黒の体毛。


 悪夢だ。この一言に尽きる、目の前の獣。それを目撃した俺は堪らず後ずさる。

 そんな獣がオークの群れを発見するや否や、唸ると同時に全身から紅の線を浮き出し始めた。

 規則的に伸びる紅の線は、未だに浮かぶ魔法陣に相応しき悪夢からの使者を演出。威嚇を行う獣の顎から伸びた体毛は一気に逆立つと共に、怒れる獅子のような姿へと変貌を遂げる。


 ここって本当にRPGの世界だよな。こんな怪物が出現するだなんて、もはや即死に定評のあるダークファンタジーじゃあるまいし。

 そんな漆黒と紅を纏う一匹の獣を目撃し、俺は訪れるべき世界を間違えたのかと錯覚。それほどまでに、目の前の獣は圧倒的なその容貌でオークの前に佇んでいた。

 そして、獣の戦闘準備が整ったのか。その飼い主であろうユノが背後で立ち尽くす俺のもとに振り向きながら、元気いっぱいな眼差しとやる気まんまんな表情で喋り掛けてきたのであった。


「アレウス、用意はいい? もうさっきみたいなボロボロな姿にならないように、この私が戦いの基礎をもう一度教えてあげる! さぁ、グズグズしていられないわよ! 覚悟はいいかしら? じゃんじゃんびしばしと行くから! それじゃあ、ユノ式・戦闘チュートリアルの開始よ!!」

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