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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
四章
199/368

雨音と少女

 地に降り注ぐ雨音を感じ取り、重い瞼へと意識を向けてゆっくりと目を覚ましていく。


 視界を広げ、地面に沿う形で傾げていた視点からその場を捉える。

 ……そこは、既に日の落ちた宵闇と。ほら穴と思わしき空間の暗闇が織り成す殺風景なその光景。洞窟の外では茂る緑に響く雨音。跳ねる飛沫が地面に当たり飛び散っている。


 微かに灯るぼんやりな灯りに、備え付けのテントが付近に設置されているのを把握して。

 ……思い返す限りであると、俺はフィールド:デスティーノ・スコッレと風走る渓流にて荒れる激流に飲まれたはずだと。行く先で出くわしたモンスター:ドラゴン・ストームの暴風に吹き飛ばされ。パーティーメンバーである皆と散り散りになってしまったはずだと。


 水中という身動き不能である状況下から、こうも地上で目を覚ますという不可思議な現象に疑念ばかりが浮かぶ中。その真相を確かめるために、この腕へと神経を送り。地と平行になる上半身を起こし。重い頭を持ち上げてその場を見渡して。


 ――すると。そのぼんやりな灯りの中から、膝を抱えるよう座り込む存在がこちらへと向いてくるのを確認することができたのだ……。


「ッ。ミズキ……?」


「…………」


 襟の立った白の上着に、灰と黄の七分丈ズボンという快活な少年を思わせるその少女。その見慣れた姿と、しかし、少女のトレードマークとも言えるべき白のキャスケットは身に付けておらず。髪はいつもの、赤レンガのような茶色のショートヘアー……ではなく、その身長百六十五の腰まで伸びる長髪を垂らし地面につけているといった具合のもの。


 少年へと成り切る少女にしては珍しいその光景につい、それについて尋ね掛けたくなってしまう。

 だが……如何せん、この不仲な関係だ。これまでの展開的にも、目の前の少女のプライバシーにはなるべくと関わらない方がいいことが確実であったため。俺はこの言葉を飲み込み、それとは異なる問い掛けをすることにした。


「確か俺は、あの激流に流されたはずだったんだが……これ、ミズキが俺を助けてくれたということだよな? ……皆の姿が見えないな。もしかして……自分の身を挺してまで。あの激流に流された俺のもとへと、危険を冒してまで助けに行ってくれたということなのか?」


「……だから何」


 その無愛想な様子はそのままに。こちらに目も合わせず捨て置くよう呟くミズキ。


「だから何もなにも……まさか、ミズキが俺のことを助けてくれるだなんてな。――いや、旅路を共にする仲間としてこんなことを言ってしまうのはあまり良くない表現なのだけどさ。でも……てっきり、俺はミズキに見放されているかと思っていたものだから。……何だか、すごく嬉しいよ。ありがとな、ミズキ」


「…………」


 その無愛想の眉間にしわを寄せて。如何にも不快そうな表情を露骨にも見せていきながら。……だが、それとは打って変わり。次はこちらの番だと、ミズキがその口を開いてくる。


「……その前にも、おれはおまえに助けられた。これは、そのお返しっていうだけのこと」


「俺に助けられた? ……それって、いつの話だ?」


「…………」


 少女の言葉に、まるで心当たりが無い。

 いや、もしかしたら知らずの内にそんなことをしていたのかもしれない。それか、何かしらの事情で記憶が飛んでしまっていたか。

 そんな、少女の言葉に何かが抜け落ちた記憶によるもどかしさを感じながら。だが、こうして間抜けな様相を見せる俺へと、ミズキは続けていく。


「それは敢えてとぼけているのか? おれの良心をからかっているのか? この薄鈍人間が。心地の良い言葉ばかりを浮かべ躊躇いも無く発していくその脳みそまでもがすっとろくなったか。ブラートの兄さんに認められているからと言って、これ以上とおれをなめるな」


「……俺、本当に心当たりが無いからさ。そのミズキの言葉が、ただの罵倒にしか聞こえないもんなんだが……」


「…………この薄鈍人間」


 その内容は、俺を馬鹿にする旨のものであった。――が、その声音からは、まるで嫌悪感を伺うことができない。

 立てた襟に口元を埋めるよう顎を引き。この動作がまた、何かを悟らせないようするためのものに見えたから。


 ……なんだか、この少女のことが余計にわからなくなってきた。今までに見せたことの無いミズキの表情に悩ませていくその中で。……前触れも無く、少女のもとから腹の虫が響き出す。


「…………ミズキ、腹が減っているのか?」


「ッ――それが何だよ! この薄鈍人間」


 動揺し一瞬とこちらへと視線を向け。すぐさま背けては恥ずかしそうに襟へと埋まるその顔。

 そのまま縮こまり。全身に力を入れて何かを耐え出して。しかし、その腹の虫はより一層と鳴き出し。この勢いは俄然収まることを知らず、その自己をやけに主張してくる。

 その度に、びくっとして。埋まり、眉間にしわを寄せて頬を赤く染める。だが、そんな少女の抵抗も虚しく。それはとうとう、地を伝う音の振動を――


「――ッおれに手間を掛けさせたからこうなるんだ! こんな見知らぬ地に放り出されてしまったのも。こんな人間と一夜を共にする窮屈な思いをしなきゃいけないのも。こんな、抵抗もままならない辱めを受けなきゃならないのも。これも全部、薄鈍人間のせいだ!」


「腹が鳴るのは誰だってそうだろう……。そんな恥ずかしがることなんてないさ。俺だって、こうして静かな場所であればあるほど、ミズキのような大きな腹の音を立ててしまうものだし」


「おれはおまえじゃない。薄鈍と一緒にするな、この薄鈍人間」


 静かな様子でありながらも、それは必死となって言葉を連ねていき。

 ……そんな恥ずかしがるミズキの姿は、紛れも無い女の子であることがよくわかり。これまでと演じ切っていた男を思わせない少女の新たな姿に、なんだか新鮮味を覚えてしまう。

 だが、これ以上と少女に恥ずかしい思いをさせては可哀相だ。そう思い、俺はアイテムポーチを探り。ふと見つけたその品をどこからともなく取り出しては、ミズキへと差し出していく。


「マスターシェフからもらった弁当、そう言えば俺が持っていたんだったな。ほら、ミズキ。これを食べれば腹鳴りが収まるだろ」


「…………」


 チラッと、俺の手元を確認して。

 ――次にも素早く手を伸ばし。俺から奪い取るよう弁当を手にして。これはもう誰にも渡さんと言わんばかりに睨みを利かしながら大事そうに抱えるミズキ。


 それを眺め。手を付け、中身を覗いて。

 NPC:ラ・テュリプが用意してくれたそれをじっと見据えながら。……少女はこんなことを言ってきたのだ――



「……おれが女であるから、おれにここまでのことをするのか?」


「え?」


 問い掛けの意図がわからず、思わずぽかんとしてしまう俺。

 そんなこちらに、ミズキは続けていく。


「おれが異性であるから。おれが、男に劣る女であるからここまでのことをするのか? それとも単に、二人きりという空間に唆され女であるおれに欲情でもしたか。……女は、男よりも非力で弱く脆く不完全で儚い生き物だ。どうせブラートの兄さんを除くおまえら男共は、女はただ子供を産むだけの生ける人形としか見ていないだろうさ。――おれが女だと知った今。男であるおまえもまた、おれを異性として意識し。自身よりも格下であるおれのことを見下しながら接しているんだろうよ」


「――なぁ、ちょっと待ってくれ。俺、ミズキの言っていることがよくわからないんだ」


「とぼけるな。男は皆、女を見下しながら生きている。どうせ、男よりも何もできない。ただそこで蠢くだけの人形としか見ていないんだ。だから、ここまで手を掛け。ここまで優しくし。性の衝動に任せて媚を売り。我が物として思うがままにする。おれのような女は所詮、男共に好きなようされるだけのただの人形さ」


「人形人形ってさっきから……そもそも、ミズキのことを、女性のことをどこからどう見たら人形だと思えてくるものなんだ? 俺は、こうして命を宿して生きている男性も女性も皆、同じ人間だと認識しているものだから。だから俺、ミズキの言っていることがイマイチ理解することができなくて……その言葉への反応に困って、ただ首を傾げてしまうばかりなんだ」


 俺の言葉に、逸らしていたその視線をようやくと向けてくるミズキ。


「表ではそこまで意識していないだけだろうさ。でも、裏では。心の奥底では、男は女を見下して生きている。分かってるよ。どうせ、女は男にとって、ただ都合が良いだけの人形なのだから」


「? ?? ……逆に問いたいんだが。何故、女性のことを生ける人形だと思わなければならない? だって、どこからどう見ても、女性も男性と同じ人間じゃないか。それなのに、ただの都合の良い人形だなんて……そんなの、あまりにも酷すぎやしないか? 女性だって同じ人間であるのに。何故、そんな彼女らを俺達は下に見なければならない? 力が弱いからだとかなんだとか、そんな理由を並べているが。それって……こうして聞いている限りでは、ただの差別としか聞き取れないじゃないか」


「…………」


 沈黙する少女。

 それは、何か考えをめぐらせている思考の様子を伺えて。襟に顔を埋めて悩み。その赤レンガのような赤みを帯びた瞳をこちらへと向けながら。……その少女は。あることを語り始めたのだ――――


「……おれの受けてきた仕打ちが、それを証明している。……いいよ、これを納得させるためにも。ブラートの兄さんとファンさんの二人しか知らない、おれの辿ってきたこれまでの話をおまえにも聞かせてやるさ――――」



【~次回に続く~】

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