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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
四章
198/368

フィールド:デスティーノ・スコッレと風走る渓流 ②

「……いえ。――待って、皆」


 ふと、先導していたユノがその足を止める。

 その声音は、彼女にしては珍しい低めのものであり。それは、緊張を巡らせたり真剣である際に発するそれであったために。俺も皆も、ユノの調子に疑念を抱きながらその場に立ち止まる。


 力強く吹きすさぶ風の中。しばらくと佇んで周囲へと視線を向けていくユノ。真っ直ぐな瞳の、何かを探るかのようなその表情は。まるで、何かに警戒をしているかのように見受けられる……。


「……さっきからずっと、何かがおかしいと思っていたの。デスティーノ・スコッレの風走る渓流という場所自体は、元々から強い風の吹く地域ではあるのだけれども。でも……それにしても、さすがに今日の風は激しすぎるわ」


「ユノ。元々はこんなに強い風ではないのか……?」


 白色のポニーテールをなびかせる彼女へと尋ね掛けるものの、俺の声は届いていなかったようだ。

 ……それほどまでに集中をしていたということか。であれば、熟練冒険者であるユノがそこまでの集中を注がなければならない事態に、今はあるということなのか……?


 ……俺は俺で色々と考えていたその中で。時間差で、ユノが先の問い掛けに答え始めていく。


「今までにも何度か、この先にある風国にお邪魔をしたことがあったけれども。その何度かの際に流れていた風はいつも、こんなにも強くなかったように思うの。だって、足の力を抜いた時にも身体が飛んでいってしまいそうになるこの強さは、まだ私の未だ知ることもなかった未知そのものなのですもの」


 ユノの、まるでレーダーのような貪欲な探究心が、この場における異変を感じ取っていたようであり。未知を求める彼女の好奇心が、こうして冒険にも活かされていることに驚きを抱きながらも。

 一向に警戒を解くことなく、辺りを探り見渡し……そして。ユノはその言葉を口にしたのだ……!!


「――えぇ。えぇ。いいわ。いいわね……これは何か、私の未だ知らない未知が潜んでいるということなのね……!! 面白いわッ!! その挑発、喜んで受けて立とうじゃないのッ!!」


 俺はユノとは違うから、そんな未知なんか無くてもいいんだけどなぁ。

 ……しみじみとそう思い。しかし、彼女をここまで言わしめる今回の事態に、瞬間にも俺は良からぬ予感ばかりが脳裏に浮かんできてしまうもので。


 ……まさか、ゴール付近にも近付いて本当に何もないよなと。そんなことを考えていた最中にも――――その時、ユノとペロが機敏な反応を示し始めたのだ。


「ッ――ペロ君も気付いた!?」


「あぁ……ああぁ~……オレっち、こんなものなんかに気付きたくなんか無かったんだけどよォ~……でもよォ、あぁ……知りたくもねェことをこうして気付いちまうだなんてなぁ。こんなときなんかはよォ、この鋭い五感が不便に思えてきてしょうがねェんだ……」


「えぇ。その五感が、とても頼りになるわ」


 ペロの青ざめた顔へとそう言葉を掛けていくユノ。

 直にして、その場に置いてけぼりとなった俺とミントとミズキへと振り返り。その真剣な様子で、ユノはこう言い放ってくる。


「アレウス。ミントちゃん。ミズシブキ君。いい? 冷静になって、よく聞いて頂戴。――私達、とんだタイミングでこの場所に来てしまったみたいなの。これは、ペロ君も怖がってしまうほどの事態であって。ペロ君が怖がるということは……そう。この近くに、モンスターが存在しているということなの。……それも、何かただならない存在となるモンスターが……!!」


 彼女の言葉を聞き、ミズキは咄嗟に武器を取り出す。

 ユノもまた、右手の甲に漆黒と鮮紅で彩られた獣のような紋章を浮かばせて構えていき。その様子はもう、明らかに臨戦態勢であったために。

 ……ここはキャンプ地ではないフィールド。で、あれば、その展開は容易にも想像できてしまえ。俺もまた、その存在の情報を得るためにもミントへと指示を下していく。


「ミント。ユノが警戒しているモンスターの情報をスキャンすることはできるか?」


「はい。少々ものお時間をいただければ、このフィールド:デスティーノ・スコッレと風走る渓流の情報を分析し。現在におけるステージの詳細を割り出すことが可能でございます」


「よし。それじゃあ早速、スキャンの方を頼んだぞ! ミント!」


「承知いたしました」


 頷き、少女の周囲にはホログラフィーが出現する。

 淡く透き通る水色のプログラムが画面となって周囲に漂い。触れることのできない表面上のデータに走る白い線やルーペのような円がホログラフィーに巡っていく中。プログラムの機械音をこの渓流に響き渡らせ。ミントは個人の作業を着実とこなしていく。


 ――その瞬間だった。



「――ッ!! ミントちゃん!! 危ないッ!!」


 ユノとペロが上空へと振り向き。ユノが咄嗟の大声を上げ出し。

 次の時にも、圧し掛かるよう頭上から降り掛かって来た巨大な暴風。その勢いに堪らずと地面に打ち付けられる俺とミズキ。

 その俺の真上を通ったのであろう横切る大きな存在を感覚で感じ取りながら。その通りすがりの風圧に抗うこともできず吹き飛ばされて地面を転がってしまい。


 全員が散り散りに。しかし、小さなミントを守るよう、その身体を包み込むように覆い被さり。だが、その丈夫な身体を以ってしても大ダメージを受けたであろうペロのダメージボイスが響く中で。俺と同様に地面を転がるミズキと。先の暴風を耐え凌いで一人佇み、空を飛ぶ"それ"を真っ直ぐと見つめていくユノの姿を確認し。


 一体何が起こったのか。この暴風の正体とも呼べるであろう"それ"も確認するために空を見上げると――そこには、巨大なトンボのモンスターが滞空していたのだ。


 大きさはざっと見ても体長八メートルは超える大型の昆虫であり。黄緑色の巨体でくりくりと動かす大きな目と微動させる口。羽ばたかせる薄く大きな羽から波打って放たれている暴風の圧。足も長く細かに動かしており。しかし、その尾はサソリのような屈強としたもので。その先端はハサミのように分かれガチガチと音を鳴らして威嚇を行っている。


 虫特有の耳に残る風切音を発しながら滞空する目の前の巨大モンスターは、強烈なインパクトを放つビジュアルをしていた。虫をそのまま巨大化させたその見た目は、人によっては卒倒も免れないことだろう。

 その巨大な昆虫を前にし。そのビジュアルに加えての、その身に纏う荒々しい暴風に。俺はこれまでにない恐怖を覚え。更に、この恐怖に拍車を掛けるであろう言葉がユノの口から放たれることとなる。


「うそ……!? あれって、『ドラゴン・ストーム』……ッ!! この渓流における食物連鎖の中でも、特に上位の中の上位に位置する超が付くほどの危険なモンスターよッ!? 普段は高度のある丘の麓に生息していると聞くのに。どうして、こんな道端なんかに姿を現すの……ッ!?」


 驚きで声を上ずらせながら。目前から迫り来る暴風に耐え切りその存在を見据えるユノ。

 あのユノに超が付くほどの危険なモンスターと言わしめるモンスター、ドラゴン・ストーム。その存在の四方八方へと放たれ続ける勢い収まることの無い暴風に、俺も、ミントを匿うペロも、ミズキも立ち上がれずに地面にへばり付き。吹き飛ばされぬよう、ただ必死となって地面にしがみ付くことしかできずにいて。


 ハサミ形の尾をガチガチと鳴らし威嚇を織り交ぜながら。そのモンスター、ドラゴン・ストームは宙を泳ぎ回りはためかせる羽から暴風の塊を生成し。その羽で押し出す形で塊に暴風を浴びせると、その塊は四散し。瞬間にも、それは無数の斬撃となって俺達へと飛来し始める。

 その押し出しの羽ばたきによる風圧が襲い掛かり。更なる追撃として目前から迫り来る風圧の巨大な斬撃。それはかまいたちとも呼べるであろう、一目で鋭利であることが伺える攻撃に。皆が怯む中。襲い掛かる風圧も耐え凌ぎ、その場で踏ん張り仁王立つユノが構える。


召喚(モン・パルト)(ネール)黒き獣(『ジャンドゥーヤ』)ッ!! 召喚士スキル:黒き(バリエール・ド)防壁(ゥ・パルトネール)ッ!!」


 手を振りかざすと同時に、ユノの手先から浮き上がる黒と赤の紋様。その中央から勢いを纏い姿を現したのは、漆黒と鮮紅に身を包む巨体の黒き獣。

 二メートルの体高に、三メートルの体長。ケルベロスを思わせる、獰猛な漆黒の頭部。熊の如き荒々しい巨大な黒の体。漆黒に走る鮮紅が輝く逆立った毛並みを揺らし。意思を持つ蛇のようにうねる尻尾がなびき。

 頭部から生える、二つに枝分かれした堅牢で獰猛な二本の巨大な角。顎から伸び、その全身を覆うように逆立った漆黒と鮮紅の体毛。


 漆黒と鮮紅の彩色に身を包んだ悪魔の如き獣。その場で大気を震わす狂暴且つ禍々しい咆哮を轟かせては、その頭部に生えた二本の角から黒と赤のエネルギーを蓄積し始めて。

 迫り来る斬撃を前に。まばゆき暗黒と紅の閃光を周囲へ放ち。逆立つ体毛が四つもの足を覆い、自身の身体に浮遊感を生み出し。暴風を駆け。滞空し、留まりながら荒々しい豪壮なる動作で首を振り動かすと。二つの角に迸る稲妻が解き放たれ。それは黒き獣の前方を広範囲で覆い尽くす。


 暴風吹き荒れる中、視界いっぱいに広がったのは暗黒と紅が占める巨大な防壁。膨大なエネルギーをこの肌で感じる大きな壁は、目前からのかまいたちを全て跳ね除ける。

 その斬撃の威力は、この抗うこともままならない暴風で容易く想像できていた。だからこそ、それが塊となり、斬撃の属性を宿した強力な広範囲攻撃であったそれを全て防いでしまい。

 更にユノは手をかざし。右手の甲から漆黒を溢れさせ紅の迸るエネルギーを握り締めながら、次の行動を指示していく。


「召喚士スキル:黒き(エクレール・ド)稲妻(ゥ・パルトネール)ッ!!」


 ユノの指示と同時に黒き獣が魔獣の雄叫びを叫び上げ。悪魔をも連想させる『魔族』顔負けの禍々しい咆哮と共に自身の周囲にエネルギーを引き寄せることで。その防壁は渦を巻き獣の手前に集結し。角から零れ出す膨大なエネルギーを乗せた頭部を振り被ることで、集結させた漆黒と鮮紅を爆発させるように前方へと解き放つ。


 それは雷撃となり。それは光線となり。それは、一直線を描き放たれる光線を包むよう飛来する極細の稲妻となり。それは、『魔族』とは異なる脅威である。悪魔の化身であろう地獄に迸るかの強大なエネルギーとなり、目前で滞空するドラゴン・ストームに襲い掛かる。


 黒き獣による地獄の稲妻はその昆虫の巨体に直撃。

 衝撃と共に飛散する漆黒の飛沫を散らしながら、その威力を真正面から受けて。その一帯が黒と紅に染まり充満する光景を繰り広げ。そこからは生命の鼓動などを感じさせぬ凄惨な空の不毛地帯を作り出し。

 ――が、次の時にも黒と紅を吹き飛ばし姿を現したドラゴン・ストーム。その黄緑の巨体を赤く染め。先の威嚇をより激しくと打ち鳴らし怒りを露にし。周囲の空気を編むかのように羽と足を動かし。羽をはためかせ再びとかまいたちを飛ばしてきたのだ。


 その斬撃は先のものよりも大きく広範囲に広がり。黒き獣は再びと漆黒と鮮紅の稲妻を迸らせ放散させるが。

 しかし、より勢いを増したかまいたちの斬撃と相殺になる空中での爆発がこの地を埋め尽くし。爆煙により完全と視界を遮られた状況下の中、相殺の黒い煙に包まれた俺達のもとに斬撃の雨が降り注ぐ。


「ジャンドゥーヤ!! 今は相手に攻撃を当てるのではなくて! 皆を守るようにもっと広範囲に雷撃を放って、目の前の攻撃を防ぐことに集中して頂戴ッ!!」


 ユノの指示を受けては禍々しい咆哮を上げ。二本の角を帯電させ力を溜めては一気に解き放つ。


 網目状に宙を覆う黒と紅に守られ。そのかまいたちはだいぶと数を減らした。

 目前の脅威と渡り合う彼女の強さを改めてと思い知りながら。長年と冒険を続けてきたその実力に守られる俺達。その光景を、ただ眺めることしかできず。MPを振り絞り相棒の黒き獣の全力を引き出すユノに全てを託し。

 その力で一気に優勢と立った彼女の次なる指示が黒き獣へと下され。その網目状の黒と紅を緩めた。――その瞬間であった。


 黒の結界と結界の間をすり抜けるよう飛来してきた一つのかまいたち。その先には不運にも、未だ吹き荒れる暴風によって身動きの取れない地に這い蹲るミズキが存在しており――


「ミズキッ!!」


 それは、咄嗟の行動だった。

 目前から迫り来る光景に抗うこともできず。目を丸くしてただ見遣ることしかできずにいた少女のもとへと飛び込むこの身体。

 飛び込んだまま暴風に流され一気に少女の前へと移動を果たし。だが、次の時に巡ってきたのは。圧の塊で横暴に切り裂かれたかのような衝撃が身体に走る感覚――


「ぐァああああァァァァッ!!!」


 これまでに経験したことのない、身体が裂け四肢が切り離される壮絶な感覚に声を上げてしまい。その衝撃で宙を舞い。吹き荒れる暴風に流され瞬く間と皆のもとから離されてしまう。



 秒速で米粒程度となった皆の姿へと手を伸ばし。

 しかし、流されるがまま落下するこの身体は。水の飛沫を上げ水中へと叩き付けられる――



 皆の呼ぶ声も聞こえない。身体の自由を奪われ、この地で荒ぶる激流にもみくちゃとされ流されることしかできず。

 息が止まっていることも忘れるほどの怒涛な場面を前にして。俺は一人されるがままに、この大自然の強大な力に負かされ意識を失ってしまう。



 ……最後にこの視界に捉えたその光景は。庇ったはずの少女がこちらへと手を伸ばし、俺を追い掛けるよう暴風に乗ってきていたこと。

 ……そして。一瞬限りと、その姿が水中でも。それも、こちらへと泳ぐようもがいている姿が見えたような気を思わせる光景であった――――



【~次回に続く~】

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