フィールド:デスティーノ・スコッレと風走る渓流 ①
先にも体験した、美味の訪れによる至福の一時。その余韻を残しながら歩むこの道のりもまた、その地域特有の力強い追い風による新鮮な空気に背を押されるものであり。この、心地の良い後押しにまた新たなる幸福を感じながら。俺達はこの歩を進めていたものだ。
NPC:ラ・テュリプ・ルージェスト・トンベ・アムルーと別れてから数時間といったところか。時間帯は昼間を過ぎ直にも夕日が顔を出してくるだろう、黄昏の予感を思わせる頃合い。背後から流れる生命力漲る風は肌寒く、それもまた、その場に広がる大自然の力をこの身で感じ新鮮な空気に包まれていることを改めてと実感する。
場所は、次の拠点エリアである風国に隣接する地域。ここは、人の手が一切と加えられていない大自然の渓流だ。
俺達が辿る緩やかな一本道の脇には、この地域特有の力強い風に飛沫を上げる激流が激しい音を立てて流れており。その付近に一帯となって広がる深い森林もまた、己の身を傾げながら吹かれている。年中とこの風を浴びているのだ。その樹木のほとんどが傾げて育ち。それによる激流の勢いで、その周囲の植物の緑や大地の茶や灰色が抉れてしまっている。
神聖さを思わせる緑の光景とは裏腹にして、その荒々しい渓流の姿には戦慄を覚えてしまえる。それに加えての力強い風だ。風国となる地域の周辺は、とんだ危険地帯であることが一目で理解できたものだ。
「スキャン――完了。ご主人様。現在地における情報を取得いたしましたので、その内容を報告させていただきます。……今現在とご主人様が位置するこの地域は、『フィールド:デスティーノ・スコッレと風走る渓流』と名付けられた自然豊かな大地でございます。こちらのフィールドは、『拠点エリア:風国』と隣接するステージであり。又、拠点エリア:風国へと訪れる際には必ずと通らなければならない地域でもありますね」
律儀な様子で俺への説明を始めていくミント。その、紐のようなリボンが巻かれた長いもみあげを風で揺らしながら。辺りを見渡し喋っていく少女に合わせて、俺もまたその光景を眺め遣っていく。
「こちらの、フィールド:デスティーノ・スコッレと風走る渓流でありますが。まず第一と特筆すべきその特徴は、こちらの吹きすさぶ風でございましょう。と言いますのも、こちらの風は日常や戦闘におけるギミックとしてのシステムが働いております。その内容は、空中の位置に存在するあらゆる物体を、その風で押し退けてしまうというもの。ご主人様が空中へと移動した際にも。そのシステムが働くことにより、ご主人様はこの風に身を流され不特定となる場所へと着地してしまうことでしょう。その地点は大地とは限らず、激流や谷である可能性も懸念されるために。どうか、こちらのギミックには細心の注意を払った上での行動を心掛けるよう立ち回りくださいませ」
どうやら、こうして吹きすさぶ追い風はただのエフェクトではなかったようだ。
今この場でジャンプをしたその際にも、この風力によって俺は風に流されてしまうことだろう。それはつまり、攻撃を回避した際や、カウンター成功によるモーションか何かで空中へと移動したその瞬間にも、俺は風に流され思いもよらぬ移動を果たしてしまうことに成り兼ねない……と。
それも、その地点は今も脇で音を立てて流れ行く激流へと落ちる可能性だってあるし。谷という不吉なワードも出ていたことから、深い場所への落下をしてしまいゲームオーバーとなってしまう可能性だってあるわけだ。
……となると、この地にいる間は、不用意なジャンプは避けなければならない。あとは、カウンター成功による瞬発力で速度がついてしまう素早いモーションも、意識して制御しなければならないか。
……今までとは異なるそのシステムに、俺は頭を悩ませられることとなる。
と、そんな俺の脇でも、ミントはナビゲーターとしての使命からなる説明を続けていく。
「こちらのシステムであります風の影響を受けてか。周囲の設置物も風に乗せられ飛んでくる場合がございます。こちらの風の優先度はあらゆる物体に勝る設定がなされているために、物体の投擲などは必ずと風の流れる方向へと流されてしまい。設置物もまた、予期せぬ妨害として横殴りに降りかかってくる場合もございます。又、風の影響に伴い。遠距離を主とする物理的な武器や道具、弓矢やブーメランなどといった攻撃も風に流されてしまうために。そうした遠距離の武器や道具を主としている場合は、このステージでは正に。天敵とも呼べるであろうそのシステムに苦戦を強いられることはまず間違いありませんね」
物理的な武器や道具ということは、魔法は問題無しと言ったところか。
ミントの説明に考えをめぐらせ。しかし、俺にとっては特に害の無いシステムであることは一目瞭然であったために、特別警戒することなく思考を停止する。
むしろ、接近を得意とする剣士の俺にとっては好都合なステージだ。物理的な属性限定ではあるものの、接近が苦手とする遠距離の手が封じられているというのは。俺にとって、とても動きやすいとも見受けられるシステムであるとも考えることができる。
尤も、ロープによる空中での機動を主軸とした戦法を取るミズキにとっては、このシステムは相当な痛手であったことだろう。ということは、このステージにいる間は本領を発揮することができないミズキを守る立ち回りを重視した方がいい。っと。
……そして。今が正に、自然な流れで話し掛けてみる良い機会か……。
「……ってことらしいぞ、ミズキ」
「だから何」
「……うん、まぁ……そういうことらしいってことさ」
「だから何なの」
っと、会話のチャンスかと思い声を掛けてみたものの。相変わらずの冷たい態度で迎え撃たれてしまい気が滅入る俺。
やはり、この関係は修復不可能なのか。仲間である少女との遠い距離感にもどかしさを感じてしまうものの。しかし、ここで焦ってはならないと思い、一旦と身を引くことにしたものだ…………。
フィールド:デスティーノ・スコッレと風走る渓流に伸びる一直線の道を辿っていき。背から吹きすさぶ風に押されること数十分とした頃か。
この視線の彼方先。その遠くにも、様々な建物が並んでいる光景が小さくと見えてきたために。次なる目的地が目に見えてきたその光景に、一同は喜びその歩をついつい早めてしまう。
あともう一息。長い期間に及ぶこの旅路も、あともう少しで終わりを告げる。それは、次の新たなステージに到着するという高揚感と同時にして。これまでの新鮮味に溢れた道のりが終わってしまうという、心寂しい気持ちも残ってしまう至極充実とした道のりを辿ってきた証か。
道標であるユノの先導のもと、皆が彼女の背を追いこの一直線の道を辿っていき。ゴールが見えてきたこともあり、モンスターに恐怖症を持つペロや、穏やかな性格が故に荒事とは無縁であるミントは安堵とした様相を浮かべていき。
……あともう少し。皆が拠点エリア:風国を目指し、その歩を徐々と早めていくその中で。そして、未知に胸を弾ませる、その過程の中で。
…………だが、まさかそんなことを予期することもなく。……もう、既にゴールに到着した気分となっていた俺達のもとに。この後にも、"ある突発的なイベント"が舞い込んでくるとは。この時にはまだ、思いもしていなかったものだ――――
【~フィールド:デスティーノ・スコッレと風走る渓流 ②に続く~】




