NPC:ラ・テュリプ・ルージェスト・トンベ・アムルー ②
「お待たせいたしました。お客様方がご注文なさりました五人前の品が完成いたしましたので。今、皆様のもとへお運びいたします」
高級レストランのシェフを思わせる威厳纏う上品な様子で。手押しで台車を運んできては、その上に乗せられていた皿を手に取り俺達のもとへと配っていくNPC:ラ・テュリプ・ルージェスト・トンベ・アムルー。
それは、素人目から見ても絶妙な具合に施された焼き色のステーキ。仕上げたばかりであろうその様子を、滴りじゅわじゅわと跳ねる肉汁で確認することができ。その匂いも大変香ばしく、前に置いてもらったそれだけでも嗅覚を伝い味覚をくすぐってくるものであり。お上品な白のお皿に。ステーキの脇には二種のソースが用意された小さな器が。他の備え付けは一切と見当たらぬ、ステーキ一本の真っ向勝負であるこのメニューは。その外見のみで大勝利とも言えるであろう、味覚を、本能を呼び覚ます至高の一品。
……正直、ラ・テュリプのことを甘く見ていた。だがしかし、その一品を前にして腹の虫を抑え切れなくなった今。この時点で彼女の勝ちであることが確定的だと確信してしまえる。
そして、全員が同じ一品であり。全員が同じ反応であり。ユノやペロは感動を。ミントはあまりもの感激で瞳を輝かせ。その一品はあのミズキでさえも驚かせる。
そんなこちらの反応に満足したのであろうラ・テュリプ。得意げな表情を見せながら、自身に自信を持つ堂々とした調子で続けていった。
「こちらは、かのセル・ドゥ・セザムの勝気な山丘にて生息をするワイルドバードのお肉を。それも、緑や生物が少なく。それに伴う生存競争という過酷な環境下にて長年と成長を続けた極珍しい個体の。そのずっしりと身に付いた豊満なお肉からほんの僅かにしか取ることができない、選びに選び抜いた部位の厳選された極上な部位を使用して施されたワイルドバードのステーキ。その名も、セル・ドゥ・セザム産ワイルドバードの美味香る肉汁たっぷりミディアムレアステーキ。空腹という最高の調味料を添えて。でございます。――――自画自賛ではあるけど、張り切りに張り切ったから傑作の中の傑作とも言える最高の一品になったのっ!!! さぁ!! この極上な美味に酔い惑わされ、嗅覚と味覚から侵食してくる至高の味に身体を乗っ取られる感覚を味わいながら。この傑作の一品を、た~んと召し上がって頂戴ねっ!!!」
マスターシェフからのゴーサインを合図に。丁重な説明を脇に、まだかまだかと食欲が疼いていた俺達はスタートダッシュを切るかの如く。用意されていたナイフとフォークを手に持ち、待ち切れないとばかりに傑作の一品を口へと運ぶ。……そのお味は――
「――ッ!!? こ、これはッ。美味いッ!!」
口に含んだ瞬間にも、ゲームの年齢制限などお構いなしにこの目玉が飛び出そうになってしまった。
それほどの衝撃が全身に巡ったその味。噛み締めると溢れ出す肉汁に。この、ちょうど良いを追求した心地の良い噛み応え。噛むと放出される肉の旨味が、神経の司令塔である脳に直接と響き出し。その一瞬一瞬に巡ってくるステーキのあらゆる要素が、この全身の感覚に快楽を与えてくる。
それは、皆も同じだったらしい。ユノはほっぺが落ちると言わんばかりに頬を押さえながら一品を味わい。ペロはその味に驚き過ぎたのか天に向かって叫び上げている。あの貪り喰らうミントでさえ、瞳を輝かせながらそれを一口一口と堪能していき。ミズキはマスターシェフとなる味に静かに驚きながらも、その内側で昂る高揚感を抑え切れずに至福なオーラを醸し出しながら口にしているものだ。
――そして、そんな俺達の様子に満足げであるラ・テュリプ。彼女もまた、こちらの食べている様を眺めながら一人こくこくと頷いていて。先にも口にしていた、自身の料理で皆を至福の一時へと誘うことが生き甲斐の言葉に頷けるだけはあり。こうして至福を堪能している俺達の姿を見ていたその表情は、それはもう、とてもとても幸せそうなものであった。
その場の全員は、至福の一時に包まれた。
俺もまた、今あるステーキの虜となって味わい続けたものだ。
至福の一時の訪れから、少しもの時間が経過して。今ある目の前の一品が減っていくその様に寂しさまでをも覚える。
あぁ、もうじき終わってしまうのか。と、目の前の一品が磨り減っていく過程に残念な気持ちを抱いていた。……その時にも、ふと、ユノはあることを口にしたのだ。
「なんて美味しい料理なのかしら……!! 今までの高級な品々とは全く異なる、そのシェフ独自のこだわりが込められたこのオリジナリティ溢れる味が。また、今までに無い新鮮な味覚を体験させてくれて。今が正に、至福の一時と呼ぶに相応しい幸せな時間を過ごしているものだわ!! もう、ここまでの味を引き出せるというのに、どうしてお客様が来ないのかが不思議なくらいよ!! ……これは、ある意味でも一種の未知よ……!! これは、新たなる未知との遭遇だわッ!! これもまた、私の未だ知ることのなかった未知そのものよッ!! ――でも、ちょっと気になったのだけど…………」
その味に満足の意を示していたユノ。文句無しの一品に、その場の全員はそれの虜となっていたその中で。ふと、彼女はどこか躊躇いを伺わせる様子を見せ続けていき。……それがどうしても気になってしまっていたのか。次の時にも、マスターシェフのラ・テュリプへと向くなり。こんな疑念をぶつけてきたのだ――
「……でも、この焼き加減……。ミディアムレアというよりは……ウェルダンじゃないかしら?」
「――――えっ」
ユノの一言を耳にし。声を低く零し、血の気が引いた真っ青な顔色を浮かべ出したラ・テュリプ。
少なくとも、俺には全くと言っていいほど判別の付かなかった、その焼き加減とやらに敏感な反応を示しては。無意識なのか、突発的なものだったのか。その場から飛び出し、ラ・テュリプは大慌てでユノのもとへと駆け付けて……。
「お、お客様っ!!! ちょ、ちょちょっっちょっとおお客様のお味をお拝見をさせていただきますっ!!!」
募る焦燥でやたら滅多らな調子で喋り掛けては、ユノのフォークを借りて彼女のステーキの一切れを摘み口へと入れていくラ・テュリプ。
噛み締め。何かを探り。しばらくと口を動かし味わっていき……瞬間、その場で突然と喚声を上げ出した彼女。
「う、うわぁああああああああああぁっ!!! や、焼き過ぎたっ!!? 焼き過ぎたっ!!? 焼き過ぎたのあたしっ!!? いやこれ完全にこれ焼き過ぎてるよねあたしこれっ!!? う、うわぁぁぁあぁぁぁぁ!!! ぁぁぁぁぁぁぉぉぉぉぉぉぉお何てことぉ!!! お、お客様ごめんなさいぃ!!! これじゃあメニューの表記詐欺になっちゃうよぉ!!? あわぁぁぁぁぁこういう時はどうすればいいのぉぉ助けてお師匠ぉぉぉぉぉぉ!!!」
急に発狂染みた喚声を上げ出したかと思えば、その様相は今にも泣き出しそうなほどまでの衝撃を受けたらしく。慌てる上半身によろける足元と覚束無い状態を晒していきながらラ・テュリプはパニックを起こし頭を抱えていく。
……オーバー過ぎるそのリアクションも、ラ・テュリプという女性キャラクターであれば至って普通の様子にも見えてしまえる。そんな、暑苦しく騒がしく、しかし、その熱血な雰囲気がまた似合う彼女に愕然としていた中で。そんな様相で慌てふためく彼女へと、ユノはフォローを行っていく。
「あ、あら……? シ、シェフ……? ル、ルージュ・シェフ。その、ウェルダンでもとっても美味しかったわよ? だから、そんなに慌てなくっても全然大丈夫だから――」
「ダメなのっ!!! この料理はミディアムレアじゃないとお師匠との約束を破ったことになっちゃうから絶対にダメなのぉぉぉぉ!!! ぁあああぁぁぁぁぁぁっあああああああああっ!!!」
次の時にも、ラ・テュリプは崩れ落ちるようにその場で全力の土下座を披露し始めて。
そのあまりにもな彼女の行動に全員が驚き困惑する中で。ラ・テュリプは額を地面に擦り付けながら続けていく。
「この度は誠に大変申し訳ありませんでしたぁっ!!! もぅ、料理となるとあたしいっつもこんな失敗事ばっかりで毎回毎回と関係者を迷惑させてしまうんですぅっ!!! あ、あ、あ、あ、あの、メニューの表記詐欺のことは絶対に口外に出さないでくださいこういうの割と厳しいのでその一言であたしマスターシェフの称号を取り上げられてしまいますなのでだからお願いします絶対にお願いしますっ!!! お、お金も全額返金させていただきますから!! だから、どうかこの通り許してくださいぃっ!!!」
壊れた人形のように頭を上げ下げしながら。涙声で必死にそう言ってくるものであったから。それによる困惑は俺だけに留まらず、ユノも皆も目を合わせてしまいただただこの状況を眺め遣ってしまうばかり。
……更に、この物事はこれだけでは収まらず……。彼女の屋台からは、なんだか、この嗅覚と味覚を刺激してくるとても香ばしい匂いが漂い始めて――
「っ!!? っぅわああぁぁぁぁぁぁあああっ!!! そうだっ!! あたしもお客様と一緒に食べよぉだなんて思って、自分の分のステーキも焼いていたところだったんだぁっ!!! あぁぁウェルダンになっちゃうウェルダンになっちゃうウェルダンになっちゃうぅぅっ!!!」
マスターシェフ、まさかの自らの分までも手掛けていた。
自身の分までも焼き加減にこだわっていたラ・テュリプ。飛び跳ねるように立ち上がっては大急ぎで屋台へと駆け付けて。しかし、その鉄板の上のモノを目撃しては。絶望に打ちひしがれた、この世の終わりのような表情を見せていくものであり。
……しかし、次の時にも。何かを閃いたかのように顔を上げては、俺達へと向いてきて……。
「――じゃ、じゃあこのステーキもオマケで付けておきますっ!! こ、これはお詫びの気持ちですっ!!! 決して、また焼き過ぎてしまってウェルダンになってしまったメニューの表記詐欺のステーキを誤魔化すための隠蔽という魂胆などの意図なんて全く無くってっ!!! これは、純粋な謝罪の気持ちっ!! これは純粋な謝罪の気持ちというわけでお弁当としてこちらのステーキもオマケさせていただきますんでっ!!! なので、これでどうかお見逃しくださいぃっ!!!」
あぁ、また失敗したんだなと。料理のことになると失敗ばかりを早速と体現してきたラ・テュリプの勢いに。そして、そんな中でちゃっかりとした精神も持ち合わせている彼女の行動に。俺達はただ、苦笑いを浮かべることしかできずにいたのであった――――
「ご来店、ありがとうございましたぁ~!!! 次こそは! 次こそはきちんとメニュー通りに調理をいたしますんでぇ!! なので、またぜひともいらしてくださいねぇ~!!!」
屋台を去る旅の一行へと手を振る女性。
先までの悲愴溢れる表情はなんのそのと、持ち前の明るさで初となる特別な来客へと手を振り終えては。吹きすさぶ追い風にオレンジのサイドアップを揺らしながら。ふぅっと息をつき、背伸びを行い骨を鳴らし。先までの悲愴溢れる表情からはなんのそのと、清々しい様相で清掃のために踵を返し。テーブルへと歩み寄り布で拭き出しながら、はぁっとため息をついて独り言を零していく。
「……はぁ~ぁ、また料理で失敗しちゃったなぁ。料理以外のことだったら皆から喜ばれるのに。戦闘のことだったらいろんな人達から頼られるのに。でも料理のことになると何にも上手くいかない。…………でも、こんなあたしをここまで成長させてくれた"お師匠"のためにも! あたしはもっと今以上もの腕になって、お師匠に恩を返してやるんだからっ!!」
自身を慰め。元気付けて凛々しく微笑み。その女性はイスとテーブルを片付け終え。屋台の一式も畳み始めていきながら。
リュックから紙切れを取り出し眺め出し。その内容にうんうんと頷いてから、よしっと改めて気合いを入れ。その女性は、旅の一行の歩んで行ったその道のりへと視線を移しながら。その情熱的な紅の瞳を輝かせ、そう呟いていったのであった――――
「……さて、と。それじゃあ、あたしもそろそろ行くとしようかな。……材料を仕入れに、いざ、風国へっ――――!!」
【~次回に続く~】




