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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
四章
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少年少女 ②

 陽が出始めた頃の朝方。湖と森林という開放感溢れる観光地にて、そのキャンプ地で焚き火を囲むユノ御一行は今日も平和に過ごしていた。

 昨夜に続き、魚を中心としたユノの料理と自然の空気を堪能し。安定感のある彼女のお手製料理と、それによる満腹感に満たされては一日頑張ろうと意気込みを改める俺。……ではあったものだが。しかし、深夜にも出くわしてしまったハプニングが。日を跨いだ今の時にも。未だに、関係性となって目の前に存在していたものであったために。どうやらこれからは、これまで以上もの拗れと向かい合わなければならないようだったのだ……。



「ミズシブキ君? ……今日も、お腹の調子が悪いの? 大丈夫?」


「大丈夫。だから放っておいて、お姉さん」


 昨日までは割と普通に関わっていたユノにまで無愛想となってしまった、NPC:水飛沫(ミズシブキ)泡沫(ウタカタ)。それはあからさまに不機嫌を全面に押し出しており。そんな様子のミズキを心配するユノであったが。その後にも一言を掛けてから、その言葉を尊重するように場を離れる彼女。

 ミントもペロもそれぞれと行動を起こしていくその中で。気付いたら、この場に残されていたのは俺とミズキという。この状況でよりにもよってこの二人きりという、この上ない気まずい空間が出来上がってしまったものであり……。


 ……どうするべきか。この息が詰るような状況に頭を抱えてしまいたくなりながらも。しかし、互いの姿が見えているだけで神経が削られるこの関係を多少でもマシにするためにも。俺はより良い方向への軌道修正を図るために、勇気を振り絞って"少女"に声を掛けることにしたのだ。


「……なぁ、ミズキ。その……お腹の調子は大丈夫なのか……?」


「大丈夫って言ったよね。何度も言わせないで」


 俺の声だけで、その様子は不機嫌からご立腹へと変化してしまう。

 関係は最悪だ。元々と考えの合わない、ソリの合わない同士ではあったが。そんな不安定な状況の中で昨夜の出来事と出くわしてしまったことにより、俺がまた絶妙にまずいタイミングでミズキのプライバシーへと踏み入ってしまったものだったから。それが追い討ちとなり、それはもう完全に毛嫌いから生理的に受け付けられないと更なる段階を踏んでいたことがまず確実であった。


 その様子は、もはや修復不可能。何せ、"性"というデリケートな問題に容易と触れてしまったために。むしろ、ミズキが怒ることは至極当然なことではあるものなのだが……。


「……でも、俺。ミズキは男の子だって思っていたものだったからさ。だから、まさかミズキが男の子じゃなかっただなんて夢にも思わなかったんだ」


「もういいから」


「……それも、まさか男湯の脱衣所で出くわすだなんて思ってもいなかったしさ」


「もういいから」


「……そ、それにしても、本当に気付かなかったなぁ。男の子への変装――いやいや、男の子の服装。つまり、それがボーイッシュってやつなのかな……? に、似合っているよ、ミズキ……」


「もうやめて」


「……ごめんな、ミズキ」


「もうやめてって言ってるよね」


 キャスケットと上着の襟に包み隠された素顔。その間から覗かせた目はあからさまな嫌悪感をこちらへと向けていて。

 腰までの長さであった髪はキャスケットに収まっている。ほのかな膨らみの胸も、まるで思わせない。声も中性的であり、少年と言われれば誰もがそれを信じ込むことだろう。

 傍から見たら、ほぼ一般的なお年頃の少年であることが確実であるために。それほどまでの完成度を誇る少年ミズキの恰好に。これはもしや、自身が女の子であることを隠していたいからこその身なりでは。自身は男の子でありたいという心理からなる行動であると考えることができる。


 ……それは飽くまで仮定ではあるものの。でも、しかし。もしも本当にそうだとしたら、尚更。俺って、ミズキの触れてはならないプライバシーに踏み込んだことになるよな……。


「……俺、本当に知らなかったんだ。あの夜のことに、悪気なんて無いし。あれはただの偶然であったんだ。……でも、ミズキを傷付けることをしてしまってすまないと思っている。まさか、ミズキが女の子だったなんて――」


 女の子。その言葉を口にした瞬間、ミズキは地を踏み付けながら立ち上がり。突如としてドスの利いた怒号で叫ぶように怒鳴ってきたのだ。


「もうやめろって言ってるだろッ!! おれだって、こうして女として生まれたくって生まれてきたわけじゃないんだッ!!!」


 愕然。目の前のミズキが纏う激怒のオーラに、俺はただ固まることしかできずにいた。

 ……別に、女の子であるからどうとかこうとか。ミズキが少女であることを非難することは一言も口にしていない。しかし、ミズキは真っ先とそれを口にし……自身の性に対するその言葉を放ってきたものであったから。

 ……ミズキが男の子として生きている理由に、それが関係していると言えるのか? ミズキの言動から様々なことを考えられて。だが、眼前では未だに怒り俺を睨み続けるミズキが佇んでいて。


 取り返しがつかなくなってしまったこの空気。この関係はもはや、俺の手ではまず修正を図れない深刻な問題へと進展してしまい。余計なことを言ってしまったかなと。先の行動や言葉を反省し。しかし、それでも軌道修正を図るための可能性を必死に探り。

 だが如何せん、この場のプレッシャーがずっしりと重く。この問題を前に押し潰されそうになった俺は、ひとまずはこの場を離れようと腰を上げて。睨むミズキを一瞥し、申し訳無さに苛まれるまま、俺は側へと視線を向け――


 ――ると、そこには唖然と佇むペロとミントが存在していて…………。


「…………ッ!?」


 同時に気付いたであろうミズキ。自身が口にした言葉を聞かれ。戸惑い。どうすることもできないと言った様子でキャスケットを深く被り直し。視線を逸らしてしまう。

 ……いや、この状況や展開ではまず間違いなくそうなのであろうが。まぁ、一応尋ね掛けてみよう……。


「ミ、ミント……? ペ、ペロ……? ――今の話、聞いてたのか……?」


「はい。このミント・ティー、ミズシブキ様の怒号に、心臓を鷲掴みにされたかのような感覚を覚えました」


「おいおぃアレっちィ。ミズっちを怒らせるだなんて相当なもんじゃねェのかい? ミズっちは繊細な女の子なんだから、ちょっとした言葉でもすぐに傷付いちまうっつーもんだろうよォ」


 案の定、聞かれてしまっていた。

 俺のせいで、またしてもミズキのデリケートな面を傷付け。それも、他の人にも知らせてしまうという。今以上もの悪化を招くであろう最悪の場面を作り出してしまい。

 俺が起こしてしまったハプニングは、ミントやペロまでをも巻き沿いに。終いには、ミズキは誰にも心を開くことが無くなってしまうかもしれないと少女の心境に危惧を抱いてしまい――って、待てよ。そんな意外な真実を耳にしたその割には、なんだか二人共々反応が薄いような――?



「……ミント。一つ、尋ねてもいいか? ……ミントは、ミズキのことを少年として見ていたか? それとも…………」


「……正直に仰いますと。このミント・ティー、ミズシブキ様との遭遇を果たしたその初日にも。このワタシの、ご主人様をお支えするナビゲーターとしての機能でありますスキャンによって。その正体――基、その性別を判断しておりました次第です。故に、ミズシブキ様の性別が女性であることは、既に承知をしておりました」


 スキャン。ミントの機能を耳にして、あぁそうかと。よくよく考えてみればと思わず納得してしまう。

 ……そして、そんなミントの発言に一番と反応を示したのは、当の本人であるミズキ。

 顔を上げ、そのあまりにも意外そうな。あの夜の時に見せた仰天と唖然の様子でミントを見遣り。自身の正体が既にバレていたことに、ただただと立ち尽くしてしまう。


 そんな中でのミントに続き、ペロも更なる言葉を発することとなるのだ。


「んまぁよォ、オレっちもよ、最初ん時はミズっちのことを少年だと思っていたぜ? 最初に会ったのが……あの、魔族のデカブツとの戦いの時だったか? でもよォ、そのあと。オレっち、ミズっちの事務所でお世話になったじゃねェか? その数日で~……えぅ~、あの騒動の翌日かね。夕方にでも目が覚めてよォ。その近くで寝ていたミズっちの脇を歩いたらそりゃあもうたまげたたまげた。いやぁ、少しばかし驚いたね。だってよ、ミズっちからは"女の子の匂い"がするもんだからなぁ。最初はこの鼻を疑っちまったもんよォ」


「女の子の匂い……?」


 思わずと口にして。……次の時にも、俺はハッと息を呑むこととなった。

 ――そうだ。楽園の庭やマリーア・メガシティの中で何度かそれを耳にしていた。……確か、ペロ独自の個性として……。


「ほらよォ、オレっち、五感が優れてるじゃん? だから、人や物なんかはだいたい嗅覚で判っちまうんだよ。んで、前にもアレっちに言ったじゃん? ミッチーも中々に不思議な匂いがするもんだが……アレっちからは、"この世界の生き物だとは思えねェ匂い"がするってよォ。んまぁ、そんなもんよ。んで、その要領でミズっちのことも匂いで判っていたってわけよ。ほらよ、今も匂うぜ? 本人としては頑張って抑えているみたいだが? まぁオレっちの五感にかかりゃあよ、ミズっちから女の子のフェロモンがムンムンと湧き上がっているのを目でも判るもんなんだぜ?」


「に、匂い…………。フ、フェロモン…………」


 それは、ペロ特有の完全な個性であることは間違いなかった。

 が、しかし。この言葉のニュアンスは物議を醸すだろう。匂いで判別された当の本人であるミズキは。もはやドン引きといった様相で、不審なものを見る目つきでペロを見遣っていたものだ。


 ……そして、そんなペロが。ここにきて余計なことを口にしてしまうものであり――


「……そうだなぁ、ミズっちのことは体臭やフェロモンでもだいたいと判っていたもんだしよォ。あと、最近は腹が痛いとか言っていただろぅ? それの原因も、オレっちはちゃんと判っていっからよ。まぁなァ、大変だって聞くぜ? だからよォ、ミズっち、オレっちは良き理解者だ! それもこれも全て、匂いで判っちまうからな。だから、一人で頑張って堪えているそれも、オレっちにはよくよく判っちまうってものよ。あぁというのもな、アレっち。その体臭やフェロモンに交じってよ。ミズっちからは腹痛の原因でもある血の臭いが――ぐぼァッ!!!」


 瞬間、ペロの腹部にミズキ渾身のフックが綺麗に打ち込まれていた。

 あの、エリアボス:魔族との契約者による怒涛なる拳の雨を受けても尚生存を果たした彼の圧倒的な耐久力を前にして。そんな彼を怒りの一撃でノックアウトし。腕を引き抜きどこかへと歩き去っていくミズキの背では、魂が抜けたかのようにその場に倒れ込むペロの光景を目撃し。


 ……ただ、唖然とすることしかできなかった。

 おまけに、俺の隣にいたミントは。倒れ込むペロのことを。まるで、何十年もの年月が経過した体育館倉庫の片隅で溜まりに溜まった埃の塊を眺めるかのような。その様子に何を抱くことも無い光の宿らぬ無感情な眼差しで見つめているものであったから。


 ……この場は正に、カオスと呼ぶに相応しい状況であったことに違いなかったことだろう。そして、この後というものの。なんとも言い難い微妙な空気が流れていたことも、もはや言うまでもないか――――


【~次回に続く~】

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