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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
四章
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少年少女 ①

 夜の湖。燦々と輝きを放っては、その水面に光を反射させていた太陽は地平線へと姿を隠し。代わりと言って現れた月の謙虚な月光が、ぼうっと宵闇の中を漂っている。

 真昼にも観光客で賑わいを見せていたこの地も、夜になるとその暗闇に似合う大人な静けさへと変貌しており。湖からは湯気が立ち込め、テント式の天井や隔てる柵が設置されていて。その周囲には、観光地での一夜を過ごそうと。それぞれがキャンプを用意し、夕食を楽しむなり夜空を楽しむなりと動きを見せていた。


 無論、それはこちらも例外ではなく――


「うん! 我ながら、会心の出来よ!! こんなに面白い味のシーフードグラタンを作れたのも、ああして危険なお魚のマーマンを釣り上げてくれたアレウスのおかげね!! ……それにしても、マーマンってこんな味なのね……! 今までにマーマンを釣り上げても食べたことなんてなかったし。そもそも、マーマンを食べようという発想にも至らなかったから……これは未知よ!! でかしたわアレウス!! これは、新たな未知との遭遇よッ!!」


「おぉうもぐもぐッアレっちィッ!! やっぱなァもぐもぐッその土壇場に強ェ根性を発揮するその時をォもぐもぐッオレっち、超頼りにしていたんだぜェ? やっぱなァもぐもぐッアレっちは追い詰められてからが強いヤツだともぐもぐッオレっちは思うんだよなァもぐもぐッあぁおかわりもらうぜ?」


「もきゅもきゅッこのミント・ティー、しーふーどぐらたんとなる食べ物をもきゅもきゅッ、初めて口にいたしましたもきゅもきゅッ。グラタンにお魚の味を加えるというもきゅもきゅッ才能溢れる柔軟な発想に脱帽をもきゅもきゅッすると共に。もきゅもきゅッこのミント・ティー、新感覚の美味を体験したことによりもきゅもきゅッ感動を禁じざるを得ませんもきゅもきゅッ」


 豊満というほどではないが十分な胸を黒のビキニで包み、下は黒のストレッチジーンズという大人の雰囲気を醸し出すユノと。同じく上半身は白と水色の水着でありながらも、下はチャックを下ろした黒のホットパンツを。それも、そこから水着を覗かせていくスタイルのミントと。黄と黄緑の水着は変わらずとして、意外なほどの肉体美に深緑と真っ黒のミリタリージャケットを羽織ることで筋肉をチラつかせるバンダナとゴーグル付きのペロが言葉を発していき。

 皆が各それぞれの理由で感想を述べていく中で。俺もまた、水着に黒の上着を羽織った開放的な服装でありながらも。しかし、皆とは違って随分とボロボロになった身体を晒しながら視線を下に向けて。複雑な心境のまま、手に持つ器の中に存在するグラタンを眺め遣っていく。


 ……シーフードの香る、如何にも美味そうなグラタンだ。しかし……あんな、とても魚とは呼べる容姿ではない。もはやモンスターと見間違えるであろう、あの凶悪な生物がこんなご馳走へと変わり果ててしまうだなんて思いもしていなかった……。

 釣り上げてからというものの、それは俺にとってとんだ災難であったものだ。というのも、マーマンとなる魚との出会い頭に一撃を食らってしまい、一瞬にしてHPが二割ほどとなってしまうという高火力を体験させられる羽目となり。あまりの凶悪な強さに戦慄していたところを、ユノの召喚獣、ジャンドゥーヤがそれを凌駕する力を発揮し。更には悪魔的な稲妻の猛襲を以ってして、その、マーマンとなるお魚を瞬く間に倒してしまったものではあるが。……やっぱりあれ、どこからどう見てもモンスターだよな。でも、ペロはこれを普通に食べているものだから、あれはやっぱり正真正銘の魚だったのか……?


 目前では、そんな疑惑だらけのお魚をグラタンにして美味そうに平らげていく三人の姿が。しかも、恒例ではあるものの。ミントに限ってはその可愛らしい効果音とは一転として、そのいたいけでおとなしい食べ方でまるで貪り喰らっているものであるから。そんな凶悪な生物の一撃によって完全な恐怖症を抱いてしまっていながらも、俺は恐る恐るとそれを口に入れようとしてみる。……というところで。ユノはふと、同じく場に居合わせていたミズキに声を掛けたのだ。


「? どうしたの? ミズシブキ君、お腹減っていないのかしら?」


「……別にどうもしていないよ。お腹は減っていないかな……」


 と、如何にもどうもしている悲しそうな表情でそう答え。俯いてはグラタンをじっと見つめ出す。

 それを、ユノは何か考えをめぐらせる様子を見せてからというもの。直にも、彼女は再びと尋ね掛けたのだ。


「――ミズシブキ君、無理して食べなくても平気よ? お腹が痛いのであれば、遠慮なんかせずにそう言ってね?」


「……え? どうしてお腹が痛いのが分かったの?」


「どうして――うーん……うふふ。私にも、そういう時があるから。だから、その表情で何となーく分かっちゃったって感じかしら? 痛いよね。苦しいよね。でも、腹痛は一時もの辛抱よ! 今を乗り切れば、その先でまた美味しい物がいっぱい食べられるようになるわ!! だから、今は耐えるの! 今は頑張るの!! 頑張った暁には、私がいっぱい褒めてあげるからね!! …………そう! それじゃあ、ミズシブキ君。これから私と一緒に、お風呂に入らないかしら?」


 唐突な発言に、俺とペロは思わずと顔を赤らめてしまった。

 おいおい、お年頃の少年になんてことを言っちゃってくれてるんだ。そんな目の前のやり取りにうわぁと、心のどこかではちょっと期待感を抱いてしまえるこの感情に自分自身で困惑をしてしまいながらも。しかし、当の本人であるミズキは一向に動揺を見せることなく、終いには俯いて首を横に振り出す始末。


「……一人で入りたい」


「そう? ――分かったわ。でも、無茶をしてしまってはダメよ? もしも、お腹が痛いけれども、それでもお風呂には入りたいって思ったその時には、遠慮なんかせずにいつでもお姉さんに言いなさい! ミズシブキ君であれば、顔立ちもかわいいしきっと女湯に入れると思うから!」


 どんな理論だよ。

 ユノのトンデモ発言に内心でツッコミを入れながらも。俺は思い出したかのように、この観光スポットである湖の特殊な仕様を思い返していく。 

 ――というのも。あの湖、夜は温泉になるという珍しい性質を持つ水らしい。それも、こうして目で確認することができるほどの湯気が今も立ち上っているという。この一目で、本格的な温泉へとその姿を変えている様を容易に伺えるというもの。


 ここは、昼夜問わずと一定の客層から支持を得ている人気の場所だ。それもそのはず、昼間は、その透き通るほどの綺麗な湖を存分に堪能することができ。夜間は、この湯気に包まれながらも身体温まる広々な温泉を十分に満喫することができるという一粒で二度美味しい仕様なのだ。

 それは正に、理想的な憩いの場であり。このシステムを生成してくれてありがとうと、このゲーム世界の概念に感謝をせざるを得ないくらい。


 時間が経過し、夕食もひと段落としたところで。ユノはミントと共に湖……基、温泉へと向かい。俺も、ペロと共に温泉へと向かう。

 具合が悪いというミズキをキャンプに一人置いていくというのも、ちょっと気が引けることではあったものの。ミズキは一人でいたいという雰囲気を醸し出していたために、不安が過ぎるものだが今は一人にしておくことにする。……これがフラグとなり、何か問題が起きてしまうといったハプニングだけは避けたいものではあったが。



 それからというものの、主人公である俺が加わるパーティー。又の名をユノ御一行はこの地に癒された。これほどまでにもゆったりとしたシーンというのも久々なものだろうなと、今の状況をメタな視点で眺めながら。この今にただ癒されて。極楽な気分を味わい身も心も温まったところで今日のキャンプ地へと向かっていく。

 ……フィールド:楽園の庭の頃からであるが。何故かテントの中に入って寝ることを拒み。それも、外で立ちながら睡眠を取るという不可思議な習性のあるペロにおやすみの挨拶を交わし。それじゃあ独り占めだと昂る高揚感のままにテントへと入っては、ふかふかな寝袋に包まり安らかな眠りにつく俺。


 今日は今日で散々な目に遭わされた一日であったが。まぁ、楽しかったからいいかと。俺一人だけ不遇であるイベントをこなした今日の出来事を振り返りながら。……今日も俺は生きて、このゲーム世界の一日を終えることができたのであった――――






「…………女湯。……男湯……?」


 暗闇が世界を支配し、閑静が場を治めるその刻。この地のあらゆるが寝息を立てる中にて、音も無く暗闇を蠢き駆ける一つの人影が姿を現す。

 唯一と灯りの灯る湖の家に顔を出し許可を得て。そのキャスケットが個性でもある少年は、足早に男湯へと進入した。


 湖の家の脱衣所。抱えていた一式の物を棚に置き。辺りを入念と見渡し。ふぅっと息をついてから、深々と被っていたキャスケットに手を添えて。

 人前では常に身に付けていたその帽子を取り払い。そこからは、赤レンガのような赤みを帯びる茶髪のショートヘアー…………のように見えるものの、後頭部辺りで何重と重ねられた髪の束と。その間に金のかんざしを差し込んだ斬新な髪型を惜しみなく晒していき。

 襟の立った、上から下へとチャックを下げて前を留める個性的な上着を脱ぎ。下から現れた、ショート丈の。……僅かな膨らみが伺える黒のインナー姿となってから。


 ……その少年は、髪の束に挟んでいた金のかんざしを取り払い。その髪の束を大胆に崩していきながら。黒のインナーを脱ぐために手を掛ける――



 ふと、心臓を掴まれたような感覚と共に目が覚めた。


「……あ、れ……? 俺……そう言えば――」


 温泉へ向かった時に着用していたのは水着だった。しかし、温泉を満喫した後にもこの場へと戻ってきた際には、寝間着であるこの黒のジャージで戻ってきたものであった。

 ……着て行った水着を回収した覚えが無いぞ。……ということは、つまり……。


「……忘れ物……ッ!!」


 思い出したその勢いのままに、慌しく立ち上がっては駆け出してテントから抜け出し。入り口付近で腕を組みながら寝ていたペロの脇を通り抜け、俺は寝起きの全力疾走で脱衣所へと向かい出す。

 灯りの灯っていた木製の建物に顔を出し。忘れ物をしているかもしれないと理由を説明し許可を得て。急ぎのままに俺は脱衣所へと駆け込んでいく。


 ドタドタと慌しい足音を響かせながら。俺は、脱衣を行ったその場に顔を覗かせ…………た、その瞬間であった。


「ッ!!?」


 俺の目の前で敏感な反応を示したのは、ある一人の存在。

 灰をベースにした、黄の混じる七部丈ズボンという見慣れたファッションに。脱ぎ掛けの黒のインナーに手を掛けているその立ち姿。

 どこか女々しい、なんとも色っぽい立ち方を披露するそれは。仰天な様子でこちらの姿を見遣るなり、もはや、呆然といった様相で俺のことを見つめ続けて。


 ……その場の時が止まったかの如き、双方共に呆然とするこの空間にて。しかし、それに逆らわんとばかりに唯一と動き続けていた"それ"を目撃し――未だに不確かでありながらも、俺はある確信を抱いてしまう。


 ……その存在から解け垂れていく、その存在の腰までの長さを誇る"赤みを帯びた長髪"。黒のインナーから覗かせた、ほんの僅かである胸の膨らみ。……その立ち姿。その顔立ち。その、突然の事態で頭が真っ白となっているのであろう、開いた口が塞がらない驚きに満ちたいたいけな容貌。


 ……間違いなかった。

 それは、つい先まで共に行動を行っていた。いや、それ以前にも死線を共にした戦友の。俺が今まで、見慣れてきたその存在であることは確実で。しかし、今、目の前にいる彼の容貌から鑑みるに。その、少年だと思い込んでいた彼の正体は……紛れも無き、お年頃の少女であったことが間違い無かったのだ――――


【~次回へ続く~】

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