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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
四章
191/368

平和な日常

 拠点エリア:マリーア・メガシティを出発してから三日ほどが経過した。

 黄昏の里の頃から行動を共にしていたNPC:ニュアージュ・エン・フォルム・ドゥ・メデューズと別れを遂げ。代わりとして、このパーティーにNPC:水飛沫(ミズシブキ)泡沫(ウタカタ)を加えたこの新たな旅路。それは、俺とは少々ギクシャクとした空気の漂うなんとも気まずい組み合わせではあったものだが。そんな空気を、ユノ、ミント、ペロといった仲間達が中和してくれることにより。口論や喧嘩といった関係の拗れる厄介事も起こることなく、ここまでは通常通りにやっていくことができていた。


 だが、元より考えの合わない俺とミズキは、互いに神経を磨り減らす日々を送っていたこともまた事実。あちらは対抗心を燃やし。こちらは苦手意識を持ってしまってと、その文字通りにあまり好ましく思えない関係が続いていたその中でであった――



 真昼時。円形の巨大な湖は、その透き通る水面で陽を反射し。その円形を囲むように茂る森林がこの空間に清涼感を与えてくれている。

 湖の付近には、海の家さながらの建物が建っていて。そんな木製の施設が存在しているということは、つまりそういうことだと言わんばかりに多くの観光客が集っている。水着姿で湖を遊泳し堪能し満喫する彼ら彼女らの光景は、さすが観光スポットとして名高い場所であると感じさせられたものだ。


 ……その中でも、特にとも言うべき一際と存在感を放っていたのが……。


「ミントちゃん!! トス! トス!! そう! そのままクッと腕を上げてっ!!」


「は、はいっ!! ――あ、あっ、え、えいっ!!」


「そう!! 上手いわミントちゃん!! そして、その頑張る姿がとってもカワイイわ!! はい、パス!!」


「カ、カワイイ――ッあの、あの、ワタシはそんなカワイイだなんて……わわっ!!」


 褒められることに耐性の無いミント。顔を赤らめながらユノの言葉にあたふたと慌てふためいて。その内にも、再びと飛んできた柔らかいビーチボールを顔面から受け止めては湖にすっ転ぶ。

 ばちゃんと飛沫を上げる少女の様子に慌ててと駆け付けるユノ。その二人もまた、湖を満喫する観光客の一部であり。その状況に相応しき水着姿を披露しながら、二人仲良くとビーチボールで遊んでいたものだ。


 ユノはその外見とよく合う、大人の黒を中心とした中々に際どく恰好の良いビキニを着こなし。ミントはそのいたいけな容貌によく似合う、白と水色のそれを不慣れに身に付けていて。しかしユノは、そのクールビューティな外見とはまるで正反対の、ひたすらと明るい活発的な調子で。ミントはその服装やこの環境に不慣れな様子の、何だか守ってあげたくなってしまうような調子であったために。そんな二人は、この場にいる誰よりも輝き。誰よりも目立つ存在であったことにはきっと違いない。尤も、それは、このRPGの登場人物であるからというメタな視点での考えではあるが。


 ……それにしても。ユノは日々の鍛錬によって鍛え上げられた肉体美がいつにも増して一層と輝いていて。ミントはミントで、こんな露出の多い恰好の少女など初めてであったために。俺はその新鮮な光景をついつい何度も眺め遣ってしまい、とても気が落ち着かなかったものだ……。


「おいアレっち!! なにどこ余所見をしてんだぁ!? その釣り糸、引いてるじゃねェか!!」


「え? ――っあ、あぁほんとだ!!」


 ふと、背を向けていた光景を眺めていたその最中に。隣で共に座り込む黄と黄緑の水着姿のペロに指摘されては、同じく黒とオレンジの水着姿である俺は慌ててと手に持つ釣竿を引き上げる。

 アクション:釣りというものには全くと言っていいほど慣れていなかったために。コマンドを押し間違えたのか、タイミングが合わなかったか。その瞬間にも糸はプッツリと切れてしまい、再びと今夜の夕食を取り逃がしてしまうこととなった……。


「おいおいアレっちぃしっかりしてくれよぉ!! オレっちも今日は不調で全く釣れてねェんだからよォ!! これじゃあユノっちやミッチーの飯だけしかなくて、オレっちの分も確保できやしねェぜぇ……!!」


「釣りって案外と難しいものなんだな……。あ、ペロ。ちょっと餌を分けてくれ」


 湖の付近に存在する清流で、二人並んで今日のご飯調達。二人であぐらを掻いて。二人全く同じ姿勢で。二人共々不調によって全くと魚を釣ることができずにいて。

 そんな光景の中に交じっていた今の状況に、俺は何だか和みを感じて呆然としてしまっていた。RPGのゲーム世界の中で送る、まったりとした平和な日常。闘争の無いゲームの世界というものも、これはこれでとても楽しいものだ。……尤も、今は食料困難という窮地に立たされているものであったが。


 和やかな空間に包まれて。またも呆然としてしまいながら、後ろの光景へと目を移していく。

 それは、やはりと言うべきかユノとミントの姿。……も、そうなのであったが。しかし、和気藹々と楽しくしている彼女らとはまた別に。俺は、その存在の様子を伺うために。その存在を見守るかのように、"彼"の姿を見遣った……。


「…………」


 湖の周囲にびっしりと茂る森林。そのある木陰に、その少年。NPC:水飛沫(ミズシブキ)泡沫(ウタカタ)は、膝を抱えるように一人ぽつりと座り込んでいた。

 キャスケットと襟の立った上着によって隠れる頭部と口元。その間から覗く瞳からは活気を伺えず、その姿はとても寂しそうなものに見えたものだ。

 出発をしてからというものの、ミズキは何かを思い返すかのような、何か思いに耽るかのような表情ばかりを見せている。あれほどまでに慕っていたNPC:フェアブラント・ブラートの元から離れたのだ。きっと、彼は今ホームシックとなってしまっているのだろう。


 ミズキの寂しさを何とか取り除いてやりたい。そんなことばかりを思うのだが、しかし、俺と少年の関係は最悪だ。この俺が関わったところでかえって逆効果となってしまう結果が見えていたために、その光景にもどかしさが付き纏ってくる。

 どうすれば、ミズキの寂しさを和らげることができるかと。そんな考えが、主人公の言葉や行動によって深く影響を与えてくるシステム:フラグに触れたのか。それを考えている最中にも、俺の意図を汲み取ったかのように、その光景に進展を見受けることができたのだ――



「ミズシブキ君」


 タオルを羽織る、水着姿のユノがひたひたと近付いてきて。腰を下ろし少年との視点を合わせながら。木陰で一人いるミズキの顔を覗き込み、その太陽のような存在感で少年に温もりを与えていく。

 ミズキの瞳をじっと見つめるユノ。それに反応してミズキも目の前の少女へと視線を向けるが、すぐに逸らしては再びと寂しそうな表情を見せるものであり。しかし、首を動かし少年の視界へ入り込んだユノは。何か不思議そうな、それでいて、とても優しい表情で声を掛けていったのだ。


「…………こんなにまじまじと、ミズシブキ君の瞳を見たことは無かったかも。……ミズシブキ君、とっても綺麗な目をしているのね。無口でクールなミズシブキ君ではあるけれども。でも、その瞳は……焦がれるほどにまですごく輝いている」


「それが……なんなの? おれの目が輝いていたところで、特にどうとにもならないよ」


「どうとにもなるわよ? だって、今も私、ミズシブキ君の瞳に見惚れちゃっていたのだもの」


 ユノの言葉に、その視線を向けるミズキ。

 ブラートやファンといった、心の打ち解けているキャラクター以外との会話にはまるで無愛想であるミズキではあるが。これもやはりとも言うべきか、ユノの手に掛かってしまえば。少年もまた、嫌な顔を一切とも見せない。そんな彼女の影響力に脱帽としている中でも、二人の会話が進んでいく。


「私が、未知っていう事象が大好きだということは、これまでの旅路の中でもだいたいは知っているわよね? それでね、ミズシブキ君。……貴方からも何か、まだ私が知りもしないような。何だか、わぁ、意外だなぁと思えるような。そんな未知を、貴方から感じてしまえて仕方がないの」


「意外。な未知?」


「そう! それはね、ミズシブキ君の瞳を見ていて何となーく感じるの。でもね、それは、目を見ているだけではよく分からなくって。これは……そう。ミズシブキ君という男の子と関わっていくその中で、気付けるような気がしてくるの。……だーかーらぁ~――」


 それは、彼女特有の禁断症状。

 未知という事象を求めるにあたり。ユノ・エクレールという少女が、その精神力にて一切と制御することのできない。この、ユノというキャラクターをも成り立たせる至極強力な彼女の三大欲求――


「――私、もう我慢できないわ!! ミズシブキの未知を知りたくて知りたくって……ッ!! その綺麗な瞳の輝きが一体何なのか! ミズシブキ君という男の子の正体を。ミズシブキ君という男の子に存在する未知を、どうしてもどうしても知りたくって仕方がないの!! だから、ミズシブキ君!! まずは手始めに、このお姉さんと一緒に水浴びをしましょうッ!? ね!? ほら! お姉さんは決して怖くなんかないわよッ!! ミントちゃんも一緒にいるから! だから、このお姉さんは怖くなんかないからッ!! だから、私と一緒に遊びましょうッ!?」


「う、うわっ……!? ま、待って。待って、そんな腕を引っ張――い、いや待って。お姉さん怖い。お姉さん、その勢いすごく怖い怖い!! ま、待って待って……!!」


 未知を宿す獲物を前に目を光らせた、野獣の如きお姉さんにお持ち帰りされる少年の図。

 抱き寄せてお姫様の要領で持ち上げて。眼前の勢いに動揺を隠し切れない少年を拉致するその光景は、傍から見ればただの不審者だ。


 しかし、それも。ユノという少女の手に掛かってしまえば、まぁユノだし仕方無い。の一言で済ませられてしまうのがまた恐ろしいところ。実際、俺はその恐ろしいところを幾度と無く経験し。あぁなんだ、いつもの光景かで済ませてしまっていたものである。

 ……まぁ、その手段が何であれ。一人でいたミズキをやや強引にも遊びへ連れて行ってくれたユノには感謝しかない――


「だァー!! あァーもう絶不調過ぎてやってらんねェぜぇーッ!! これじゃあオレっちの飯がねェし!! っつーか腹減ったァー!! ……あァ、オレっちまぢ無理……。かくなる上は――」


 釣竿を投げ捨て、立ち上がるペロ。その百八十三という割と高身長な身体に。その見掛けや人間性とは裏腹に、何をどう隠し持っていたんだと言わんばかりのとんだムキムキなゴツい肉体美を持つ彼。頭に被っていたバンダナを毟るように取っ払い。着用していたゴーグルも力任せに取っ払い。

 そこから現れたのは。フィールド:楽園の庭でほんの僅かとだけ目撃した、これまでの言動全てとまるで当て嵌まらぬ薄味系のとても良い顔立ち。しょうゆ顔とマヨネーズ顔を混ぜた、しょうゆマヨネーズ顔のご尊顔。所謂、イケメンである。


 そんな、彼の姿を知る者であれば誰もが仰天しまうであろうその肉体美とご尊顔の正体を曝け出し。そのしょうゆマヨネーズ顔と高身長と肉体美という三大イケメン要素全てを満たすペロが歩き出すなり。近くで同じくと釣りを満喫していた女性グループへと近寄っていって……。


「ねェねェそこのお嬢さん達!! 悪いんだけどォ……お魚、少しばかりか分けてくれなァい??」


 まさかのお恵みを乞い出し。更に巻き上がる黄色い声。

 ……マジかよ。そんな、ここにきてペロの意外な一面を目の当たりにして。なるほど、方向感覚に難がありながらも、どうりで一人でも生き残ることができていたわけだと。その想像し得ぬあまりにもな光景に口をあんぐりとさせたまま。信じられないといった表情で彼の背を眺め続けてしまい。……それは仰天のままに、手に持つ釣竿の釣り糸が動いていることにも気付かず――


「って、掛かってるッ!?」


 慌てて、アクション:釣りへと意識を向けて。俺は今、目の前と相対したシステムとの格闘へと洒落込んでいくこととなった。無論、一人で。


 慣れないシステムに悪戦苦闘とする中で。竿を右へ、左へ。ボタンを連打している感覚と共に、強い引きの釣り糸を徐々と引き寄せていって。

 ユノはその美貌と肉体美が。ミントはいたいけで可憐な容貌が。ミズキはミズキで需要のある属性だろうし。ペロはあまりにも意外過ぎた一面が。――こうして、それぞれがそれぞれの長所となる仲間達に囲まれているのだ。きっと、俺にも。今の俺にしかないパーフェクトな要素があるはずだと。

 それはもはや、がむしゃらだった。そんな仲間達と共にいる今、俺にも何かしらのそういったものがあるかもしれないと。そんな淡い期待を燃料として、俺は一人で何かと格闘しながら。その勢いのままに、全力を振り絞って釣竿を振り上げる……!!


「やった!! 釣れた!! 初めての釣りの成功だ!! あっははは!! やっぱり、俺もやろうと思えばできるヤツだったんだな!! ……それにしても、とても強い反応だっ――」


 小さなことでありながらも、俺にとってはその出来事は偉業とも呼べるであろう革命的な前進であり。また一つ、何か物事をこなすことができたという達成感と。それも、最初の釣りの成功が、とても大きな反応を相手にしたものであったために。この結果にパーフェクトな皆と並べたような気がして、俺は気分の昂るままに喜びながら。目を光らせながら、その光景を見遣る。……のであったのだが――


 釣り糸の先にくっ付くそれ。釣竿を振り上げたことにより、飛沫を散らしながら宙を舞うそれを目撃し。俺は絶句することとなってしまった。


 ……それは、魚類の鱗を身に包み。岩をも噛み砕けるであろう大きな牙を。長い爪の伸びた両腕を。何か、ただならぬ水の波紋を纏う尾びれを持つ大きな存在を目撃し。

 それの口から釣り糸が外れて。それは、怒り狂う眼光で俺の姿をしっかりと捉えて。

 ……あれ? 俺、今日の晩御飯を釣るつもりが。俺、逆にご飯にされちゃう? と、眼前の脅威に目を丸くしていたその瞬間にも。俺の視界は、突如として真っ暗となってしまったのだ――――


【~次回へ続く~】

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