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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
一章
19/368

エリアボス:ドン・ワイルドバード【ゲームの醍醐味】

 相殺というシステムによって伴った衝撃波で、互いの距離が空いた絶妙な間合い。

 踏み込んだ方が攻撃を。留まった方は防御を。どちらの攻防も可能とするその距離は、正に命を懸けた戦闘の駆け引きに打って付けと呼べるであろう、命運を分けた緊迫の空間。


 睨み合う俺とドン・ワイルドバード。

 向き合う眼前の存在に意識を集中させ、その行動と様子を伺う双方。

 下手に攻撃を仕掛ければ、相手の余裕を持った回避やガードで捌かれ。下手に防御で様子を見ると、相手の猛攻に耐えなければならなくなる。


 そう、ここは一種のターニングポイント。

 次の行動によって、俺が生き残るか、敵が生き残るか。互いの勝敗という命運を分けたこの場面。それは次に起こる優劣によって全てが決まる。


 根拠の無い確信を胸に。極度の興奮で脈打つ心臓に焦らされる俺。

 次はどう来る……? 目の前に立ちはだかった"イベント戦"に生きた心地の無い一時を。この次には死んでいるかもしれない。そんな恐怖と緊張が意識を蝕んでくる極限の状況下で。


 この命運を定めるであろう次なる行動を起こしたのは、相対するエリアボスのドン・ワイルドバードであった。


『ギェェェーン!!』


 ステップによる接近。

 一気に距離を詰め、その強靭な筋肉で凶悪な脚を持ち上げる。

 攻撃――自身を侵食する雑念に惑わされることなく、俺は今の状況では信じられないほどの余裕を持つことで的確な判断を下した。

 

 これはチャンスだ。攻撃に重ねることで高火力を期待できるカウンターに全てを託し、俺はすかさず剣士スキル:カウンターを発動して構える。


「来い――ッ!!」


 体をなぞるように流れ出す透明色の気。

 この戦闘に勝機を見出すための決定打であるこの切り札。これを使用することで、俺はこの場の劣勢を覆さんと強気な姿勢でスキルを発動する。


 そう、俺は的確なタイミングでカウンターを発動したのだが――


「――ッ!?」


 気付けば、俺はその強靭な足に頭を掴まれ投げ飛ばされていた。

 宙を舞う身体は抵抗も動作も起こせず、成す術も無いまま俺は山丘の地面へ突撃。

 磨り減るHP。強打した身体に迸る衝撃波。突撃した地面を跳ねるように転がった俺は、自身の身に何が起こったのかワケも判らずに、つい辺りを見渡してしまう。


「ご主人様っ!! 先程の攻撃は、投げと呼ばれる攻撃行動の一種です!! 投げ属性と呼ばれる特殊な効果を持つ攻撃には、ガードの無効化という独自のシステムが設定されております!! 同時に、その投げ属性はカウンターなどの反撃技をも無効化にするという強みが存在しています!!」


 投げ。これもゲームに馴染みのある人であれば、その言葉を耳にしたことがあるかもしれない。

 率直に言ってしまえば、ガードを貫通してダメージを与えることができるという、特殊な行動の一つ。RPGには馴染みの無いシステムではあるが、リアルタイムで流れる戦況に合わせた戦闘の駆け引きとして、どうやらこの世界には設定されていたようだ。


 それにしても、投げという技までもこなしてくるとは思いもしなかった。そうなると、より安易にカウンターを繰り出すことができなくなってしまう。

 しかも、通常の攻撃とまるで差異の無いモーション。攻撃なのか投げなのか。必須となるその見極めも容易とはいかないこの現状に、俺は勝機からより遠のいた絶望の淵に打ちひしがれる感覚を味わった。


「……くそ、くそ……」


 ……これ、勝てないぞ。

 諦観。俺の脳裏に過ぎる、理不尽に埋め尽くされた希望の光。その光を完全に閉ざしたこの現状に、俺は心のどこかで諦めてしまっていた。

 参ったな。もはや開き直りの境地に達した俺。気狂った様相で駆け出してきた目の前の怪物に絶望の色を隠せない。


 仕方が無い。もう、やるだけやって死ぬとしよう。


 悲痛な声で俺を呼ぶミントの声が。酒場で笑顔を浮かべていたユノの顔が。短い期間ながらも、この世界に主人公として降り立った俺を支えてくれた仲間の姿を思い浮かべながら。

 諦めを含めた覚悟を決めて、腰から薬草を取り出したその瞬間であった――


『ギェエエエェンッ!!!』


 器官が張り裂けんとばかりに奇声を上げながら、その体にオレンジのオーラを纏い出したドン・ワイルドバード。

 全く。どうしてこう俺が回復をするというこのタイミングで、毎回のごとくスキル攻撃を仕掛けてくるんだ。そんな自身の不運に呆れの念を抱く。


 ……待てよ。


「ぐォッ――!!」


 ドン・ワイルドバードの気迫に負け、回避もままならないその状況で特技『千鳥足』を受ける。

 投げで磨り減ったHPと合わせ、俺のHPはもはやミリ単位という奇跡ながらの生還。もはや根性で生き残ったようなこの奇跡と共に、俺の思考にはある一つの疑問が浮かび上がってきていた。


 ……これ、ドン・ワイルドバードってもしかして。回復アイテムに反応してスキル攻撃を発動してくるシステムがあったりするのか……?


 ふとした発見だった。

 ゲームのNPCにはパターンが用意されている。そして、NPCは予め設定されたそのパターン、つまりプログラムを用いることで、行動という一つのアクションを成している。

 それは、知能というシステムが存在しているこのゲーム世界では無縁のことだろう。と、俺はそう勝手に決め付けていた。


 だが、それは俺の勝手な思い込みによる勘違いだったらしい。


「ご主人様っ!! ご主人様……ッ!! どうしよう……ワタシはどうすれば……っ」


 焦燥でパニックを起こすミントの声が上空から響いてくる。

 心配を掛けてすまない。でも大丈夫だミント。もう大丈夫だ、だから安心してくれ。


 俺はたった今、この目に勝機を見出すことができた。


「……よしっ」


 この先の計画としては、敢えて回復アイテムを取り出すことによってドン・ワイルドバードの『千鳥足』を誘発させ、それを回避する。

 そして、そのスキル攻撃による硬直の隙に、こちらのエネルギーソードを叩き込むというもの。

 たったそれだけではあるものの、ここはパターンの組まれたゲームの世界という設定がなされているのであれば、むしろこのヒット&アウェイの作業だけで十分だ。


 やはり、ここはゲームの世界。

 俺は発見したパターンを元に勝利への段取りを組み立てながら、突っ伏していた地面から這うように立ち上がる。

 

 確かに。思えばこういう、何かしらの攻略法を見つけて難敵を突破するという要素も、こういった戦闘系のゲームの醍醐味じゃないか。

 命が懸かっているという目の前の脅威に対するプレッシャーに押し潰され、俺はゲームの面白さという肝心な要素を忘却していた。だが、今こうして本来の思考を取り戻した以上、俺はこの緊張感をも楽しみへと変換させることができる。


 燃えてきた。困難を突破してやる。絶対に勝ってやる。

 溢れ出す熱意。見出した希望。目に見える上達。これがゲームの熱だ。


 成長をその身で実感することができる。絶えない情熱に胸が熱くなる。

 滾る闘志。注ぐ集中力。困難を打破するための新たな意気込み。


 俺は今、ゲームをプレイしている。



「来いッ!! ドン・ワイルドバード!!」


 最後のポーションを取り出して、その液を一気に喉へ流し込む。

 ミリ単位のHPが全回復し、その効果を実感すると共に眼前のドン・ワイルドバードがこちらへ駆け出してくる。


『ギェエエエェンッ!!!』


 パターンを繰り返すドン・ワイルドバード。オレンジのオーラをその身に纏い、俺を殺さんとその気狂った気迫で急接近を図ってくる。


 薬草では現在のHPに対しての回復効果が間に合わないため、俺は仕方無くとポーションを使用。

 辛くも、回復の度に仕掛けてくる猛攻を前に、薬草の回復量では随分と心許無い。そんな危機を避けるための命綱でもあったそのポーションも、今をもって全て使い切った。

 つまり、俺の所持している回復アイテムはほぼ無意味。よって、これ以上の回復アイテムは持ち合わせていないと言ってもいいだろう。


 今あるHPが、俺の全てだ。これを切らしたら、俺の全てが終わる。

 決死の覚悟を決めた俺。その滾る熱意を胸に宿し、俺はソードを構えて眼前から迫る強敵に立ち向かう。


 先程のターニングポイントを境に、俺とドン・ワイルドバードの戦いはついに最後の局面を迎えた――

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