ブラートの想い
「おはよう諸君!! いやはや、早朝のマリーア・メガシティというものも、実に素晴らしき景観なものだ。その上に、今朝は快晴と来た。この、白を重んじる経済と女神の大都市と。朝焼けでプラチナの輝きを放つ雲が絶妙にマッチしていて綺麗なものだね。こんな日には、さぞ良い事があるにきっと違いないな!! ――して、方向感覚に難ありのペロ=アレグレ君を連れてこの宿屋へと参り。せっかくなものであるから、こうしてアレウス君達のお見送りと思いわざわざと早起きをしてまで駆け付けてみたものであったがー……どうやら、一人のお仲間のお見送りには間に合わなかったみたいかな?」
ニュアージュとの別れを終えてから、ものの数分といった具合にペロと合流を果たす。
正に行き違いというタイミングでブラートの長広舌が繰り広げられ。そんな彼の脇には、ファンという人型モンスターに怯え彼の陰に隠れているペロが。そんな彼らの後ろからはミズキがついてきていて。ブラートの言葉を聞いてからというもの、ペロは腑抜けた喚声を上げながら頭を抱え出す。
「ふァァッ!? ニュアっち!? お、おいぃ!! ニュアっちがいねェじゃねェか!? あら?? これ、もしかして、ニュアっちもういないパターンなのかこれ!? うっそだろッ!? あァーッ!! ちきしょーッ!! どうしてオレっちは寝坊なんてしちまったかなァもォー!! ……あぁ……あともう一度でも良かったから。ニュアっちの、あの柔らかい温もりのご尊顔と。あのお上品な匂いを堪能したかったぜ……」
曰く寝坊したというペロは膝を突き。どんよりとした暗いオーラを纏いながら、心の底からであろうショックで落ち込み出す。
……まぁ、匂いはともかくとして。これまで共にしてきた仲間を見送れなかったというのは心残りとなるに違いない。俺もペロの立場であれば、こうして落ち込んでいたことだろう……。
ペロの様子に、その場の全員が苦笑いを浮かべて。同情で言葉にならぬ空間を挟んでから。直にも、ブラートは改めてと言った調子で喋り出す。
「この様子から見ても、出発は正に今と言ったところだったかな。なんてグッドなタイミングだったのだろうか。ッフハハハ! 朝早くからなんて気分が良い!! こんな日に未知なる大冒険に出られるだなんて、とても羨ましい限りだな!! それにしても、なんて幸先の良い一日の始まり方なのだろうか!! 正に、この日のためだけに訪れた冒険日和と言ったところかな? なぁ!! ユノのお嬢さん!! フッハハハハハ!!」
「え? ……え、えぇ。そうね! こんなにも清々しい朝のマリーア・メガシティに見送られながらの旅路は。きっと、新たな未知に恵まれた素晴らしい道のりになりそうな予感がするわね!」
昨日にも、『魔族』という脅威が現れたその矢先に冒険に出るだなんて愚かしい行為だ。と言っていたブラートであったが。まぁ、それも、俺という存在がいるものではひらりと掌を返して肯定的な考えとなり。しかも、その誇らしげな様子でほぼ顔見知り程度のユノへと振るものであったから。そんなブラートのペースに彼女は思わずと困惑。
……にしても、ブラートのやつ……。昨日にも相談として俺に話した、あの"どうしても頼みたいこと"が控えているからとはいえ。それをあまりにも意識し過ぎてしまっているからか、少々とぎこちなく見えてしまっている。
早くその話を切り出したい気持ちは分かるが。しかし、その様子はとてもブラートとは思えぬほどにまでの、どこか強張った調子であるために……
「予感がする! あーそうだな!! 確かに、予感がするなぁ!! これは、ユノのお嬢さんが大好きである、未知という自身が未だ経験したことの無い新たなる事象に恵まれる。そんな予感を思わせる朝だな!!」
「そう言われてみると……そうね! なんだか、次の旅路は今までに無い未知と出会えそうな気がしてきて。今からでも気持ちが高ぶってきちゃうわ!! ちょっと、そこのイケメン君! 貴方、とてもワクワクさせてくれることを言ってくれるじゃないの!! ルックスだけじゃなくて、そんな予感を共有できるだなんて私のタイプそのものだわっ!! ――で……イケメン君。どうして私が、未知が好きなことを知っていたの?」
「ん? ……んー!! まー、そんな予感がしたのだ!! そんな、予感、がな!! この俺の直感――いやいやいや正義ッ!! そうッ!! この俺の正義が! ユノのお嬢さんという、冒険大好き娘の好みをズバリと引き当ててしまうのだよ!! …………あっ、情報を喋り過ぎたな……。……ほら、ほら!! そう! だから……君の名前も、こうして言い当てることができたものだし!! 君が、冒険が大好きであることもこうして言い当てた!! さすがは、この探偵・フェアブラントなだけはあるなッ!!」
「うそ!! すごい!! 私の名前も、私の大好きなことも!! その貴方の、正義……というもので全てお見通しというわけなのね!? それに、探偵ですって!? 私、探偵だなんて本の物語でしか見たことがなかったわ!! たま~に、その姿を見掛けていたものだったのだけれども。貴方、実はすごい人だったのね!! ……それにしても、探偵が実在していただなんて……!! 未知だわ!! これは未知だわッ!! わぁすごいっ!! 正に、新たな未知を求めての旅立ちの、正にこの時にも!! 今日、さっそく良い事があったわ!! これも、貴方の正義の宣言通りね!!」
「あっ、はっはははははは!!! あーそうだな!! さすがは、この探偵・フェアブラントなだけはあるなッ!! さすがはこの俺だ!!」
「……ブラートの兄さん。今日変だよ……?」
落ち着け、ブラート。
彼の、あまりにもらしくない様子に。俺とミントは冷や冷やとした視線で。ファンと女の子従業員は、とても不思議そうなものを見る目で。ミズキは、そんな彼の姿に思わずぽかんとまでしてしまっていて。そんな、周囲から視線を集めてしまうことで、より焦りを醸し出していくブラート。尤も、"それ"に関して一番重要であるユノは、その新たなる未知にその瞳を輝かせていたものであったから。これはある意味で結果オーライだったのかもしれない。
……が、ブラートのやつがこれほどまでと取り乱してしまうとは。それは、変装という形で敵地へと紛れ込んだり。俺を裏で都合良く操ったりといった、明晰な頭脳を持ちし探偵とは思えぬ様子であるために。……余程なまでに、"それ"に緊張してしまっているのか。はたまた、得意な嘘と苦手な偽り方があったりするのだろうか。と、そんなことを考えてしまえる。
そもそもとして、昨日にも俺から事前と聞いていた情報を一気に零してしまうからこうなるのだ。そんな、焦りというものとはまるで無縁であったブラートの。なんだか新鮮な……いや、なんとも恰好の悪い光景を目の当たりにしながら。……そんな、ブラートをここまでと追い詰める緊張の正体をさっさと明かし、この状態から解放してあげてしまおうと。もう、その立場に同情し、彼を救ってやらなければという情けの念から。もはや、助け船といった要領で。俺は昨日にも、ブラートと共に話し合った"それ"についての話を切り出すことにしたのだ――
「……ユノ。ところで、この次はどこへ向かう? 俺達、そのことについて全く話し合っていなかったものなんだが……」
俺の問い掛けを聞いてからというもの、ユノは胸を張って勇ましく。腰に両手を付けて、へっへーんと言ったブラートとは異なる誇らしい様子を見せながら。この上ない得意げな顔。所謂、ドヤ顔を披露しながら言葉を連ね始める。
「どこへ、ですって? あら、アレウス。この私の、この旅路における流儀を忘れてしまったのかしら? ……うふふ。そんなの、もう決まっているじゃない。――ずばり、この風の吹くままに。この気の思うがままに、よ!! 足元から地平線の彼方へと伸び行く道を辿り。その先に存在する新たなる未知を見つける!! 最初の。それこそ、あののどかな村の時にも言ったでしょう? 私のモットー、道を辿りて未知を知る!! ……アーちゃんがいなくなってしまったことで、今もまだとても寂しい気持ちではあるけれども。でもでも! アーちゃんとはまた会えると信じているし! それに、この道を辿った先で。また新たな未知の出会いがあるかもしれないから!! そんな未知がこの先にもあると思うと、すっごくワクワクしてくるわよね!! さぁ!! そうとなれば、さっそく出発よみんな!!」
もう我慢できない。彼女の様子から容易くそう伺えて。一人でえいっえいっおー! と張り切り出し、その抑え切れない欲求のままに歩き出そうとするユノ。
……このままでは、旅に出てしまう流れとなってしまう。ここに描写はしていないものだったが、昨日にもブラートが話してくれた"それ"のためにも。"ブラートの想い"を形にしてやるためにも。ここで俺はすかさずと動き始めていくことにした。……それも、打ち合わせなどもしていない、完全なアドリブで。
「なぁユノ! ところでさ。このマリーア・メガシティの近くに、何か大きな街かなんかはあったりするかな?」
「ん? 大きな街、かしら? うーん。大きな街……と言われても、それだけではいまいちハッキリとしないわね。大きな街であれば、色々なところにあるのですもの。もっと具体的な内容で尋ねてくれれば答えられると思うわ!」
「む、具体的、な。……じゃあ……そう! このマリーア・メガシティの西側に行ったところかな。そこに、ユノがおすすめと言えるだろう、とっておきの場所ってあったりするかな」
「この街の西側にある、とっておきの場所? ……えぇ、それであれば。ここから一週間ほど歩いた先に、『風国』と呼ばれる。とても面白くって、すっごく美しい街があるわね! 真っ先に思い付く場所はそこかしら? あとは~……」
来た。
ブラート!! 俺はすぐさまと彼へアイコンタクトを送り。さすがは鋭い直感――基、その正義とやらを持つブラートはそれを逃さずに空気を読み、音も無く俺と連携を取っていく。これらも全て、アドリブで。
「『風国』だと? ほう! ここでその名が出てくるだなんてな!! これはなんて偶然なのだろうか!! というのもね、その、『風国』という場所に、この俺もちょうど用があったものだからね!! それも、今日中にはミズキをその場所へと派遣させようと思っていたという頃合いなものだったのだ!! な! ミズキ!!」
「うん。ブラートの兄さん。誰かと会ってきたという後にも、急に『風国』にその用事を入れたよね」
「あら、『風国』へと赴くのね! 『風国』は、その名前の通りに。その土地に吹きすさぶ風によって成り立つ、風が人を、物を、出会いを、運命を運んできてくれる。風と一緒に暮らすとっても面白い場所なのよ! その吹きすさぶ風がまた、他の場所では味わえない光景や心地良さをもたらしてくれるものだから。その、力強くも心地の良い自然を身体全体で体験することができる。風と共に生きる場所としてとっても有名な街よね!!」
ブラートの言葉に反応を示したユノ。その食い付きは思っていた以上にとても良いものであり。その『風国』となる場所の説明をしてからというもの。彼女はニコニコな笑顔を浮かべながら、一人でうんうんと頷き出して。そして、何かを考え出す。
……さて、この先、次はどうして誘導をしようかと。そんなことを考えていたその矢先にも。なんと、"俺が誘導したかったその展開"に、ユノが自らと身を乗り出してきたのだ――
「――『風国』、かぁ。……うふふ。いいわね。いいわね……『風国』……。その名を聞いてしまうと、また、あの風を浴びたくなってきちゃうわね……!! …………それじゃあ、決まりね!! みんな!! 『風国』を、この旅路の、次の目的地にしましょう!!」
堂々とそう宣言してきたユノの言葉に、俺も、ミントも、ペロも同意の頷きを示していき。
……そして、何と言っても。それに一番良い反応を示したのは……。
「ほう!! 君達も『風国』へと赴くと言うのか!! ふむ、我々の目的地が同じであるだなんてな……これはなんて奇遇なものなのだ!! しかも、それがアレウス君達である以上、もはや運命さえも感じてしまえるな!! な! そうだろう? ミズキ!!」
「おれは一人で行くから関係無いけどね」
上機嫌な様子を見せながら助手の肩に手を乗せて。
そんな彼の温もりが伝うことに抵抗を見せず。しかし、その言葉にはまるで無関心な様子である助手君の、なんとも不愛想な表情がとても印象に残り。
少年の肩をぽんぽんと叩き、一人でうんうんと頷いて。ブラートは何か感慨深いような表情を浮かべてから、隣にいる存在を見遣っていく。
そっけない様子であるミズキの姿を眺め。そんな、どこかぶっきらぼうであり、少しだけ不愛想でありながらも。しかし、これまでと頑張ってきた少年の姿を思い返しては。そんな努力の少年に笑みを零し。――直に、目を瞑り。その優秀な頭脳をめぐらせ始めて……。
……そして、何かを決心したかのような。彼には珍しい真剣な眼差しをこちらへと向けてから。……前日にも俺に相談をしてまで。そして、これほどまでと好都合なタイミングである今を逃すことも無く。ブラートは"それ"の話を切り出したのであった――――
「……我が私立探偵事務所が誇る優秀な助手と、派遣先である目的地が同じであるとなれば。俺は、どうしても君達に頼みたいことがあるのだ。というのもね。……このミズキを。……この俺の、大切な存在である水飛沫泡沫を。どうか、君達の仲間として同行させてやってほしいんだ――――」
【~次回に続く~】




