ニュアージュとの別れ――
「まずは、お礼ですよね。……ユーちゃん。ミントちゃん。アレウスさん。そして今、この場にいらっしゃらない、ペロさん。皆さんと旅を共にすることができて良かったと、このわたしは心からそう思えております。――わたし自身はお使いに駆り出された身でありながらも。そんなわたしのことを、皆さんは快く受け入れてくださり。その優しさにて、わたしの面倒までをも見てくださりましたね。……未知を求める旅の最中にもわざわざと寄り道までしてくれて、このわたしをここまで導いてくれたパーティーリーダーのユーちゃん。いつも礼儀正しく、いつも律儀でいて。でも、食べることや動物が大好きでいる純粋な女の子のミントちゃん。どこかふらふらとした様子でありながらも、その明るい性格でみんなを楽しませてくださったペロさん。……そして。この、わたしという一人の人間を変えてくださり。いつも悲観的であったこんなわたしに、勇気と希望を与えてくださったアレウスさん。…………そんな皆さんと、旅を共にできて。このわたしは、本当に……本当に…………」
和やかに話していたその調子も。次第に震え始め。声を抑え込み始め。……目から涙を零し。堪え切れぬ感情のままに、口元を震わせていくニュアージュ。
息を引きつらせ。胸の前で添えていた両手を力ませて。溢れ出した思いは涙となり、その華憐な頬を伝っていく。
「……世界というものは、救いなどの無い残酷なものだと思っておりました。信頼を失い。故郷を失い。家族を失い。何もかもを失ってしまったわたしに残されていたのは、キャシーさんという善人のみで。そんなキャシーさんはキャシーさんで辛い思いばかりを背負い。そんな善人の彼が、どうして罪ばかりを被ってしまうのか。何故、わたしはこんな目にばかり遭ってしまうのかと。様々な理不尽を介したことにより、わたしは、この世界で生きることに望みを持ち合わせてなどおりませんでした。それは、幾年と経過したこの時も変わらず。この残酷な世界に期待などすることができず。されど、死ぬことに恐怖してのうのうと生き永らえてしまう毎日を送る次第でございました。…………ですが、その中で。こうして旅をする皆さんとお会いしたことによって……わたしの、これまでとそう信じ切っていたあらゆる観念が。皆さんの存在によって、大いに覆されることとなりました…………」
感情を必死に抑え込み。平常を保ちながら言葉を連ねていき。
しかし、言葉が進むにつれては。どんどんと溢れ出してくる思いの量に堪えることもままならず。頬を伝っていたのみの雫はぼろぼろと。木漏れ日の中を流れる清流のように。少女の瞳からは、溢れ出す思いが涙となって流れ出し始めた――
「…………わたし。皆さんとお会いすることができて、本当に良かった……っ!! わたし、今、生きていて、とっても楽しいです……っ!! 今、すごく、すごく、生きていることが楽しくて楽しくて……!! これも全て、こんなわたしに希望というものを与えてくださった皆さんのおかげなんです……!! ――みんなを支えてくれているユーちゃん。みんなを癒してくれているミントちゃん。みんなを楽しませてくださっていたペロさん。皆さんに勇気と希望を与えてくださるアレウスさん…………わたし、外の世界というものを、初めて信じられるようになりました……っ!! わたしも、これからは皆さんのように生きていきたいです……!! ……これからも、皆さんの傍にいたかったです……!!! ……これからも、頑張ろうと思えました……!! これからも、明日を信じながら生きていきたいと思える毎日を送ることができました……っ!!」
凄惨な過去を送ってきたニュアージュの、心からの訴えがこの場の皆に響き。
ミントは指で目を擦り。……ユノもまた、堪えることもままならなくなったのか。その目に涙を浮かべて。零し出す……。
「皆さんのことを、キャシーさんにたくさんお話しします……!! ……外の世界というものを信じていいことを、キャシーさんにいっぱいいっぱい伝えたいです……!! こうして皆さんと出会えたことに感謝をしております……。皆さんと様々な経験を共にすることができて、すごく楽しかった……っ!! だから……だから……!! ――また、この世界のどこかでお会いしたその際には。また、皆さんの傍で一緒に笑ってもいいでしょうか……っ!?」
「――んなの。そんなの……そんなの、当たり前じゃないッ!!」
感極まり、飛び出してはニュアージュに抱き付くユノ。
勢いのままに飛び付いてニュアージュを仰け反らせ。しかし、その衝撃を受けてはニュアージュもユノを抱き締めて。互いに触れ合い。互いに肩越しで泣き合いながら、ユノとニュアージュは共に感情を爆発させ合った。
「うぅ……ぅぅ……!! 私、アーちゃんがいなくなっちゃうの嫌ぁ……!! 大変なことばっかりだったって聞いてしまったから……そんなアーちゃんが離れていっちゃうのが、すごく心配で心配で……もう、アーちゃんを傍で支えられなくなっちゃうのが寂しいのぉ……!! この日が来ることは分かっていたし。黄昏の里のみんなのことが心配なのも分かるけど……でも、やっぱりアーちゃんが離れちゃうのは嫌だよぉ……!! …………これからも、キャシーさんと上手くやっていってね……!! これからも、皆と笑い合いながら生きていってね……!! この先でまた会える日を、私、ずっとずっと楽しみにしているからぁ……!!」
「ユーちゃん……ユーちゃん……うっ、うぅぅぁぁぁん!!」
自身よりも背の高いニュアージュを抱き寄せて。ニュアージュもユノを包み込むように抱き付いて。感情のままに声を上げながら、二人で号泣し合うその光景。
……別れ。こうして行動を共にしていた以上は、いずれにも訪れる場面であった。それは、既に一度、この街に到着した際にもニュアージュは脱退の意を示していたために。むしろ、ここまで共にいてくれていたのは、実に良い選択肢を選んだからだったのかもしれない。
だが、それ故に。彼女との別れがより惜しくなってしまったことも事実。この、アイ・コッヘンやキャシャラトの時とはまた異なる気持ちを抱いたことによって。俺も彼女に対しては、なんだか心寂しいものを感じてしまっていた。
――直に、抱擁を解いては。ニュアージュは、俺のもとへと歩んでくる。
「……アレウスさん。咽び泣き先人のモニュメントにおける一件は、どうもありがとうございました。……このわたし自身、先にも旅人に見捨てられて自暴自棄となってしまい。あの場で。あの恐ろしいモンスターの餌食となることを自ら望み途方に暮れてしまっていたわけでありましたが……今だからこそ、こう口にすることができます。――わたしがこうして生きることを望めるようになったことも。発端は、アレウスさんというお方のおかげでありました」
改まった調子でニュアージュは一礼を行い。それを見ては、俺もまた一礼を返していく。
そんなこちらの様子に微笑みを浮かべて。しかし、直にも寂しさを伺わせる神妙な顔付きとなり。彼女は言葉を続けていった。
「……この命を救われ。生と死の狭間を彷徨う中で、悲観的となってしまったわたしの全てを受け入れてくださり。このわたしに勇気を分け与え。このわたしに、希望を抱かせてくれた。……アレウスさん。わたしは、貴方様から分け与えてくださったあらゆるものと共に。これからも、この世界を歩んでいきたいと思っております。――これは、そんなお礼に匹敵するほどの大層なものではありませんが……しかし、変に改まって用意した品よりかはこの気持ちが伝わるかと思い。こちらを授けたいと思います。……わたしの気持ちです。どうか、お受け取りください。アレウスさん」
懐から取り出し、彼女から差し出された品を受け取る。
――それは、鮮やかな色合いを放つ花冠。以前にも、フィールド:楽園の庭にてこなしたニュアージュとのイベントの際に。彼女がこれを編んで頭に乗せていたことを思い出す。
「……相変わらずと、綺麗に編まれた冠だ。ニュアージュの器用さが際立つ、一つの芸術品だよ。……こんなに素晴らしいものを、俺がもらってしまってもいいのか?」
「今のわたしにできる、アレウスさんへの最大限もの感謝を込めた気持ちの形でございます。どうか、お受け取りください。そして……また、この先で出会った際には。この花冠を……わたしに被せていただけますか?」
「勿論だ。これは、ニュアージュの想いそのものである、とても大切な冠だ。俺も、ニュアージュという少女と出会うことができて良かったと思っているから。その約束も。ニュアージュという人物のことも。俺はずっと、忘れたりなんかしないよ。……また会おうな、ニュアージュ。俺も、ミントも、ユノも。またニュアージュと会える日を、心から待っているよ」
「――ッ。…………っ」
喜びと驚きの交じる、木漏れ日のような表情を浮かべて。直に冷静となりながらも、その高揚感を抱いたままニュアージュは微笑んで。
――次の時にも、背を向けて歩き出すニュアージュの姿が。
名残惜しく振り返ってきた彼女はとても寂しそうな表情を浮かべていきながら。しかし、気持ちを静める深呼吸を行い。何かを決心したかのように頷いては、その勇敢なる様相で声を上げていく。
「…………皆さん。本当にありがとうございました!! わたしもまたこちらに訪れた際には。宿屋:大海の木片に顔をお出ししますね!! ……本当に。本当にありがとうございました!! この出会いで。この旅で培ってきた経験を活かして。この、ニュアージュは一段と頑張っていきます!! またお会いできたその際には、こちらの進展もお話できるようになっているかと思われますので! なので、どうか……この時のように、今まで以上にも成長したわたしを受け入れてくださると、すごく嬉しいです!! ――そろそろ時間が差し迫ってきたので、これで失礼いたします!! 皆さん!! 本当にありがとうございました~!!」
その穏やかな声音で。おしとやかで清楚なお嬢様の気品溢れるニュアージュは手を振り。これまでと共にしてきた仲間達に背を向け、名残惜しく歩き出す。
そんな彼女の背を、俺達もまた手を振って声を掛けて見送り。……そして。そのおしとやかでありながらも勇敢な彼女の背は。直に、街の中へと消えていったのだ。
……またいつか会えるその日まで。
この瞬間にも、脱退という形によって。NPC:ニュアージュ・エン・フォルム・ドゥ・メデューズは、このパーティーから姿を消したのであった―――――
【~次回に続く~】




