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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
三章
182/368

夜分の宿屋にて――

「ご主人様。飲み物をお持ちしました。このミント・ティーも、ご主人様のささやかながらの支えをこなせます故に。このワタシにもどんどんとお申し付けくださいませ」


 俺を支えてあげると豪語してくれたユノの話をしてからというものの。この俺の、主人公専属のナビゲーターとしての使命感からか。ミントはユノへの対抗心を燃やしてしまっていて、少々とぎくしゃくな空気となってしまっていた。

 その律儀な姿勢と、このいたいけな表情の裏側には。一体どれほどの炎が燃え盛っていることだろうか。今も少女の背後には、このメラメラと燃え上がる炎が見えてしまえて仕方が無かった……。



 客足が少なく、宿泊客も俺達以外に存在しないこの宿屋、大海の木片にて。その引き戸が、ガラガラと開き出す。

 その奥から姿を現したのは。ベリーダンスという印象を受けるであろう暗めの赤色や桃色が縦に伸びる、露出の多い服とハーレムパンツに身を纏う。エメラルドの如き鮮やかな緑の全身と。ピンクサファイアのように鮮やかな桃色の長髪の女性……。


「はーイ!! ただいマだヨー!!」


 不慣れなカタコトと特有の訛りが混じった、とても独特で不思議な調子の女性の声。最初こそは、人型のモンスターという彼女に驚いてしまっていたものだが。さすがにここ数日と会っていると、そのもふもふな彼女の姿にむしろ親近感さえ湧いてくる。


「あラー!! お出迎エはレディー・ユノ一味ノお仲間ボーイ!! これハ、珍シイ? 稀ニあル? 珍品? お仲間ボーイがいるノ、いつもと違ウからちょっピり驚イたネ!!」


「おかえりなさい。オーナー、ファン」


「おかえりなさいませ。ファン様」


 酒場でのお勤めから帰ってきた、この宿屋のオーナーであるNPC:ファン・シィン・グゥ=ウゥ。今回のメインイベントにはあまり登場しなかったために、彼女の存在は少々薄いものであったかもしれない。

 しかし、こうしてファンという人物と出会ったからこその、あのフェアブラント・ブラートとの出会いだ。そうして考えてみると、やはり、出会いというものには偶然の一言では測れない引力を感じることができる。


 ……尤も、その引力というものも、このゲーム世界ではフラグとして言い表すことができるだろうが……それだと、なんだかロマンチックじゃないよな――


「んゥ~!! お仲間ボーイがここデゆっくりシていル。それハとても珍シいこト!! これハ、絶好ノチャンスだネ!!」


「え? チャンス?」


 ファンの言葉に疑念を抱いたその時にも。モンスター特有である、獣のようなけむくじゃらの細い足で素早く移動しながら。彼女はその俊足で他のテーブル付近からイスを持ち出し、素早くと俺達のもとへと寄ってはイスを下ろして即座に腰を下ろしてくる。


「お話ガできる機会ガあるとイいと思ッてタ!! それハ、今ガその時ダネ!! これハ、ボーイとお話ヲする抜群ノ機会!! わたシもお話ニシェイクしてよろシ?」


「シ、シェイク……? あぁ、話に混ざりたいってことか。いいよな? ミント」


「はい。このミント・ティーは、ご主人様の意向に沿うまででございます」


「わォ!! ありがたヤ!! これガ人間ノ、慈悲ノ心!! わたシ、ボーイとレディー・ミントに感謝感謝ダヨ!!」



 ――所々と個性的な言葉遣いで話すファンと会話を交わしていくものではあったが。如何せん、そのファンとの会話はと言うと。それはまた、ある意味で未知なる展開との出会いを果たすこととなったわけであり……。


「わたシ、ボーイとずっドずっドお話ヲしたいと思ッていたかラ!! こノ、願イ? 願望? 欲求? が叶ッテ、わたシいっぱいハッピー!! それデそれデ……ンー。ボーイの名前ヲ、まだ聞イていなかったネ!! 名前ヲお伺イしてもよろシ?」


「あ、あぁ。俺はアレウス・ブレイヴァリーっていう名前なんだ。よろしくな、ファン」


「わーォ!! アーレース!! 変ワった名前ネ! よろシ! アーレース!!」


「あー、ファン。アーレースはアーレースで合っているけれど……今回ばかりは、少しばかりイントネーションが違う――」


「アーレース!! それジゃあ早速ニ聞キたいこトがあるネ!! これハ、従業員ノ子ト前カら気ニしていタ、内緒ノ内緒ノ疑問!! あノ、一緒ニ冒険シているレディー・ユノ。もしヤのもしヤ、アーレースのガールフレンドだったりすル?」


「ガールフレンド……? あぁ、前にもあの子から尋ね掛けられたが……ユノは至って普通の仲間なものだから、それ以上の関係ではないよ」


「わォ!! なんてアンビリーバブル!! レディー・ユノ、すごくイイ子!! 早クキープしないト、誰カに取ラれル!! アーレース!! 今ガアタックのチャンスだヨ!! レディー・ユノを逃ガしたラ、モッタイナイ!!」


 ……と、ファンのほぼ一方的な会話が、この後にもそれなりと続いたのだ。

 ファンというキャラクターは、大の話好きであるらしい。しかし、その勢いはマシンガンのよう絶え間無く続くものであったから。正直、中々とこの身に堪えてしまう時間を過ごしたものだ。

 ファン自体はとても良い人だし。恋バナというものが好きであるそのあたりに、モンスターという種族であれども、その性質は人間の女子よりも女子をしていたかもしれない。そんな、純粋な女子であるファンとの話も、今までにない経験になり。ある意味でも、とても良い刺激になった――



「――レディー・ミントが仕エるゴ主人様、アーレース。わたシの話ヲずっと聞イてくれるイイ人!! わたシの話ヲこんなに聞イてもラったノ、ブラートとウタカタ以外デ初メてのことだヨ!! アーレースはイイお婿ニなル!! このわたシが保障? 保険? 保持スるヨ!!」


 あぁ……やっぱり、皆はこの勢いについてこれないもんなんだな。なるほど……。


「あとハあとハ、レディー・ユノも聞イてくれル! レディー・ニュアージュも聞イてくれるシ……おゥ!! レディー・ミントは今モ聞イてくれル!! この宿屋デ働ク従業員ダけガわたシについてこれなイ!! これハ一大事ダ!!」


 あぁ……やっぱり、皆はこの勢いについてきていたのだな。なるほど……。


 かれこれ数時間の単位で、休憩も挟まずにファンの話を聞いていたものだったが。ここで、俺はある自身の変化に気付くこととなる。

 それは、この、ファンとの会話をこなしただけでも、なんとスタミナのゲージが消費されてしまっていたのだ。

 これは仕様なのか。ファンの会話というものには、ちょっとした落とし穴があり。そんな、まぁ如何にも話好きな彼女らしいイベントによって新たな発見をしてしまい。なるほど、こういうちょっと捻くれたイベントもあるのだなと。初見となる仕様に、ファンを通じて知ることができた瞬間でもあった。


 ……ファンというキャラクターと話す際には、スタミナの管理には気を付けようと。もはや疲労で倒れそうな今、こうして新たに学んだ仕様についての心掛けを記憶にインプットしていたその時にも。……ファンは、何かを思い出したかのように閃きの表情を見せては。この流れのまま俺へと尋ね掛けてくる。


「お話イっぱいできテ、わたシ満足ヨ!! ……それデ、ブラートの名前デ思イ付イタ! アーレース、この頃ブラートと一緒ダって聞イていタ。ブラートモ、アーレースのことイっぱい褒メていタ!! アーレース、ブラートにロックオンされたかラ。それハ、普通ノ人ジゃないことノ証!!」


 ブラートとなんらかの関係を持っているであろう、ファン・シィン・グゥ=ウゥ。そんな彼女は、そのくりっくりな瞳でこちらの顔を眺めながら。トロールのモンスターだけはあるとても大きな口でニッカリと笑い。身を乗り出してそう尋ね掛けてきたのだ。


「普通の人じゃないって……ただ者じゃないって解釈でいいのかな……? で、えーっと……まぁ、ブラートは俺のことを褒めていたらしいが。彼の表現は、いちいちと大袈裟なだけだからさ。ブラートのやつがそう言うほど、俺はそんな大したことなんてやってなんかいないよ――」


「ブラートの眼ハ本物!! その眼デ、わたシを助ケてくれタ!! ウタカタのことモ、助ケてくれタ!! それデそれデ! この街ヲ守ルためニ、誰ノ視界ニ見エない箇所デ頑張ッていル!! こレ、本当ノこト!! ブラートの言ウことハすごく正シい!! だかラ! アーレースはすごイ人!!」


 ウタカタ……というのは、ミズキ。NPC:水飛沫(ミズシブキ)泡沫(ウタカタ)のことだろう。それでいて、わたシとウタカタを助ケてくれタということは……つまり、その言葉の通りのことなのだろう。

 ……ブラートというキャラクターは、ファンとミズキのことを助けている。それはつまり、ファンとミズキは、助けられたと言わしめるほどの、とある危機に瀕したことがあったということか……。


「なぁ、ファン。その……こんなことを聞いてしまうのもアレだとは思うが。ファンとブラートって、一体どういった関係の仲なんだ?」


 そんなことを考えてしまったその時にも。俺はつい、それについての疑問を投げ掛けてしまっていた。

 やはり、そのキャラクターの背景というものは、このゲーム世界の主人公としては気になってしまうものだ。以前にも、ニュアージュとキャシャラトの過去のこともあったし。それに……エリアボス:魔族との契約者における戦いの中でも。ミズキの過去と思われる一部分の光景が、この脳内にフラッシュバックした。


 ……もし、あれがミズキの過去であるとしたら。ニュアージュの時のように、ミズキも、相当なまでの辛い過去を経験したことがあると想定することができる。……そう考えてしまったその時にも。俺は、こうして辛い過去を持つ仲間達を理解し、支えたいなと思えてしまうのだ。

 ……そんな力なんて、まだ持っていないというのに。それでも、俺はこんなことばかりしてしまう。やっぱり、ちょっと出しゃばり過ぎたかな――


「わたシとブラート、特殊ナ関係! そんな二人ニ関ワり持ッたアーレース、普通ジゃない運ヲ持ッていル!! ブラートの言ッていタ、この世界ノ救世主ノキーパーソンとなル人物。不思議ナ少年ガ、きっとコの世界ヲ救ウ鍵トなる言ッてた。そレ、本当カもしれなイ! …………でモでモ、わたシとブラートの関係ハ秘密ダヨ~」


 にっかりと微笑むその表情ではあったが。その声音からは、躊躇いを伺うことができた。

 ……やっぱり、答えづらい問い掛けだったのかもしれない。尤も、全く関係の無い俺なんかが首を突っ込むこと自体がおかしい話なのだけれども。


「そうか。……すまない、ファン」


「謝ルことナッシング!! これハ、わたシとブラート、あとウタカタとノ、三人ダけノ内緒話!! ……でモ、良イことばかりじゃナかったヨ? 大変ダったことを一緒ニ乗リ越エてこそノ、仲間同士ノ秘密ダネ」


 その笑みから一転として。ファンの表情は、過去を顧みる懐かしき思い出を辿る……言葉通りの、良いことばかりではなかった場面を思い返しているであろう悲しみの面持ちが押し出されていて。

 悲しげな様相を見せられてというものの、俺はまずいことを聞いてしまったかなと不安になってしまい。……しかし、次の時にも、ファンはこんなことを言ってきたのだ。


「……不思議? 不可思議? 摩訶不思議? ……でモでモ、アーレースにハ話ヲしたくなル。これハ謎ダヨ。こんな気持チ、初メてだヨ。――アーレースに話セば、全テが終ワって皆デ笑エるようになルかもしれなイ。ブラートだけジゃなくテ、わたシもこう考エることがデきるくらイ。それくらイ、アーレースの姿ガ特別ニ思エるネ」


「……え?」


 落ち込み、悲しみを背負う悲愴的な表情。しかし、その言葉には、どこか輝かしい何かを感じ取ることができて。

 ……これも、主人公という特殊な存在感を放つ俺への期待なのかと。そんなファンの様子に、俺も、ミントもだんまりとしてしまい。しんみりとした気まずい空気の訪れにその場が静まり返っていたこの時であった…………。



 突然、宿屋の引き戸がガラガラと開き出し――


「失礼するぞ!! っむ!! アレウス君とミントちゃん!! なんてグッドなタイミングだ!! ――そして、グーさんもいるとはね! なんとも新鮮な組み合わせだ!! そして! 今の我々にはあまりにも好都合なメンツであるな!! ッハハハ!! なんて選り取り見取りな光景なのだ!! やはり、この探偵・フェアブラントの判断は適切であったみたいだな!! だから言っただろう? ミズキ。こういうものは、タイミングを見計らってから顔を出すものだとな!!」


「つまり、今まで長時間口うるさく浴びせられてきたおれの説教も、ブラートの兄さんにとっては計画の範疇だったってことなんだね。それじゃあ、これからはおれの怒る事も、ブラートの兄さんはきっと理解することができるハズだよ――」


「食欲は人間の三大欲求だ!! 飴を買いたいという先走る気持ちも、三大欲求である食欲に含まれていることにきっと違いない!! だって、飴は、舐めて噛み砕いて飲み込むことで糖分を得ることができる、食欲を十分に満たすことができるれっきとした食品なのだからなッ!! ハッハハハ!! 欲求というものは、実に侮れないな!! やはり、三大欲求である食欲には勝つことができないのだよ!! よって! 出費がかさむことは致し方の無いことなのだ!!」


「それじゃあ、帰ったらお説教のおかわりをしよっか」


 これまでのしんみりとした空気が、その一瞬にも拭い払われた。

 夜遅く。夜分にもその姿を現したNPC:フェアブラント・ブラートと、NPC:水飛沫(ミズシブキ)泡沫(ウタカタ)。唐突の来訪で驚いてしまった俺達であったが。むしろ、このタイミングで彼らに来てもらえたことは、こちらとしても好都合だったことに代わりはないだろう――――


【~次回に続く~】

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