親密度イベント:デート【衝動的な未知の正体】
今、俺はある限りのスタミナを消費して全力疾走を行っていた。
それは、昨日にも約束をした一人の少女のもとへと駆けつける。今の俺にできる限りの全力を注ぎ込んだ全身全霊の猛ダッシュだ。
「お、おーい!! ユノー!!」
……そして、その先には。既に過ぎ去った時刻に待ち合わせの約束をしていた少女の姿。身長は百六十九くらい。健康的な色白の肌。腰辺りにまで伸びる、厚く束ねられた白髪の大きなポニーテール。純粋な黒の瞳。活気溢れる口元。お洒落に着こなす、大人びた黒のパーカー。その内に秘めた情熱を思わせる赤のYシャツ。パーカーに合わせた、大人な黒のストレッチジーンズ。そして、デキる女を演出させる、動きやすそうな黒のショートブーツ。
そんなクールビューティな外見である少女は、こちらの姿を発見するなり。クールとはまるで正反対の。太陽のような温もりを帯びる、春の陽気を思わせる明るい表情を見せ。……次の時にも、少しばかりか怒った様相で頬を膨らませてきたのだ。
「もー!! アレウス! 少しだけ遅いわ!! レディーを待たせるだなんて、アレウスの中の紳士度がちょっと低いんじゃないのかしら!?」
「すまん!! 寝坊したんだ!! ……紳士度?」
昨日にも突然と姿を現した、ウェザードという少女との再会。その狂気に塗れた不敵なキャラクターからの、割とまともな助言を受けてからというもの。それについて色々と考えてしまったことでよく眠れず。結果として、ユノとの待ち合わせ時間を寝過ごしてしまったのだ。
ミントには自由行動の命令を出し、既にニュアージュと共に出掛けてしまっており。ペロはフェアブラント私立探偵事務所で寝泊りを行っていたために。起こしてくれる仲間の不在に、すっかりと寝坊してしまったわけだが……あぁ、これは完全にやらかしてしまったものだ……。
「ゼェ、ゼェ。ハァ、ハァ……な、なぁユノ。今こんなことを聞くのもアレなんだけどさ……。どうしてさ、こうして街の広場での待ち合わせにこだわったんだ? 同じ宿屋に泊まっているんだから、そこで一緒に出掛けても良かったんじゃないのか……?」
「いい? アレウス。こういうのはね、ムードというものが大事なのよ? ムードというものが、ね!! 私達は一緒に旅をする仲間であって! 同時に、これからデートを控えた心のトキメク男女なんだから!! 街のどこかで待ち合わせというシチュエーションも、こうして出掛けるにあたってはとっても大事なことなのよ? わかった?」
「そ、そうなんだ。……今まで、ミントにはそんな気遣いもしてやらなかったな。やっぱり、俺の紳士度は低かったか……」
肩で呼吸する俺へと、ぷんすかと表面上で怒りながら。しかし直後にも、仕方無さそうな笑みを軽く見せ。次にも、いつものような温かな笑顔を浮かべてから、俺のもとへと手を差し伸べてくる。
「さ、それじゃあ遅刻をしたアレウスには何か奢ってもらうから!! だから早速、二人だけのデートを楽しみましょう? 今日はよろしくね! アレウス!!」
「あ、あぁ。こちらこそ、よろしくな。ユノ」
差し伸ばされた手を取り、こちらの手をギュッと握り締めては共に歩き出していく。
序盤に出会って以来というもの、ユノという少女とこうして二人きりで行動をするというのは初めてのことであった。そんな、これまで俺という主人公を率いてくれた頼れる少女に手を引かれながらも。俺は今日、NPC:ユノ・エクレールというキャラクターと共に過ごす。彼女曰く、デートというなんとも特殊なイベントに臨んでいったのであった――
「こうして私とアレウスの二人で行動をするだなんて、もしかして初めてかしら?」
「そうだな。いつもは俺の傍にミントがいるし。その旅先で出会った仲間達も一緒だったもんだからな。こうしてユノと二人っていうのは、何だかんだでとても新鮮だ」
「うふふ。私もなんだか新鮮な気持ちで、ちょっとドキドキしてる! これも未知ね!」
これまでになかったシチュエーションに、そんな言葉を交し合って盛り上がる俺とユノ。
それは、何気無い会話だった。しかし、ユノと二人きりというこの空間で行われた何気無い会話はとても新鮮で……何だか、ミントと共にいる二人きりの空間とは異なる、ちょっとした特別感さえも感じてしまえる。
「今までも、こうして男の人と二人で行動することはあまり珍しく無かったのだけれども。でも、アレウスと二人きりの空間っていうのは……今までと違って、とても落ち着くわ。アレウスという人物自体は、まだまだ未知だらけでよくわからないことだらけだれど。……そんなアレウスの存在に何故だか、心から安心することができるの」
「俺に安心するのか? ユノの方が、俺よりも強いのに」
「アレウスはまだまだ新米冒険者さんなんだから、これから強くなっていく期待の新人さんとして、できないことやわからないことがあって当然だわ! ……でも、これは強いとか弱いとかの類のものではなくって。これは、多分……人としての、人間性としての類の安心感なのだと思うの」
喋りながらもこちらの顔を覗き込み、その健気な瞳でじっと見据えながら続けていくユノ。
「――その、存在感。未知だわ。未知を感じるわ。アレウスという人物の存在が、とても摩訶不思議で仕方が無いの。この感覚をどういった言葉にすればアレウスに伝わるのかが、全くわからない。……いいえ、この気持ちは多分……言葉という力でも表すことのできない。未知の先に存在する、神のみぞ知る世界のものだとも思えてしまうわ。――ただ、一つ言えることは……アレウスって、周りから浮いていてとっても面白いわよねっ」
「……それ、褒めているのか?」
「そりゃあ、ベタ褒めよ!! その、他の人には無い特別なオーラが。とっても不可思議で……とっても興味深くて…………根拠も無く、傍にいるだけでとても落ち着くの。――うふふ、なんて不思議な人なの、貴方って! こうしてアレウスという人物と出会えたことに、未だ見ぬ未知なる運命を感じてしまえるわ!」
これまでの俺であれば、その言葉を聞いても、ただ不思議がっただけだったかもしれない。しかし、今こうして。これまでの旅路を巡り様々なキャラクターと出会ってきたからこそ……このユノのセリフを聞いてからというもの、俺はあることを確信する。
……それは。この世界で生きるキャラクター達は、このゲーム世界の主人公という特殊な立ち位置である俺の存在に。少なからずと特別な何かを感じ取っているということ。
俺はこのゲーム世界で生きるキャラクターであると同時に。俺は、このRPGに降り立ったゲームのプレイヤーでもある。そんないささか不可思議なポジションに位置する俺の存在を。それも、このゲーム世界のフラグを立てたり、この世界をメタな視点で見たりといった。他のキャラクターにはないものを持つ俺の。"このゲーム世界における主人公という役割を、このゲーム世界のキャラクター達は曖昧ながらも感じ取っている"のだ。
根拠も無く、傍にいるだけでとても落ち着く。それはきっと、俺がこのゲーム世界を攻略するべく降り立ったゲームの主人公であるからだろう。主人公は、そのゲームをクリアするために行動を起こす。きっとユノはそんな俺の正体を、曖昧ながらも把握しているのだと思う。
……そして、それは、期待の新人だと俺を持ち上げていたアイ・コッヘンや。俺であれば『魔族』の災厄を退けることができると信じて止まないブラートも同じことなのだろう。
……それってもしかして、あのウェザードも同じなのかな…………?
「アレウス?」
「ん、あぁ……すまない、ユノ。ちょっと考え事をしていた」
「そう? 何もなければ、それでいいのだけれど」
俺としたことが、またしても考え事に浸ってしまっていた。
こうしてユノからお誘いをしてくれたというのに。そんな彼女をほっぽり出して考え事だなんて……俺は一体、何をやっているんだ――
「――ねぇアレウス。どこか行きたいところの希望とかはないかしら?」
デートという特別な雰囲気であるにも関わらず、こうしていつものように自分の考えに浸ってしまう俺に気を使ったのか。どこか俺を探るようなその調子で、ふとこう尋ね掛けられてしまった。
……レディーに気を使わせてしまうだなんてな。やっぱり、俺の紳士度というものが足りなかったか……。
「行きたいところか。……行きたいところと言っても、俺、まだこのマリーア・メガシティのことが全然わからないんだ。だから……ユノについていってもいいか?」
「断然オッケーよ!! この私に任せなさい!!」
そう言い、胸に手をあて自信満々と答えるユノ。その姿は、ただただ頼れるの一言に尽きる。
こうして思い返してみると。これまでの旅路も、ユノという少女が導いてくれたからこその冒険だった。そして今もまだ、そんなユノに頼りっぱなしである俺だが……いつかはこの俺が、ユノを支えられる日が来るといいな……。
「……なぁ、ユノ」
「どうしたの? アレウス」
「……いつもありがとな」
「なぁに? もぅ、そんな改まっちゃって~。ほ~ら、そんな申し訳無さそうな表情をしないの! 何も、誰かに頼ることなんか何も恥ずかしいことなんかじゃないんだから!! だから! 遠慮なんかせずに、どんどんと私を頼りなさい! アレウス!」
と、俺の背を思いっきり叩きながらそう言っていくユノ。
それは照れ隠しだったのか、それとも普通のスキンシップだったのか。彼女の真意はよくわからなかったが、ただ、この叩きがまた随分と力が込められていたために。その少女の漲る活力が俺の背中で暴発してとても痛かったことだけはわかった。
未知という未だ見ぬ新たな事象を求めるその少女。ユノというキャラクターもまた、その底が知れない謎ばかりに満ち溢れた人物ではあったが。そんな彼女がそう言ってくれたように。俺もまた、ユノという人物には安心感を抱いていたことには違いない。
……だからこそ、フラグというシステムによって、"ユノというキャラクターを失う未来を迎えたくなんかなかった"から。そんな死亡イベントを何として避けるためにも、俺は今よりももっと強くならなければならないな。
――何だ、この感覚は……?
今、ユノを失いたくないからと考えたのか……? 俺、今、ユノというキャラクターを守るために、強くなりたいと思ったのか…………?
「……ユノ。やっぱり気が変わった! 武器屋に行こう!!」
「え? ア、アレウス??」
そう思い立ったその時にも、俺は駆られてしまった衝動的な気持ちのままにその場から駆け出して。多少と強引ではあったものの、今までも掴んでいたユノの手を引いていきながら。少女を連れて、俺はこの拠点エリア:マリーア・メガシティを走り出してしまう。
我ながら、この行動はらしくないと思ってしまえて仕方が無い。しかし、この、今までに感じたことのない新しい感情を胸に過ぎらせてしまってからというものの。俺はこの気持ちを、何故だか制御することができずにいたのだ。
この気持ちは一体何なんだ? どうして俺は、こんなにも急に走り出すことができたんだ?
これまでに停滞していたものが、ふと急に動き出したこの流れに。俺は、そんな自身の変化に自分自身で疑問を抱いてしまう――
「なぁ、ユノ! 俺、今よりももっと強くなりたいんだ!! だから、ユノ! まずは武器屋に行って。この目で今以上に広がる可能性の数々を、急に見てみたくなってきてしまってさ!! だから、どうか! こんな俺に付き合ってほしい!! ユノ! 武器屋で色々と教えてくれッ!!」
「え、えぇ!! ア、アレウス! 貴方の気持ちはわかったわッ!! わかったから! そんな、焦らなくても大丈夫よ!! そんなに急がなくっても、武器屋に足が生えてきて逃げたりなんかしないからッ!!」
それは驚きと共に慌てる様子を見せるものであったが。急に全力疾走を行い、今も走り続ける俺に悠々とついていきながらそう訴えていくユノ。そんな、猪突猛進と前へ前へ駆け抜けていく俺へと彼女が声を掛けていくその中で。しかし、俺は。このどうすることもできない気持ちのままに走り続けてしまっていた――
「すまない! ユノ!! でも、何故だか、この気持ちを抑えることができないんだ!!」
それは、ある一つの明確な目標を見出したことによる衝動だった。
「今この時にも巡ってきた、この、言葉にならない気持ちを掻き立てる感情が!! 俺をこうして、前へ前へと走らせてしまうんだ!!」
昨日、ウェザードが言っていた。今の俺に必要且つ重要なのは。その今の問題の解決ではなくて。今の俺に必要なのは、今抱えてしまっている問題のその先を意識した。この先の自分のためになる行動を起こすこと。であると。
今まで、俺は実力をつけなければという問題の解決にばかり気を取られてしまっていた。しかし、今の俺に必要だったものは、そんな向上心なんかじゃなかったんだ。
そう。今の俺に必要だったものは、"未来を見据えること"だったのだ。
今こうして巡ってきた気持ちの正体。それは、あらゆる面で先輩のような存在である"ユノという少女を支えられるようになりたい"という。未来を見据えた先に存在する目標を達成するべくの、熱い思い。
今の俺がやるべきなのは。今よりも強くなりたいと願い、実力を付けたいがためにただがむしゃらとなって奮闘するという、今の問題を解決するための手段ではなく。
今の俺がやるべきなのは、"誰かを守るために強くなりたいという明確な目標"を達成するための。"今抱えてしまっている問題のその先を意識した。この先の自分のためになる行動"だったんだ――――ッ!!
「…………アレウス……? ――っふふふ。なぁに? そんな、急に良い顔をするようになっちゃって~。……いいわ! それじゃあ、私がとっておきの武器屋を紹介してあげるわ!!」
引っ張られていたその腕に、徐々と余裕が表れ始めるユノの腕。
次の時にも、巡ってきた感情のままに走り続ける俺に並び。互いの手を掴み合ったそのままの状態で駆けるユノはみるみると距離を縮め、最後には悠々と俺を追い抜いていく。
「ほら!! アレウス、こっちよ!! 一昨日見つけたばかりの、私とっておきの武器屋さんへと連れて行ってあげるから!! だから! その抑え切れない気持ちのまま、この私にしっかりとついてきなさい!!」
「あぁ、ありがとう!! ユノ――うぉぁッ!!」
突如として急速に跳ね上がるペース。これまでの俺の速度を上回る走力で駆け出し始めたユノに引っ張られ、俺は思わずこけてしまいそうになりながらも。しかし、その引っ張られる腕のままに。目の前を走る少女の背に必死と食らい付いていく。
……やっぱり、ユノはすごいやつだ。俺の先を行く、この世界を生きる人生の先輩だ。
だからこそ、そんな彼女と肩を並べられる日を迎えたい。だからこそ、そんな彼女に頼られるようになりたい。
これまでと塞ぎ込んでいた気持ちが上を向き、新たな目標を見出した喜びに笑顔を零してしまいながら。俺は、なんともアクティブなこのデートに、続けて臨んでいったのであった――――
【~次回に続く~】




