���:ウェルカムトゥーザ・ゲームワールド!!!
「ここだぜ? "主人公"さん」
聴覚が生理的に拒む、中性的な声。二重に重なった耳障りな男女の声で。喉や口からガラガラと鳴らす不協和音を立てながら、からかう調子で耳に届いてきたその声音。……得体の知れぬ寒気を感じながら咄嗟に俺は振り向く。
……そこには、カフェテラスのイスに腰を掛ける少女の姿。身長は百六十二で。そのふくらはぎにまで伸びた、生気を思わせないモノクロ調のロングストレート。その上に、着用しているワンピースから、肌や髪も含めて全体的に生気の無いモノクロ調な色合いという周囲から浮き立つその姿で。渦巻く螺旋状の瞳。悪戯な笑みを浮かべる口。途中で器用に折れ曲がった、跳ねた前髪。そして、黄で厚く彩られた三日月をイスに立てかけていながら。……その少女は俺の姿を、その不敵な眼差しで見つめていたのだ。
「あ、アンタは……!!」
「はーぃ、ありがちな反応ー。まァそんなありきたりの反応も、主人公らしいっちゃ主人公らしいけどさァ。でも、もっとさー、こう、新鮮味が欲しいんだよね。新鮮味が。まァ、そんなこたァどうでもいいのさ。取り敢えず、来いよ。コッチに」
右手で頬杖をつき、左手で指をクイクイと動かし催促してきたために。俺は、隣にいたミントと目を合わせてから、二人で少女のもとへと歩み寄っていく。
……それにしても、あの少女と出会うのは随分と久しぶりだ。物語の最初に、それも、このゲーム世界での冒険を始めるという初期段階の際に出会って以来であるために。正直、こうして再会するこの時まで、彼女の存在さえも忘れてしまっていたくらいだ。
「席、失礼するぞ」
「あーぃ、お好きにどうぞ~」
かったるげな様子を見せながら座るよう手を出してきたので、そんな少女に勧められるままに俺とミントは相席をする。
円形の小さなテーブル。その上には、少女がオーダーしたであろう、ストロー付きの空のグラスが置かれており。普通にこのゲーム世界に馴染んでいることに驚いてしまいながらも、隣にイスを持ってきたミントと共に少女へと向き合う。
「……さて、イベントシーンに入る準備はできたかな?? …………うっくくく――」
こちらの状態を伺ってから、そのモノクロ調で不気味に笑い出し。……次第に溢れてくる笑みが抑え切れず。そして、我慢の限界による訪れで爆発するかのように。その少女は内側に宿りし狂気の片鱗を、ありったけに放出してきたのだ。
「ウェルカムトゥーザ・ゲームワールド!!!! ァアァーッッッハッハッハッッッ!!!! どうだどうだァ!? RPGという現実世界で送る苦痛塗れの異世界生活はよォ!!? 理想と現実のギャップに苛まれる日々にどれほどとその枕を濡らしたァッ!!? コマンドをポチポチと押していただけの単純作業がァ!! 全身を活用し行われる命懸けのサバイバルへと変貌したその感想はよォ!!! 本能から生じる危険信号の恐怖心でさぞこのゲームを何度も投げ出したくなったことだろうよォッッ!!? なァなァ!? 思っていた理想とは掛け離れていただろうッ!? 理想郷だと思っていた世界が、実はそうではなかったその虚無感に堪らず泣いたことだろうッ!? これまでの死線の数々で心身が困憊し!! その身を投げ出し楽を得ようとしたこともあっただろうッ!!? ――いやァ残念だったなァ!? 理想に夢を見て想像に胸を弾ませていたこれまでの過去は全て虚しきただの明晰夢!! 夢見心地のままでいられればどれほどと楽しかったことだろうなァ!? なァッ!!?」
テーブルを両手で叩き付けながら、身を乗り出し狂気を表情に塗りたくるその少女。
モノクロ調の浮き出ている存在感がこのイカれた面白可笑しさにより拍車を掛けており。今、こうして目の当たりにしている人物こそが。正に、精神のイってしまっていると言うに相応しい。狂人の二文字が当て嵌まる、ある意味でアブないキャラクターなのだなと。目の前の勢いに、ついドン引いてしまう。
……沈黙するその場の空気。狂気に塗れた少女と。それにただ唖然とする俺とミント。
そんな二人からの視線を浴びていく内にも。その少女は、まるで何事も無かったかのように続けていく。
「――だが、その充実感がまた、オマエという一人の人間をより豊かにするんだ。その緊張感が、オマエという一人の人間をより強くするんだ。そう考えてみると、ここは決して悪くはない世界だと思えるだろう?? なァ?? それも、頑張った努力の結果が、数値となり、モデリングされた形となって、こうして画面の前に現れるんだ!! これまでの頑張りが形となって、画面の前で実っているんだぞ?? あァ心配することなんて何もないのさッッ!! だってオマエは! このゲーム世界の主人公なのだからなァ!! 自分を信じて動いていれば、それだけで何とでもなる世界なのだからなァ!! それだけで、目の前の物事を上手く運ぶことができるんだぜ?? そう深く考え過ぎるなッ!! 考えるよりも感じろッ!!」
ハッ!! と吐き捨てるように息を吐き、ドサッとイスに腰を下ろすその少女。
モノクロ調のロングストレートを指に巻いていじりながら。その螺旋で渦巻く不気味な瞳をこちらに向けて。悪戯で不敵な笑みを浮かべ、卑しい目線で俺の姿を見遣っていく。
「あァー、いいねー。イイ面をするようになったねぇ。この主人公なりきり異世界生活RPGに。このリアルライフ・ゲームに馴染んできているみたいだなァ?? 以前のようなマヌケな面から余程マシになっている。頼れるぜ、その腑抜け面」
「……それは、褒めているのか?」
「何処をどう取ったらそんな解釈になる?? やっぱりオマエはマヌケだな」
罵倒された。
この少女、こちらのことを慰めてきたと思ったら、その次には罵倒してくるものだから。最初に出くわしたそのやり辛さを思い出し、俺は複雑な気持ちに苛まれながらもその存在と向き合い続ける。
「んーで、こうしてゲーム世界の生活を送ってみての感想とかは、一体どんなもんなんだい?? このゲーム世界の主人公として、この胸に響くご立派な感想をぜひオイラに聞かせておくれよ??」
「感想? ……そうだな。そりゃあ勿論、大変なことが多くて手こずる物事ばかりだ。でも、なんだかんだで上手く、それでいて、とても楽しくやっていけているよ。皆に助けられてばかりの冒険だけれども。こうして助けてくれる、そして、助け合える仲間がいるって本当に素敵なことなんだなって。このゲーム世界で命を宿す、生きているNPC達との関わりや冒険でそう気付かされたよ」
「まァそうだろうよ。でなきャ、オマエは今頃とっくにゲームオーバーしてこの世界の全てが終わっていただろうしなァ?? ――うっくくく」
「……? 俺が死んだら、この世界は終わってしまうのか……?」
その言葉に疑問を持った俺に。ここぞとばかりに不敵な笑みを見せて続けてくるその少女。
「あァそうさ。何せ、ここは主人公有り気のゲーム世界なのだからなァ?? ここは、このゲームをプレイするプレイヤーが存在しているからこその世界。このゲームをプレイするプレイヤーがいるからこそ、このゲーム世界は生成され生命を宿している。が、しかし?? それをプレイするプレイヤーが消えていなくなってしまったら、それはどうなると思う?? プレイするプレイヤーが消えることでそのゲームが起動されなくなり。その世界のシステムが立ち上がることもなく。それはこれまでのデータのみを残して無の時間を送ることになる。その無の時間は、その通りに全く何も存在しない静寂の空間。システムを起動するプレイヤーも。それの分身ともなるキャラクターもいないのだからな。それはゲームソフトやデータの放置でよくある光景ではあるが?? それは、ゲームオーバーとなり、主人公が死んでプレイヤーが消えていなくなってしまったそのゲーム世界でも共通するッ!! この世界という概念を保つ核がいなくなってしまい。それにより、もうそれ以上もの時間が進むこともなく。かと言って、停滞することも。戻ることもないのだ。――うっくくく。オマエが今まで時間を掛けて培ってきたシステムの何もかもが。その瞬間にも全て無となってしまうのさ!! そうすれば、これまでに歩んできた全ての道のりはパーだァ!! これまでに培ってきた友情もォ?? これまでに積み重ねてきた努力もォ?? これから経験していくであろうイベントやフラグもォ?? そのゲームを放置したり死んでしまったりしたらァ?? この世界のあらゆるものが無かったことになってしまうんだよォッ!!? なァ!? 死んでしまったゲーム世界というのは、実に残酷で面白いだろうッ!!?」
狂気の不協和音を奏でながら。不安を煽る言葉で表情を歪ませる俺の様相に愉快げと笑い、それによって更なる不安に苛まれるこちらの様子に満足げな表情を浮かべてから。その悪戯な笑みを輪郭に沿うように吊り上げて。その少女は再び口を開いていく。
「それにしてもォ?? "オマエを見ていて"ヒヤヒヤしっぱなしだぜ?? 無茶ばかりしやがって。いつ死んでもおかしくねェ場面に片っ端から顔を出しに行くもんだからよォ?? その度に心臓が口から飛び出しそうになる。オマエ、無謀って知っているか? オマエ、これまでの自身の行いのことをさ。まさか、勇敢や命知らずと意味を履き違えていやしねぇか?? 苦労することに頑張っているその姿。傍から見たら最ッ高にアホだぞ?? そんなことやっていたら、それこそゲームオーバーになり兼ねないが?? それこそ、オマエには逃げるって選択肢がねェのか?? この脳筋野郎が」
「アホでも何でもいいよ。今までの道のりは、全てこの俺自身が信じて歩んできた道のりだ。そして、これから歩んでいくであろう道のりも、今まで通りに自分を信じながら歩んでいく道のりだと俺は思っている。そんな俺の行動に対して、アホだ脳筋だと好きに言ってもらっても別に構わないさ。何せ、俺はそのアホを、本気でやっているんだからな」
「へェ…………」
人の弱い所を敢えて突いた悪趣味な問いで散々とからかっていた少女であったが。こちらの返答を聞いてからというもの、ニヤリと笑み、次にはつまらなさそうにそっぽを向きながら淡々と言っていく。
「まァいっちょまえになったもんだねぇ。最初の時の面影を、もう感じられやしねぇ。立派な主人公になったもんだ。自立をした姿ってのに安心するねぇ。親心ってもんがわかった気がするねぇ。……あーぁ、つまんねェの。その適応力、憎いね」
あーあと言いながら、上半身を投げ出すように背を伸ばし。骨を痛快なほどにまでバキボキと鳴らしてから、再びこちらへと向いてくる。
「主人公様は立派にやっているもんだが、はてさて。そんな無鉄砲な脳筋野郎を近くで支えなきゃならねぇ。小さいながらもまァ大変な使命を背負わされている、とってもいたいけなオンナのコの心情は、果たしてどういったものなのか。オイラ、なんだか気になっちゃうんだけどなァー??」
ミント……!!
……そうだ。その道のりはいくら俺自身が良くても。その個性によって自身の意見を抑え込みながら。そんな俺についてきてくれているミントは一体、どんな思いを抱いているのだろうか?
隣で律儀に座る少女へと向けられたその卑しい視線と共に。俺は、その心情に敏感となってしまい、不安に駆られるまま彼女の姿を見遣ってしまう。
もしかして、俺のやり方はミントに迷惑を掛けてしまっているのではないか……?
「このミント・ティーは、ご主人様の命に従うまででございます。それが、貴女様によって創られたこのワタシの、生まれ以ってして託された使命でございます故に」
「律儀だねぇ。忠実だねぇ。飼い犬みたいだねぇ?? ここまで素直で従順な子を創れるオイラ自身に驚いてしまうよ。――うっくくく。その姿、正に奴隷だね。ここまで従順でいられるとさぁ……そのいたいけなカラダに、イタズラ、しちゃいたくなるねぇ」
「…………」
不気味な螺旋の瞳に見つめられ。悪戯な笑みから零れる言葉に顔をしかめるミント。
そんないたいけな少女の嫌がる素振りを確認してはより一層の不敵な笑いを行い。それに満足をしたのか、あとはどうでもいいと言わんばかりに、その少女は後の言葉を投げ遣りに続けていったのだ――
「まァお二人さんはこの世界でちゃんと冒険をできているみたいだ。何よりだね」
会話にひと段落がついたであろう、静寂となったこの空間。
目の前の不気味な存在がその会話を止めた今、次はこちらから質問を投げ掛ける番といったところか……?
「なぁ、ところでさ。アンタって一体、どういったポジションのキャラクターなんだ?」
「どうだっていいだろ」
俺の問いを耳にしては、鋭く睨み返しそう答えていく少女。
「そんなモン、オマエらには関係ねェことだ」
「関係ある」
「っはァ???」
そして、俺の返しを聞いたその少女は。その狂気が滲んだ顔で、目を開かせ、口をがっぽりと開けて。その予想外に堪らず驚く様相をこちらに見せながら、不協和音を奏でていく。
「何が関係ある、だァ??? たかがオマエ程度の雑魚人間が、なーんか生意気だなァ???」
「俺はこのゲーム世界の主人公だ。俺は、このゲーム世界の行方を定める重要な役割を持つプレイヤーなんだ。だから、メタな知識はいくらでも思い付くし、何かしらの手順で調べれば情報を手に入れることだってできてしまえる。だから今、アンタという存在をこの、メタな視点で知りたいと思ったんだ。……このゲーム世界の主人公による、このゲームの内容についての追求くらいは許されることだろう?」
「まァ主人公だからって随分と生意気になっちゃってなぁ。……で、なにぃ?? メタな視点からこのゲームの内容を知りたいだってぇ??? それ、ネタバレになっちまってこの先の冒険が何の面白味も無くなるぞー??? いいのかぃ? そんなんで楽して得た情報で満足しちまってェ?? この世界を巡るその中で手に入る断片的な情報をもとにして、そこから考察してその世界観を楽しんだりとかするのも楽しみ方の一つだろぉ??? オマエ、そんなこともわかんねぇのか??」
「ゲームの楽しみ方は、人それぞれだ。そのゲーム世界は飽くまでも、そのプレイヤーだけの世界だからな。ここは、俺が主人公のゲームだ。だから、この世界は俺のやり方で楽しませてもらうよ」
「へェ~。言ってくれるねぇ」
多少強引な説得ではあったが。どうやら、そんな内容で納得をしてくれたらしいその少女。愉快げでありながらも。それが気に食わんとこちらを睨み付けながら。俺の言葉に折れたのであろう少女は仕方無さそうに両手を持ち上げながら、こう続けていった。
「で、ナニ? オイラはどんなポジションのキャラクターなのかって??? それってつまり、オイラの正体を知りたいってことだよなァ?? なァ? 知りたい?? そんなに知りたいかい??? オイラがどんなポジションのキャラクターなのかということをなァ?? ――うっくくく。嫌だね。教えないね」
「なら、聞くのをやめるよ。アンタもこうしてこのゲームに登場しているんだ。その正体はいずれにも、どこかしらで知ることになるだろうしさ」
「押してダメなら引いてみろってか?? あーんちょくー。つまんなーい。オマエもまだ若いオトコなんだからさー。こんなにも幼いオンナのコのことをさー。もっともっとイジめてくれてもいいじゃんかよー。じゃなきャ、やられる側もしらけちゃうだろー??」
何を考えているのか判らない卑しい目つきでニヤニヤと。その身体を卑猥と思わせる動きで振り出しては挑発をしてくるその少女。この情緒不安定な喋り方やら言葉の数々やら様子やらをずっと眺めているだけでも、なんだか心に暗雲がたちこめてきて次第と具合が悪くなってくる。
「好みは人それぞれだ。俺にそんな趣味は無い」
「あっそ」
適当に吐き捨て、ため息をついて頬杖をついてから。
その少女は俺と向き合い。螺旋の渦巻く瞳を。吊り上げた悪戯の笑みを。この、何もかもが不安定であるその存在を見せ付けながら。
……卑しく笑い。卑しく目を細め。そんな姿に不安を煽られ眉間にしわを寄せる俺の反応を楽しみ。……そして、急に上ずったアニメ声で喋り出しては、その上半身を甘えるように揺らしながら。その情緒が不安定な状態で、少女はとうとう俺にその口を割ったのであった――――
「あーぁ、はぃ、ということで、オマエの熱意に負けたよ。…………それじゃあ~~、今回は特別にぃ~~。このいたいけでぇ~~、身長も~お胸も~ちっちゃなこのロリータオンナのコのワタシのことを~~。そんな欲張りさんなお兄さんのためにぃ~~、少しだけでも教えてあげちゃうよ~~?? だからぁ~~、こんなに優しくてサービス精神が旺盛なワタシにぃ~~、いっぱい、いっぱい感謝をしてよね~~?? この、悩んでばかりの薄鈍人間さぁ~~ん?? …………『ウェザード』。それがオイラの名前だ。うっくくく――――」
【~次回に続く~】




