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「ご主人様。お次はどういったペットショップへお寄りになりますか? このミント・ティー、ご主人様の命令でありましたら、例えそこが先の店内と全くの代わり映えも無い光景であろうとも。誠心誠意を以ってしてお付き合いいたします」
そんな誠実で控えめなミントのペットショップ巡りに付き合わされて。俺はこの拠点エリア:マリーア・メガシティを歩き回されていた。
時刻はお昼時。現在、俺はミントに振り回される形でこの街を巡っている真っ只中。
その少女の言い草は、如何にもな清楚で律儀な従者のそれであるが。しかし、それは少女の個性からなる、控えめな喋り方によるもの。その内容としては、ペットショップを巡りたいと正直に言えず。こうして遠まわしに伝えることで、ご主人様である俺に判断させ命令させるという、少しばかりと不思議な内容のやり取り。
まぁ、それもミント・ティーという。ご主人様の判断を最優先にする、至極誠実なナビゲーターならではのやり方といったところか。
「そうだな……それじゃあ、次はあのペットショップにでも寄ってみるか?」
「っ!! このミント・ティー、ご主人様の判断でありましたら、何処までもお供いたします……ッ!!」
控えめな調子でありながらも、その瞳は高鳴る高揚感でキラキラと輝かせている。
最初の拠点エリア:のどかな村の時から、動物というものが好きである少女。その、人間としての生き方や気持ちに関する面で複雑な思いを抱き。自身を人間以下の存在としてレッテルを貼ってしまっているその中で。しかし、こうして自らの癒しとなる、自分の好きなものを曖昧ながらも把握しているミントもまた。このゲーム世界で生きていく、立派なNPCの一人だ。
「さっきの子猫、すごく可愛かったな~。生まれたての赤ちゃんとか言っていたっけな」
「はい。このワタシの……"よろこび"という感情が、あの小さな生命に高揚感を抱いておりました。灰色で、ちっちゃくて、丸くなって寝転がっているあの姿……思い出すだけでも、"よろこび"というこの高揚感がふつふつと湧き上がってきます」
ミントの中で抜け落ちてしまっていた、喜びという、嬉しいと思えるその感情。それはまだまだと曖昧にしか認識していないものの、喜ぶという事柄に、だいぶ慣れてきたようだった。
……ミントは、人としてどんどんと成長している。そんな少女の姿をこうして近くで見ていると、俺もミントのように頑張らなきゃなぁと思えてきて、自然と気合いが入ってくる。……そして、ミントという存在のおかげで頑張れているからこその、これまでの成長だ。俺は、ミントというナビゲーターに心から支えられているんだ。
「……なぁ、ミント」
「どうかなさいましたか? ご主人様」
「……いつもありがとな」
「ッ――!!」
照れてる。
何故だか、褒められるということに耐性の無いミント。その顔を真っ赤に染めて。若干と俯いて恥ずかしそうに小刻みと身体を震わせている。
……今のお礼は、ちょっと意地悪だったかな。そんなことを思ってしまいながらも、俺は照れてしまっているミントに癒しを感じてしまいながら。恥ずかしがる少女と共に、その先にあったペットショップへと入っていったのであった――
――――うっくくく。いやァ、それにしてもまァ上手く渡り歩いているもんだよ。理想と掛け離れた苦労の連続に、早くも根を上げると思っていたんだがねェ。良い意味で清々しく裏切られちまってさァ。もぅ、あまりにも嬉しすぎて、この苛々が収まらねェんだよ。どうしてくれやがるってんだァ?? この溢れ出ちまう昂る気持ちをよォ!! だがまァ、これほど骨のあるヤツじゃなきャあ、これからの物語は面白くなんかならないだろうしよォ。 ってことで、そんな頑張り屋な主人公君のためにも。こちらもそろそろ動くとでもするかねェ。……その苦労の連続で鍛えられた精神に今以上の負荷を与えて、今よりももっと強くしてやるからよォ。だからよォ。この期待を、絶対に裏切るんじゃねェぞ?? このゲーム世界の主人公さんよォッ!! うっくくく!! うっくくくくくくッ――う――ァ――ァアァーッッハッハッハッハッハッッッ!!!――――
「どうだ、ミント。美味いか?」
「はむっ、もぐっ――っはい! こちらのクレープ、クリームがフワフワで生地もモチモチで……とても美味しいですっ!!」
マリーア・メガシティの中心部。大きな広場に設置されたベンチに腰を下ろして、この数時間にも及ぶ観光を十分に満喫し若干とヘトヘトであった俺とミント。
今は休憩ということで、購入してきたクレープを食べていたところであったが。……さすが、そのいたいけな容貌からはまるで想像できないほどの。食べることがとにかく大好きな少女、ミント・ティーだ。そのクリームの甘さと生地のモチモチに、終始その瞳を輝かせながら。はむはむと可愛らしく貪り喰らいつきクレープをみるみると食していく。
「……それにしても、ほんと、すごい食べっぷりだな……」
「? 何か、おっしゃられましたか?」
「いや……特に何も……」
「左様でございますか? ――っあの、ご主人様。そのお手元のクレープはお食べにならないのですか?」
「ん、あぁ、いや……ミント、食べるか?」
「ッ!! ――こ、このミント・ティー! ご主人様の命令でありましたら! 例え満腹によってこの胃袋が膨れ上がっていようとも! その使命により、ご主人様には絶対的な服従を誓っております故に! 誠心誠意を込めまして、そちらの命令に従うまででございますッ!」
そう言い、ミントは俺から受け取ったクレープをはむはむと貪り喰らい始めた…………。
「ご主人様。お次は、どちらに行かれますか? このミント・ティー、ご主人様に永劫お仕えする誠実なナビゲーターとして、どこまでもお供いたします」
真昼のマリーア・メガシティを巡る俺とミント。今日も変わらずと流れ行く人波の中を、その軽い足取りで歩いていくものであったが。
……やはり、このゲーム世界の主人公である俺としては、どうしても気掛かりとなってしまうものがあり……。
「……ご主人様?」
「ん? ……あぁ、悪い。どうした? ミント」
「っいえ。思いを馳せているその只中にも集中力を分散させてしまい、申し訳ございません」
「い、いやいや。何もそんな、謝ることはないさ!」
この俺としたことが、ミントの尋ね掛けを聞き過ごしてしまった。
……こうしてミントと二人で出掛けるのは、勿論楽しかった。だが、しかし……そうした楽しい時間を過ごすその中であっても。やっぱり俺は"それ"が気になってしまって仕方が無いのだ……。
「……なぁ、ミント。俺ってさ、今、この世界の主人公をちゃんとやれているのかな」
連日に渡る、苦戦を強いられては何度も地面を這いつくばってきた戦いを経験したその中で。俺は、自身の立場である、そのゲームの世界における主人公というものに疑念を抱いてしまっていた。
果たして俺は、このままでいいのだろうかと。俺は、ちゃんと主人公を演じ切れているのだろうかと。あまりにも主人公らしくない場面が続き。むしろ、恰好の悪い姿ばかりを晒して傷付いてばかりいる今の自分に、正直な話、俺は主人公に成り切れていないんじゃないのかと。このゲーム世界に住んでいるからこその悩みを抱いてしまっていた。
そんな、胸の内で渦巻いてしまっている靄を、そのいたいけな少女にうち明かす。
俺の、独り言のような問いを聞いてから。ミントは神妙な表情を浮かべながらも、いつものようにその律儀な様子で答えていったのだ。
「今こうしていらっしゃるこのRPGの世界は、ご主人様が主人公として進行していく、ご主人様の物語でございます。ご主人様が中心となって進むこれまでの流れを、このミント・ティーは、この感覚で幾度となく感じ。その光景を何度も眺めて参りました。……ご安心ください、ご主人様――いいえ。……主人公、アレウス・ブレイヴァリー様。貴方様は、このゲーム世界における主人公を立派にこなしておりますよ」
「ミント……」
いたいけな少女から受け取った言葉に、この胸の内で漂う不安の霧が晴れる。
……しかし、次の時にも、新たに巡ってきた不安の種に俺は気分が沈んでしまい。この鬱に苛まれるまま、俺は渋い顔をしながら。続けて言葉を零していってしまう。
……同時にして。ふと、その不気味な笑みが目の前を過ぎったことも知らずに――
「……それじゃあさ。俺、これからどうしていけばいいんだろうか……? そりゃあ、このRPGの目的は、『魔王』という強大な力をこの手で討ち滅ぼすことということはわかっているんだ。そのために、今以上に強くなっていかなきゃならないことはわかっている。……これからの過ごし方。強くなるための手段。冒険をする方法。それらの、ゲームをプレイするにあたっての取り組み方を。ゲーム内における主人公の在り方というのは、何となくだけど把握しているんだ。…………だからこそ、わからないんだ。……なぁ、ミント。…………本当に、この俺が主人公でよかったのかな……?」
「へェ。それはどんな意味を以ってしての言葉なんだい?」
「どんな意味? ……なんだろう。俺は、ゲームというものが大好きだ。俺は、このRPGの主人公として生きていることは自覚しているんだ。……でも、果たして、本当にこれで良かったのかなって、ふと思えてきちゃってさ。だって、俺、いろんなキャラクター達に助けられてばかりでさ。経験値を増やしてレベルアップをして強くなって喜んでいてもさ。でも、そのすぐにそれ以上に強い敵が現れてコテンパンにされてしまう。……頑張っても頑張っても、なんだか途方も無いように感じてきてしまえて。俺、本当はさ。この、主人公というものに向いていないんじゃないかって、そう思えてきてしまっているんだ」
「だが、その道を歩むと決めたのはオマエ自身なのだろう? だったら、その時に感じた自分の気持ちを信じてやればいいだけなんじゃねェの?」
「……? その時に感じた、自分の気持ち……?」
「そうさ。オマエはあの時、『魔王』を打倒するRPGの主人公になりたいと希望した。それは、オマエさんが心からやりたいと思ったからこそ、そう口にした言葉だったのだろう? 突拍子も無く急に振られたその話題で、真っ先と巡ってきたその感情こそが。オマエの本当の気持ちなんじゃないのかい??」
「真っ先と巡ってきたその感情こそが、俺の本当の気持ち……?」
「それが希望だろうが、無謀だろうが、んなことはどうでもいいんだよ。それに対する本気の熱意を持っていなけりゃ、そんなことをふと思い浮かぶこともねェんだからよ。だから、その時に巡ってきた直感を信じてやれってこった。にしても、まァ、情けねェ主人公だぜ。オマエはこのゲーム世界で生きるRPGの中心人物なんだろう?? だったら、もっと自分に自信を持ちやがれ。じゃなけりャ、オマエの悩む姿があまりにも情けねェばかりに、"その姿を見ている皆"は失望することになるぜ?? 辛い。苦しい。そんな目の前の現実を乗り越えてこその、物語の主人公だろうがよ。ならよ、今はもう何も考えずによ、こうして向き合っている問題にとにかく真正面からぶち当たって、その壁を無理矢理にでも打破してみろよ。それが、何の能無しであろうとも。それが、ただの無茶や無謀であろうともよォ。現状を打破する、という大胆な動きのあるシーンってもんは、どれもド派手に映って見栄えが良くなるってもんだ。そして、次のシーンでは、目の前に開けた道を歩くなり走るなりして、最終的にカッコよく終わる。――その思いを行動に移したその先に、次に辿るべき道が開けている。だから、まずは動け。この"RPGの主人公"さんよ」
「…………え?」
ただ、唖然としてしまった。
顔を上げて、辺りを見渡す。
それは、何の変わりも無い拠点エリア:マリーア・メガシティの街道が広がっていて。隣には、ミントがとても不思議そうな表情をこちらの顔色を伺っている。
先の言葉によって、俺の心に決心が漲った。それは、このゲーム世界における主人公として生きていく上での、主人公らしい大胆な動きを起こしてやろうという、前へ進むための気合いによるもの。
この助言は、俺の目を覚ましてくれた。主人公としての自覚を改めて感じ。そして、今よりも、より主人公らしく存在するための支えにもなったのだ。
……だからこそ、この出来事が不思議で堪らなかった。
今の助言は何だったんだ?
この不可思議なイベントは、一体何だったんだ?
……さっきの声は一体、誰の声だったんだ…………?
「ここだぜ? "主人公"さん」
聴覚が生理的に拒む、中性的な声。二重に重なった耳障りな男女の声で。喉や口からガラガラと鳴らす不協和音を立てながら、からかう調子で耳に届いてきたその声音。……得体の知れぬ寒気を感じながら、咄嗟に、その声のもとへと俺は振り向く。
……そこには、カフェテラスのイスに腰を掛ける少女の姿。身長は百六十二で。そのふくらはぎにまで伸びた、生気を思わせないモノクロ調のロングストレート。その上に、着用しているワンピースから、肌や髪も含めて全体的に生気の無いモノクロ調な色合いという周囲から浮き立つその姿で。渦巻く螺旋状の瞳。悪戯な笑みを浮かべる口。途中で器用に折れ曲がった、跳ねた前髪。そして、黄で厚く彩られた三日月をイスに立てかけていながら。……その少女は俺の姿を、その不敵な眼差しで眺めていたのだ――――




