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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
三章
175/368

暗躍

 僅かな照明に照らされた深い暗闇の中。

 白の装飾がめぐらされた、多くの生物が住まう大規模な大都市。闇が落ち道路や地面が黒に染まる閑静な街中を、その靴音を立ててゆっくりと歩を進めていく一つの影が存在していた。

 その靴音からは、根拠も無く不穏を過ぎらせる。人の姿が見えぬその街中を悠々に歩む軽快な音は、まるでこの街を踏み締めていくかのような。……既に、この街を掌握しているかのような。全てを把握し、心置きの無い物腰の軽さを思わせる。


 ――次の時にも、その影はとある建物の屋上へと移っていた。

 瞬き程の、刹那の速さ。つい先まで歩んでいた街道を見下ろし。上げた右腕と、その右手で持つ若葉色の中折れハットを被り直しながら。目と鼻の先に佇む者へと声を掛けていく。


「宣戦布告をするには、時期が少々早過ぎやしたんじゃないのかい? 先の行いから、余程なまでの焦りを伺えて仕方が無いのだが。――果たして、"キミ達"の意向が如何なるものであるのかを。このボクに説明を願おうか」


 落ち着きを払い、鼓膜に優しく撫で掛ける甘い響きの声音で。百七十九の身長。若草色の、黄と緑の混じる身なりの良いタキシード姿と。同色の靴に中折れハットという至極目を引くとても鮮やかな外見で。紅葉を思わせるオレンジの快活なショートヘアーと、生まれもった有り余る美形を持つ"美青年"はその存在に尋ね掛ける。


 その妖艶な声音を耳にした目前の存在は、鼓膜に響き渡る甘美の声の主とは相対して。その身長は百八十八。丹念に鍛え上げられた筋骨隆々な上半身を、踵まで届く丈長である漆黒のマントで包み込み。影の具現化を思わせる、余裕のあるボトムスを身に付けているその人物。

 喉にこもる音の。ゴツく、少々と野太く。しかし、空気に溶け込むような。腹から声の出ているハキハキとした男らしい調子で、隣で佇む華奢な青年に言葉を返していく。


「問題無い。"我々"のポテンシャルはこれまでに無く優れている。今が正に、宣戦布告を行うにあたっての、絶好のタイミングとなるジャストな頃合いなのだ」


「それは、キミの判断によるものなのかい?」


「これは『主』の判断によるものだ」


「なるほどね。――キミの判断でないのであれば、十分に信用することができそうだ」


「貴様、言葉遣いというものに気を使った方がいいぞ。さもなければ、このオレの心が傷付く」


 右手で中折れハットを抑え込んだまま、俯き小さく頷く美青年と。ゴツく野太い声であるものの、空気に浸透する透き通る調子で答えていく男。

 出会い頭のやり取りを交わし、一番の疑念でもあった問いを投げ掛けたその美青年は。少しもの間を空けてから再び続けていく。


「それにしても、まさかこの時期に宣戦布告をするとはね。その時期を、『同胞』であるボクに知らせてくれても良かったんじゃないのかい?」


「そうはいかん。貴様の暗躍ぶりは見事の一言ではあるが。"我々"に忠実であるか云々の信頼における面に関しては、素直に認められんイマイチなポジションにいるからな。そう易々と情報を流すわけにはいかん」


「そんなお堅いことを言わないでさ、ボクを仲間外れにしないでくれよ。寂しいじゃないか」


「……貴様は底が知れん。信用に足る存在ではないのだ。ということだ。先の質問の答えは、断然なノーとして返しておこう」


「そうかい、それは残念だ。――このボクの活躍を見過ごしてしまっていただなんてね。どうやら、ボクはキミのことを過大評価し過ぎてしまっていたようだ。……このボクの、鮮やかで美しき活躍の数々を知りもしない輩の言い分と全く同じ返答で、実にガッカリした。キミに失望してしまったよ」


「まるで息をするようにホラを吹く。貴様のそういうところが信用に足らんのだ。……貴様は何を考えているのかが全くわからない。ミステリアスを気取っているようだが、同胞としてはそれが何よりも困るのだ。現に貴様は、"我々"の役に立ってなどいないのだからな」


「それは、ボクの活躍を見逃してしまっているキミの眼が節穴なだけなんじゃないのかい?」


「貴様の行動など、オレには全て筒抜けだ」


 不敵な笑みを零しながら、堪えるように喉を鳴らし笑う美青年。

 美形に浮かばせた紅い半月を見せる彼に、その筋肉質の男は呆れ気味に続けていく。


「…………その胸に問い掛けてみるのだな。"我々"の同胞としての使命を放棄し、目を付けた女とただ遊び回っていた自分自身の行いについてのことを、な」


「…………」


 男の言葉を境に、その笑みは瞬時に消え失せる。

 次にも、中折れハットから覗く鋭い眼光が、目の前の男を捉えて。……真っ直ぐ。目の前に伸びる道を恨めしく見据える視線を向けられ。その男は言葉を止め、美青年の様子を伺い出す。


 ……直にして、美青年は喋り出した。


「――これじゃあ、プライバシーもへったくれもないね」


「常に一人の女を監視している貴様が言えた義理か」


「おっと、急用を思い出した」


「見え見えの嘘で誤魔化そうとするな」


 先の恨めしい空気とは一転として、その空間はどこかコミカルな調子へと変わる。


「どうせまた、目を付けた女の監視なのだろう。……"我々"から請け負った使命があるというのに貴様ときたら……。その役割を放棄し、女を眺め続けるだけで何もしない結果がこの目に見えている」


「ボクは彼女のファンなんだ。毎日でも、毎時間でも、毎分でも、毎秒でも。その横顔を。その髪を。その身体を。その姿をずっとずっと眺め続けていたいのさ」


「貴様の言い分などに興味無い。ただ、何事も、度が行き過ぎると迷惑だぞ」


「それこそ、"キミ"が言えた義理なのかい?」


「…………これで、どっこいどっこいだぁ……」


 うんうんと頷きながら応え、一つの話題の終わりと共に走る静寂。

 暫しして、美青年はふと思い立ったかのように男へと尋ね掛ける。


「それで、これからのプランとしてはどんなもんなんだい? 同胞であるボクを省かないでおくれよ。寂しいじゃないか」


「信用に足りぬと把握してのそれだ。だから、貴様という人物が信用ならないのだ。……まぁいい、これからの意向について少しだけ伝えるとしよう――――」



 宵闇の大都市に紛れる、不穏を予兆する不気味な風切り音。表現するには言葉が足りぬ未知に包まれた二人の間に、不敵な言葉の数々が飛び交う。

 ……直にして、口元に紅い半月を浮かべる美青年と。纏っていた宵闇から僅かに覗かせた顔で彼を見遣る男。


 その男は、声と同様にゴツく強張った、彫刻のような顔をしている。髪も妖艶さを伺わせない厚塗りの紫を思わせる短髪であり。目は細く、眉は太くの至極濃い存在感を放っていた。

 しかし、シワの無い厳つい素肌から見るに。そのゴツく厳つい強面とは裏腹に、年齢は比較的に若人として捉えることができる。


「こうしてまともに意向を伝えたところで、貴様はどうせまたあの女のストーキングに励むのだろう。貴様の行動も筒抜けだが、同時に、貴様の実力も、このオレには筒抜けなのだぞ。……勿体無い。せっかくと我が家系の誇る"異次元に最も近き能力"を持っているというのに。それをまるで活かそうとしない。それどころか、目を付けた女のストーキングばかりにその強力な力を乱用している貴様の姿が、なんとも愚かしくこの目に映ってしまう。――これからでも遅くない。"我々"のもとにも、女は沢山と存在する。貴様のその力を、"我々"のために振るってみろ。そうすれば、そのルックスも相まって。貴様の好きな女が、好きなだけ手に入ることだろう。そうすれば人気者だぞ? モテモテになれるんだ。悪くない話だろう?」


 その年齢に見合わぬ強面でありながらも、その言動からは若さを伺える男の説得を聞いてからというもの。美青年は蔑むように軽く鼻で笑い。答えていく。


「フッ、筒抜けとは何だったのかな。やっぱりキミは、ボクのことを何一つもわかっていないじゃないか」


「なんだと?」


 挑発気味に放たれた言葉に、眉をひそませながら鋭く返す男。そんな彼に構わず、美青年は続けていく。


「確かに、ボクは女性が好きだ。だが、だからと言って、誰でも良いというわけではないのだよ。――ボクの理想は高いからね。だから、このボクと釣り合うきちんとした女の子じゃないと…………何もかもがダメなんだ」


「…………」


「そんなボクの理想に見合った子を、ようやくと見つけることができたんだよ。――とても健気で、しかし、誰よりも燃え滾る情熱を宿している。その顔はいたいけでありながらも、とても女性らしくてしっかり者だ。顔は可愛く恰好の良い。髪も肌も艶やかで手入れを欠かしていない。プロポーションは抜群で健康的だ。日々味わってきたスリルがフェロモンとなって匂いに、雰囲気に表れている。それでいて…………人の根に付く根本的な器は無垢であり。それは工芸品の如く繊細で……実に美しい」


「…………」


「ボクはね、女性が好きであり、美しいものが大好きなんだ。彼女はそれを両立している。それも、これほどまでに理想的な両立を成してしまっている女の子と出会うのは初めてだったんだ。――この出会いを、無駄にしたくなんかないんだ。この運命を、決して棒に振りたくなんかないんだ。……こうして運命的な出会いを果たしたあの子を、ボクは何としてでも手に入れなければならないんだ。これ以上ものチャンスは、もう二度と巡ってこない。今、あの子から目を離してしまったら……今、あの子の身体を抱いてやれなかったら……今、この機会を逃してしまったら…………ボクは朽ち果ててしまう」


 その時には、空を掴む右手を虚しき視線で眺める美青年の姿が。

 手を開き、そこには何も無いことを確認すると。次第に震え始める掌が、彼の心に焦燥の念を掻き立てる。


 ――そんな尋常ではない彼の姿を見てからというもの、男はどこか腑抜けた表情を浮かべて口を開いていく。


「……んまぁ、貴様は貴様で苦労しているということなんだな……」


「だから、これをただの女遊びだと思ってくれちゃ困るんだ。ということなものでね、ボクは今、ボクのことで忙しいんだ。――表面上は同胞という繋がりで共同戦線を張っているが。しかし、改めて訂正をするとね。"ボクはこの存在を認められていないものだから、共同戦線の一員に含まれてなどいない"。つまり、ボクは今、"キミ達"から仲間外れにされてしまっている。蚊帳の外で一人自由気ままに行動する可哀相な野良犬に過ぎないんだ」


「……んまぁ、貴様は貴様で色々と大変なんだな……」


 腑抜けな表情の男を尻目にして、美青年は踵を返してその場から離れ始める。


「だから、ボクはボクで好きにやらせてもらうよ。今はそれで手一杯なものなんでね」


「貴様の境遇については多少なりと理解した。だから、あれだ……何事もほどほどにな。じゃなきゃ、せっかくと出会うことのできたその女に嫌われ兼ねないからな。…………貴様の恋が成就することを、応援しているぞ!!」


 男の言葉を聞き、右手を挙げて応える美青年の背を見送り。

 宵闇に紛れていく若葉色の姿が忽然と消え。足音も、その存在感も。彼という人物が瞬時にして消失した暗闇の空間にて。

 ……腕を組み、思考を巡らせ。独りで佇むその男は俯いて、少しと考え付いたその末に。……ふと、ぽつりと呟いたのであった――――


「……待てよ。"ルパン"のヤツ、今、"オレ達"と共同戦線を張っていないと言っていたよな。それってつまるところ……"オレ達"の仲間じゃないってことだから~……。オレ、もしかして、外部の人間に機密事項を漏らしたことになるよな……? …………やるな、ヤツめ。やはり信用にならないヤツだ! より一層と、厳重な警戒態勢でヤツを見張り。いざというときはこの手で始末してくれるわ!! …………帰ったら、始末書で済むかな…………」



【~次回に続く~】

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