イベント:会議
「……ドロップ品を拾ってくるのを完全に忘れていた……」
ふと、脳裏に過ぎったそれに思わず目を覚ましてしまい、目覚めの第一声を零しながら頭を抱えてその場で塞ぎ込む俺。
時刻は夜。エリアボス:魔族との契約者を倒してから約半日が経過と言ったところか。
場所はフェアブラント私立探偵事務所。仲間達と共に死闘を繰り広げた後にも、疲労し切った身体を引きずるようにこの場所へと引き返し。そして、今座っているこのイスにもたれ掛かったその時にも、俺はまるで死んだかのように深い眠りへと入ってしまい。今に至る。
蛍光灯の電気が点いている事務所にて。どこからか拾ってきたのであろう、この事務所に似合わぬフカフカなソファーの上で、スヤスヤと寝息を立てて寝ているミントと。イスに座り、机に項垂れながら涎を垂らして眠りこくっているペロの姿を確認することができた。
この二人も、先の戦闘でひどく疲労していたようだ。当分は起きる気配をまるで伺えない双方の表情が、その身体に蓄積した極度の疲労をよく表している。
……しかし、姿を確認できたのはミントとペロの姿のみ。この事務所を拠点にしているブラートとミズキの姿はどこにも見当たらない。
あの二人はどこに行ったのだろうと、未だに蓄積している疲労でボーッとしながらそんなことを考えていた時にも。事務所の入り口である扉がガチャリと開く――
「――全く、今のお偉いさん達は自分達のことしか考えていない!! 保守的と言えば響きは良いが。いやしかし! 今のままでは絶対にダメだ!! 今は正に行動の時であり!! 一刻でも対策を練り行動を取らなければ、この街は災厄の脅威に飲まれ兼ねないのだぞ!!」
「落ち着いてブラートの兄さん。兄さんがカリカリしていたところで何も変わらないよ」
「わかってはいるんだ!! わかってはいるのだ!! だがしかし、このままでは――ッ。おっと、今日のMVPを起こしてしまったかな」
隠せない苛立ちを垣間見せながら、ずんずんと歩き進めていたブラート。ふと、呆然とその様子を眺めていた俺に気が付き。申し訳無さそうに、しかし、とても誇らしげな調子で俺に話し掛けてくる。
「あぁ、いや。たった今起きたばかりなんだ――」
「全く。この街の民でも無いアレウス君が、こうして勇敢にも戦ってくれたというのに! それでもあの者達は一言の礼も無しとは、何たる危機感の無い連中なのだ!! この街を治める人間として、これは許されざる有るまじき行いだと断言できてしまえるぞ!! ――褒め称える相手はこの勇敢なる戦士達だろう!! 活躍をしたことに代わりはないが、この俺のみを褒め称えてどうするというのだ!! それほどまでに、他からやってきた人間のことが信用ならないと言うのか!? 解せないぞあの連中共は!! 今こそ、他の人間達と手を組み協力し合うその時だろう!!」
人の話をまるで聞かないその性格は健在として。しかし、それはブラートとは思えぬがなり声であったために、今までに無い一面に俺は唖然としてしまう。
そして、そんなブラートの勢いで目を覚ましたのか、ソファで寝息を立てていたミントが律儀にむくりっと起き上がり。寝起きのボーッとした様相を浮かべながらも、俺のもとへと歩み寄ってきた。
とことこと歩き、俺の隣で律儀に佇立をする。
そして、各NPCが次のイベントシーンにおける位置についたのか。ミントの行動を最後にして、自身の事務机のもとでブラートはこちらへと振り向いてきた。
「……っと、熱くなってしまっていても仕方が無い。今は激高に身をまかせるのではなく、より良い方向へと事を運んでいくための有益な会議を行っていくべきだ。……そう! あの連中よりも余程まともな思考を持つ者達との間でね!!」
と、それほどまでにお偉いさんへと腹を立てていたのか。その部分をより強調しながら、ブラートは続けていく。
「……大事なお客がいるというのに、放置というそっけない扱いをしてしまってすまなかったね。アレウス君、ミントちゃん。で、仲間であるのっぽ君はまだ寝てしまっているね。むしろ、好都合でもあるかな。――さて、夜分ではあるものだが。ここで君達に、ある情報を小耳に挟んでおいてもらいたいと思っている。先の戦闘で未だに疲弊し切ったその身ではあると思うが。これは、大至急とも言える至極重要な報告のために。いま暫しは、多少もの疲労を無理して抑え込んででも、どうか真剣となってこの俺の言葉に耳を傾けていてもらいたい」
その眼で俺とミントを確認し。次に、腕を組んで扉に寄り掛かっているミズキの姿を確認してから。両手を事務机に乗せて、俺達とミズキの中間を見つめるようにブラートは続けた。
「たった今、この街の中で至急となる緊急会議を行い。この俺こと探偵・フェアブラントが指揮を執り、このマリーア・メガシティの総力を注ぎ込み大規模の制圧作戦を行った極秘任務。通称、ビッグプロジェクトにひとまずの終止符が打たれた。その会議には、この制圧作戦の指揮を執ったこの俺と、我が自慢の助手であるミズキも出席し。各それぞれのお偉いさんと集まり様々な意見を交わしてきたという内容のものだった。――そう、意見を交わしてきたものではあったのだが…………」
誇らしげに喋っていくその内にも、段々と沈み俯いていくその頭。
わなわなと震え始める肩。両手の指ももどかしく動き始め、同時にしてブラートは再びがなり立てていく。
「……全く!! 上の者は危機感というものがあまりにも無さ過ぎるッ!! 今もこの街は!! いや! この世界がその災いに飲まれ始めたというのに!! それでも! これを機に、この街が誇る総力を如何にして際立たせていくかだとか!! 周囲の大都市よりも、より優れた力を持っていることをどう証明するかだとか!! この先の脅威に立ち向かうべくの会議であったと言うのに!! 瞬く間にも、この街の素晴らしさを自慢するためのPRを打診する会議へと変貌を遂げてしまってまるで埒が明かないッ!! この会議は、より良い観光旅行を提供するための集いではないというのに!! どこが強い、どこが弱いとライバル同士で張り合い優劣をつけている場合ではないというのに!! 人の上に立つにあたっての暮らしを送るその内にも、自然と自身の名誉や地位ばかりに意識が向くようになってしまい!! 挙句の果てには保守的となり!! 偉い者達は皆、周囲の目を気にし過ぎてしまうようになっているッ!! ……正に今、災厄が目前と迫っているというこの状況であろうとも!! 結局は、自分らをより良く見せることにしか意識が向かないのだッ!! ――それほどまでに、他のライバルを蹴落とすことが重要なのだろうか!? 否ッ!! 最も重要視するべきなのは自分達の立場ではなく!! 自分達の存在によって支えられている住民や世界のことだろうッ!!」
怒号交じりに叫び上げ。感情のままに手を振り、表情を歪ませて訴え掛けていく。
……しかし、行き場の無くなった声は虚しくと溶けていき。……次第に、落ち着きを取り戻したブラートは咳払いを一つ行う――
「……取り乱してしまってすまない。いやはや、しかし、自身に権力が無いというのも、なんとも情けなく思えてきてしまえるね。――またしても感情的になってしまうその前にも、もう本題に移るとしようか」
事務机に再び両手を置きながら、ブラートは誇らしげな調子で真剣に話し出した。
「まず、この世界に新たな脅威が現れた。……それは、"以前にもこの世界に災厄をもたらしたとされる、禁忌の存在"として記録されていたものであり。それはまだまだ真新しく、且つ内容が具体的で、細かな点まで詳しくとまとめられた資料の文献であったために。現時点では、この記録の信憑性は非常に高いものであると見なし、その資料を参考に、今後の話を展開していく予定でいることを了承しておいてほしい。尚、これらの情報は飽くまでも、上の者達がその重い腰をあまりにも上げないことに痺れを切らし、仕方無くとこの俺が独自で調査し入手したものであるため。少なからずと、この内容には多少の語弊が混じってしまっていることもあるだろう。……が、この探偵・フェアブラントが間違うハズも無いために、これらの情報のことを十分に信用してくれても構わない」
結局はどっちなんだ。
と、内心でツッコみを入れてしまいながらも。まぁ、ブラートが独自で調べ上げた情報であるのなら、きっとそれが正しいのだろうと。その探偵という肩書きに左右されて専ら信じ込んでしまう俺。
「で、だ。この情報を元にして過去を辿ると、ある一つの真実に辿り着く。……それは、この"禁忌の存在"が以前にもこの世界に蔓延り。その脅威やら猛威やらを振るっていたという過去が存在していたということだ。……そして、もし、この情報源が嘘偽りの無いれっきとした文献であると確証されたその時は。――これは、"この世界に災厄をもたらした禁忌の存在の復活"。としてその意味を汲み取ることができてしまえるだろう。……君達も、"彼ら"の脅威をその身で味わっただろうから、この事態の深刻さをよく理解することができるはずだ。……そこから導かれる答え。それは……"この世界の存亡を分ける、混沌の再来"を意味することになる――」
前のめりになっていた上体を起こし、目を瞑り鼻で軽く一息をつきながらも。しかし、その内で収まらぬ緊張から落ち着かない様相を浮かべたまま。……ブラートはゆっくりと目を開け。俺達の姿を眺めながら言葉を続けていった。
「……混沌を振り撒き、この世界に災いをもたらす"災厄の化身"の出現。それは、これからもあのような脅威にこの身が晒され続けるという、日々の生活もままならないほどの不安や心配に苛まれ続ける毎日を送ることになる予兆であったのだ。……よって、今回の出来事は。あのような存在が、この街の地下に巣食い。……それほどの脅威を持つ輩が、陽を浴びない暗がりに潜んでいるのだという、その存在をほのめかす"彼ら"からのメッセージに過ぎなかったのだ。――今も、この街のどこかにその身を潜ませ。これからもその混沌を振り撒くために暗躍し。そして……この世界に災厄をもたらし、最終的には"我ら"の手によってこの世界を掌握せんと。"ヤツら"は日々、脅威となる力を蓄え続けているにきっと違いない…………!!」
その事態の深刻さをより物語る、ブラートの真剣な声音を聞き。それでいて、今のこの時にも、あの脅威が今も身近な存在となってしまっている現状を改めて実感をしてしまってからというものの。……このゲーム世界の主人公である俺は、このRPGのメインでもある"その存在"の脅威に堪らず生唾を飲み込んでしまった――――
【~次回に続く~】




