動き出す物語
「ハーッハッハッハッ!! そうだ!! そうだ!! もっと光りやがれちきしょうめッ!! ようやくだ!! とうとうこの時を待っていた!! "ヤツら"との契約で手にした『魔族』の力ァ!! こいつを試すのには、絶好の機会だぜェ……ッ!!」
剣から放たれる妖しい紫の光に照らされたスキンヘッドの親方。昂る興奮で目を見開き。涎を垂らしながら顎が外れんばかりに大口を開くその光景。
『魔族』と呼ばれる二人組から譲り受けた契約の力を手にしてしまったエリアボス:親方。強力な力による光を手で遮りながら、ミズキも、俺も、ペロも。その場の全員が、未知なる目前の光景により一層の緊張を帯びていく。
紫の装飾が刺々しく、黒の刀身が禍々しい存在を放つ一本の剣をかざし。親方は、散々とその内に溜め込んでいたのであろう殺意の眼差しをこちらへと向けていく。
「ぁぁぁアアアァァァああぁアレっちィィィィィ――!! ここ、これは一体全体何なんですのォォォォォ――!?」
恐怖で震えながら俺の背後に隠れるペロ。
ミズキもまた、悪寒からなる冷や汗を流し歯を食いしばるその姿から、内から湧き上がる恐れの色を伺うことができる。
……そして、俺もまたその例外ではなく。未知数となる初見の光景を前にして、予測できぬこれからの展開に。ただブロードソードを握り締めて構えることしかできない。
「ウェヘヘヘッ。ウェヘヘヘヘヘヘ。ッウェヘヘヘヘヘヘヘッ!! ウェハハハハハハハハッ!! あァ!! 感じるぞッ!! あァ!! 漲ってくるゥッ!! あァ!! んの力がァッ!! 身体中にィッ!! ん巡ってェくるのをォォォォオッ!!! んさすがだァ!! んさすがだぜ『魔族』の力ァァッ!!!」
次第に、妖しい紫を解き放つ剣からは圧が発生し。この巨大な洞窟全体に渡り出しては、俺達を徐々と押し出していく。
音もまた、親方の身体中に巡っているのであろう力の流れが響き出し。いよいよとなって、エリアボス:組織の親方となるNPCからは異常と思える不穏の空気が漂い出す。
「――ヘヘヘヘヘェッッ!!! んざまァ見やがれェ!! このクソザコクソガキ共ォ!! ッヘヘヘヘヘヘェ!! 散々とイキって調子に乗ってきたおめェらもォ!! この、『魔族』の力で木っ端微塵としてやるぜェッッヘヘヘェッ!!!」
不穏の剣を逆手に持ち替え、巡る力の重量を思わせる重い足取りでゆっくりと近付き出す親方。
目前から迫り来る脅威を前にして、ミズキと俺は緊張を帯びながら様子を伺い続けていき。ペロはただ、俺の後ろで震え続けていく。
……そして、『魔族』との契約を結んだエリアボス:組織の親方は、勝利を確信した厳つい強面で強気に笑み。その剣を握り締めながら、再戦への一歩を踏み出した――
「せっかくの試運転だァッ!! んド派手にぶちかましてやるぜェ!! んこのクソカス共ォォォォォォォォオオオオオ!!! ――――オオオオオォォォォォオ。ッォォオオオオオォォォオッ。ッオオォ。ッォォ。ォ、ォォォオオオオオオオォォォォォオオッ!!?」
……しかし、その次の瞬間。俺達は思いもしなかった驚愕の光景を目の当たりにする。
……それは、親方は手に持つ不穏の剣で、何の躊躇いも無く突如として自身の胸を貫いたのだ――――
「おっと、待ちたまえ諸君達。この先は生憎、この俺こと探偵・フェアブラントが率いる、マリーア・メガシティの平穏と秩序を保つ正義執行人達が通行止めさせてもらっているのだよ。せっかく悠々と歩きながらの優雅な逃走を図ってきたというのに、あと少しで完璧に逃げ切れるというところで邪魔をされてしまうだなんてね。全く、君達は実に残念だった」
経済と女神の大都市。青空が広がり、建物の影に囲まれた人気の無い広場にて。
頭から踵までの長さを誇る黒のローブで顔、背、腰、足とあらゆる部位を覆い隠す不気味なその外見。黒の袖やズボンには、不可思議を思わせる明るい紫のラインで怪しい雰囲気を醸し出す二人組。その彼らの前に立ちはだかっては誇らしげに佇み、とても誇らしげに両腕を広げながら、至極誇らしげに悠々と長広舌を披露していく一人の男。
「ふふん。全く、君達は本当に残念だったよ。何せ、このマリーア・メガシティの秩序と平穏を保つ、陰の正義執行人こと。この俺、探偵・フェアブラントに目を付けられてしまったのだからね。一度でもこの俺に尾行をされてしまったら最後。何だか怪しい取引を行っていた君達は今、この場で無念にも敢え無く捕らえられることとなる」
誇らしげに指を鳴らすと同時に、その男の周囲からは剣や槍、斧や銃を携え。又、巨大な盾や魔方陣も身に纏う大勢もの兵士が姿を現す。
「いやいや、せっかくここまで来れたというのにね。本当に惜しかった。だが、安心してほしい。というのも、これは決して、君達を抹殺するための作戦ではないのだよ。――これから、君達はこの俺に捕らえられる。まー、それだけの話さ。あとは、牢獄で君達からお話を詳しく聞こうかなって思っているだけだからね。決して、君達に問いただしながら痛い思いをさせて、じっくりゆっくりとその様子を眺めていようだなんて悪趣味な真似はしない。拷問なんて、この俺の正義に反している。だから、別にその命を奪おうとなんて微塵にも思っていないさ」
「…………」
四方八方と囲まれ、正に絶体絶命となる窮地に立たされた二人組。しかし、それは不気味なほどの沈黙を貫き続け。……その様子に、場を指揮する男はふと目を細める。
「……なんだ、この違和感は……? まさか、これほどの状況下であろうとも、まるで恐れを抱いていないとでも言うのか? この、経済と女神の大都市が総力を挙げた目の前の脅威を前にしてでも。尚、一向と恐れの色を見せることがないその余裕。……その自信は一体、どこから湧いてくる――」
「何故、"我々"が貴様らを恐れなければならない?」
小声での呟きを拾い、それに不敵な声音で返していく一人。
耳にした声音に緊張感を帯びて。一転として警戒の色を強めたその男を前に、その一人が続けていく。
「上辺の玩具で力を得たと誤認する、何とも愚かな生き物共だ。貴様ら下等種族程度の生物など、この"我々"を前にしては道を這う非力な芋虫の一環に過ぎない。――手に持つそれらは何だ? その、形だけの鉄くずなどで。ただ先端を尖らせたのみの針で、この"我々"に立ち向かうとでも言うのか? ……三日月を象った、ただ巨大であるのみの鋼を携え。首の皮一枚を表すかの、透けて見える鉄板を構え。素人同然の簡易的でちっぽけな落書きを浮かばせて。……ふん、見ているだけで愚かだな。その筒で、食用の豆でも飛ばすとでも言うのか? 失笑も苦笑も浮かべられぬ冗談だ。豆撒きは他所でやれ。そのような玩具で、このようなお芝居に付き合わされる身にもなってみろ。……"我々"は、貴様らのように暇を持て余しているわけではないのだ」
それは、単なる挑発ではなかった。
その言葉をつらつらと述べていく不敵な声音に耳を傾け。その言葉の意味を汲み取り……そして、二人の前に立ちはだかる男はその言葉を完全と理解し、無意識と生唾を飲み込む。
しかし、周囲の者達は言葉に過剰な反応を見せ。己の誇りを蔑まされた怒りを抑え切れずにぶつけていってしまう。
「なんだと貴様ッ!! このマリーア・メガシティの誇りを侮辱して、ただで済むと思うなッ!! 総員、構え!!」
「待て! 全員落ち着くんだ!!」
護衛隊の戦闘態勢を抑制させ。その男は二人組へと、再び言葉を投げ掛けていく。
「――おーけー、わかった。こんな茶番に付き合わせてしまってすまないね。……君達を見ていたら、これまでの考えを改め直す必要が出てきたようだ。――その正体は、強気で不思議ちゃんを猫被るただの小悪党かと高を括っていたものであったが……むしろ、今はここで君達と争わない方がいいとさえ思えてきてしまえる。というのもね、君達からは……直球に、嫌な予感を感じる。その言葉が嘘ではないことが、この俺にはハッキリと理解することができてしまえるんだ」
「冷静な判断能力を持っている。賢明だな。そこらの下等種族よりも、余程優れている」
吐き捨てるように言い、周囲の人間達をより一層の怒りへと陥れていく不敵な声音。
「猶予を与えよう。"我々"に道を譲るのであれば、今だ。これ以上、"我々"の進行を阻害するな。でなければ、貴様らを"我々"に立ちはだかる障害とみなし。秩序と平穏とやらに守られしこの経済と女神の大都市を、貴様らの大規模な墓地へと一新させてやってもいい」
「ふむ、それは困るね。この街に住まう皆の者が、外部の脅威を心配せず安心して眠れる。そんな平和をモットーとして活気付いているここを滅茶苦茶にされてしまっては、この探偵・フェアブラントや護衛隊諸君の面子が立たなくなってしまう。……おーけー、おーけー。野暮な争いは控えよう。ここは街のためにも、一度身を退いた方が賢明のようだ――」
若干とコミカルな調子で両手を振りながら、挙げて小刻みに手を払うその男はそう言うのだが……。
「フェアブラント!! ヤツらの口車に乗せられてはならないッ!! ヤツらは、この我々マリーア・メガシティのあらゆるものを侮辱したッ!! こんな輩を前にして、今更退くなんて得策とは思えないッ!!」
「落ち着くんだ隊長。君達の気持ちはよく理解することができる。しかしだ。今、この街で彼らを暴れさせてしまったら、それこそこの街を危険の渦に巻き込んでしまうとこの俺の正義が――」
「であれば、ヤツらが暴動を引き起こすその前に無力化するのみだッ!!」
「いや、だからね。この探偵・フェアブラントが言いたいことはね。それこそ今、ここで荒事を引き起こしてしまってはいけないという――」
「……んんぅッ!! 探偵・フェアブラント!! 我々はもう我慢ならないぞッ!! ――総員、構えェッ!!」
一人の男が指令をすると共に。その場に居合わせる者達は、堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに躊躇わず武装を構えていく。
二人組へと一斉に向けられる総力。その光景を前にして、男は必死になだめようとするが……。
「待て! 待つんだ君達!! 今、間違いなく彼らと戦闘してはならない!! この俺こと、このマリーア・メガシティの秩序と平穏を保つ陰の正義執行人、探偵・フェアブラントの正義が心からそう訴え掛けているんだ!!」
「ふん。それが貴様らの答えか……」
焦るままに総力を引き止めようと呼び掛ける男を尻目に。一人が呆れ気味に言葉を零し、二人組は仕方無くといった気だるい雰囲気を纏いながら力を蓄え出す。
……それは、黒の結晶が周囲に漂い出す。邪悪の予兆。
「加減などいらぬッ!! 総員、掛かれェッ!!!」
……それは、生ける大地に蔓延る。邪気の具現化。
「待て!! 君達、待つんだ!! 待つんだ!! 行くなッ!!」
……それが、この世界に災厄をもたらす禁忌の存在であることを。その直後にも、彼らは、この世界は思い知ることとなる――
「グアアァァァァァアアアアァァッ!!!」
「ギャアァァァアアアアァァアアッ!!!」
――次の瞬間。二人の背から生まれた影の翼が。鉤爪を象り、女神の街を引き裂いた。
漆黒の爪痕が、その場の全員を無慈悲に一掃し。その波動は空間を伝い。白で包まれた女神の街を、伝う波動が瞬く間に粉砕していく。
白のタイルを。白の建物を。白の植物を。……白に包まれたその空間に訪れた禁忌の存在によって。その街には、災厄の到来を予兆させる、漆黒の爪痕が刻まれてしまった。
「…………ッ!!」
……ただ一人、目前からの波動に耐え切りその場で佇んでいた男。
衝撃が和らぎ、恐る恐ると顔を上げていくと。……そこは、漆黒の爪痕に染まる。闇の領域へと化した凄惨たる光景が広がっており。
刹那にして無残にも変わり果てた街の一部。周囲に転がる人々と。辺り一面に爪痕が刻まれた街の残骸を前にして。……その男は……。
「……がふッ――――」
黒の液体が口から漏れ。次にも、無意識と腹部を抑え込み体勢を崩す。
訪れた異変に視線を落とすと。……自身の腹部に走る、一筋の漆黒。
「我々『魔族』の進行を妨げる愚かな輩よ。"絶対なる力を宿せし魔の住民"に矛を向けたその愚行。深遠なる闇への誘いを受ければ、贖罪として見逃すことを考えてやらんことも無い」
眼前から歩み寄ってくる二人を前にして。その男は決死の思いで堪え続けるが……しかし、徐々と崩れていく体勢で。その男はただ、彼らを見上げることしかできずにいた……。
「闇への誘いを拒むか。であれば、それで結構だ。だが、案ずるな。それが下等種族であろうとも、"我々"は貴様ら人間の"来訪"を心から歓迎する。――"我々"は、数多の生命に宿りし魂の終着点。"我々"は、貴様ら人間を超越した"新人類"なのだ。根拠として、その脅威を、その身を以ってして認識したことだろう」
徐々と体勢が下がり。膝をつき。次第にうずくまるその姿勢。
声を堪え。身体を震わせて。……身体中に巡る未知数への抵抗で精一杯であるその男を見下す二人……。
「今この時も、"我々"の進行は実に順調である。その証として、この地中にて契約を結び、その姿へと変貌を遂げた『魔族』となる存在を"改めて"世に知らしめ。この街に。そして、この世界に。新たな脅威による混沌の到来を予期させる、この世界への"宣戦布告"を行ったばかりであるからな。――この脅威に震えているがいい、人間共。貴様らへの"借り"を今、利子を付けて返してやるぞ」
「……がッ。……あ、ガッ…………」
言い聞かせ、足元の男を見下す二人。
それは暫しと足を止めていたものではあったが。その様子を少しもの間と観察し、そして、何かを見限るかのように前へ歩き出す。
未だに悶絶の収まらない男の脇を通り。漆黒に染まった空間の中を、その二人は音も気配も無く歩き進めて行った――――
「ひ、ひぃィィィイイイイィィィッ!!! な、なんだなんだなんだなんだッ!!? 一体何なんだッ!!? 一体、何が起こっているって言うんだよォォォォオオオオオォォッ!!」
俺の背に引っ付きながら、宙に浮きそうな勢いで全身を震わせるペロ。
俺達の前方で立ち竦むミズキもまた、ただ呆然とした様子で"それ"を見上げており。……そして俺も、どんどんと形を成していく"それ"を、絶句しながら眺め続けていく。
『オォ……オォ……オォ……オォ……』
それは、七から八メートルという巨体を誇り。全身は禍々しさと毒々しさを両立する得体の知れぬ藍色。全身は筋肉質で、あからさまと人間の形を模したものであり。しかし、異常なほどに伸びた両腕は地面に余り、掌は地に着いてしまっている。
特徴的なのはそれだけではなく。顔面はグレイのような、宇宙人を思わせる常軌を逸した人の顔を象っており。その胸には、その巨体で振るうには好都合である巨大な剣が胴体を貫いている。又、筋肉質の胸を貫く剣は妖しい紫を放っており。その胸の穴からも、浴びるだけで毒されそうな輝きが漏れている。
『オォ……オォ……オォ……オォ……』
三重にも四重にも聞き取れる人の声。それは悲愴感を思わせる、嘆きの奏でとも聞き取れるものだ……。
「ご、ご主人様……!! お気を付けください……っ!! 今現在、突如として発生した眼前のエネミーは。これまでの冒険にて出くわすことの無かった、今回で初登場となる新手のNPCでございます……っ!!」
球形の妖精姿であるミントが、その声を震わせながら解説を始めていく。
「それは、人間やモンスターとは異なる存在……!! 目の前の存在は、このゲーム世界の侵略を目的とし……! 災厄の種としてゲームシステムに導入されている、ご主人様が冒険を行う理由にも直結している物語のキーパーソン……っ!! ――そして、ご主人様がその身を以ってして退治を行わなければならない、このゲーム世界における未知数の脅威を秘めた敵役……っ!!」
むくむくと巨大化を果たした目の前のデカブツ。その筋肉質な藍色の身体で。地に着いた両手で身体を支えながら。……完全なる変異を遂げたのか。それは落ち着いた様相でゆっくりと視線を落とし、こちらの姿を捉えていく……。
「…………この時をもちまして、とうとうその姿を現しました……っ!! ご主人様……今現在と対峙している目の前のボスエネミーこそが……このゲーム世界に破壊と混沌をもたらす禁忌の存在……!! その絶対的な力でこの世界の掌握を目論む、ご主人様が打倒しなければならない冒険の最終目標……! その名も、『NPC:魔族』でございますッ!!! ――この時をもちまして、今回のメインクエストの内容が変更となりました……!! 今回のメインクエストにおけるクリア条件は……今現在と相対するボスエネミーの討伐……!! 『エリアボス:魔族との契約者』との戦闘にて勝利を収めることでございます……っ!!!」
『オォ……オォ……オォォォォォォォォオ!!!』
ミントの説明が終わると同時にして。満を持してその姿を現したNPC:魔族。
このゲーム世界の目的である打倒、魔王。その配下とも呼べるであろう敵がついにその姿を現し。手を地につけ。涙ぐむ嘆きの三重奏を咆哮に乗せながら。……新たに出現した魔族のエリアボス:魔族との契約者は、眼前で眺め遣る俺達を発見するなり。門等無用と、突発的に襲い掛かってきたのだ――――




