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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
一章
16/368

システム:エリアボス

「もう、一生見つからないような気がしてきた」


 探索にばかり時間が取られていく、終わりの見えない作業ゲー。

 実に数時間はこのエリアを徘徊しているんじゃないか? これが気のせいであったとしても、そう勘違いしてしまえるほどの時間を費やしていた。


 メインクエストの目的である、ワイルドバードの卵。高いレア度を誇ると聞いていたが、まさかここまで見当たらないとは思いもしなかった。

 序盤から難易度が高いというメインクエストが発生したこの現状。その状況から逆算してみると、もしかしたらこれは確定演出なのではないかとも思えてくる。

 つまり、イベントの一種。実は最初からワイルドバードの卵なんかポップされないようになっているんじゃないか。と。そんな疑念がひしひしと感情を蝕んでいく始末。


 ……あー、それにしてもイライラする。


「ご主人様? どうかなされましたか?」


 そんな俺の、逆上による様子の変化に。

 人間の姿であるミントは俺の顔を覗きこみながら、その控えめな表情で遠慮深そうに尋ねてくる。

 ……唯一の救いとしては、ミントが常に傍にいてくれていることか。イライラの募る環境であっても、付近に癒しが存在していればその荒んだ心は中和される。

 最も、中和というよりは、苛立ちを隠すための気遣いとして、この感情をコントロールするという強引な荒治療なのだが。


「な、なんでもないさ。ただ、ワイルドバードの卵が見つからなくて途方に暮れていただけだから」


 作り笑いで無気力に微笑む俺。

 力の無い俺の様子に首を傾げながらも、ワタシも力の限りお手伝いいたしますので、頑張って探しましょうと励ましてくれるミント。

 あぁ、やっぱり癒しとなる要素は必要だな。荒んだ心が中和されたところで、冷静さを取り戻した俺はふとあることを閃いた。


「なぁミント。ミントの中にある、そのシステム? とやらで、ワイルドバードの卵の在り処を調べることはできないのか?」


 ミントは事あるごとに、この世界のデータをスキャンしている。

 このスキャンの意味は全くわからないのだが、それを利用すればもしかしたら……と、そんな淡い期待を俺は抱いたのだが――


「申し訳ありません。ワタシが感知可能となるシステムは、NPCの位置やフラグの在り処といったデータが精一杯でして……。その数が膨大となるアイテムの詳しいデータや位置をスキャンするとなりますと、ワタシの脳であるデータの要領が埋まってしまうのです。その事態に陥ってしまいますと新たなデータを受信することが不可能となってしまうため、そういった関係でアイテムの位置などを感知することができないのです。お役に立てなくてすみません……ワタシの力が及ばないばかりに、ご主人様の期待を裏切ってしまうなんて……」


 淡い期待は儚く散っていく。

 さすがにそこまで都合良くはいかないか。うまい具合に調整されたミントのシステムに、俺は頭を抱えた。

 まぁ、彼女に無理をさせるわけにはいかない。自身を責めながら深々と謝り続けるミントをなだめ、俺は次なる解決策を考える。


 俺達の現在地。それは先程、二匹のワイルドバードと戦闘を行った、地面に鳥の巣が張り巡らされているあのエリア。つまり、このフィールドに広がる連なった山々の中で、特に頂上と呼べる高所に俺達は居る。

 このセル・ドゥ・セザムの勝気な山丘のエリアを一通り見て回った結果、それでも目当ての物が見つからず、途方に暮れながら結局このエリアに戻ってきたというものだった。


 エリアというのは、各フィールドに区分された一つ一つの区域のこと。最初に目にしたあのフェンスが入り口というエリアであったとすれば、ここは頂上というエリアになるだろうか。


 一通りのエリアをくまなく探索し、この山丘は網羅したと言っても過言ではなかった。それでも目的の物が見つからなかったということは、やはり今回はポップしていなかったということなのだろう。

 あぁ、運が悪かったな。こりゃメインクエストの達成には時間が掛かりそうだ、と。そう途方の無い憂鬱交じりの思考ながらも考えをめぐらせていた俺であったが、その矢先でふと、あることを閃いた。


「なぁミント。こうして一つのフィールドがエリアという枠でいくつにも区切られているように、フィールドも世界という規模で考えると、枠として一つ一つ区切られているものなのか?」


「えっと……はい。現在地であるフィールド:セル・ドゥ・セザムの勝気な山丘も、世界という規模で考えると区分されたエリアのようなものですね。なので、このフィールドの隣に面しているフィールド:ガトー・オ・フロマージュの豊かな地も、世界という規模で考えると、現在地とは異なるエリアとなります」


 なんだかややこしい話に聞こえてくる。

 要は、フィールドを行き来すると、その度にローディングを挟むというもの。そのフィールドを生成するためには読み込みが必要なのだ。

 と、いうことは、だ。このフィールドを再度一から読み込ませれば、もしかしたら今まで無かったアイテムもその読み込みによって配置されるのではないのだろうか。という結論に俺は辿り着く。


 俺はフィールドの行き来というエリアチェンジを駆使し、このフィールドのどこかにワイルドバードの卵をポップさせれば良いのではないかと閃いた。

 メタな知識を持たないこの世界の住人からすると、まるで不可解なこの行為。ここがゲームの世界だという認識がある者にのみ理解することができる、次元を超越したメタな行動。


 よく知ったゲームの世界ということで、思いつく限りのメタな知識をフル活用してみよう。ということで、俺はこのことをミントに説明すると。


「……それも一つの手ですね」


 と、驚きを露わにしながら呟いた。

 ミントが公認。ということはシステム的に可能な行動なのだろう。


「ご主人様の発想には、このミント、思わず脱帽の念を抱かざるを得ないです。ワタシ以上にシステムを把握なさっているのですね。ワタシ、なんだかご主人様に出し抜かれてしまった気分です」


 先程の、自身の存在感に対する虚しさとはまた違う反応だった。

 この発想には本物の脱帽を抱いたらしい。感嘆をもらしながら、ミントはそれではとこのフィールドから一度出るために歩き出す。


 これならばワイルドバードの卵を見つけ出すことができるだろう、と。そんな勝利の確信と共に軽くガッツポーズを決めながら、ミントに続いて俺も歩みを進めた。



 ……その瞬間だった――


「――っ!! このフラグは……っ!?」


 予期せぬ事態。

 突拍子も無くこちらへ振り向いたミント。その目を丸くし、口角を引きつらせて辺りを探り出す。

 焦りの表情。動き回る瞳。硬直する身体。ミントのただならぬ反応に、そんな彼女の様子をただただ唖然として眺めていた俺。

 一体、何が起こったんだ? 変化した場の流れに俺が唾を飲んだ次の瞬間。突然、背後から木の枝が折れる音が響き出す。


 枝が何かに踏みつけられた、重みのある音。今までに感じたことのない、ただならぬ気配。

 何かが現れた。背後に降り立ったその存在を確認するため、俺は緊張感を伴いながら恐る恐る振り向くと――


『ギェェェーンッ!!』


 三メートルはある背の高い生物。刺々しい毛がびっしりと生えた長い首。砂埃と砂利が絡まった黒の羽毛と、その羽毛に囲まれた身体。

 一見すると、先程と同種であるワイルドバード。だが、その雰囲気や様子はまるで別格そのもの。その特徴と呼べるものが、主に頭部と脚に存在していた。


 睨まれただけで切り傷を負わせられそうなほどの、突き刺さるような鋭い眼光。対象の外面を抉る機能を果たすのであろう、湾曲に尖ったクチバシ。顎には生き物のように揺らめく肉睡。頭には赤と青のラインが走る扇状の巨大なトサカ。

 そして、全長の大半を占める、強靭な筋肉が巡っている両脚。その脚部には返り血と思われる赤黒の斑点が。その指には対象の肉を容易に抉れるよう成長した刃物の如き爪が。


 長く伸びた首全体に巡っているのであろう喉仏を浮き沈みさせながら、耳をつんざく甲高い鳴き声を上げて俺に威嚇する。

 生物を殺すことに対する躊躇いを知らないあの目。それを見た俺は、直感的にあれは本格的にヤバいヤツだと確信――


「ご主人様!! ただいま、唐突に現れたフラグを感知いたしました! こちらのフラグは、各それぞれのフィールドにシステム:エリアボスを出現させる機能を持つもので、ある一定の条件下でのみ発生するイベントを引き起こす際に立ち上がる至極危険なフラグです!!」


 エリアボス。

 つまり、見たまんまの光景そのものを意味している。その意味は、ある一定の条件下でその姿を現す、云わば特別に強い敵を指し示す際に使われる言葉。

 他の言い方として、主にレイドボスやレアキャラという呼び方があるか。

 どちらにしろ、今の状況下で言えることはただ一つ。


 どうやら俺は、悪い意味で運が良かったらしい。


「目の前に現れたあのモンスターは、このフィールド:セル・ドゥ・セザムの勝気な山丘に出現するエリアボス:ドン・ワイルドバードです!! お気を付けくださいっ!! 現在、目の前に存在するエリアボス:ドン・ワイルドバードは、稀にこのフィールド上に出現するボスキャラであり、その実力は多人数での戦闘が推奨とされているほどの極めて強力なモンスターです!! その戦闘力には目を見張るものがあり、現在のご主人様のステータスでは、単独で挑まれたらまず勝ち目がございません!!」


 極度の緊張で今にも泣き出しそうなほどに強張った表情のミントが、目の前に現れたドン・ワイルドバードと互いに凝視を交わす俺の腕をぐいぐいと引っ張ってくる。

 そのミントの尋常ではない慌て具合が、俺とドン・ワイルドバードの実力差を雄弁に物語っていた。


「今すぐ、早急な撤退を!! あのドン・ワイルドバードに追い付かれてしまったら最後、ご主人様は死亡してしまうまで戦闘を強いられる状況が――」


 ミントの戦々恐々とした喚声と共に、俺はミントを連れてこの場から離れようとしてみる。

 だが、俺がこの背を向けた瞬間。背後から押し寄せてきた殺気に俺は覚悟を決めなければならなくなった。


 ミント。こうして出くわしてしまった以上、もう遅いんだ。


『ギェェェェーンッ!!!』


 充血した目玉を浮き上がらせながら。怪物そのものの形相で気狂ったように駆け出してくるドン・ワイルドバード。

 鞭のように首を振るい。強靭な両脚をがに股にして駆け出し。顎が外れんばかりに口を開きながら、その気狂った様相で暴風のように俺へ急接近を図ってくる。


 やるしかない。

 ミントを遠ざけて。俺は初期の装備品一式という心許無いステータスで、目の前の強大な力を持つ敵に向けて構える。



 ミント。守護神というシステムがフラグで追加されたんだろう? だったら、俺はこの守護神とやらにひたすら祈りを捧げるよ。


 勝機を見出せない目の前の戦闘に勝利し、俺はミントと共にのどかな村へ帰還する。そしてまたユノを含めた三人で、一緒に酒場のサイダーを飲もう。



 平和ながらも蹂躙としたこの世界で。仲間と共に過ごす日々に戻るため。

 俺は単独という無謀極まりない身で、フラグによって立ち塞がった逃走不可の"イベント戦"に正々堂々と挑むことになった――

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