アダムとイヴは惹かれ合う――
「こんなに素晴らしい美術館があるだなんて、私全く知らなかったわ! アランって、この街や美術品にすごく詳しいのね! 素敵だわ! 一緒に美術館を巡ることができてすごく楽しかった!」
「こちらこそ、キミがこうして満面な笑みと共に喜んでくれる姿を見れて安心したよ。これも、キミという麗しい淑女と巡れたからこそだ。この街の美しいものをリサーチしておいて正解だったと、心からそう思えるよ」
手を繋ぎリードしてくれる美青年と共に行動するその少女。
まるで美術品の絵画の如き美しい容貌の男女が歩くその光景は、この経済と女神の街をより一層と活性化させる影響力を持つそれであり。彼ら、彼女らが歩んだその後の街道には、赤と白に咲き誇る花畑の幻も浮き彫りとなって現れているかのように見えてくる。その紅白の軌跡を描く美形二人組は、さながら舞い降りたアダムとイヴとでも例えることができるか……。
「やった! ストライク!! これでまたアランに差をつけたわね!! ……うふふ、このままパーフェクトゲームで逃げ切って、約束の七色アイスをアランに奢ってもらうんだからっ!!」
「ふふっ、残念ながら、ボクをそこまで甘く見ない方がいいよ、ユノ。レディーファーストを第一にしているボクではあるけれどね。例え天賦の美貌を持つ淑女であろうとも、勝負事となれば、ボクは一切もの手を抜かない。こうして互いに競い合う闘争の姿も、また素晴らしく美しいものなのだからね。――それが、何かを賭けて行われている真剣勝負であるのなら、尚更」
「……アランも気合い十分ね! ……この勝負、どちらかがスペアを取った時点で負けが確定になるかしら……!! 負けていられないわね……!!」
場所を変え、重量の球技で競い合う男女の姿は。その場のあらゆる人達を引き寄せる魅力を放ち。その美しき双方の容姿から遺憾なく発揮される腕前もまた、周囲を巻き込む大熱戦を演出……。
「んぅー!! もぉー、まだ悔しいぃ!!」
「勝利を象る七色のアイスというのも、また通なものだ。ユノ・エクレールという強敵を打ち負かした優越感で味わう七色の味は、同時に様々な場面や感情も想起されて実に美味なものだね。それじゃあ、ご馳走になるよ。ユノ」
「もぉー!! アランの意地悪~!! ……もぉ、あと一回、あと一回のストライクでアランに勝っていたのに…………もぐっ、あらっ美味しいっ!」
昼にも邂逅を果たしたその男女は、日が落ち暗闇に覆われ始めた現在の街を共に歩き。
この数時間の内にも心を通わせ。瞬く間にも、互いを意識し合う良好な関係を築き。そして、ネオンの光に包まれた二人は、酒と金の匂いで織り成す夜の酒場へと移動を果たしていた――
「お待たせ、ユノ」
三階のテラスで、手すりに両肘を乗せてネオンの街を眺めていた少女は。美青年からの呼び掛けで振り向き、行動を共にしていた彼を確認し優しく微笑む。
「ワインの方が良かったかな?」
「いいえ、今日は全力で汗をかいちゃったから十分よ。それに、スポーツドリンクを持ってくるだなんて、とても気が利くのね。さすがはアランだわ」
「レディーに七色アイスを奢ってもらってしまったからね。その借りを返さなきゃだ」
「……もぅ、アランは意地悪なんだから」
美青年から受け取った缶を開けて。それに口を付けて水分を補給する少女。
美青年もまた、そんな少女の隣へと移動しては手すりに寄り掛かり、街の光景へと視線を向けていく。
「経済と女神の街。この街はもう見飽きてしまうほどにまで、何度も何度もその光景を眺め続けてきたものだったが……ユノ。キミという美女と共に巡ったその光景は、どれも実に新鮮なものだった。その一瞬一瞬がまるで、初めて眺める光景のようにも思えてきて。そして、今も尚この内に過ぎるそれらの余韻が、このボクに未だと新鮮な高揚感を与え続けてくれている。――キミと共に過ごした時間は、まるで時が止まったかのように長く感じることができて。まるで刹那の如く、とても短くも感じた」
口元から数滴もの雫を落としながらも。その少女はふと手を止めて、少しばかりか驚いたように目を開きながら美青年の方へと見遣る。
「私も、貴方と過ごした時間が、なんだかあっという間に感じたわ。ホント、楽しい時間ってすぐに終わっちゃうんだから……ちょっと、勿体無く感じちゃうわよね。って、こうやって存分に楽しんだ後にそう言っちゃうのはただの贅沢なんだけれども――」
「じゃあ、その贅沢をもっと。ボクと共にしてみないかい?」
「え――?」
次の時にも、至極繊細な芸術品に触れるかのように、少女の顎に優しくそっと手をあてがう美青年。
突然と振り向いたかと思えば、彼女の繊細な顎をくいっと僅かに上げて視線を合わせ。その吸い込まれる引力を思わせる魅惑的な紅葉色の瞳で、その少女の顔を真っ直ぐと捉える……。
「ユノ。キミという淑女に、ボクは心から魅了されてしまった。こうして傍にいるだけでも、その身に纏う熱情のオーラに感化され絶えず心が躍ってしまい。その身の根本に根付いた無垢の水晶。その輝きに照らされることで、ボクの心は自然と浄化されこの上ない安堵に包まれてしまうんだ」
鼓膜を優しく刺激する甘い囁きと共に、ゆっくりとゆっくりと、少女へ近付く美青年。
彼女の腰に腕を回し。背部に伝う掌の温もりと、目前に迫る彼の甘いマスクが相まって。美青年から放たれる妖艶なムードに包まれたことによって、その少女は一瞬にしてその虜となってしまう……。
「え、あっ、ア、アラン……? え……?」
「ボクは、キミのあらゆるものに魅力を感じてしまい。そして……キミという存在に惹かれてしまった。――そう。ボクは、キミに恋をしてしまったのだ」
「え? こ、恋?? わ、私に……???」
「紛れも無く、キミに恋をした。もう、この気持ちを抑えることなんてできない。ユノ・エクレール……ボクは、キミが欲しくて堪らないんだ」
顎にあてがっていた麗しい手を少女の頬に伝わせ、それによって更なる赤みを帯びる少女の頬。
目の前からの告白を前にして、急に訪れた緊張感で困惑を交えながらも。しかし満更でもなく、自身の身体を、彼の思うがままにただ託し続けていく少女。
次第に、その手を背に移し。優しく抱き止められるように引き寄せられてから額と額をくっ付けて。その美青年は、その少女を真っ直ぐと見つめながら囁くように。しかし、真剣味を帯びた調子で言葉を続けていく。
「今日、こうして互いのことを確認することができた。ボクとキミの相性は最高だ。今日、様々な体験を共にしてきたね。ボクとキミの感覚は実に似通っている。……ボクとキミ、まさかここまで気が合うなんてね。そして、互いにそれぞれの意思を尊重し合い。時には対立し、そして再び意思が結ばれて……ここまで気が通い合う最高なパートナーなんて、他にいやしないと思わないかい? ……これも、何かの巡り合わせに違いない。これは、運命が運んできてくれたものだとボクは思うんだ。――ずばり、聞いてみるよ。……ユノ・エクレール。この先の人生を、ボクと共に歩んでみないかい?」
「あ、あああ、相性はさいこう……?? ささ、最高のぱーとなー……?? め、めめ、め、巡り合わせ、うんめい、共に歩むこの先のじんせい…………??? はわ、はわわ――!!」
目前から投げ掛けられる言葉の意味を理解し、色白の肌を真っ赤に染めた顔で困惑気味に呟いていく少女。
次第に気分が高揚してきたその二人。クールビューティな外見で顔を真っ赤にしながら美青年を上目遣いで見上げて。そんな少女に見つめられている美青年もまた、頃合いを見計らったかのように行動を起こしていく。
美青年の、入念なケアが施されているのであろう妖艶な唇が、少女の口元へと寄せられていく。
目を瞑り、焦らすようにゆっくりゆっくりとそれを接近させて。そんな光景を目にした少女もその空気を感じ取り。それを受け入れるかのように、微動だにせず彼の唇を待ち続ける。
「ユノ。キミのことが好きだ――」
「ア、アラン――」
互いに目を瞑り。段々と距離が縮まっていく双方の唇。迫り来る魅力を前に、心臓の鼓動が鳴り止まない少女。
受け入れは万全で、今か今かと目前の美青年を待ち続け。
……互いの息が、互いの唇に掛かり合うその距離。美青年の、落ち着きを払った甘い吐息と。少女の、抑え切れない鼓動のままに緊張を帯びた震える吐息が重なり合い。
……そして、アダムとイヴの口付けが今。今宵のマリーア・メガシティにて交わされ――
「――やっぱりダメぇぇぇえ!!!」
次の瞬間にも、眼前の美青年を押し退けて力無く後退する少女。
顔を真っ赤に染めて。両手を心臓に押し当てて、緊張で息も絶え絶えとなったその繊細な身体。
甘いムードから一転として、突然と押し退けられたこの展開に。無意識にも右手で中折れハットを押さえ込みながら呆然とする美青年と。そんな、自身が起こしてしまったこの状況に、またしても困惑してパニック状態となる少女。
「……ボクでは不満だったかい?」
「あ、あわわわわわっ!!! ア、アラン!! これは違うの!! 違うの!!! でも、でも……!! これはまだ早すぎるわっ!! わ、私とアラン、そ、そそそ、そういう?? 関係??? でもなんでもないのに?? なのに、キスをしてしまったら!! なのにキスをしてしまったら…………!!!」
高身長でクールビューティな外見で。しかし、フラつく足元で内股となっており。厚く束ねられた、腰まで伸びたポニーテールを揺らしながら。パンキッシュな服装に身を包んでいたその少女は、その赤面をそのままに。その無垢の水晶からなる情熱の言葉を今、美青年へと解き放つ――
「だって、キスをしてしまったら……赤ちゃんが出来てしまうのですもの!!!」
「…………赤ちゃん??」
呆然。少女の言葉にキョトンと目を丸くして。その美青年は堪らず声を失う。
「私達、結婚もしていないのに……それも、結婚式の誓いのキスでもないところでチューをしてしまったら……。そんな関係でもないのに、私のお腹の中に赤ちゃんが出来てしまうから……!! その、いずれ訪れる子育てには真摯に取り組みたいと思っているし。子供は勿論欲しいわ!! でも……アランとはまだ早すぎると思うの……!! だから、だから――」
「キスで赤ちゃんができると言うのかい?」
「え? 違うの……? だって私、小さい頃に読んだ、お城に住む恋するお姫様が主人公の本にそう書いてあったわよ……? それでそれで、カッコいい王子様とロマンチックなキスを交わして。その次の日にも、お姫様はめでたくお腹に子供を授かる…………あれ? もしかして、キスをすると子供が出来るっていうのは違ったのかしら……? それじゃあやっぱり、結ばれた二人のもとにコウノトリが訪れて、子供を運んできてくれるっていうあのお話が本当だったっていうこと……??」
「…………」
無垢の水晶。その本来の意味を悟ったのか、その美青年は何かを隠すように俯き。何かを堪えるように僅かと両肩を震わせながら、直にそれを抑えて再度と顔を上げる。
「……そうだね。そうだね、わかった。ボクが悪かったよ、これは。そうだね……確かに、キミとはそんな関係でも無いのに、キスをしてしまってはキミに申し訳が立たない。――結婚もしていないのに。その場のノリで口付けを交わしてしまい。そして、そのお腹に子を宿してしまっては取り返しのつかない大問題となってしまうからね……」
冷静を繕いながらも頷きながらそう言い。美青年は、その少女へと言葉を続けていく。
「それじゃあ、恋人から始めていくというのはどうかな。勿論、キスはお預けとしてね。――ボクは本気で考えているものだから、キミも真剣に、その善し悪しを考えてほしいものなのだが。果たして、キミの答えや如何に?」
「こ、恋人……」
胸のトキメキに言葉を詰まらせながら。その少女は少しもの間を設けて思考を巡らし。そして、その答えを導き出す……。
「……アランと一緒に過ごした時間は、とても楽しい一時だったわ。それに、心から愛してやまない大事な恋人という存在にも憧れてはいるの。恋人……かけがえのない大切な人のことを示す、すごく素敵な響きの言葉。……でも、ごめんなさい。やっぱり、アランとそういう関係になるのは、私としてはまだ早いと思っちゃうの。――せめて、もっと一緒に過ごしてから。いえ……もっと貴方のことをよく知ってから、真剣な交際をしたいわ」
「……そうかい。うん、わかったよ。――そうだね、さすがにボクも、少し早とちりし過ぎたかなって思ったよ。……突然のことだったにも関わらず、真剣に考えてくれてありがとう。ユノ・エクレール」
少女のもとへと歩み寄り、その手を取り甲に口付けをする美青年。
甘いマスクの唇の温もりに頬を染めながら、羞恥でキョロキョロと辺りを見渡しながら。そして、未だにうろたえてしまっている様子を見せながらも、少女は自ら切り出していく。
「その……宿屋にいる仲間達が待っていると思うから……私、そろそろ戻るとするわね。――アラン。いえ、ア・ランヴェール・ル・パンデュ、よね? ……貴方と一緒に、このマリーア・メガシティを巡れてとても楽しかったわ。こうして出会えたのも、何かの運命なのかもしれないわね。また、きっとこの街に訪れると思うから。その時に会ったら、こうしてまた一緒に街を楽しみましょ!」
「うん、そうだね。この街に限らず、こうしてまた、こうしてキミと出会えるその時を心から待ち望んでいるよ。……こんな時間まで、ボクに付き合ってくれてありがとう。ユノ・エクレール」
「こちらこそ、ありがとねっアラン。……あと、貴方の好意も、真摯に受け止めるわ。お断りはしてしまったけれども、気持ちはすっごく嬉しかったの。貴方と共にする人生も、なんだか納得のいく決断のように思えてきちゃったのですもの。……今日は本当にありがと。そして、これからもよろしくね、アラン! ――それじゃあ、またね!!」
離れ行く少女の手を名残惜しく手放しながら。その太陽の如き明るい笑顔を向けて手を振り去っていく少女を見送る美青年。
そちらもまた手を振り、少女の姿が視界から完全に消えるのを確認してから。被っている中折れハットを手で押さえ込みながら、美青年は俯き……。
「……合格だ。完璧だよ。パーフェクトだ。……これほどまでに相性の良い女性と出会うのは初めてかもしれない」
次第に肩を震わせ。口から零れる引きつった笑いを静かに響かせて。
……次の時にも、中折れハットに隠れた口元の影が。紅く、三日月形に吊り上がる――
「唯一の心残りとすれば、身体の相性を確認することができなかったことか。……むしろ、それが一番重要でもあったところではあるが……まずは彼女に心を開いてもらえただけでも、十分な結果としておくとするかな――」
中折れハットを押さえて深々と被り、踵を返し歩き出しながら。徐々と顔を上げていくにつれて、その美青年は真っ直ぐな眼差しを向け。
……その先に存在する何かを真剣に見つめながら。その美青年は一人静かに呟き、途方も無く歩き去って行ったのであった――――
「……ふふっ。ユノ・エクレール。キミの、その繊細で麗しく艶かしい身体をこの腕で抱き締めて。互いに愛情を確かめ合えるその日を楽しみにしているよ――――」




