舞い降りたアダムとイヴ
「この服すっごく可愛い~っ!! あ、こっちも中々にキュートで捨て難いわね!! ……いえいえ、やっぱりこっちもいいなぁ~っ!! ……あ~ん! どれも未だに出会ったことの無い未知の可愛さで、全部欲しくなってきちゃうわ~!!」
世界有数ともなる巨大な面積を誇る、経済と女神の大都市、マリーア・メガシティ。
その中心部で展開されている巨大なショッピングモールのある店内にて。防具の重ね着として着用するブランド品のコスチュームを次々と手に取り、じっくりと眺めて眼前の未知を堪能する一人の少女の姿がそこにあった。
「んぅ~!! もう! なんて堪らない可愛さっ!! こんなに可愛いお洋服がこんなにも並んでいたら、全部欲しくなってきちゃうじゃないのっ!! ……もぅ、なんていうことなの……! これはある意味で、嬉しい悲鳴だわっ!!」
一着一着に釘付けとなって。満足しては次のコスチュームへと手を伸ばす彼女。
手に取り、自身にくっ付けて。備え付けられた鏡で確認し、それを着こなす場面を想像していく。
……買わずしてこれほど楽しめる、お財布に優しい少女のショッピング。
その白の厚く長いポニーテールを健気に揺らし。女性にしては背が高く、又、パンキッシュでクールビューティであるその外見でこれほどまでの活発な様子を見せていたものであったから。その外見と内面のぶつかり合い。ギャップとギャップの正面衝突ともなる反応の数々に、客や店員は思わずとその様子につい目移りしてしまう。
そんな少女の姿は、この店内でとても目立ってしまっていた。
「このワンピースは、燦々な太陽でキラキラと輝くあの浜辺で着ていった方が似合うかしら? っあ! このキャミソール、身体の芯まで焦がし尽くすあの火山の、あの宿屋で宿泊する際の寝間着としていいかも!? っあら、この水着、可愛いっ!! そう言えば、ここから三日ほど歩いた先にある湖で皆と泳ぎたいと思っていたのよね! ……どうしましょう、これ買っちゃおうかな…………いえいえ、ダメよ、ユノ! だって、もう既に何着も水着を持っているじゃないの! それなのに、また新しい水着を買っちゃうだなんて……! ダメよ、ダメよユノ……目の前の誘惑に負けちゃダメなんだから……! だって、これ以上水着が増えちゃったら、余計に持て余しちゃうことになっちゃうじゃない! ――でも、ミントちゃんに一着プレゼントすれば、その枠が空くわね。……と考えると……んっ」
誘惑との格闘中、少女はふと向けた先に存在していたミニワンピースのコスチュームを見つけ、堪らずその瞳を輝かせる。
「あら! あの服も可愛いっ!!」
先程までの格闘を投げ出し、手にしていた水着を元に戻してから。そちらへと駆け付けては、少女よりも若干もの高所に掛けられていたそれを見上げる。
ブラウンと藍色のボーダーという、少々奇抜なそのミニワンピースに見惚れて立ち尽くす少女。正に一目惚れ。その時にも、購入を検討していたのだろうか。手を顎に付けてよくよくと考え出し。う~むと悩むこと数分として、その少女はパッと顔を上げて手を伸ばし始める。
「試着……試着……! ちょっとだけ試着をしてみたいけれども……ッと、とど、か、ないッ。ちょっと高すぎて、届かない、わッ」
百六十九という背の高い少女でさえ腕を伸ばしても届かないそれ。一向に取れる気配も無く、少女の手は虚しく空を切り続ける。
しかし、それでも目の前の魅力に虜となってしまっていたのか。もはや周りなど眼中に無いその少女は、脚立を持ってくることもなくしばらくと粘っていたものであったが。
……直にして、そんな彼女のもとに、ある一つの陰が迫り来る……。
「あと、もう、ちょっとッ。んっ、これは、ちょっとっ、違うわね。えっと、つま先かしらっ。こう、して。もっと、つま先でピンっと――」
「何をしているんだい?」
「んっ、あぅ、ちょっとねッ、あの服を取りたいなぁって、思ってッ。今ね、とっても、頑張っているところ、なのっ」
「なら、ボクが取ってあげるよ」
「んっ、あら……脇からなんてイケメンボイス……。とても素敵な声をしているのね、貴方。それに、手こずっている女性の手助けだなんて、なんて紳士な青年君なのかしら。ありがとね、通りすがりの紳士さ――」
背伸びを止めて、隣から声を掛けてきたそちらの方向へと視線を向けると。隣で悠々と腕を伸ばしては、掛かっていたミニワンピースを容易く手に取り。何事も無かったかのように、その笑顔を添えて少女のもとへと差し出してくる紳士の姿がそこに存在していたものであったのだが。
……それは、百七十九の身長で。若草色の、黄と緑の混じる身なりの良いタキシードと。同じく若草色の靴。同色の中折れハットの、至極目を引くとても鮮やかな外見をしており。
それに加えて。紅葉を思わせる、オレンジ色の快活なショートヘアー。その紅葉色を宿らせ、吸い込まれ行く不可思議な感覚に陥れさせる橙の瞳と。長いまつ毛に、ケアを欠かしていないであろう美肌と。生まれもった有り余る美形に、自信に満ち溢れた勝気な表情が魅惑的なその美青年。
全てのステータス値を容貌に割り振ったかのような。その魅惑的な青年に見覚えがあったその少女。
少し考え、あの時の酒場での出来事を思い出し。そして、その当時と全く同じ、突如として現れ出でた、ザ・ミステリアス・甘いマスクという感想を思い浮かべて。
その少女は次の時にも。ハッと動き出すと同時に、驚きの声をあげた。
「――あっ!! 貴方は、あの時の……!!」
「やぁ、また会ったね」
燦々と輝く太陽の下。街の中心部である活気溢れる街中にて。
街行く人々が通う光景を背景に。お洒落なカフェのテラスで備え付けられていたパラソル付きのテーブルと、そのイスに腰を掛ける男女のペア。
オーダーした氷入りの炭酸飲料をストローで啜り、そのペアは改めてといった雰囲気で、互いに顔を合わせて会話を交わしていく。
「私のお買い物に付き合ってくれてありがとっ。貴方のおかげで、とても良い服と出会うことができたわ。この街にとても詳しくって頼りになったし。連れて行ってくれたお店も、私好みの可愛い服ばかりでとっても楽しめたし。それも、私への気遣いがもう紳士のそれそのものだったものだから! 貴方と一緒に巡ったお買い物、すごく楽しい一時だったわ!」
「礼には及ばないよ。ボクも、キミとこうして二人きりでショッピングをすることができて良かったと思っているんだ。――いやいや、やはり、キュートとパッションとミステリアス。麗しき女性の魅力ともなる要素全てを持ち合わせたキミと再びこうして出会えたこの運命に、ボクは実に歓喜しているよ。キミという、穢れ無き純真な無垢の水晶を間近で眺めていると、これまでにも口にしてきた美しいという言葉を改めてと再認識させられてしまうな。……こうしてキミとまた出会えることができて、本当に良かった」
「もぅ、ホントに褒め上手なんだから。――こうして貴方と出会えたこの運命に、乾杯」
チンッとグラスの清涼な軽い音が鳴り響き。その空気に似合うクールな雰囲気で、大人のムードを醸し出していく美形二人組。
そんな、この活気溢れる街並みで際立って映えていたその二人は。もはや、周囲から集中的な注目を浴びてしまうほどの、美形がものの見事に釣り合った至極の組み合わせであったのだ。
さながら、経済と女神の大都市に舞い降りた、アダムとイヴと呼べるか。
「私はユノ・エクレール。この世界のあらゆる場所で眠る新たな未知を求めて、世界を縦横無尽に駆け巡る冒険者をしているわ。こうして平和な場所を巡ることは勿論大好きだし。時には、命懸けは当たり前なすごく危険な場所に訪れることも大好き。しょっちゅう怪我ばかりしちゃっているけれでも、やっぱり、未知を巡る冒険はどうしても止められないわね」
「なるほど。キミの身体から漲っているそのエネルギー。それは、数々の冒険を乗り越えてきた証というわけなんだね。道理で、とてもエネルギッシュな波を見受けられると思ったよ。――争い事とはまるで無縁なこの街に滞在していても、依然としてキミの身体から溢れ続けるエネルギーをこの肌でキャッチすることができる。……筋金入りの冒険者であることには間違いなさそうだ。いや、これは熟練冒険者とでも言うべきかな」
「ふふん。自慢じゃないけれども、やっぱり、冒険の経験に関してなら自信があるわね」
「ふふっ、そんなに謙遜しなくてもいいよ。キミのそれはただの自慢なんかに収まらない、武勇伝として語り継ぐことさえできてしまえるものなのだから。だから、もっと自信を持ってその胸を張ってくれ。――キミの身体から溢れ出ているエネルギッシュな波は、まるで鮮血のように鮮やかな赤色で染まっている。これは、身体中に巡る活力を表している。……あの時にも見受けた、あの情熱。紅のペルソナが、キミ自身にハッキリと宿っているんだ。……全く。その純白な無垢の水晶には、一体どれほどの熱情が込められているのだろうか。キミという存在には、実に興味が尽きないね」
グラスの炭酸飲料を一口含み。少しもの間を置いてから、眼前の少女を再度と見つめ語り掛け始める美青年。
「……その麗しい肌や、美術品の如く美しい顔と身体からは至上とも呼べるであろう魅惑を放っている。これはもはや、この世界が人の形として残した宝とも呼べるだろうか。それほどまでに、キミという女性は実に美しい。……だが、ユノ・エクレール。キミの内側に備え付けられたその人間性は、その美しさとは反面となる実にヘンテコで面白いものを宿しているね。……その無垢の水晶に宿りし熱情――ふふっ、いや、これは違うかな。……そうだね。今のキミを的確に表現するとなれば……"その熱情によって、無理矢理と抑え込まれた無垢"とでも例えることができるかな。それは正に、生き様という、その人間の人生を語るには必要不可欠となる一つの巨大な結晶として捉えることができる。……それでいて、もっと詳しく、その無垢の結晶を紐解いてみると……ふむ、なるほど。……これまでのキミの生き様は実に、賛美に値するもののようだね」
「……へぇ、貴方って面白いのね。……貴方には、私のこれまでが見えてしまっているということなのかしら?」
「これまでが見えるどころか、キミの何もかもが既にお見通しさ。――ボクのこの眼は、その人間の遥か深遠で根付く、根本的な器を覗くことができるんだ。それと、他者の周囲で漂うオーラを直に捉えて、それを読むことでその人間の取り巻く環境や現状を把握することもできる。だから、キミの周囲に漂っている熱情と。それが必死となって抑え込んでいる無意識の働き。――っくくく、いやいや、本当に…………ユノ・エクレール。キミは本当に面白いレディーだ。いやはや、少しばかり驚いた……」
どこか不安な面持ちで見遣ってくる少女を前にして。その美青年は一度手で顔を覆い隠してから、再三と眼前の彼女へと見遣って。……その言葉を口にしたのだ。
「……なんて可哀相なんだ。"キミは既に、壊れてしまっている"んだね。根本的な器である無垢の水晶は、ただそこに存在しているだけ。その機能も、その存在意義も。いや……キミは無意識にも、その自身の存在価値さえを拒んでしまっている。そして、その"表"を無意識に正当化することで。本来としては今も尚発作し続けているであろう極限を抑え込み。そして、現在もこうして偽りを保ち続けているということなんだね。――ふふふっ、それにしても美しいな。ひび割れた天真爛漫な器。その背に傷を背負いし秀麗の女人。いやいや、その生き様は実に美しいよ。その無垢の水晶に刻まれたひびさえも美しく見えてくる。いやいや、キミはなんて美しい人間なんだ! ……おっとっと、感極まって思わず失言を零してしまった」
「……貴方の言っていることの大半はよくわからないけれども。でも、強ち否定はできないかもしれなくて……なんだか、私の全てを見透かされて。私の恥ずかしいところまでを覗かれてしまった気分だわ……」
その声音は、目の前の美青年への不信に満ち溢れたものではあったが。しかし、こういった光景や体験に貪欲なその少女は、むしろ興味深げに彼の姿を見遣り続けていく。
「……一目で相手のことが解るだなんて、貴方、とっても面白いイケメン君なのね。こんな人と出会うの、私初めてだわ。すごく興味が出てきちゃった。――もっと貴方のことを教えてくれないかしら?」
「へぇ、ボクの瞳を前にして、恐れの色を醸し出さないなんてね。改めて、キミの熱情が本物であることを認識したよ。――そうだね、では、そんな貪欲に満ち溢れたキミを丸裸にするばかりでは不公平なものだから。それじゃあそろそろ、ボクのこともキミに教えてあげないとだね」
興味深げな目線を向けながら、ストローを咥えて炭酸飲料を口にする少女へ。
被っている若草色の中折れハットを鷲掴みにしながら、それを深々と被り美青年は名乗り出した。
「ボクの名前は『ア・ランヴェール・ル・パンデュ』。アランでもルパンでも呼んでくれればいいのだが……そうだね、キミの麗しき声音からは、アランと呼んでほしいかな」
「とってもお洒落な名前をしているのね、貴方。アラン……なんだか、貴方っぽくてとても素敵」
「ユノ・エクレール。キミの名も、まるで女神の微笑みを彷彿とさせる美しい名前だ。……そう、まるで"ヘーラーの加護を受けているかのような"、ね」
「……あら、そこまで判っちゃうの? ……ちょっと、その瞳のことが怖くさえ思えてきちゃったかも。――その意味を知っている上でこの名前を呼ぶのは、貴方にとっては違和感があるかもしれないけれども。……でも、それでも、私のことはユノと呼んでほしいわ」
「もちろんさ。キミという淑女を前にして、"それ以外の手段を取ることは至極残酷な行い"なものだからね」
「理解してくれてありがと、アラン」
「ふふっ。キミという麗しき美女に、乾杯」
「貴方というミステリアスなイケメン君に、乾杯」
カチンッとグラスの透き通った音が辺りに響き。そして、互いにストローでお洒落に炭酸飲料を口にしてから――
「……ユノ。ところで、このあとは暇かな?」
「えぇ。貴方と一緒に回ったお店で、今日のやりたいことは一通りやり終えたかしら。このあとは、そうね――」
「なら、少しだけでもボクに付き合ってくれないかな。――キミと共に、この経済と女神の街を見て回ってみたいんだ」
「あら、それなら少しだけとは言わずに、目一杯と今日のマリーア・メガシティを堪能しましょ?」
「アクティブな女性というのも、また魅力的だ。――ここから少し歩いた先に、とてもお洒落な家具を取り扱うお店があるんだ。美しいものを正しく判断することができる眼を持つキミと一緒に訪れ、ぜひともその感想を聞いてみたい。――さぁ、この手に掴まって」
「あら、ありがと。それじゃあ、そのお店に行ってみましょ?」
立ち上がり、アランと名乗る人物から差し出された手を取って共に立ち上がる少女。
舞い降りたアダムとイヴとでも比喩できるその美しきペアは、互いに顔を見つめ合い。互いの存在を意識し合いながら。美青年はその手を優しく握り締め。甘い囁きと手馴れた動作で目的地へと促し少女をリードしながら。
その二人は、真昼のマリーア・メガシティを共に巡り。その先々で広がる光景や抱きし感情を共有し合いながら。この日の夜まで、至近距離となった意識のままに行動を共にしたのであった――――




