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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
三章
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動き始める数々の予感

「朝早くからの運動、お疲れ様でした。ご主人様」


「ハァ……ハァ……全くだよ……」


 夜明けによるイベントの出発までにはと思い、今ある限りのスタミナを消費して全力疾走を行ってきたこの早朝。


 息を切らし、へとへととなってフラつきながら走り終えた俺と。そんな俺の後ろを、ひょこひょこと跳ねるようについてきていたミントは目的地に到着し。二人で程好い運動を終えたところで、宿屋:大海の木片の入り口である引き戸を開けて。こんな朝早くからもお出迎えをしてくれた女の子従業員と顔を合わせ、フロントのイスに腰を掛ける俺とミント。


 ……こうして朝からくたくたとなってしまっていた俺はこれから、メインクエストと思われる重要なイベントへと臨んでいく。

 では何故、それを控えている今、こうして息が切れてしまうほどの運動を行っていたのか。……それは、次のイベントにおける様々な荒事を予想しての対策を立てるために。それでいて、今の俺が、昨日の自分よりももっと強くなるための手段として、あの大きな酒場へと赴いていたというものであったのだ――



「ご主人様、ステータスを割り振った感覚は如何なものでしょうか?」


「んー……実践で試していないものだから、まだ何とも言えない状態だな。まぁ、少なくとも、強くなった感じはなんとなくするかなぁ」


 少女の姿で、イスにちょこんと律儀に座るミントの問いに答えて。手をグーパーグーパーと何かに馴染ませるように動かしながら、俺は一つステップアップした自分自身と向き合う。


 というのも、先程、大急ぎで向かったあの酒場にて。酒場に常設されている、職業関連を担当する聖職者のNPCのもとでこのステータスをいじり。プラスでスキルにポイントを振ったりといった、これまでに溜まっていたポイントの割り振りを行っていたというもの。


「やっぱり、もう少し攻撃力に振った方が良かったのかな。……いや、でも、やっぱりこうして防御力に振っておかないと、この先が不安だったしなぁ。……いや、でも、しかし――」


 ステータス面に関しては、これまで散々な目に遭わされてきた場面の数々を考慮して。今回は主に、HPと防御力にポイントを割り振ってきた。

 様々なNPCやモンスターにボロボロとされてきたものではあったが。こうしてステータスを見直してみたことによって、それが多少なりとも改善されていることを祈るばかりだ。


 ただ、不安要素としては、攻撃力の数値を一切とも上げてこなかったこと。

 ……尤も、それを懸念しての補完として……。


「ご主人様。今のうちにも、新たに習得いたしましたスキルを把握し、いつ、どんな場面においても使用できるようにセットしておくことをオススメいたします」


「む、そうだな。ありがとな、ミント」


 ミントからのオススメを聞き、新たに習得した二つのスキルをいじり出す。

 今回、新たに習得した二つのスキル。それは、これまでとは異なる趣向であるシステムを持つ真新しいもの。


 まず一つとして習得してきたそれの名は、『剣士スキル:アグレッシブスタンス』。これは、効果時間の間、ステータスである防御力が減少する代わりに。一定の間、自身に攻撃力を上げる効果を付与するという変化系のスキル。

 先程に割り振ってきた防御力を下げてしまうことになってしまうものの、その元となる防御力は上げてきたばかり。これであれば、一定の間のみ、上げたものを意図的に下げても結果的には以前と変わらぬステータスで落ち着くこととなる。つまり、気持ち的にプラマイゼロで済む。


 こうして変化系のスキルで火力を補ったことにより、防御面にステータスのポイントを振り分けることができたというもの。だが、それでもまだ防御面に不安が残ってしまったために。奮発してここから更にもう一つ習得したスキルが、『剣士スキル:ディフェンシブスタンス』。

 その名前である程度は察することができるとは思うものの。こちらは、効果時間の間、元のステータスである攻撃力が減少する代わりに。一定の間、自身に防御力を上げる効果を付与するという変化系のスキル。その効果は、今ある攻撃力を総合的に大幅と下げてしまうことになってしまうものの。これまでの敗北の回数から鑑みて、まず生き残るためにもこの先では必須になるだろうなと思い習得したのだ。


「今まで、ステータスの変化を促すスキルなんて使ったことがなかったからな。これを習得したことで、この先の戦いがどう変化するのか……なんだか、ちょっと楽しみだな」


「その意気込み。その期待感。それでこそ、こちらのゲーム世界を生きる主人公でございます。このミント・ティーも、主人公としてこちらのゲーム世界を生きるご主人様のナビゲーターとして、これまで以上の誠意を以ってしてサポートさせていただきます」


 ふんすっと小さく気合いを入れるミントと向き合い。そんな少女を見て、俺もまた気合いが入ってきたような気がして。


「よっしゃ! これまでがボロボロ続きで、この先が不安になったこともあったけれども。なんだか、これならイケるような気がしてきたぞ!」


「その意気でございます、ご主人様」


 二人で立ち上がり、二人でおーっと腕と声を上げて。

 この早朝から。俺とミントは、次のイベントへの意気込みを互いに確認し合うことができたのだ――




 ふと、ミントの後ろから。少女を覗き込むように顔を出してきたブラート。


「ふむ、やはり何度見てもまるで信じられないな。こんないたいけな女の子が、あの夜の間もずっとアレウス君の懐の中に潜んでいただなんて……。この俺の眼と正義が、彼女の存在を感じ取ることができなかった。これは、この探偵・フェアブラントの敗北とも呼べるだろう。……敗北。ふむ、なんて不名誉な響きなのだ。だがしかし、この少女の存在感を以ってしては、この敗北も認めざるを得ない! ――ミント・ティー!! 君は実に興味深い存在だ!!」


 その長広舌は、早朝でも依然として顕在で。そんなブラートの勢いに、思わず身構えて引いてしまうミント。 

 かしこまって、ちょっと緊張気味に構えるミントと。そんな少女の顔を眺め、見定め、ブラートはうむっと頷いて少女の肩を軽く叩く。


 これからに控えたイベントの行動を共にするにあたって、ブラートとミズキの二人には事前にもミントの正体をナビゲーター……ではなく、守護女神という序盤の思い付きをそのまま用いて説明しておいていたために。そんな守護女神というでたらめな存在をまず認知さえしていなかったブラートとミズキは、見ていて面白いほどにまで驚いたものだ。


「この探偵・フェアブラントの眼を掻い潜るなんてね。さすがは、アレウス君の傍についている守護女神とやらまではある。そして! そんな彼女を連れて歩くアレウス君もまた、やはりこの俺が見定めた通りに、只者ではなかったというわけだ! ……いやいや、それにしても、ミントちゃん。ふむ、いやいや……これが守護女神というものか。実に興味深いな……」


 右手を顎に付けて。首っ丈となってじーっとミントを眺め続けるブラート。

 そんな彼に見つめられ続けているうちにも、段々と恥ずかしくなってきたのか。ミントは少しずつ視線を逸らしていきながら。頬を赤く染めて静かに照れ始める。


「ミズキ! せっかくの機会だ! 守護女神であるミントちゃんを、この眼に焼き付けておいた方がいいのではないか!?」


「おれはいいよ。別に」


 そっけなく答え、再びミントを眺め出したブラート……を眺めるミズキ。


 その様子は、やはりどこか落ち着かない様子であり。だが、俺への嫌悪感ほどの嫌がる素振りを見せていないことから。自身に敗北し、それでも尚ブラートに認められている俺ほどまでは、どうやらミントのことを嫌っているようではない様子。


 むしろ、守護女神という存在への興味自体はあるようで。事ある毎に、ミントの姿を静かにじっと眺めているくらいだ。


「こうして見てみると、なるほど。確かに、ミントちゃんからも"この世のものとは思えない存在感"を感じ取ることができる。この、感覚という感覚に訴え掛けてくる何とも言い知れぬもの。少女の、この姿から放たれている得体の知れない感覚をこの肌で感じていてよくわかるよ。なんだろうか、この、透明で不透明なものは。まるで、"何かによって作られたかのような魂"が宿っているようにも――って、そんな例えをしてしまったらミントちゃんに失礼だな。すまないね、ミントちゃん」


「い、いえ。お気になさらず……」


 この、ブラートというNPC。とても曖昧な例えではあるものの、その存在感とやらで、少なからずの実体を見極め言い当ててしまっている。

 彼がその感覚で感じ取り。その眼と正義とやらで口にした言葉の数々には、毎度と驚きを与えてきて。こちらは思わず、言葉を失ってしまうばかりだ。さすがは探偵と名乗っているだけはある。


 と、そこで、廊下の奥から歩いてきた女の子従業員。


「おっ、ちょこっとカウンターから離れた内に、皆さんもう集まっていたんっすね!」


 先程にも顔を合わせていたが、そこでも再度と合わせて、彼女のにこやかな笑みを目撃。なんだか、元気を分け与えてもらえたような気がした。


「お客さんもミントちゃんも、ミズキくんもブラートさんも、もう出発っすか?」


「うむ、先に控えているこの作戦は夜明けと共に開始なものだからね。もう直にも大海の木片を出て行くよ。――今回はアレウス君とミントちゃんという助っ人を加えての、ちょっとしたビッグプロジェクトなものでね。ふふふっ、いやはや、アレウス君とミントちゃん、それと優秀な助手であるミズキの三人の勢力を味方につけた探偵・フェアブラントには、正に死角無しといったところかな?」


「ブラートさん、めっちゃ張り切っているっすね! 皆さんであれば、どんな事件を前にしても大丈夫っすよ!」


「……うむ、そうだね。このビッグプロジェクトも、無事に終わってくれるといいのだけどね。――それじゃあ、そろそろ出掛けるとしようか。ミズキ! アレウス君! ミントちゃん! ミズキはいつも通りに! アレウス君は、自分の正義を信じて! ミントちゃんは、アレウス君の守護だかそんなところで彼のサポートを! そして、その状況を個々それぞれで判断し、このビッグプロジェクトを最小限もの被害で収束させられるよう、個々でよく考えながら、慎重且つ大胆に行動を起こしていってほしい!! この俺、探偵・フェアブラントは、君達三人の活躍に心からの期待をしているよ。……よし、覚悟はできたね? それでは、いざ行こうではないか!! 我々、探偵・フェアブラントによるビッグプロジェクト! この時をもって、始動とする!! さー行こう!! このマリーア・メガシティの秩序を保つために!! この街の、陰の正義執行人。探偵・フェアブラント、いざ行かん!!」


 と、ちょっと落ち着いた調子やら、急にテンションの昂った上下のある調子で。しかし、ふと何かを含んだ言い方をするものであったから。

 そのちょっとしたの部分に違和感を感じたのか、若干と首を傾げる女の子従業員ではあったが。すぐに笑みを浮かべて、微笑ましい笑顔と活気で。極秘任務である、探偵・フェアブラントによるビッグプロジェクトへと向かった俺達を見送る女の子従業員なのであった――――


「ブラートさーん!! ミズキくーん!! ミントちゃーん!! お客さーん!! 何だかよくわからないけど、とにかくファイトっすー!! ブラートさんも、ミズキくんも、ミントちゃんもお客さんも!! 皆さんがまたこの宿屋に戻ってくるのを、あたし、待ってますからァーッ!!!」







「アーちゃん! それじゃあ私、ちょっとお買い物に行ってくるわね!」


「あら、ユーちゃん! 楽しんできてね~」


 日が昇り、早朝という時刻が明けたその頃。

 フロントのカウンターで、タオルを折り畳んでいたNPC:ニュアージュへとそう告げる、NPC:ユノ。


 いつものような。そんな穏やかな空気が流れるこの空間で。微笑ましく会話を交わす二人のもとに、この宿屋で働く従業員がひょっこりと顔を出し。なんだか申し訳無さそうにニュアージュへと声を掛けていく。


「ほんと、手伝ってもらっちゃってすんませんっすわ~。お客さんにここまでしてもらう宿屋の従業員って、ほんとダメダメっすね」


「気にしないでください~。わたしも、里にある宿屋のお手伝いさんとして過ごしているものですから~。……こうしてお世話となっているのです。ですから、わたしもこちらの宿屋の助力となりたくって仕方が無いのですっ!」


「宿屋で働く際の心得なんかも、あたしなんかよりもずっと弁えているっすよね。なんか、もう、端から端までの手際があたしとまるで大違いというか。なんか、ほんと、何もかもに手馴れているっすよね。さすがはニュアージュ様っす!! ……ニュアージュ様がお手伝いしている里って、さぞお金持ちかなんかがいっぱい住んでいる超リッチなところなんだろうな~……」


「……ニュアージュ、様……?」


 ポカーンと従業員を見つめるNPC:ニュアージュ。そんな、どこか天然な、どこかおっとりとした空気で交わされていく二人の会話を背にして。NPC:ユノはルンルンと、胸を弾ませながらご機嫌に宿屋から出て行く。


「おっ買いっ物~。おっ買いっ物~。今日はどんな未知と出会えるか~。すっごく楽しみ~!」


 楽しみという気持ちを全面に押し出しながら。鼻歌を歌いながら街の中心部へと歩いていく少女。


 ……しかし、この時にも既に。その彼女の背後には、ある一つの陰が蠢いており。

 音を掻き消し。息を殺し。……次第にその姿を消していきながら。……その陰は、ある一人の少女の背を追い。次の瞬間にも、その場から忽然と失せて存在をくらました――――

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