嵐の前の静けさ 【期待の少年と助手の少年】
「…………まず、悪の組織の連中にこの契約を行わせてはならない、とね。――契約の実体が云々とか言っている場合ではないのだよ。さもなければ、本当に取り返しのつかない最悪の結末。あるいは、今後の世界情勢を狂わせる、史上最悪ともなり得る"終わりへの序章"が繰り広げられてしまうかもしれないと、俺の正義がそう訴え掛けてくるんだ……」
これまでの誇らしさがまるで垣間見えない、神妙で、そして慎重な様子でそう口にするブラート。
そんな彼の、如何にも彼らしくない、何かに怯えるその様子を見てからというもの。俺の直感は今にも迫ってきているフラグの波を感じ取り、ふと背筋に悪寒が走り出し。その次にも、一気に不安の念がこの気持ちに押し寄せてきた。
「……なぁ、それも飽くまで、ブラートの直感なんだよな……?」
「――おっと、すまないね。不安にさせてしまったかい?」
と、俺の不安を悟ったのか、それまでの神妙な雰囲気を包み隠すように微笑で覆い被せて。
「なに、大丈夫さ。なにせ、この、取り返しのつかない最悪の結末を避けるために。この俺は、この眼と正義で君という存在を見定め連れてきたというわけなのだからね」
自身の正義とやらを語り出すと共に、ハハハッと誇らしげに笑いながらポケットに入れていた手を出し。誇らしげに両腕を広げながら、いつものような調子でそのまま続けていく。
「そうさ! そこで、君の出番なのさ。――君には、その最悪の結末に備えた保険として、ぜひとも我々の作戦に加わってもらいたいんだ! そうだね……云わば、君はこのマリーア・メガシティにおける、我々の最終兵器とでも言ったところかな」
「最終兵器って言われてもな……俺自身、そんな力を持っているとは思えないものだから、そう言われてもなんだかピンとこないな……」
「なに、決して心配する必要など全くもって無いさ! そう! この俺がそう保障する! ――俺は君に可能性を見出した。その可能性というものはね、一点の曇りなき正真正銘の。それも、"この世のものとは思えない存在感を感じ取れる"というものでね。その未知なる存在感を察知して、俺の正義がこう伝えてきたのだ。……この少年であれば、きっと上手くやってくれる、とね! そう、だからね、例え君以外の仲間達の方が圧倒的な戦闘力を持っていようが。自身の能力に自信が無いと言っていようが、そんなことは実に関係無いのだよ! なにせ、俺は、君という存在そのものに突破口という希望を見出したのだから!! だってね、この俺が覚えている限りでは。"この俺の正義は、一度として空回りしたことなど無い"のだ!! だから、君には今思っている以上の何かが宿っていると、そう断言することができる! もっと自信を持ってくれ、アレウス・ブレイヴァリー!」
誇らしげに悠々と語られるその言葉の数々。
そんな彼の言葉を聞いてでも、それでもやはり自分の能力にはイマイチ自信を持つことができず。しかし、俺をこの世のものとは思えない存在感を感じる。と、そう言っている辺りには、ある意味で信憑性のある話であることもまた事実。
そうして雄弁と振舞うブラートは、この話における最後の追い込みとして。俺という未知なる存在感に畳み掛けていくように、この話をまとめてきた。
「だからこそ、どうしても頼みたいんだ。……アレウス君。君に、この作戦の助っ人として加わってもらいたい! それでいて、そんな重大な決断に焦らしを入れるようですまないが。この件における返事を今、この場でお聞かせ願いたい」
「……そうは言っているが……でもそれ、俺がこういったことを断れないことを判っていての頼み事なんだろ?」
と、試しにそう尋ねてみると。図星だったのか、ブラートは一瞬もの眉をぴくりと動かし。次には、期待の眼差しで俺を見つめてくる。
……確かに、自分の実力には自信なんて全く無いが。だからと言って、その作戦に加わりたくなんかないのかと言われれば、その問いは真っ先に否定するだろう。
そう考えると、俺はこの質問に対しては速攻にイェスの選択肢を選ぶわけであり。これもメインクエストとなるであろうから、それに挑むからには、改めてと気合いを入れ直して全力で取り組んでいきたいとさえ思っている。
……それにしてもだ。なんというか、とても頼れる人物であることには代わり無いのだが。彼と一緒にいると、どうしてもこの俺の全てを掌握されているような気がして、とても落ち着かない。
「いちいち裏で入念な手引きまでをしておいて、そこまで頭を下げる必要なんてないんじゃないのか?」
「それじゃあ、返事は……!」
「……俺のこの力で大切な仲間達と、この街に住まう皆を。……そして、この世界に這い寄る脅威を追い払うことができるのであれば。その話、断るどころか、無理を言ってでも加わりたいくらいだ」
「ハッハー! さすがはアレウス君だ! いやはや、さすがはこの探偵・フェアブラントのこの眼と正義で見定めた少年なだけはある! 君であれば、そう言ってくれると信じていたよ!」
「最初から、俺はあんたのお手玉だったわけだ」
「いやいや、その潔癖な正義に、俺とミズキは心からの敬意を払うよ。それじゃあ、よろしく頼むよアレウス君!」
と、俺の加入に喜んでいるのか、はたまた、自身の計画が上手くいったことに喜んでいるのかは定かではないブラートではあったものの。そんな彼の言葉を信じて、俺は即決でこの作戦に加わることを決意。
それは、傍から見ればただの無謀に過ぎなかったかもしれない。だが、そんな敗北続きであった俺にでも、仲間達やこの街や、ましてや世界までをも救えると確信に近い文句を言われてしまうと。このゲーム世界の主人公として、やはりそちらへ気が傾いていってしまうのも無理も無い話だろう。
これまでは本当に散々な結果ばかりであった俺であったが。今回こそは、この作戦こそはと、俺は新たな目標となったイベントを前にして、改めて気合いを入れたのであった――
「――む、ミズキ、まだそんな嫌な顔をしていたのか。そんなに不機嫌そうな顔をしてしまって、一体どうしたと言うんだい?」
「なんでもない。不機嫌じゃない」
と、ものすごく不快な表情でぷいっとそっぽへと向きながらむすっとするミズキ。
「なんだ、アレウス君のことがまだ信用ならないのかい? 先程の話を聞いていただろう? 彼は、あの大海の木片を選んだ。それだけでも、彼には十分な可能性を感じてこないかい? 俺の睨んだ通り、やはり、彼の中には特別な何かが存在している。だから、そんな不安に満ちた表情を貼り付けてなんかいなくてもいいんだよ。むしろ、アレウス君という彼がこうして現れたことに運命さえも感じてきやしないかい?」
「不満なんかじゃないし。おれには運命なんかも感じないよ」
「む、怒っているのかい?」
「怒ってなんかない!」
急に怒鳴り。そしてハッと現在の自身に気付き、噛み締めながら俯くミズキ。
「すまないね、アレウス君。やはり年頃なもので、今のミズキはどうしても色々と複雑なのだよ」
苦笑しながらそう言い、次にもブラートは誇らしげに笑みながら続けていく。
「ミズキの紹介がまだだよね。まー、本人がこれだから。それじゃあ、俺からでも紹介をするとしようか。――ミズキはね、このマリーア・メガシティを裏で支える陰の正義執行人、この探偵・フェアブラントの助手を立派に務める、唯一無二の一番弟子! その名も、『水飛沫 泡沫』! 発見から解明までを手掛けるこの探偵・フェアブラントのサポートを手際良くこなす、とても優秀な部下さ!」
ミズキことNPC:水飛沫泡沫のことを、とても誇らしげに話すブラート。
そんなブラートの調子は、これまで以上にハキハキと活き活きとした気分の上がった調子であり。その様子は、これまで以上にとても誇らしげなように聞き取れた。
「アレウス君は事前にもミズキと顔を合わせていたし、そしてなにより、その身で体験したとは思うが。ミズキは、喧嘩や戦闘といったこの探偵・フェアブラントに似合わぬ荒事を担当する、云わば、フェアブラント私立探偵事務所が誇る最大戦力なのさ! このクールな性格からは考えられないだろう? なんてったってね――」
「それ以上余計なことを言わないで。ブラートの兄さん」
「おっと、すまないね。まー、ね、アレウス君。さっきも言ったようにね、ミズキは今ちょうどお年頃の年齢なものだから、ちょっと気難しいナーバスな時期なんだ。――こんな、どこかそっけないミズキではあるけれどね、いやいや、ちゃんとね、きちんとした正義と人間性を持つ立派な人間なんだ。なにより、ミズキは人の痛みというものがすごくわかる、とっても他人想いの性格なんだよ。だから、直にもアレウス君とも――」
「もうやめて」
「おっと、ここで本人からのストップコールだ。と、いうことで、ミズキという人物の紹介はここまでにしておこうじゃないか」
冗談気味に笑うブラートとは対して、本気で嫌がっている様子のミズキ。
……どうやら、ミズキは俺のことがそれほどまでに気に入らないらしい……。
「む、話をしていたら、どうやら大海の木片の付近まで来たようだね」
あれこれと話している内にも、この俺でもその目に見覚えのある細い脇道を見つけて。
その、奥へと続いていく小さな道の奥には、宿屋:大海の木片の目印である看板が若干と見えてきたものであったから。
「わざわざ送ってくれてありがとな、ブラート。それじゃあ、また夜明けにでも――」
「なー、ミズキ。せっかくここまで来たんだ。我々も久々に、あの女中達のもとへと顔を出しに行ってみないか?」
「ここまで来たから利益のためにも泊まろうよ。ブラートの兄さんのお小遣いで」
「これはまた、お財布に手厳しい提案だ。だがしかし、その提案には乗らざるを得ないね。なんてったって、"彼女"がいてくれたからこそ、今の俺がここにあり。今のミズキがここにいるのだからね。――この探偵・フェアブラントは誰に対しても、一切とも誰かの下へとくだらない。だが、彼女らの頼みであれば、宿屋の雑務や手伝いといったあらゆる助力に対しても、何の抵抗も無く、気高いプライドを惜しむことなく捨ててでも彼女らの力になろうではないか。無論、お財布に厳しくてもね」
と、なんだか意味深なことを言いながら、誇らしげであり、とてもすました顔で取り出した財布の紐をキュッと解く。
既に、宿泊の準備が万端だ。この流れからして、大海の木片にブラートとミズキも滞在することとなるのだろう。
そんな急展開ではあったものの。この夜明けにも起こるであろうこれからのイベントに関わる、重要人物であろうNPCが傍にいてくれるという安心感でホッとした俺であり。だが、この二人と一緒にいると、どこか疲れてきてしまって仕方が無かったために。
なんとも複雑な感情を抱いてしまっていた俺。……をその場に置いて、ブラートとミズキは先に歩いていってしまったのであった――
「さー、予定変更だ! 彼女らのご飯で英気を養い! 彼女らの活力をこの身で浴びる! そんな彼女らから、有り余るほどの元気を分けてもらったところで。明日の夜明けにも、この街と世界の命運を分けた一大イベントへと洒落込んでいこうじゃないか――――!!」




