親密度イベント:そう言ってくださったのは――
「経験に基づいた、素晴らしい立ち回りでした」
球形の妖精から少女の姿へ変化したミント。彼女から薬草を受け取り、その苦味を堪能することでHPを回復。
先程の戦闘で行ったガードの微々たるダメージを癒す。うん、微妙な減り具合であったHPは満タンになった。
それにしても、このわずかに磨り減ったHPという微妙なステータスほど、どうしても気になってしまうものはきっと無いだろう。
「ミントもサポート、ありがとな」
「お礼……ですか? お気持ちは嬉しいのですが、最近のワタシはナビゲーターとしての役目を果たしておりません。ここ最近の活躍は全て、ご主人様の実力によるものだと、このミントはそう把握しております」
遠くへ目線を逸らせながら、遠慮深い言葉を並べるミント。
どこかふてくされたその様子からは、喜びというより虚しさを感じさせる。
「ワタシはただ、ご主人様の勇姿を見守っていただけですので」
……そうか。俺がこの世界での過ごし方に慣れてきたことで、最近は俺一人でもなんとかできる場面が増えてきていた。そんなご主人様の不足の無い姿に、ミントは専属のナビゲーターとして疎外感を感じてしまっていたのかもしれない。
ミントはとても真面目な女の子。だからこそきっと、自身の役目が果たせていない現状に、どこか折り合いをつけることができない部分があったのかもしれない。要は、不満というものだ。
……彼女の真意はわからないものの、ちょっと一人で突っ走り過ぎていたのかな。せっかくこうして専属のナビゲーターが支えてくれているのだし、もう少し説明を聞きながら慎重に進めていってもいいのかもしれない。
そう思い、俺は気遣い交じりの質問をしてみることにした。
「なぁミント。あのワイルドバードがスキルを使ってきたんだが……あのスキルの効果を教えてくれないか? 今後の対策のためにも」
「え。あ、はいっ」
システムに関する疑問を投げ掛けるのは久しぶりだった。
唐突の質問に驚くミント。気を緩めていたその表情に緊張が浮かび上がり、次第にやる気を帯びた瞳を輝かせながら思考をめぐらせる。
その目つきや口元には、どこか喜びを感じさせた。
「スキャン――完了。はい、それでワイルドバードのスキルでしたね。先程の戦闘で行ってきたワイルドバードのスキルですが、どうやらあのスキル及び特技の名は『千鳥足』と呼ばれる、打撃属性の攻撃のようです。その効果は、威力の増加というもののみ。したがって、特殊な効果を含まないシンプルな特技です。冷静に回避を成功させれば、特段問題視することもありませんね」
千鳥足。意味合いは違えども、伝えたい言葉の内容はなんとなく察することができるシンプルな名前だ。
「過酷な環境で育った強靭な脚を引き絞るように縮め、その縮めたことによる勢いを利用し目標に向けて蹴りを放つ。この特技を主に得意とするモンスターは、先程のようなワイルドバード系統のモンスターのようです」
ワイルドバード系統。ということは、あの種類の違うバージョンなんかも存在したりするのだろうか。
未知の存在へ膨らませる期待。例えただの色違いであろうとも、初めてお目にかかれたその瞬間は堪らず感嘆をもらしてしまいそうだ。
「なるほどなぁ。教えてくれてありがとな、ミント」
「いえ。これほどの情報、礼に値するまでもありません。ワタシはただ、専属のナビゲーターとして当然の役目を果たしただけですので」
あからさまなツンとした態度。
自身の行いは当然中の当然。だから礼を言われるまでもありません。そんな雰囲気を醸し出しているミントではあるが、そのぎこちない表情を見れば彼女の内心など一目瞭然であった。
ミント、すごく嬉しそう。
そんな表情をされてしまうと、なんだかこちらまで嬉しくなってしまって――
「あの特技はただの単発攻撃か。ふむふむ。相手の情報を知れて良かった。それにしても、通常のプレイではすぐに把握できない情報を、こうしてその場ですぐに把握することができるのは嬉しいな。わからないことをすぐに知れる。そう言った意味でも、俺はずっとミントの存在に助けられているのかもしれない。ミント。俺のもとに来てくれて、ホントにありがとな」
「――――っ」
つい、その場の流れでおだててしまった。
いや、でもこれは本心だから、別に特別おだてたというわけではないのだが。いやでも、さすがにちょっとわざとらしかったというか、ちょっとおおげさだったかな――
「……ありがとう、ございます」
顔が真っ赤だ。
目を背けて。口を尖らせて。眉をひそめて。両手を前で組んでモジモジと。
思い返せば、俺はミントの存在そのものにしっかりと礼を伝えていなかった。いつもは内心で感謝をしているのだが、こうして口頭で長ったらしく想いを伝えるのはこれが初めてだったのだ。
そんな俺の想いを受け取ったミント。
隠し切れない照れ。気恥ずかしい素振り。今までの努力の賜物。自身の存在に否定的な気持ちを抱いていた少女は、今この場をもって自身の存在感を見出す。
認めてもらえた。認めることもできた。
常に緊張感をもって取り組んできた、自身に課せられた使命を――
「……い、行きましょう。ご主人様。こ、この場に留まっていては、いつになっても目標であるワイルドバードの卵を発見することができません」
極度の動揺によって震える声。
真面目な性格だからこそ、ミントは自身の存在が認められることが嬉しくて仕方が無いのだろうか。そんな自身の喜びを悟られないようにするためにも平然を保とうとするが、震える言葉が沸き上がってくる少女の感情を物語る。
……ミント。もしかして、褒められることにすごく弱いのか?
「あぁ、そうだな。そろそろワイルドバードの卵を探しに行くとするか」
ミントが促した通りに、俺はメインクエストで必要となるキーアイテム探しへと移る。
次はこの隣の山へ調べに行ってみるか。次の動向をミントに伝えて共に移動しようとしたのだが、ここで俺は少しミントに本心交じりの悪戯を仕掛けてみることにしてみた。
「なぁミント」
「は、はい。用件はなんでしょうか、ご主人様」
「これからも頼りにしているよ」
「――――っ」
先程のように顔を真っ赤にし、俯いて困り顔を浮かべながら俺の脇腹に軽くタックルをかましてくる。
力無く全身で当たり、自身へ跳ね返ってきた反動でダメージを受けた顔面を手で覆う。自滅交じりの照れ隠しと見て取れる行動のあとに、ミントは球形の妖精の姿となるために銀色のオーラを纏い出すのだが――
「……その、うまく言葉にはできないのですが。そう言ってくださったのは、ご主人様だけのような気がします」
そうセリフを残して、ミントは逃げるように上空へと飛んで行ってしまった。
……そう言ってくださったのは、俺だけのような気がする。か。
――なんだ、この違和感は? この曖昧ながらも意味深な言葉に、俺は何かに引っかかる。
それもそのまず、ミントは最初の頃に、あの謎の人物の手によって俺の目の前で生み出された存在だ。つまり、俺と同様にミントもこの世界の住人ではない。
なのに、何故ミントは、"今までに自身を認めてくれたのは、俺だけかもしれない"といった意味合いを含む曖昧な言い方をしたのか。
そう。まるでミントには、この世界での過去が存在していたかのように。
……いや、さすがに考えすぎか。あれほど動揺をしていたミントのことだ。きっと、選択する言葉にまでは気が回らなかったのだろう。
そう一人で納得した俺は、恥ずかしがって上空へ飛んで行ったミントを目で追う。
……照れ屋さんな性格にも、もしかしたら何かの意味があるのか? そんな深追いをしながらも、俺は解決しない疑問を浮かべながら目的のために山道を歩いていくのであった。




