フェアブラント私立探偵事務所にて――
「ようこそ! この俺の探偵事務所へ! ということで、正体を明かすとしよう! それもそのはず、驚くなかれ。この俺こそが、この大都市、マリーア・メガシティの秩序を保つ陰の正義執行人! その名も、探偵・フェアブラントさ!!」
と、誇らしく高らかに正体を明かしていく、フェアブラント・ブラート及び、探偵・フェアブラント。
決まった。
完璧な演出。完璧なポージング。完璧なタイミング。その表情からは、この場における成功を確信し。デデーンと胸を張って、目の前の俺へとこの存在感を惜しみなく見せ付けてくる。
……のだが、そこに待っていたのは静寂の空気。いや、まぁ、こんなものを急に見せ付けられた俺の立場も、十分に理解されるに値するはずだ。
困惑が困惑を呼び。困惑によって困惑が支配する、困惑のみの空気となってしまっていたことは、もはや言うまでもない――
「…………っ」
言葉を失い。ただ呆然と前の男を眺め続ける俺。
そんな俺からの返事待ちであった探偵・フェアブラントであったが。この空気を察したのか、ふと、停止していた時間が突然と動き出したかのように。それも、何事も無かったかのように、その男は再び動き出す。とても誇らしげに。
「我々は、このマリーア・メガシティのいたる空き家を転々とする、さすらいの探偵とその助手! 社会の裏で蔓延る悪の正義を、同じく陰で暗躍する我々の正しき正義の名の下で見抜き捕らえ裁き正義を執行する。云わば、このマリーア・メガシティの秩序を裏で支える、縁の下の力持ち! ――無論、我々の口コミも実に好評の嵐さ! こうして常に姿を隠し暗躍している我々の手を求めて、多くのファン達はあらゆる空き家に殺到する! そんな悩み事を抱えし住民をこの正義の名の下で救済し。時には、強大な悪の正義と対峙し勇敢に決闘する! そう! 今、アレウス君が向かい合っているのは! 正に、信頼と実績が積み上げられた、紛れも無き正義の執行人。探偵・フェアブラントご本人なのだよ!!」
「は、はぁ……」
その雄弁を聞き、その勢いについていけずに取り敢えずと応えていく俺。
だが、その自信に溢れた表情や態度に。これまでの鮮やかな言葉遣い。この素人目から見ても数々の経験を伺えるであろう、あの様々な場面の渡り方を考慮すると。なるほど、確かに、探偵と名乗られたこの瞬間にも、なんだか彼のことが急に頼れる人物のように思えてきてしまえる不思議。
なによりも、これほどまでの自信なのだ。とても、そんな表面上の嘘をつけるような人物には見えてこない。――その態度。その自信……紛れも無く、本物だ。
……いやしかし、敵方に対しては、嘘まみれの雄弁を振るっていたものであったが……。
「空き家の使用は無許可。お偉いさんにバレたら"おれ"達はお縄」
「ミズキ! 言っておくがね、これは断じて、無許可でも、無断使用というわけではないのだよ!」
「じゃあなんなの?」
「これはただ、空き家を借りているだけさ! だからセーフ! グレーゾーンよりもほんの少しホワイト! そう!! これは、ホワイト寄りのグレーゾーンなのだ!!」
「ふーん」
いつの間にか、この部屋へと移っていたミズキとなる少年の無関心な返事。
そんな少年の手元には、三つのコップとお茶菓子を乗せたお盆があり。それを、俺とブラートの間にあった事務机の上にどかんと置く。
「尤も、お偉いさんにこのことが知られてしまっても、何の問題も無いさ。何せ、我々はかの探偵・フェアブラントとその助手! このマリーア・メガシティにおいて、数々の正義を執行してきた功績が存在している。無論、その活躍は上の人間達も把握しているのだからね。それもあってか、この前だって俺が悪の正義へと変装していたとき、周囲が捕らえられるその中で、この俺だけは見逃してくれた。この街を名誉ある誇りと、我が物として自慢しているお偉いさんへとその恩を売ってあるのだから、あちら側からしても、この俺を獄へと放り込むのはよろしくないという認識を持っているんだよ。全く、上の人間には珍しい、とても賢明な判断だね」
「ここも既に何度か見つかっているし。その度に注意喚起を受けているのは何? いつも怒られてばかりいるよ?」
「ミズキ! それは注意喚起でもなく怒っているわけでもなくてね。これはね、つまるところの、ファンからの声援なのさ! お偉いさんも、この俺を頼りに頼っている! だから、定期的にこうして俺のもとへと訪れる口実が欲しいだけなのだよ! ――まー、だからといって、彼らの鋭い嗅覚を許すわけにはいかない。いやいや、彼らは一体なんなんだ? こうして完璧に陰へと潜っている我々の私立探偵事務所を、悉く探り当てては直に訪れてくる。ファンからの熱い声援とはいえ、この俺の潜伏能力をさり気無く片っ端から上回っていくのだ。――彼らはどうやって、この我々の居場所を探り当てているというんだ? これでは、プライバシーもへったくれもないじゃないか!!」
「空き家の無断使用の報告でバレているんじゃないかな」
相棒との会話においても、その長広舌は依然として変わらず。日常的な会話、を思わせるそのやり取りを脇で聞いていた俺ではあったものだが。
その最中にも、俺はどうしてもこの本人の口からの確認を取りたいある言葉を聞くために。俺は、そのやり取りに割って入って、それについて尋ねることとしてみた。
「つまり、二人はあの悪の組織の仲間ではないんだな?」
俺の問い掛けを耳にして、ブラートはむむっと即座に反応を見せる。
「んー、あんな連中の仲間になるだなんて、俺もミズキも御免だね。彼らの正義は、人間として腐りに腐っている。そんな連中をこの世で放っておいてみたまえ。――な? 最悪な結末を容易に想像することができるだろう? 俺もミズキも、彼らの正義を忌み嫌っている。それでいて、彼らの正義を、我々の正義の名の下において正当な手続きで裁くつもりさ」
ミズキの少年が持ってきたお盆からコップを掴み取り、その中に入っている飲み物をぐいっと飲み干してからブラートは続けていく。
「と、ここでアレウス君はとある疑念を抱くはずだ。では、なぜそんな探偵が、そんな連中と仲良くつるんでいるのか。ということにね。この言葉と、先の行動に矛盾を抱いてしまって仕方が無いだろう。だが、まずは安心してほしい。というのも、その活動において、俺は悪の正義を目的としていないからだ。――そう! 今は飽くまでも、彼らとは偽りの正義をもってして共に行動しているだけであるのだから! 例え、長年と彼らのもとにいようとも、この俺の正義は決して揺るぎやしない! これは飽くまでも、探偵であるこの俺が、探偵という正義を偽りながらその内部へと溶け込んでいただけに過ぎないのさ!」
「"私立探偵"」
「ここまで来れば、アレウス君でも俺の目的がわかってくるだろう。――そうだ! これまでの活動は、この、"探偵"という悪の所業を許すまじ人間によって行われていた、潜入調査というものだったのだよ!!」
「"私立探偵"」
「この探偵・フェアブラントにかかれば、これほどの潜入調査などお茶の子さいさい。これも、このマリーア・メガシティのお偉いさん達に認められし"正式の探偵"であるからこそ為せる神の業――」
「"私立探偵"」
「ミズキ! いちいち私立の部分を強調しなくてもいい! それでは、この俺の、探偵としての価値が下がってしまうだろう!!」
「だって本当のことだもん」
「うむ、よく言った。素直でよろしい。それでこそ、この探偵・フェアブラントのもとで活躍する優秀な助手だ!」
お茶菓子としてお盆に乗せられていた饅頭を手に取り、うんうんと誇らしげに頷きながらそれを味わうこともなく頬張っていくブラート。
そんな彼の光景を見て、俺は先程のお盆の方へと意識を向けていく。
……せっかく、こうして出されたおもてなしであったため。せっかく出されたものだからと、そのご厚意に応えるべく頂くために手を伸ばし、コップを掴んでその中身を確認する。
その中に入っていた飲み物は……水。
「さー遠慮するなアレウス君! こうして我々のマイホームへと訪れたのだ。この丁重なおもてなしで、ぜひとも至福な一時というものを味わっていってほしい!」
「は、はぁ……」
水という出し物に誇らしげとしているブラートに困惑交じりの返答。
……まぁ、近くの公園の水道で喉を潤してくれと言っていたことを考えると、こうしてわざわざとおもてなしの品を引っ張り出してきてくれたその誠意は十分と伝わってくる。
品は品ではあるが、しかし、重要なのはその中身。この水からも、彼らなりの気持ちを十分と感じられたために。それじゃあと、俺はありがたく至福の一時を頂こうとしたその時であった――
「よし、それではここで"本題"へと入っていこうじゃないか」
思い出したかのように言い出し、ブラートは俺へと向き直ってくる。
「アレウス君には事前にも、通告も無く突拍子も無いアクシデントに付き合ってもらった。これは、傍から見れば不運な事故の一環として扱われることだろう。が、しかし! この俺の正義のもとにおいては、不運といった偶然など断じて存在などし得ない! 何せ、俺のもとには常に、必然というたった一つの真実のみが存在しているのだから!」
コップをお盆の上へと置き、俺へと身を乗り出して続けていくブラート。
「君に、一つ重要な頼みがあるんだ。それも、この俺が直に、この眼と正義で君の本質を見極めた上での救援要請さ。――そう。君であれば、このマリーア・メガシティの地下深くで眠る強大な脅威を打ち破ることができるハズなんだ!」
「そう言えば、あの組織は契約とやらで力を手に入れようとしていると言っていたか――」
「その力は未だに不透明であり、全てを語るに必要な、十分な真相には依然として辿り着けていないのが現状だ。だが、彼らにはこの街を脅かす脅威を得ようとしているその他に、もう一つ、絶対に懸念しなければならない、ある展開がすぐそこまで迫り来ていることを君は知っておかなければならない。絶対にね」
相変わらずとして、俺の話を一切と聞かず。つらつらと言葉を続けていくそのままおもむろに立ち上がり、俺の脇を通って事務所の入り口へと歩いていくブラート。
「それは――タイムリミット。彼らはこの夜明けにも、契約とやらを完遂させてしまうのだ」
「この夜明けには、強大な力を手に入れる……って、それ、もう時間が無いじゃないか!」
「そのために、少々強引でありながらも、今回こうしてアレウス君を連れ回したんだ」
ドアノブに手を掛け、がちゃりと開けてブラートは手で促してくる。
「手の内を知られる危険極まりない行動ではあるが。今はもう、そんな細かいことを懸念している時間など存在していない。外であれこれと情報を開示していくとする。……それでいて、今の君には休息が必要だ。その疲労し切った身体を癒すためにも、まずはそこで休息を取り、夜明けと共に目的地へと出発する。――君の戻るべき場所へと送ることにする。そして、歩きながら今の状況について色々と話すとするよ」
「あ、あぁ……」
手に持っていたコップをお盆へと戻し、ブラートの方へと駆け足で駆け寄り。俺に続き、ミズキもまた音も無くブラートのもとへと急ぎ。ブラートとミズキという探偵コンビのNPC達と行動を共にしてから。
こうしてフェアブラント私立探偵事務所を後にした俺は、脅威が目前へと迫ってきている真夜中のマリーア・メガシティを静かに歩き出した――――




