NPC:フェアブラント・ブラート
「俺の名は『フェアブラント・ブラート』。フェアブラントが苗字で、ブラートが名前なものでね。俺のことは、気軽にブラートのお兄さんとでも呼んでくれて構わないよ」
全身が真黒で統一された服装に、褐色肌とビジュアル系の髪型という。これまた個が強いキャラクターこと、NPC:フェアブラント・ブラート。
その名乗りもまた誇らしげに。しかし、その無難を通り越した地味な服装と、個が強い中身が合わさっていることで。ブラートというこのキャラクターは、もはや画面の中にいるだけで、ある意味で色々と目立つ存在感を放っていた。
そんな彼に気後れをしながらも、まぁ、どうやら味方サイドのキャラクターであることは確かなことのために。
俺は、未だに困惑を交えてしまいながらも。同時にして、目の前の新たな味方との出会いに、心の奥底からは安心感と新鮮な喜びが湧き上がってきていた。
「俺はアレウス・ブレイヴァリー。その……よろしくな……?」
「アレウス・ブレイヴァリー。うむ、その名に相応しい顔をしているね。さすがはこの俺が、この眼と正義で見定めただけはある」
誇らしげに自画自賛し、ブラートはうんうんと頷きながら腕を組んで話を続けていく。
「アレウス・ブレイヴァリー。まずは、この一連の出来事に、無関係であった君を巻き込んでしまって申し訳無かった。故意は十分にあったが、それでも、突拍子も無く君の命を危険に晒してしまったこの行いに、少なからずの罪悪感には苛まれてしまったよ。"この件"と無関係の少年を巻き込んでしまったこの行い、俺でなければ間違い無く罪に問われていたことだろう」
とても申し訳なさそうな話し方をしているのだが、その内容や調子からはとても罪悪感を見受けられず。それどころか、俺なら許されるとなんだかよくわからないことまで言っている。
「しかし、これだけは言わせてほしい。――なに、まずは安心してほしい。っとね」
向き合っていたその姿勢からくるりと踵を返し。コツコツと靴音を立てながら、ブラートはその場で小さな円を描くようにゆっくりゆっくりと歩き出す。
「これまでの行いが行いだったがために、この言葉をそう易々と信じてもらえるとはとても思っていないが……それでも、君にはまず安心をしてもらいたいんだ。そうさ。もう、何も心配しなくていい。何せ、君は無事に、あの悪の組織の、魔の手から逃れることができたのだからね。――こちらから巻き込んでおいてこう言うのもお門違いなのだが、こうして、無事に生還することができたことは、実に喜ばしいことだろう? 一時はあれほどまでの危険な状況におかれてしまっていたものではあったが、それでも、自分は今もこうして生きている。この結果に安心せずに、一体なんとする?」
と、俺に対してこれといった説明もせずに次々と話を進めていくブラートは、再度とこちらに向き直ってきては決め顔でこう伝えてくる。
「こうして生還を果たすことができたこの結果で、君に証明することができただろう。――そうさ! 何せ、君のもとには、この"我々"がついているのだからな! この言葉の意味の通りに、我々は、君の味方なのだ!!」
と、誇らしげに腕を広げてババーンっと言い放つブラート。
そのセリフといい、その演出といい。それらは一見すると、まるで正義の味方が参上した際のそれであったのだが。
……いや、自分でもお門違いだと言っていたものだが。なんか、この状況って、色々とおかしくないか。俺、本当にただ巻き込まれただけじゃないか。……安心してくれという安堵を促す言葉も、心配するなという頼れる言葉も、彼の口から表れるとむしろ不安にさえ思えてきてしまえる――
「な? "ミズキ"」
と、その中で急に、あからさまに俺以外への尋ね掛けをしてきたブラートの様子に思わず違和感を抱き。
それでいて、ミズキという聞き覚えのある名前にギョッと血の気が引いていく感覚を覚え。……そして、俺の向こう側へと視線を向けているブラートのそれを、恐る恐ると辿って後方へと振り返ってみると……。
「ブラートの兄さんがそう言うのなら」
入り口付近のチェアに腰を掛け。腕と足を組んで、まるで見張るかのように刺さるような視線をこちらへと向けてくる一人の少年の姿がそこにあった。
百六十五ほどの身長。深々と被った白色のキャスケット。チャックが独特な、コートとパーカーが織り交ざった白色の上着。裾を捲くった七分丈の灰色のズボン。黄と灰が織り交ざる男物のシューズ。
赤味のくすんだ、赤レンガのような茶色のショートヘアーと瞳。そして、中性的なその声音……。
間違いない。その少年こそが、あの団地で戦闘を交わしたあの敵そのものであった。
「ミズキ、このアレウス君は大事なお客さんだ。くれぐれも、無礼な真似だけはしないようにね」
「わかってる」
「うむ、それじゃあ、さっそくアレウス君をおもてなししようじゃないか。なんてったって、彼はわけあってこの我々のマイホームに訪れた立派な客人。それに、先の出来事が脳裏に焼きついていたままでは、まともに我々を信用してくれやしないだろう。ということで、だ。ここはまず、このアレウス君には我々の丁重なおもてなしで心を開いてもらい。それから、我々が今向かい合っている"本題"を切り出して、取り敢えずにでもその話を聞いてもらおうじゃないか」
「"本題"? 何で彼に?」
「アレウス君は、俺が見定めた人物だ。その容姿や実力はまだまだ未熟かもしれないが、いやいや、本質というものはその人物の内側に眠っているものなんだよ。――今はまだ、その芽が出ていないが。きっと、この少年は芽を出すよ。その内にも、その本題の中でも、きっとその芽が開花する。俺の眼がそれを見定め。俺の正義がそう訴え掛けてくるのだからね。……彼からは何か、特別な存在感を感じるのさ。そしてそれは、この本題における一発逆転を十分に狙える、我々の切り札となり得る。なに、そんな不安な顔をするな、ミズキ。大丈夫さ、なんてったって、この俺がそう保障しているんだから」
「……ブラートの兄さんがそう言うのなら」
「納得してくれたかい? で、あれば、そんなアレウス君にはまず、先程から抱き続けている疑心を解いてもらうためにも。心を開いてくれるほどの丁重なおもてなしを、我々は施していこうじゃないか。ほらほら、ミズキ。動いて動いて」
心を開いてもらうためにも云々の話を本人の前でするのか。
と、眼前で繰り広げられるやり取りにツッコみを入れながらも。何かしらの会話を交わした後にも、そのミズキという少年はチェアから立ち上がり歩き出して。
……が、どうしても気が進まないのか。それとも、俺という人物が気になってしまうのか……。
「…………」
キャスケットと、立てられた上着の襟で隠れた顔。その隙間から僅かに覗く鋭い眼光が、俺の姿を捉えて睨みつけている。
それは不信からなるものなのか。はたまた、敵であった人物を味方だとして受け入れられないのか。
……その真相はわからないままではあるが。ミズキという少年は事務室の奥にあったドアを開けて、一旦その姿を消したのであった。
「さぁさぁ、アレウス君。まずは落ち着いて話をしようじゃないか。ほらほら、座って座って」
ブラートに唆されるまま、俺は促されて近くのチェアに腰を掛ける。
促されるまま、その流れで座るものの。しかし、未だに疑心の目で見遣る俺の視線を前にしては。ブラートは誇らしげに笑むその表情をそのままに、先程まで腰に掛けていた自身のチェアへと戻り腰を下ろしてから、腕を広げて話を続けていく。
「再三としつこいようですまないが、それでも、何度でもこれだけは伝えておきたい。我々は、君に対して全くと言っていいほど敵意を持っていない。それでいて、君には酷い目に遭わせてしまったね。――こうして、突然と命の危険に晒されてしまったことへの恐怖心と。こうして、唐突と厄介な出来事に巻き込んできた我々への敵対心。君の心中を察するよ」
と、誇らしげな笑みはそのままに、足を組み手を組んで俺へと自身らの意思を伝えていくブラート。
「そんなアレウス君の中ではさぞ、疑心だけでは納まらない様々な念が生まれていることだろう。っと、いうことで、まずはアレウス君がその胸に抱きし疑念の数々に、この俺が包み隠さず答えていこうと思っている。――さぁ、遠慮なんかせずに、いろいろなことを質問してきてもいいんだよ。ただし、俺の、彼女いない歴のみは尋ねないことだ。さもなくば、俺はこの冷静さを欠如してしまい、興奮のままに憤ってしまうだろうからね。……なに、冗談さ。半分ね。……ここは笑うところだぞ? アレウス君。アッハッハッ」
……と、なにやらジョークを交えつつの会話で俺の緊張を解そうとしているのだろうか。正直な話、この立場で素直に笑うことは中々にできない。良くても苦笑いか……。
取り敢えず、これでブラートは俺の言葉に耳を貸すようになっただろう。となれば、あとは一つ。今までに尋ねても返ってこなかった質問の数々をぶつけるまでだ。
「……まず、あんたの素性を知りたい。この部屋を居住にしているようだが、あんたは一体何をしている人間なんだ?」
最初の質問として、ブラートというキャラクターの正体についての質問を本人に投げ掛けてみたところ。
……その内容を耳にしては、待ってましたと言わんばかりに目を見開いてにこやかな表情となるブラート。
「――ほー、なるほどね。さすがは、この俺が目をつけただけはある。この俺の正体が知りたいか。そうか、それほどまでに、この俺のことを知りたいのだな? ははー、そうかそうか。まー、ね、そこまで言われてしまったのなら、致し方無い。いいだろう! アレウス君からの信用を得るためであれば、止む無し! ということで、その質問通り、この俺の正体をアレウス君に教えてあげようじゃないか! それも、特別にね!」
と、そこまで言った覚えも無いが随分とノリノリになったブラート。
急に立ち上がり。誇らしげに両腕を広げたまま、部屋の中を歩き回り始めて。やれやれと仕方無さそうな表情をしながらも、ブラートはとても満更でもなさそうに誇らしく喋り始めた。
「まずは、この部屋を見渡してみてほしい! この部屋、その内装こそは至って変哲も無い見た目通りの平凡な事務室という印象を抱くことだろう。だがしかし! そこが何も無いただの空き家であったとしても! この俺と、あのミズキ。この我々がその部屋に住み着いたとなれば、そこはもう、ただの空き家ではなくなるのだよ!」
そう言い、誇らしげに振舞い部屋の中を見渡しながら。フェアブラント・ブラートは、客人である俺へと、その正体を惜しみなく高らかと宣言したのであった――――
「そう! 我々が居住とする建物は全て、この俺の事務所へと変貌を果たし! そして、我々が住まうこの部屋もその例外ではなく! 君は今、我々が活動の拠点としている『フェアブラント私立探偵事務所』にいるのだよ! ――ようこそ! この俺の探偵事務所へ! ということで、正体を明かすとしよう! それもそのはず、驚くなかれ。この俺こそが、この大都市、マリーア・メガシティの秩序を保つ陰の正義執行人! その名も、探偵・フェアブラントさ!!」




