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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
三章
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我々のマイホームにて明かされる、盗賊Dの正体

「おめでとう。この瞬間にも、捕らわれの身であった君は見事、あの敵のアジトからの生還を果たした。いやそれにしても、完璧な脱走劇だったね。君は実に運がいい」


 自画自賛を交えながら、マンホールの穴から這い出てくる俺へと拍手を送り満足げに頷いている盗賊D。


 自分を褒め称えているその光景こそには、おいおいと思わずツッコミを入れたい気持ちに駆られてしまうものの。しかしこの脱走劇は間違いなく、彼の助力があったからこその結果であった。

 ……だが、それと同時に。何故、盗賊であろうこの人物が、人質であるこの俺にここまでの手を尽くし。そして、裏切りであろうこの行いに何の躊躇いも見せずにいるのか。


 この盗賊DというNPCの考えていること。つまり、彼がその脳内で浮かべている、企みの内容により一層の謎が絡んでしまうことによって。俺は、そんな盗賊Dに感謝をしつつも。だが、彼の謎めいた行動と目的に、終始、困惑気味にその姿を見遣ることしかできずにいたのだ。




 一面がビニールの質であった、なんとも安っぽい通路を抜けたその先には下水道が存在していて。そんな変貌とした光景を目の当たりにしながらも、前を行く盗賊Dの背をただただ追い続け。その道沿いを抜けていった先に設けられていたハシゴに手を掛けて上っていく。


 頭上の穴から入り込む夜の暗闇を真っ直ぐと見据えながら、脱走という緊張感と共にマンホールの穴から飛び出すように地上へと這い上がる俺。


「緊張と疲労でへとへとのようだね。そんなお疲れのところすまないが、残念ながらまだ、ここは安全とは呼ぶに相応しくない敵地の中心であることを留意してもらいたい」


「はぁ……はぁ……それじゃあ、次はどっちへと逃げればいいんだ……?」


「ついてきてくれ」


 疲れ果てて息を切らす俺に構うことなく、こちらに背を向けて走り出す盗賊D。


 身体的にも、精神的にも限界に近しい状態ではあったが。しかし、今はこの、盗賊Dという道標に従うことにしか意識を向けることができず。

 脱出をしても、尚その何もかもを明かさない不可思議な彼のことを警戒し距離を空けることも忘れ去り。俺は、ただただ無心となって盗賊Dの背についていった。



「ここまで来たのであれば、君の安全はひとまず保障されたことだろう。時刻も、真夜中という身を隠すのにうってつけな暗がりだからね。っということで、疲労困憊である君には特別に、俺オススメのとても良い所へ連れていってあげよう」


 しばらく走った後に、その駆け足を緩めて歩きへと移行した盗賊D。

 そんな彼に合わせ、こちらもまた速度を緩めては。目の前の盗賊Dの背についていきながらも、俺は依然として不審な目で彼を見遣り続けていく。


「……あんたが一体どういった人間なのかがわからない以上、今が安全だとかの云々は一切知る由も無いのだけれどさ。だが、これでもう安全となったのならば、これで落ち着いて説明を行えるようになったんじゃないか? ――それじゃあ、そろそろ教えてくれないか? 人質だったこの俺を連れ出した、あんたの目的を。あと、あんたは一体何者なんなんだ?」


「ほー、俺の正体を知りたいと? なるほどなるほど。俺の正体を知りたいだなんて、君は実に好奇心に満ち溢れた少年だ。その疑念、その器。うんうん、俺にはわかるよ。君という一人の少年からは、ただ者ではない、何か特殊な存在感を伺えるのだからね。ふっふっふ、これに対する、上っ面な否定の意などを今更表しても無駄さ。何せ、これは隠し様の無い偽り無き真実。俺の眼に狂いは無い。君からは、未知なる可能性を感じてしまえて仕方が無いのだ」


 正体については、さっきから尋ねていたんだけどなぁ。っと、本当に人の話を聞いていなかっただけの盗賊Dに不満ばかりが募ってくるこの感情。

 そして、それ以上に、この現在でさえも俺をおいてけぼりにして、一人で理解しながら次々と話を進めていってしまうものであったから。それらに対する不信が表情にも表れてしまい、ついつい顔を渋らせてしまう。


 尤も、このゲーム世界の主人公として降り立った俺のことを、ただ者ではない特殊な存在感として気付くことができたその眼は確かなものの様子。……まぁ、この男の言いようでは、多分そんな深い意味で言っているセリフではないのだろうけれども。


「……そのただ者とかはどうでもいいからさ。だったら、早く教えてくれないか? あんたの正体や、あんたの目的といったその企みを――」


「そんな未知なる可能性を秘めた君であったからこそ、俺はこうして、この命を張ってまで助け出したのだよ。まー、尤も、こうして敵方に捕まるように仕向けたのは紛れも無く俺ではあるのだけれどね。その点に至っては、君に恐怖の種を植え付けてしまって申し訳無いと思っている。けれど、まー、先の恐怖体験も、立派な経験になったことだろう。むしろ、事前にもこの恐怖体験を行えて本当に良かったとも言える。さもなければ、君は"この先で展開される荒事"についていけなくなってしまうだろうからね」


 この瞬間にもわかった。


 盗賊Dという、このキャラクター。

 ……この男は、人の話にはまるで耳を貸さない、何とも自分勝手なNPCだ……。


「っと、ここまでの説明を聞いていくと、それじゃあなぜと、ある一つの疑問点に辿り着くことになるだろう。――そう。なぜ、俺という一人の人間が、君という一人の少年にここまでと手を尽くし続けるのか。っとね。ということで、では、そのなぜ、をこれから説明していこうじゃないか。……さーさー、謎の解明へと洒落込もう」


 人の気配を感じられない、真夜中の裏道を歩んでいたその中で。盗賊Dがそう言うと共に、ある敷地と古びた建物の前で歩を緩め始めて。

 敷地へと入り。建物の脇にある古びた階段を上り。その終わりの地点にぽつんと存在する扉のドアノブに手を掛ける盗賊D。


 次には、如何にも怪しげな雰囲気を醸し出す建物の中へと案内されて。その謎の解明とやらについ意識をもっていかれていたことで、盗賊Dという得体の知れない人物への警戒を抱くことなく、唆されるままに内部へと進入していってしまう俺。


 その建物は、微々たる灯りも無い静寂の暗闇に包まれており。深夜という現時刻も相まり、又、その雰囲気や建物という要素も加わることで、より一層もの怪しさが段々と増していく。

 

「……おい、ここは一体何なんだ?」


 暗闇を前にして、ふと思い出したかのように盗賊Dへと尋ね掛けてはみたものの。


 その瞬間にも、後方の扉がばたんと音を立てて閉まるものであったから……。


「……なぁ、おい。これは一体何をしているんだ? というか、これは一体何なんだよ――」


 言い知れぬ不信感と、段々と湧き起こってくる恐怖に苛まれて声を荒げたその時――



 パッと、一気に灯った天井の照明。

 暗闇からの明かりによって、思わず目を晦まし怯んでしまう。


「すまないな! 明かりのスイッチを見失ってしまってな! ――なに、心配など全くもって不要だ! なぜなら、ここは"我々"のマイホームなのだからね! ようこそ、少年! 君という大切なお客を、我々は心から歓迎する!」


 そこは、事務机やチェアがずらりと並んだ、密室的な事務室。

 その見慣れた堅苦しい雰囲気と、ヒビといった年季が入り古びている箇所も目に留まるその光景を前にして。それでいて、そんなボロボロの建物の中であるにも関わらず、とても誇らしそうに両腕を広げながら。机を挟んで、とても誇らしそうにチェアへと腰を掛けている一人の男を目撃し。


 俺は、これまで以上もの更なる困惑で、堪らず反応に困ってしまった。


「……あ、あぁ。えっと、歓迎はどうも……。で、ここは一体? ――それに、あんたは一体"誰だ"――」


「俺のマイホームに来たからには、もう安心してほしい! 何せ、ここは俺のマイホームなのだからね! だから、安全は保障するよ。何せ、ここは俺のマイホームなのだからね!」


 このボロボロな建物を、自分のマイホームだと強調していくその男は立ち上がり。入り口付近で呆然と立ち尽くす俺のもとへと、両腕を広げながら、ゆっくりゆっくり、とても誇らしそうに歩いてくる。


 身長は百七十八くらいか。真黒のTシャツに。その上には、腹部辺りでボタンを一つ留めた、真黒の身軽なアウター。ズボンも、ジーンズとワイドパンツを織り交ぜたような、だいぶ余ったダボダボな裾である真黒のそれを着用しており。やけに紐が多く見られる、ごちゃごちゃと落ち着かない真黒の靴と。指無しの真黒のグローブを着用していたその男。


 その外見は、つんつんと尖っていながらも綺麗に下ろしてある、ビジュアル系の真黒の髪型に。それらの真黒と絶妙に溶け込む褐色の肌。そして、美形の輪郭に、輝いている水色の瞳からは底知れない自信を伺わせる。


 その顔は、女性は二度見するであろう美形であったことには違いない。が、しかし、その真黒に包まれた色の偏りや。あまりにも満ち溢れた自信によるその態度が、これまた絶妙にその美形の雰囲気を打ち砕いてしまっているものであったから。言うなれば、色々と惜しい要素が有り余る、残念なイケメンと言ったところだろうか。


 ……尤も、なによりも目についてしまったものはと言うと――


「…………心配するなとか、安心してほしいとか言われてもだな……あんたのその性格や、意地でも何も教えてくれないそのスタンスのことを考えると。これが、とてもただの人助けだとは思えてこないんだが――」


「まーまー、落ち着きたまえ少年。まずは茶でも飲みながら、こうして無事に生還を果たせた自身の運命を祝福しようじゃないか。で、えーっと、君、お茶は飲めるかい?」


「お茶も何も、まだ俺が話している最中だっただろう。……まぁ、お茶は普通に飲めるが…………んー、この男を前にして、色々と訴え掛けても仕方無いか。それに、これは客人へのもてなしであるご厚意だしなぁ。それじゃあせっかくだし、まずは厚意に甘えてお茶でも頂こうか――」


「ん、あー、そう言えば、お茶は切らしていたんだったかな。それどころか、飲み物もろくに揃っていないことを忘れていたよ。いやいや、少年。すまないが、喉が渇いてしまったら、この近くにある公園の水道で潤いを摂取してもらいたい。――いや、本当にすまないね。何せ、ここには冷蔵庫が無いんだ。というのも、こうして無断で使用しているこの電気で精一杯なものでね。それでいて、冷蔵庫のために氷の魔法を習得するのも億劫に思えてくるものだからね。そうとなってしまえば、氷を使用する際に、いちいち職業を変えなければならないだろう? その上に、氷の魔法を習得するために、その職業である程度もの経験も積まなければならない。そんな手間隙を掛けるのであれば、必要な際に売り物を購入してくればいいじゃないか。いや、普通はそう思うだろう? うむ、でもね、そうとはいかないのが人生というものだね、全く。そう。この俺は実にそうだというのに、あろうことか、"俺の相方"はこの持論に賛成をしてくれないのだ。全く、意見のぶつかり合いというものもまた、実に面倒この上ないね。だが、それもまた、意思という思考能力を持つ人間同士ならではの問題だろう。んー、これだから、人間というものは面白いね」


「…………」


「んまー、そんなことはどうでもいいんだ。それよりも、今はやるべきもっと大事な物事が控えている」


 人の話を最後まで聞かず。その無気力な和やかの調子で、自分の考えを次から次へと話し続けるこの長広舌。


 最初こそは、その初見であった目の前の人物に新たな新鮮味を感じたものの。


 ……しかし、その残念なイケメンというこの青年の姿こそが。今まで、こうして俺を導いてくれた盗賊DというNPCの正体であったのだ。


「まずは、君の生還に俺は心から安堵している。そして、当の本人である君自身もまた、自身の生還に安堵したことだろう。だがしかし、こうして俺に目を付けられてしまったのは、実に運が良く。それでいて、実に運が無かったね。ふふふっ、言っておくが、俺の眼は誤魔化せないよ。というのも、君の内に巡るその存在感からは、何かただならぬ特別なものを感じてしまっていてね。それでいて、そのただならぬ特別なものに、俺はたった一つの希望を見出してしまったんだよ。……きっと、その特別な何かを持つ君という存在が、このマリーア・メガシティの危機を救ってくれることだろう。とね。――ということで、まずは君のことが知りたい。そして、そのまずのその前に。ここは礼儀として、まずはこちらから数々の情報を君に与えていこうじゃないか」


 外見といった外側の正体を表したところで。盗賊Dであるその男はとても誇らしげに両腕を広げながら。

 真正面で呆然と立ち尽くす俺へと、おもむろに自己紹介を行い出したのであった――――


「俺の名は『フェアブラント・ブラート』。フェアブラントが苗字で、ブラートが名前なものでね。俺のことは、気軽にブラートのお兄さんとでも呼んでくれて構わないよ――――」

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