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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
三章
143/368

人質という状況下にて――

「――人様。……主人様。ご主人様……どうか、お目覚めください…………!」


 囁くように響いてくる真横の声音に刺激され。それによる鼓膜の感覚によって、ふと意識を取り戻したこの瞬間。

 重い瞼を持ち上げ目を開けると、そこには薄暗い物置の光景が広がっていた。



「ご主人様……! お目覚めになられましたね……!」


「んん……ミント。……ここは、どこだ」


「現在地の確認。で、ございますね。それでございましたら、ご主人様は現在、先程まで相対していた悪人達の住処に位置しております」


 木製の箱やら、鉄のパイプやらが乱雑に散らかされた物置の光景を眺めながら。真横で寄り添うミントから情報を得て、俺はつい先程までの記憶を辿っていく。


 先程まで相対していた悪人達。それは、システム:フラグによって立て続けと出くわしてしまった、あの盗賊達のことを示しているのだろう。

 それでいて、俺は追い掛けていた盗賊Dの仲間と思わしき、ミズキと呼ばれる少年との戦闘に敗北し。瀕死の状態でいたところに、あの盗賊達に捕らえられてしまった、と。


「くそ……ヤツらの企み通りに、俺は人質となってしまったわけか……」


 自身の身体に違和感を思い視線を落とし。胴体に巻き付けられ、背後の柱と括り付けられているロープを見ながら呟いていく。


「NPC:盗賊Dの提案により、ご主人様は幸いにも一命を取り留めました。――しかし、依然として事態は深刻のまま。この状況の打破を行う際に必要となるフラグといったイベントも、現時点では検出することができないため……このイベントにおきましては、事の行く末を見守ることのみの選択肢しか与えられていないのが、現在のご主人様が置かれている状況でございます」


「つまり、打つ手は無し、か……」


 ロープで巻き付けられたこの身体を揺さぶってみるものの、しかしそのロープの解ける気配はまるで伺うことができず。

 ……ならば、外部からの力を加えればと思い、俺はある提案を行ってみることに。


「ミント。このロープを解くことはできるか?」


「申し訳ございません……このミント・ティーの非力な力では、そちらの強靭なロープを解くことがまるで敵わず…………」


「ん、じゃあ、そこらにこのロープを切れる物は無いのか?」


「ご主人様がお目覚めになられるその前にも、このミント・ティーの目で周囲を徹底に調べ上げたものではございましたが……しかし、こちらの倉庫に置かれている物はどれも、そちらのロープを切れるほどの鋭利を持ち合わせておりませんでした。道具も、かなづちや釘といった代物が大半であったために、ご主人様の自由を奪うこのロープの切断を図ることもできず……」


 説明を行っていくにつれて、自身の非力さに嘆き悲しみ出すミント。

 涙ぐんできた声を震わせ。この、どうこうすることができない気持ちが先行し両手をわなわなと震わせ始め。ミントは、こちらを真っ直ぐと見つめていた視線を落としながら続けていく。


「……申し訳ありません、ご主人様……。このミント・ティー、これまでも、ご主人様のお役に立つばかりか、こうして足を引くことしかままならず……。ナビゲーターという立場でありながらも、その使命もまともに果たせないこの劣り様に……さぞ、ご主人様は劣等であるワタシに、腸を煮えくり返すほどにまでお怒りになられているでしょう――」


「ミント、それ以上はやめてくれ。そこまで自分を責めなくてもいいんだ、ミント」


 ある意味いつものように、自身を過小として傷付けてしまう少女の言葉を、無理矢理にでも遮ってまずは黙らせる。


「まず、ここはこうして人質を括り付ける場所なのだから。人質の援助になりそうな、そうした道具を置いていないのもある意味当然だ。非力というのも、ミントはまだ幼い女の子なのだから仕方が無いことだしな。だから、必要以上に自分を責めなくてもいいんだ。……何と言うか、まぁさ、主人公ながらも不甲斐無いばかりに、俺は人質という立場になってしまったけれどさ。でも、人質という立場になったからこそ。あの状況を介してでも、尚こうして生き長らえているんだ。今の、この状況に希望は見出せないけれどさ。でも、こうやって無事に生きているとなれば、この状況を打破できるチャンスが何れやってくることもあるだろう。だからまず、ミントは何も悪くない。そして次に、この状況を切り抜ける機会を、二人で伺っていこう」


「……ご主人様……」


 今にも泣き出しそうな火照った顔を向けながら。ミントは潤ませた声と共に、こくりと小さく頷いた。


 ……さて、と。そうしてミントを落ち着け、再び目前の光景を眺め遣っていく。


 何度見直してもその光景は変わらず。倉庫特有の、こもった木製の匂いがこの鼻腔をくすぐるこの空間。俺というこのゲーム世界の主人公が敢え無く敵にひっ捕らえられ、良い様に扱われる人質として生かされてしまったこの状況。

 この状況下に置かれても、尚諦めることはなく。主人公補正としてのフラグをただただと待ち続けていたその時であった……。


「ッ――ご主人様。ただいま、フラグを検出しました」


「ん、その内容を調べることはできるか?」


「少々お待ちくださいませ」


 そう言い、自身の周囲にホログラフィーを浮かばせ、検出したという一つのフラグをミントに調べさせたものであったのだが――


「……!! こ、この反応……とても近い……!!」


「ミント。調べることを止めて今すぐ俺の懐に隠れるんだ」


「っ、了解しました」


 ミントといういたいけな少女を危険な目に遭わせないようにするためにも。少女の存在がバレないようにするためと、すぐさまに指示を送り命令を下し。


 俺の指示を聞き、ホログラフィーを全て消滅させては球形の妖精姿となり俺の懐へ潜り込むミント。

 そうして少女が身を隠したその瞬間にも。俺の目の前の扉から軋む音が鳴り響き、その隙間から光が差し込んできたのだ――



「んっ、起きていたんだね」


 背後の光に照らされたその姿の正体。

 ……それは、あの悪人達の中でも、特に異色な存在感を醸し出していた、盗賊Dの姿だった。


「……生け捕りした獲物の見物か?」


「んー、まーそうだね。君の様子を見に来た。まだおねんねでもしているのかなって」


 何かを確認するかのように背後へ振り向きながら喋り出し。扉を閉めてから、柱に巻き付けられている俺のもとへと歩み寄ってくるその男。


「いやしかし、ほんとにちょうど良かったよ。タイミングはばっちりだ。これで、君を無理矢理に叩き起こさなくても済む。こんな身なりをしておいて言うのもアレだけど、暴力的に叩き起こすのは心が痛むんだ」


「さっそく、この捕らわれの俺を利用するんだな? 俺の仲間との交渉か? それとも、何かしらのデコイかなんかに使用するのか? ……まさか、俺の仲間達に手を出してなんかいないよな――」


「まーまー、そんなに殺気立つなって。いや、まー、この状況で殺気立つなっていうのも、無理のある話なのだけれどもね」


 両手をグーパーグーパーと動かしながら近付いてくる盗賊D。

 そんな彼の様子を見ている内にも、俺は、この男に対してある違和感を抱き出した。


 というのも、この目の前の男からは、緊張感というものをまるで感じることができなかったのだ。

 相手は縛り付けられた捕虜であるからだろうが。しかし、その喋り方はどこか呑気というか。良く言えばおっとりとした調子。それも、ニュアージュのような和やかなおっとりというわけではなく。その男からはなんとも、無気力さを思わせるおっとりというものであったから。


 その、どこかやる気を感じさせず。それでいて、眼前の人質を見下している様子も感じ取ることができずというその男。

 ……そして、その声音からは、とても悪巧みを伺うことができなかったのだ。


 と、目の前の盗賊Dに違和感を抱いているその間にも。その男は俺の側で屈んでは、自身の腰の後ろに手を回しなにやら探し始める。


「はい、じゃあ、まずは力を抜いて。じゃないと、君の手も一緒に切り落としちゃうからね。そんなの嫌だろう?」


「……? 一緒に切り落とす……?」


 どこか投げ遣りであるその調子で俺に注意を促し始めたその男。

 そうして鋭利なナイフを腰から取り出したと同時にして。その盗賊Dはなんと、俺と柱を繋ぎ止めていたロープを何の躊躇いも無く切断し始めたのだ。


「な、なにをやっているんだ……?」


「まーまー、いいからいいから」


 敵ながら、その行動に思わず唖然としてしまう俺を置いてけぼりにして。

 ロープを切り終え、俺という人質に完全な自由を与えてから機敏に立ち上がり。次に、扉を少し開けて外の様子を伺いながら、俺のもとへと手で招き出す盗賊D。


「君、立てるかい? あー、立てるね。はい、それじゃあよし、おっけー。……じゃあ、この隙にさささっと行動するから。絶対に遅れをとることなく俺についてきてくれ」


「……さささっと行動するって、一体何をするつもりなんだ? というか、あんた、人質の俺を解放してどうするんだよ、一体――」


「む、ここでその反応か。意外と鈍感なんだね、君。ちょっと見込み違いだったかな。まー、いいのだけども。――でだ、この状況でさささっと行動すると言ったら、もう決まっているだろう?」


 外を満遍なく見渡し、何かを確認し終えたその盗賊D。


 その瞬間にも扉を大っぴらに開けっ払い、こちらに振り向きながら、この男はこう言い放ってきたのだ――――


「この場所からの脱出だよ」

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