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ザ・ゲームワールド  作者: 祐。
三章
142/368

忍び寄る不吉な影達  (注:文字数12344字)

「ご安心くださいませ、ご主人様。先のイベント戦における敗北条件に、主人公の死亡が含まれておりませんでした。よって、首の皮一枚という瀕死のお身体ではありますが。ゲームオーバーとなってしまう心配はございませんが故に、今は心身共の休息にお努めくださいませ」


 その情報をもう少し早く知りたかったなぁと思ってしまいながらも。しかし、瀕死ながらもこうして生きている今に感謝をしつつ。俺は安堵のままに崩れ落ちるように座り込んでは、空を仰いで深く息をついた。



 ミズキとなる少年とのイベント戦を終えた俺は今、その戦場となった団地のど真ん中で少女の形を成すミントと共に座っていた。

 所持していた薬草を取り出しては噛み締めて、たった数ミリものHPをじっくりじっくりと回復していくその中で。白色のハンカチを手に寄り添うミントに額の汗を拭かれながら。フラグの内容を聞いてから一度深呼吸を行い、俺は今の状況を整理することにした。


「ということは、あの盗賊Dの仲間には殺意が無かったということだよな」


「どうやら、そのようでございますね。戦闘の最中にもスキャンを行いましたが……このミント・ティーのまだまだ未熟な手腕を以ってしては、細部の情報の解析までには至らず……。そのごく僅かながらの内容も、ご主人様が盗賊Dとお呼びするNPCと、協力関係であるということのみ……」


 まぁ、見た感じそうだよなぁと。一目で大体と把握していた情報を耳にしては、俺は少しもの間を空けながらも返事をしていく。


「……んまぁ、激しくやり合っていたその中で、ミントも俺のために精一杯と頑張ってくれてありがとな。おかげで、少なからずと彼らの関係性を垣間見えることができた。――彼らを取り逃がしてしまったのは結構痛いものの。これは、俺の技量不足が招いたことだ。……ミントは本当によくやってくれた。ありがとな、ミント」


「――っ。……いえ、ワタシはただ、ご主人様専属のナビゲーターとしての使命を遂行したのみでございますために。これは決して褒められるほどのことでは……」


「その、使命を全うしようという意気込みが、ミントのすごいところなんだ。こんな俺のために、目の前の物事に精一杯と取り組んでいる。それでいて、こうして傍から見ても一目でわかるほど、ミントは着実と成長をしているんだ。一歩ずつ前へ進んでいくその姿。こうして褒められるに値するほどの、すごく立派な姿だよ」


「――っ。そ、そんな……ご主人様。このミント・ティーは決して……決して……」


 いつものように、言葉と態度では否定しているその様子ではあるものの、その実はすごく嬉しそうなミントの表情。頬を染めて。恥ずかしげにもじもじとしている…………。


「……そう考えると、そんなミントとは正反対に……」


 そんな、照れを隠しきれていない少女の姿を横目に。

 一歩、また一歩と着実に成長をしているミントを見てからというもの。俺は、こうしてやられてばかりという自分自身の現状に、ただただと嘆くことしかできずにいた……。


「……このゲーム世界の主人公だというのに。俺って、なんだかすげぇ情けないな…………」


「……ご主人様……」


 ぼうっと、呆然と空を仰ぎながら。俺を支えてくれる少女の傍で、そんなことを呟いてしまいながら。

 微妙な空気に包まれたこの団地。口を出そうとも、躊躇いで中々と口を出せないでいるミントを脇にして。


 ……俺は、このRPGの主人公らしくないネガティブな気持ちに、この心が蝕まれてしまっていた。


「……ご主人様。あの……ご主人様は、情けなくなど全くもってありません……! ただ、エンカウントしてしまうエネミーが、偶然にも強力なNPCであることが多いだけでございます故に……! それこそ、ご主人様に適したエネミーへと導くことができないこのミント・ティーが原因でもあります……! なので、なので……あの――――ご、ご主人様!! 後ろ!! 危ないッ!!」


「えっ――?」


 次の瞬間、突如として首に走った鋭い感覚で呻き声を上げてしまう俺。


 刃が擦れる金属音が辺りへと響き。それと同時に首元から抜けてきたのは、刃が周辺にめぐらされた円形の飛び道具を目撃して。


「……チャクラム……ッ!! ――くそッ! 油断していた……!!」


 現状を忘れ、ネガティブな気持ちに浸ってしまっていたその代償。

 噛み締めた薬草の回復量を丸々と消費させられて。瀕死に近しいHPによる脱力感で、力無く前のめりに倒れてしまうこの身体。


「ウヮーッハッハッハ!! なんかくつろいでいたガキを見つけて仕留めてやったぜこのヤロー!!ざまぁみろこのガキィ!! 大人の邪魔をすると、こうなるんだこのヤロー!! やほぉぉいえぇ!! ざまぁみろこのガキィ!!」


 完全に油断していた。

 先に追い掛けていた盗賊達の存在を忘却していたがために。気の緩みによって、こうして敵の前で悠々と隙を晒してしまっていた自分自身を責めながらも。既に、次の展開が容易と読めてしまっていたために。この瞬間にも、俺は絶望の恐怖に侵食されてしまうこととなった。


 聞き慣れた盗賊Aの高笑いが響いてきて。ずんずんと歩んでくる複数の足音に囲まれ、俺は悪の組織と思われる輩に囲まれてしまう。

 俺という主人公がこのザマなのが問題ありなものであったが……幸いにも、ミントはその瞬間に球形の妖精姿となって俺の懐に隠れたことで。少女はこの輩に見つからず、その身は何とか無事であった。


「なんか、近くに小さい女の子がいたような気がしなくもないが。まぁ、見当たんないから気のせいだったんだろうな。……んさぁて、このガキィ……よくも、この大人達の邪魔をしてくれたよなぁ? ここまで邪魔をしておいて、ただで済まされるとは思うんじゃねぇぞこのガキィ……」


 勝ち誇った息遣いで、生死を彷徨う俺の頬をダガーの先端で突っ突く盗賊A。

 その後ろからは複数の気配を感じ取れる。それぞれ、チャクラムの盗賊Bと。ソードの盗賊Cと。あの盗賊Dといったところだろうか。


「さぁて、てめぇをどう殺してくれようかねぇ。もう、ここまで邪魔をされているもんだからなぁ。この大人達の堪忍袋がパンッパンで今すぐにも緒が切れちまいそうなんだよなぁ。……いや、もういいよな……もう、この緒を切っちまってもいいよな!? もう、ここでガキを一刺しで終わりでいいよな!?」


 俺という存在に、余程なまでにイラついていたのか。もったいぶるような口調から一転として、すぐさまにも殺さんとばかりの痛憤で喋り始めては。そのダガーを持ち上げて、俺の頭へ突き刺す準備を行い出す盗賊A。


「だってよぉ!! 控えている仲間とやらが来ない今の内にも、殺すだけ殺しておかないとだもんなぁ!? だったら、もうここで今すぐ殺して口封じしておかないとだもんなぁ!? てことだ、このガキィ!! おめぇには今すぐ、ここで死んでもらうぜェ!! ひゃっはァー!! あばよォ!! このガキィ!! これでくたばりやがれェ!! このガキィ!!」


 その怒りのままに、背後の存在が動く気配が見られ。そしてとうとう、構えられていた頭上のダガーが、瀕死である俺へのトドメとして頭を貫こうと降ってくる。


 ……その瞬間であった――


「――待ってくれ。ここは敢えて、この少年を生かしておこう」


 盗賊Aが怒りのままにダガーを振り下ろすその瞬間にも。不意に口を挟んできたのは、例の如くあの盗賊Dの存在。

 そんな盗賊Dの提案を耳にしてからというもの。その言葉に思わずと、その場の全員が反応を示していく。


「んあァ!? 敢えて生かすぅ!? それって、どういうことだよォ!?」


「この言葉のままの意味だよ。この少年を人質にするんだ。ここで少年の息の根を止めてしまえば、彼の死を知った仲間は憤怒を滾らせ、被害者の関係者としてこの街の勢力に救援を求め出し。その悲痛なる声を聞き重い腰を上げた街の勢力が、本格的に我々を潰しに掛かってくる可能性も決して否めない。そうとなれば、親方の望みでもある契約が、外部からの干渉によって台無しになってしまうかもしれないだろう?」


「うぐっ……だ、だが、この街のお偉いさんは、こんな少年が一人死んだくらいで動くか? "前任者"が離れてから、ここの規則やらがだいぶ緩くなったもんだしよぉ。一人死んだくらいじゃ、どうとはならねぇだろう――」


「うーん、それは甘い考えだよ。確かに、今の後任者は前任者とは異なり、手を抜いている感があるものだからそう思えてしまっても仕方が無いだろう。しかし、その実は周りのお偉いさん方ばかりを気にする、強大な権力を持つただの小心者。自身の仕切る街で、この街の評判を落とすような悪事が起きてしまったとなれば、どうなると思う? それはきっと、大いに憤るだろうね。絶対なる権力を持つ私の評判を下げるなと。だから、犯罪者はきっと、その制御の利かない過剰な権力の行使によって、死刑以上もの凄惨な目に遭わされるだろうね。――それも、ただでさえ厳しかったあの前任者よりも酷く、醜く」


 このマリーア・メガシティの政治を語る盗賊Dの言葉を聞き、静かに息を引きつらせていく盗賊達。


「……しかし、それとは一方に、だ。今ここでこの少年を人質という形で捕らえておけば。少年の仲間には、我々との、これ以上もの干渉を行わせないための口封じや交換条件の材料として扱うことができるだろうし。いざというときには、デコイとしても活用することができるだろう。つまり、今ここで少年を殺すよりも。ここで彼を人質として捕らえた方が、我々のためにも、親方のためにもなるということなのだ」


「う、うぐぐ……わ、わかったぜ。んじゃまぁ、取り敢えずこのガキは生け捕りってことだな……」


 盗賊Dによる知略的な推論によって。その渋々でありながらも、恐怖からか僅かに震わせた声で納得する盗賊A。

 ……この危機的状況下にあるにも関わらず考えることではないが。この大都市を治める上のお偉いさんって、どれだけ恐ろしい人物なんだ――


「うッ――」


 と、そんな窮地でどうでもいいことを考えている間にも。不意にも背にダガーを刺されてしまう。

 驚きで声を引きつらせながらも。攻撃されたと共に襲い掛かってきた睡魔によって、急にこの意識が朦朧とし始め……。


「じゃ…………のガキ…………倉庫にで…………」


 薄れていく意識と、微かに聞こえてくる会話を最後に。

 俺は、悪の組織であろう悪人達に。人質として捕らえられてしまったのだ…………。




「…………"ミズキ"、おかげで上手くいったよ。あとは俺に任せてくれ。……取り敢えず、まずは少年の目覚めを待つってところかな――」






「あ、おかえりなさいっすー!!」


 宿屋の入り口である引き戸が開く音を聞きつけて。カウンターの陰でしゃがみ作業を行っていた女の子の従業員は、待ってましたと言わんばかりに、飛び跳ねるように立ち上がってはその先へと見遣る。


 ……しかし、次にもその少女は、あまりの羞恥によって顔を真っ赤に染めてしまうこととなった。


「ん、おかえりなさい?」


「……あっ!! ユノ先輩達じゃない!? あっあっ、す、すんませんお客様!! これは、これはその、つ、つい人違いでして――」


 客数の少なさからなる、常連への出迎えを行ってしまった女の子の従業員は。眼前の人間に行ってしまったあまりにも無礼な自身の行為に、ただひたすらと頭を下げて謝っていったものであったが。


 そうして頭を上げ、改めてと目の前の存在を確認したその瞬間にも。内に巡ってきたあまりの衝撃によって、その少女は堪らずと、あんぐりと口を開けたまま硬直してしまったのだ。


「――うそ。なにこれ。マジで……?? ふぁ……? なんで……? なんで、こんなめちゃくそイケメンなお兄ちゃんが、あたしの目の前に…………???」


「? どうかしたのかい?」


「ひ、ひぇ!! な、なんでもないっすッ!!!」


 その一目で、眼前のフェロモン溢れる雄の美貌に見惚れてしまい。その瞬間にも、少女の心情はもはや冷静ではいられなくなってしまっていた。


 百七十九ほどの身長であり。黒のタキシードに同色の中折れハットという一式に身を纏い。七三分けのヘアースタイル。黒縁のメガネという真面目且つ快活な身だしなみのその人物。

 紅葉を思わせる、オレンジ色の快活な髪の色。その紅葉色を宿らせ、吸い込まれ行く不可思議な感覚に陥れさせる橙の瞳。長いまつ毛に、ケアを欠かしていないであろう美肌と。生まれもった有り余る美形に、自信に満ち溢れた勝気な表情が、その好青年という魅惑の存在をものの見事に引き立てており……。


「は、はわわわわっ!! わ、わわわ! これヤバイ! マジでヤバイ……!! マ、マジで言ってんのこれ……?? き、来たよ! マジで来た!? ――ユ、ユノ先輩の言う通りに。あ、あたしのもとに、あ、新たな恋の風が……このトキメキを運んできてくれた……!!??」


 全てのステータス値を容貌に割り振ったかのようなその美青年を前にして。女の子の従業員は、視界にその姿を入れたこの一瞬にも。瞬く間に、美青年の虜となってしまっていた。


「ん、ちょっと、君に伺ってもいいかな?」


「ふぁ!? あ、あたしに!? え、い、いいっすよ……!! ど、どうかされたんっすか……!? っつーか、こんなあたしに、一体ナニを聞くと言うんっすか!?」


「あっははは。まぁまぁ、そんなに緊張しないで。というのもね、ボク、実は道に迷ってしまったんだ」


「――あっ、伺うってそういうことだったんっすね。……まぁ、そうだよね。こんな出会ってすぐに、何かあるってわけでもないし。……あたし、ちょっと期待し過ぎていたかな……」


 トキメキで高揚の絶頂に達していた女の子の従業員。しかし、美青年の問い掛けを聞いてからというもの、落胆と共に冷静な面持ちとなってから再びと向き合っていくその少女。


「こんなことを伺ってしまってすまないね。――取引先との出会う時刻が迫っているというのに、いやはや、マリーア・メガシティという大都市は、なんて大きな街なんだ。ただでさえ土地感覚に乏しいというのに。事前の下調べもせずに、易々とこの地に訪れるべきではなかったよ。おかげで、このザマさ」


「この外からやってこられた方なんっすねぇ。そういった方達のほぼ全員が、この街の広さに驚いて帰っていくもんっすからねぇ。……って、取引先との時間が迫っているんっすか! それで、道に迷っているんっすよね!? それ、一大事じゃないっすか!? そんな爽やかに話している場合じゃないっすよね!?」


「うんうん。これは一大事なんだ。だから、この街の人間に道を尋ねたいなと思っていてね。それで、ちょっとこの宿屋にお邪魔させてもらったんだ。こうして、この街で宿屋を経営している人物であればこの街に詳しいかなと思ってね。いやいや、ほんと、私事ですまないね。これじゃあ、ただの冷かしだったかな?」


「い、いえいえ~!! あ、あたし、この街の案内なら簡単にできますんで! そんな、全然気にしないでください!! あ、あたしでよろしければ、その目的地にまでお連れいたしやしょうか!?」


「そんな、とんでもない。君のような素敵なレディーに、これ以上もの手を煩わせてしまうだなんてできやしないよ。ボクの、オトコとしてのプライドがそれを許しちゃくれないからね。ただ、その場所を、君のその麗しい口から伝えてくれればいいだけなんだ」


「あ、あたしが、素敵なレディー……? オトコとしてのプライド……?? 麗しい口…………はぁぁん……この言葉遣い、なんて甘い響きなんっすか……。しかも、ボクの、オトコとしてのプライドが許しちゃくれない……? あぁん、まさに、それっぽいオーラそのものの超絶イケメンお兄さんだぁこの人ぉ…………!! あたしの青春が、今ここにぃ……!! ――じ、じゃあ、お客さんの目的地をお伺いしてもいいっすかっ!?」


 眼前の美青年に再びとトキメキを取り戻し。もはやこの心身その全てを掌握された溺愛に溺れてしまった女の子の従業員。

 そうして美青年から目的地を伺っては、その場所への道のりを伝えて事を終えたその後に……。


「いやぁ、君に助けられてしまったね。君の溢れ出る活気と、華のある可愛げな声によって。ボクは見事、この窮地から救われた。本当にありがとう。宿屋を切り盛りする、麗しの幼なレディーちゃん」


「い、いやぁははは……そんなぁ、あたしはほんと、ただ道を教えただけっすからぁ……。……はぁぁん、なんて素敵なオトコなの……良い匂いもするし……これを独り占めとか。もう最高かよ……」


 礼を述べ、女の子の従業員へと近付いては。その手を取り、甲に口付けをする美青年。

 華麗な存在感で優雅に振舞い。その上に、口付けさえもいただいてしまった少女の精神は、既に絶頂のその先へと限界突破。

 淡いピンクに囲まれた幸せに包まれ。その少女は今、自身の全てに熱を帯びてメロメロとなってしまっていた。


 ……と、その先で。思い出したかのように顔を上げた美青年は、ふとあることを口にし始めたのだ。


「――それにしても、ここは魅力的な宿屋だね。紅く染まる紅葉の樹に、池を優雅に泳ぐ鯉の姿。他の宿屋では見られない特色を持ち合わせていて、とても新鮮な気持ちになれる素晴らしい所だ。あれは屏風かい? へぇ、屏風を宿屋で見るのは初めてだ。珍しいね、至る所へと、ついつい目移りしてしまうよ。この、他とは異なる方向性の趣向が、ここのオーナーさんの輝かしいセンスを見事に表している。ここはなんて素晴らしい宿屋なんだ」


「そ、そこまで褒めてくださるなんて、なんかすごく嬉しいっす……!! そうなんっすよ! この宿屋、ここで一人勤めている従業員のあたしから見ても、どこの宿屋よりも綺麗な内装をしていると自負できるくらい、チョー素晴らしい宿屋なんっすよ!! さすがは、ここのオーナー様っすね!! オーナー様のセンス、ほんとマジパナいっすよ!!」


「こんなに素晴らしい所に勤められる君は、とんだ幸せ者だね。――ん? 一人勤めているということは、ここの従業員は君一人だけなのかい?」


 本心からの驚きによって、その甘いマスクを少しばかりか崩しながらも。意外そうにも驚きを表しては、再度と周囲を眺め始め……。


「そうだね。言われてみれば、君以外の人の気配を感じない。それも、客の姿も気配も無いね。今はちょうど空いている時間なのかな?」


「あ、あぁー……そのことなんっすけどねぇ……。なんか、すごく申し上げにくいっすけど……ここ、全く繁盛していないんっすよ」


「――へぇ、そうだったんだね。……つまり、ここには君以外にはいないと……」


 女の子の従業員から聞き、その美青年は声のトーンを落として再度と宿屋の内装へ視線を移していく。


「……勿体無い。これほどのセンスが見過ごされてしまうだなんて。つくづく世間の感覚を疑ってしまうよ。世の中には、貧相なセンスや低クオリティをステータスとして売り込んでいる正式の宿屋が溢れ返っているというのにね。何故、そんな輩が認められ。何故、これほどまでに美しく輝かしいセンスとクオリティを持つ宿屋が評価されないのか。謎で仕方が無い。この宿屋は、内装だけでも十分に評価されるに値する。――ボクは、あらゆる美しいものが大好きだ。この輝かしいセンスが周りから理解されなくとも。ボクはこの素晴らしき宿屋のことをいつまでも忘れないだろう」


「……わぉ、その顔からは考えられないほどの毒舌。でも、その見た目と中身のギャップが、また最高にクールで堪らない……!! ――あ、クールと言えば……」


 宿屋:大海の木片を褒め称える美青年。そんな彼の不満を和らげる話の種を見つけた女の子の従業員は、ハッと思い出したかのようにそれを話し出して機嫌を取ろうと試みる。


「今はお客さんの気配は無いもんっすが、ちょうど今、こちらに宿泊を続けてくださっている旅人の御一行さんがいるんっすよ」


「――旅人の御一行さん?」


「そうっす。その御一行さんもこの宿屋を褒めてくださっているんっすよ~」


「へぇ、それはそれは。このハイレベルなクオリティである隠れた名店を選び宿泊する御一行さんが今もいるとはね。さぞ、センスに満ち溢れた目利きの者達なのだろう。……へぇ、そんな人達とぜひとも。この素晴らしき宿屋と、そこらに蔓延る低度の宿屋についての議論を交わし合ってみたいものだが……」


「んー、御一行さんはお客さんのようにセンスの目利きがというお方達ではないんっすが。んまぁ、それでも話は合うと思いますっすよ!! なんてったって、とっても面白い方達っすから!!」


「へぇ、それはそれは。そんなことを聞いてしまっては、尚更と気になってしまう人達だなぁ――」


 その爽やかな言葉遣いに見合った、先の爽やかな調子とはまるで裏腹に。

 現在の美青年の声音からは、慎重からなる静けさをどことなく漂わせ。声のトーンが下がり。表情もどこか固くなっては、何かを探るように女の子の従業員を見つめ始めたその美青年。


 喋りの早さも若干と緩め。顎に手を当てながら、美青年は何かしらの様子を伺い出しながら目の前の会話を進めていく。


「その御一行さんって、一体どういう雰囲気の人達なんだい? 冒険者? 商人? 男の団体かな? それとも、女の子達の御一行さんかな?」


「えぇっとっすね。今、宿泊を続けてくださっている御一行さんは、主に女の子の冒険者グループっすね。お客さんとはまた違う雰囲気の方達っすが、ここは良い宿屋だ~っと言ってくださっている、とても良い皆さんっす! あとは、そのグループと一緒に行動をしている男二人組も、日によっては宿泊をしてくださったり……といった感じっすねぇ」


「ふーん、女の子の冒険者グループねぇ……」


「――あっ!! まずい!! お客さんんの情報は、他人に伝えちゃいけないってオーナー様に言われていたんだったッ!! お、お客さんッ!! ついつい話してしまいやしたが、今の話は聞かなかったことにしてくださいっすッ!! ほんと、たのんますッ!!」


 その流れで喋ってしまった自身の過ちに、手を合わせただただと頭を下げて謝り続ける女の子の従業員。

 だが、そんな少女にはわき目も振らず。その美青年は続けて静かに考えをめぐらせて。少しもの合間を空けて言葉を選び終えたのか。何かを伺いながら、その美青年は再度と目の前の少女へと言葉を投げ掛けていく……。


「……ボクとは違う雰囲気か。とは言え、やはり、この宿屋の魅力に気付いているとなれば、その子達の感性にはボクと通ずるものがあるのかもしれない。――さぞ、その美しさに見合った、お嬢様のような子達なんだろうね」


「む、さすがはお客さん! 鋭いっすね! 三人の内の一人は、とっっってもお上品な身なりの、お嬢様のようなお方なんっすよ!!」


「へぇ、お上品な身なりのお嬢様、ね。……三人の内の一人、ね」


 女の子の従業員からそう聞き、手応えありと小さく呟いてから。その美青年は音も無く深呼吸を挟み、慎重さを弁えて再び尋ね掛けていく。


「……さすが、この宿屋に目をつけただけはある。このセンスを汲んだその感覚、その内なる気品ならではのサーチ能力だ。ここは、そんな上品な人間の感覚に訴え掛けてくる、セレブの人間を刺激させるゴージャスなハイセンスを宿している。――君の言うお嬢様もきっと、幼い頃からその感覚を養われてきたのだろうね」


「いやぁ、そんなにべた褒めされてしまいやすと。あたし、もう、恥ずかしすぎちゃって蒸発しちゃいそうな勢いで嬉しいですぁ!! ……そのお嬢様のお客さん、ほんとめっっっちゃ綺麗なお方だったんで。多分、小さい頃には裕福な環境で大切に育てられてきたんだろうなぁって。そう、あたし思っちゃいやしたねぇ。いやぁ、お金持ちっていいっすねぇ。あたしの憧れですぁ」


「小さい頃には、か。……その女の子達は、そのお嬢様のお金で冒険をしているのかな。冒険者というものは何かとお金が掛かるものだからね。富を持つ人間が、そのグループに一人や二人と加わっていることも少なくはないのだけれども。――あと、ある程度の富を持つ人達が集まり、遊戯として冒険をしていることも少なくはないものだからね」


「はへぇ、お客さん、冒険者に結構物知りなんっすねぇ。いやぁ、それがっすよ。あたし、話で聞いただけなんでよくは知らないんっすけれど。お嬢様はその一人だけなんですぁ。あとは、普通な女の子の恰好で、人形のように可愛らしい女の子と。超クールで最高にカッコよくて! でもでも可愛らしい一面もあるバリイケメンのクールビューティお姉さんだったり! あとは、そんなお姉さんに誘われて冒険を始めたという男の子と。道端で会って、一緒に行動をしているっていう背の高いお兄さんという御一行さんなんで、お金持ちの人達ってわけではないらしいっす。――それも、そのお姉さんは遊戯とかではなく、常に命懸けだったマジな冒険を積み重ねてきた熟練の冒険者らしいっすからね。いやぁ、ほんと、みんなが個性的なんで、一緒にいてほんと面白い方達っすよ」


「…………へぇ」


 美青年の流れに乗せられるがままに。自身が抱いてきたその思いを、何の躊躇いも無しに気兼ね無く言葉として連ねていく女の子の従業員。

 そんな少女からの言葉を一つ一つ汲み取っていくその中で、ある一部分の単語を耳にしては。その美青年はより一層と慎重の静寂を身に纏い、目の前の会話に今以上の集中を注いでいく。


「……そのお姉さんって、相当にまですごい人なんだね」


「いやぁ! もう! それが、すごいどころじゃないんっすよぉ!! なんてったって、あの方はあたしの憧れっすからね!! 超クールで最高にカッコいいというのに!! あたしのような年下にはとっても面倒見がよくて! 声も綺麗な声をしていて! スタイルも抜群で! 背も高くて! 美人なのに超絶イケメンで!! なのになのに! そのお姉さん、好きな色はピンク色なんて言うんっすよ!? こんなん、もう……女だろうと惚れるに決まってるじゃないっすか!! あ、この惚れるっていうのは、憧れとしての惚れるって意味っすよ?? ……いやぁ、もうね。年下のあたしがこう言うのもアレなんっすけど。正直、むっっっちゃ可愛いっす!!」


「クール。カッコいい。声が綺麗。背が高い。スタイルが抜群。好きな色はピンク色――」


 少女から聞いた言葉をまとめ、それを復唱し、何かをめぐらせていくその美青年。

 曖昧な言葉から記憶を辿り。その脳内に巡る様々な光景を先の言葉と照らし合わせていく。

 

 そこである一つの場面と出くわし。その酒の匂いと建物の照明に照らされた、目の前で佇む一人の彼女の姿を発見して。

 背が高く、クールな身だしなみで佇んでおり。美しく、しかし、可憐も兼ねた麗しの声音で心地良く喋るその姿。次に、ビジュアル系の色合いと服装でありながらも。その手元から覗いていたのはピンク色のハンカチという、意外性のある乙女の一面を目撃し……確信を抱くその美青年。


「へぇ、そのお姉さんは、君をそれほどまでに言わしめるほどの、様々な魅力を持ち合わせた人なんだね。……そうだね。その言葉を聞いた辺りで、その美麗な姿をボクなりに予想をしてみると――」


 ……そして、そのある一つの確信と共に。その美青年は目を細め、眼前の女の子の従業員へと、決定打ともなる一言を放ったのだ――



「……ポニーテール。その子には、ポニーテールが似合うかな?」


「そう!! ポニーテール!! さすがはお客さんっすね!! そのお姉さん、白色の髪にポニーテールというクールな見た目でしてね!!ビビットでバンキッシュな服装という最ッ高にイカすお姉さんなんっすよ!!」


 ビンゴ。

 女の子の従業員の言葉を聞き、被っていた中折れハットを深々と手で押さえ。その美青年は表情を隠すように僅かに俯いてから。あっと小声を零し、左腕の腕時計へと視線を移していく。


「……おっと、そういえば、取引先と会う約束があったんだ」


「んぁ!! そうだったっすね!! す、すんませんお客さん!! お客さんをここまで引き止める気は無かったんっすが――」


「いいよいいよ。全然大丈夫。何せ、ボクの手元には、"君から教えてくれた道標"があるのだからね。これさえあれば、ボクはもう道に迷う心配も無い――」


 そう言い、これまでの華麗でゆっくりとした動作の数々から一転として。その美青年は気持ち早めな踏み込みと共に、女の子の従業員を優しく抱き締めては、その額に軽くキスをする。


「ありがとう。この素晴らしきハイセンスな宿屋にお勤めする、快活で麗しい幼なレディーちゃん。君のおかげで、ボクはこの先の道標を得ることができた。この恩はずっと忘れやしない。君に助けられたこの運命的な導き。これは、ボクの生涯における、大切な標識になったんだ」


「ふぇ!? んぁ……ぁ、ぁぁっ……ぁぁっ!!? ぁぁぁぁぁっ――――!!!」


 美青年に抱き締められ。腰に回された腕の温もりに。鼓膜や皮膚の感覚を甘く刺激するその声に。そして、この額に刻まれた、ほのかな温もりと感触を感じて。


 全身を真っ赤に染め。頭から羞恥の蒸気が噴き出す女の子の従業員。


 その美青年の身体が離れたその瞬間にも、その少女はへなへなと力無くその場に座り込んでしまい。

 軽く手をかざし、別れの合図を行って去っていく美青年の背を、その朦朧とした視界と意識で見惚れるように見送ってから……。


「…………ふむ、そうか。さすがは君だよ。このハイセンスな宿屋を選ぶその美的感覚も、まるでボクの好みだ」


 出口の引き戸を閉め。数歩と歩いたその場で、美青年は一息をついてから中折れハットを鷲掴む。


「……時間は掛かってしまったが、これでなんとか、"彼女"の居場所をおさえることができた」


 被っている中折れハットを掴み、その右腕をゆっくりゆっくりと下へ下ろしていく。


「一目見たその時にも、ボクは確信したのだ。……君こそが、ボクの"さが"を満たしてくれる唯一無二の女性であることを――」


 その時にも、七三分けの髪型が、快活な青年を演出するショートヘアーへと。そして服装は、若草色の、黄と緑の混じる身なりの良いタキシード姿へと変貌を遂げていて。同じく、若草色の靴に。同色の中折れハットという、至極目を引くとても鮮やかな外見となったその美青年は……。


「君という存在が欲しいんだ。君という存在が、今のボクに必要なんだ。……君の身体であれば、ボクはきっと満たされる。……この先のために、君の内に宿る生命力をボクはいただきたい――――」


 微かに吊り上げた口角で呟き。中折れハットを掴むその右腕を振り上げたと同時にして。


 その美青年は、跡形も無くその場から姿を消したのであった――――

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