レディーズ・フォース ~先輩、マジリスペクトっす!!~
「――――もぉ、それでっすよ!? そう言って、そのお客さん方。あたしの料理を食べないどころか、テーブルに乗っているあたしの料理を薙ぎ払って全部ダメにしてから、逃げるように宿屋から出ていったんすよ!? もう、そんな無礼な荒くれ者の輩に頭カッチーンときて。宿屋に帰ってきたオーナーさんにそのことを言いつけてやったんっす!! そうしたら、オーナーさん。『あラー。そノお客さマは、どっチの目的ヘと進ンで行っタのを見てタ?』って、そのお客さん方が出て行った方向を聞いてくるもんだったっすから。あっちに行きましたよーってオーナーさんにチクってやったんっす。その時のオーナーさんは、あたしを慰めるためにあたしの頭を撫でながら、親身となって頷いていた様子なだけだったんすけど。その翌日。オーナーさんが酒場へのお仕事で外出したその数時間後に。そのお客さん方があらゆる物を引ん剥かれてボロボロになった姿のまま、詫びですと粗品を持ってきて謝罪しにきたんっすよ!! ――いやぁ、あん時に思ったっすね。オーナーさんはつくづく、怒らせちゃあいけないお人だなぁって!!」
お酒で酔った女の子従業員の、怒涛のマシンガントークが炸裂するこの空間。
時刻が夜である現在。俺はいつものパーティーメンバー達と共に、宿屋:大海の木片へと訪れていたものであったのだが。この宿屋に到着するなり、再びの訪れを待ってましたと待ち構えていた女の子従業員の催促のままに。到着からものの数十分ばかりの短時間の内にも、既に宿屋内の食堂で宴会が開かれて今に至るというもの。
宿泊客は、相変わらずと俺達のみである客数の少ない宿屋だが。この宿屋の従業員や雰囲気、内装から食事までもがどこの正式な宿屋にも劣らぬハイクオリティな内容であるために。こうして繁盛をしていないこの現状に。従業員でも無い俺からしても、何故だか悔やんでしまえたりといった、同情の念を抱きざるを得なかったりしてしまう。
「へぇー! ファンさんって、すっごく頼りになる人なのね!! もう、いたいけな女の子が丹精込めて一生懸命作った料理を粗末にするだなんて。その人達は絶対に許せない! って、話を聞いていて思っていたのだけれども。今の話を聞いてスッキリしたわ!! ファンさんってなんだか、この屋根の下にいる人達のお姉さんみたいよね!」
「うぇい!? それってつまり、オーナーさんがあたしのお姉さんにも!? ……ひぇー、想像したことも無かったなぁ~……。お姉さん。お姉さん――でへへっ、なんか、響き、めっちゃいいっすねぇ……」
「お姉さん…………この言葉の響きに、私は憧れるなぁ……」
「お姉さん……姉貴……姉御……ッ!! いいっすね、いいっすね……あたしも、そんな風に呼ばれてみたいもんっすね……!!」
「っ――!! ……へいっ姉御!! 今日のお料理も、最高のお味ですぜっ!! オイラ、これからも姉御についていきまっす!! ってね」
「ひゃぁああ!! いやぁんもう!! ユノさんのサービス精神には参りますっすよぉ!!」
お酒で完全に酔っ払ったユノと女の子従業員のやり取りが、これまた気の合う友達感覚を思わせる意気投合な具合で飄々としたものであったから。そんな彼女らの話を横で聞いているだけでも、その実は割と楽しかったりする。
にしても、アルコールの力でブーストの掛かったこの勢い。相変わらずのハイテンションだ。
「あの、もしもし、アレウスさん」
「ん?」
ユノと女の子従業員の話を聞きながら、女の子従業員お手製である目の前の豪勢な料理を取るためのトングへと腕を伸ばそうとしたときに。
円形のテーブルではあるものの、椅子の並び的には横にあたる箇所で座っていたニュアージュから、ふと小声で尋ねられる。
「ペロさんの具合は、如何なものでしょうか……?」
「ん、あぁ。ペロは相変わらずってところじゃないかな。……あの拒否反応だ。少なくとも、この宿屋にいる間はまともに飯も食えないと思う」
というのも、この宿屋への抵抗を持っていたペロ。この宿屋:大海の木片に到着してからというもの、ファン・シィン・グゥ=ウゥとなる人型モンスターの不在にも関わらず、モンスターの臭いがすると言って拒絶反応を起こしてしまい。またしても体調を崩してしまったのだ。
現在は、二階の個室で死んだように寝ているか。未だに気分の悪さで悶えているかのどちらか。
それでも、男に二言は無いと。彼には全く似合わぬそのセリフで、ちやほやしてくれる彼女らの前で強がりのままにカッコをつけてしまった以上。ペロは今、一人静かにその個室でダウン中というわけであった。
「さすがに彼には、この宿屋での一泊はまだ早かったのかもしれないな。これからは、もっと軽い何かから初めていって、徐々にモンスターに慣れていってもらった方がいいのかもしれない。今回は、俺達が軽率だったのかも」
「ですね。ペロさんには、申し訳無いことをしてしまいましたね――」
「ちょっと、アレウス! お願い~! アレウスという男の子の口から、このいたいけな子にお姉さんと呼んであげて!!」
「えっ」
ニュアージュとのこそこそ話に割り込むかのように飛び交ってきた、あまりにも急なお願い。
それ自体は、容易い御用ではあるのだが。……このお願いの内容もまぁ、酔っているならではのノリだよなぁと。そんなことを思いながら、俺は言われたままのお願いを実行する。
「えっと。……お姉さん」
「あぁん!! いいっすね!! オトコという異性から放たれるお姉さんは、なんて良い響きなんだろうかっ!! このぺったんこな胸板にキュンキュンときてしまうっす!!」
「……姉貴、今日も良い表情で笑うね。そんな姉貴の、天真爛漫に微笑むその姿。――眩しいくらいに、とても素敵だよ」
「ふあぁぁ!! なんてこったい!! キュンとくる言葉をマジもんのオトコから貰えるだなんてっ!! お客さんも、ユノさん並にサービス精神ありすぎっすよぉ!! こんなことをオトコから言われちまえば、こんなんもう、堕ちてまうに決まってるじゃないっすかぁぁ!!!」
「へい姉御。今日はどんな仕事をこなせば良いですかい?」
「はぁん!! まさかの、お姉さん呼び三段活用ッ!!! ――いよっしゃあ!! 今日はダメダメなところだらけのあたしを、ただひたすらと褒め倒しておくれー!!!」
あれ、なんか楽しいぞこれ。
今までに発したことの無いセリフの連発に加えての、その抜群な反応の良さが相俟ったことによって。なんだか、この酒に酔ったままの勢いによる茶番に意外な楽しさを見出してしまい。次には、気分がノってくるこの高揚感のままに、ついついと女の子従業員の反応を見て楽しんでしまう俺。
が、さすがにこれで自嘲しておこうということで、これ以上ものノリは一旦と置いておくことにしておくため。この空気を笑みで誤魔化して流れを強引にも終わりとし。とても満足げな女の子従業員は、これまでのノリの余韻に浸ったまま。とても幸せそうに目を瞑って昇天していた。
これまでには無いノリで、こちらまでもが楽しくなってしまっていたものであったが。
そんな俺の隣から一つの小さな影がもぞもぞと動き、こちらの真横に迫ってくるなり。その少女は自身の使命のままに。突如として、小声で俺に現在の取り巻く状況を伝えてきた。
「……ご主人様、報告です」
ニュアージュとは正反対の位置の、俺の隣に座っていたミント。
その食いしん坊っぷりは相変わらず健在なようで。目の前に存在していた料理の品々は、ミントの貪り喰らった爪痕としてぽつりと皿のみが置かれているというもの。
無限とも呼べるであろう胃袋によって、片っ端から料理を平らげていくミント・ティー。そのいたいけな容貌からは想像もできない意外な一面には慣れていると思いながらも。それでもついついと、そんな爪痕の光景に驚いてしまう自分がいる。
「っ……? 何かしらのフラグが立ったのか?」
「さすがはご主人様でございます。先程の行動により、この世界に新たなフラグが生成されました」
現在位置が宿屋ということもあり。その報告は、この先、この世界の行方を定めるであろうメインシナリオのフラグにきっと違いない。
そんな、ゲームの主人公という自身の立場を改めて弁えた上で、ミントからの報告を耳にし。次にもその少女の口から発せられる報告を前にして。俺は、覚悟を決めると共に、無意識と唾を飲み込んでから待機する。
「……それで、そのフラグの内容とは……一体何なんだ?」
「フラグの確認。で、ありますね。つい先程に生成されたばかりのフラグであります故に。こちらの内容のダウンロードを行うためのスキャンを挟みます。――少々ものお時間をいただきます故に、どうかご了承くださいませ」
そう言い、自身の周囲にホログラフィーを浮かばせながら、ミントはナビゲーターとしての使命に付き従っていく。
覚悟完了によって細まった目つきのまま、少女の周囲をゆっくりと回るホログラフィーを眺め続けて……。
「スキャン――完了。それで、出現したばかりのフラグの確認。で、ございましたね。それでありましたら……」
そして、この瞬間にも生成されたフラグの内容を今、俺は覚悟の念と共に聞いたのであった……!!
「――っ!! おめでとうございます、ご主人様。先程の小さなやり取りを交わしたことにより。こちらの宿屋:大海の木片に勤めますNPC:女の子従業員にシステム:親密度の概念が追加されました。……これにより、今後、ご主人様はNPC:女の子従業員との恋愛もしくは結婚が可能となります……っ!!」
「…………あぁ、そうだった。そう言えば、この世界。確か、ささいな物事でもフラグになり得るって言われていたっけな――」
「――――もー、それでっすよ?? その男子のことが好きで好きでたまらなかったあたしだったんっすが!! 何ヶ月にも及ぶ自分への言い聞かせの末に。なんと、この闘魂に気合を注入し。とうとう、その男子に告白をしようと思い切ったんすよ!!」
「うそっ!! それでそれで!? その告白の結果はどうなったの!? その男の子と、今もお付き合いしているの!?」
「いやぁ、それがっすよ? それがねぇ……そうして告白をしようと思い切ったその翌日にも、あたし、見てしまったんっすよ。――その男子が、学校では見慣れない女子と一緒に歩いているところを……!」
「……まさか……まさかよね……? ――ごくりっ」
「……あら、まさか…………。――ごくりっ」
「……まさか。いえ、しかし、まだ可能性はあります……。――ごくりっ」
「…………そのまさかっす。その男子、既に付き合っている彼女さんがいてっすね。しかもその彼女さん、幼い頃からの男子の幼馴染で。それに、出会ったその日から、ずっと仲良くしているらしい仲睦まじい関係で。……しかも、男子の良き理解者で……それでいて、人形のように可愛らしい女の子……だったっすから…………う、う、うぅっ……こうして思い出しただけでも、あたし、あたし…………うわあぁぁぁぁあん!!」
「なんて悲しい初恋なの……!! 大丈夫よ、元気出して……! まだまだこれからよ……! これからもっと、いろいろな素敵な出会いがあるにきっと違いないわ……!!」
「う、うぅ……あざっす、ユノさん……。あっ、ハンカチもあざっす。……ピンクのハンカチ、とても可愛い趣味をしているんっすね、ユノさん。カッコいいイメージがあっただけに、なんか、超、意外っす」
「あら、ありがとっ。私、ピンク色が大好きなの。……それにしても、貴女にはピンク色がすっごく似合うわね。とても可憐で恋する乙女のような、そんな淡く優しい色合い。――うん、まさしく、貴女という女の子に似合う、とても素敵な色だわ。……そして、そんなピンク色が似合う貴女もまた、とっても素敵な女の子。――過去の恋愛は、甘く切ない記憶となってしまったけれども。でも、恋する乙女としての経験を得た今の貴女であれば。その経験は、運命という唯一無二の素晴らしい形となって。それは、素敵な出会いという新たな恋が流れる風として、貴女のもとへと新たなトキメキを運んできてくれるにきっと違いないわよ! だから、元気を出して! そして今の内に、次に訪れるであろう新しい恋に備えておくといいかもしれないわね!」
「う、ぅ……なんて温かい言葉なんっすか……!! こんなに優しい言葉を掛けてくれた人は、ユノさんが初めてっす……っ!! いやぁ、ほんと……さすがっす……! いろんな場所を旅してきたというユノさんなだけあって、なんて経験豊富なアドバイスなんっすか……!! ……今のアドバイスで決めました! あたし、ユノさんという人生の先輩にずっとついていきます!! ユノさん、マジリスペクトっす!!」
「ま、まじりすぺくと? ……経験豊富だなんて、そんな。――恋愛の経験は……むしろ、貴女の方が豊富だとは思うけれども。でも、私で良いのなら、貴女という一人の子の支えになるわよ」
「なんてお人なんっすか!! ユノさんの優しさで、あたし、ほんっと……もう、ほんっとマジで…………ユノさん、マジリスペクトっす!!」
俺というオトコを置き去りにした、ガールズトークが目の前で繰り広げられているこの現状。
普通、男がいないからこそ盛り上がる話のタネなんじゃないかと、そんなことを思ってしまいながらも。しかし、アルコールで程よく酔っ払ったユノとニュアージュと女の子従業員と。オレンジジュースでありながらも、その空気で酔っ払ったらしきミントのレディーズお三方……ならぬ、レディーズ・フォースは。俺の存在を完全と忘却して、その四人で盛り上がっているものであったから。
一人場違いであるために、この場からの移動を考える俺。
「……ペロの様子でも、見に行ってみるかな……」
その衰えない勢いのままに、ガールズトークに花を咲かせていくレディーズ・フォースの傍らで。腹を空かせているであろうペロのために、テーブルに乗っていた料理を適当に皿へと盛り付けてから、その場を静かに離れる。
「ペロ、何事も無ければいいんだけどな……」
今まで以上の体調の悪化を心配し、そんなことを呟きながら。俺は一人静かに、もう一人のパーティーメンバーのもとへと向かったのであった――――




