戦闘:聖母大都市・東口【隠れた本領の発揮】
「あんまし調子に乗るなやァ、こんのガキィ……!!」
こちらのスキル攻撃で門に埋め込まれていた盗賊Aが、そこから身を乗り出して俺のもとへと歩を進めながら。右手に持つダガーを左手の甲にカチカチと当てて威嚇を行っていく。
じりじりと俺へ寄っていく盗賊Aに合わせて、円形の武器を取り出す盗賊B。戦闘システム:乱入によって参上した、ソードを扱う盗賊Cに。同じく参上したものの、ものすごくやる気の無さそうな盗賊Dの四名が、俺を取り囲んでは一斉と臨戦態勢に移行する。
敵に四方八方を囲まれ、もはや絶体絶命ともなるこの戦況。
このままではまずい。袋叩きから、瞬く間にHPをゼロへと削られてしまうと。たとえそれがゲームの主人公であろうとも、俺は人生のゲームオーバーを迎えてバッドエンドまっしぐらに違いないだろう。
現在の取り囲む状況を前に、俺は危機感で焦燥を募らせながらも。しかし、具合の悪いペロもいるこの状況で逃走なんてまず不可能なために。
……俺は、この状況が一転するどんでん返しのイベントに全てを託し。その祈りを胸に抱きながら、覚悟を決めて手元のブロードソードを構えた。
「ア、アレっちぃぃぃい!! ああぁまずいぞまずいぞまずいぞ!! このままじゃあアレっちが死んじまって!! その次に、口封じとかなんたらかんたら。なんかそれっぽい適当な理由を付けて、仲間と思い込んでいるオレっちの命を狙いにくること間違いねェじゃねぇかァァァア!!! イヤァァァァア!!! それだけは勘弁だぞォォォオ!!!」
「っるせェな!! 俺よりも大きな声を出すんじゃねェ!! この、のっぽバンダナゴーグル男!! ――そこまでお望みならば、まずはてめェからしばいたろかッ!? あぁッ!!?」
「ギャァァァァァア!!!」
俺を取り囲むその外側で。依然として悩まされる腹痛からなのか、それとも目の前の恐怖からなのか。その真意はよくわからないものの、うずくまりながらひたすら叫び続けるペロへと振り向いては、ダガーを構えながら彼の方へとにじり寄る盗賊A。
「おおお、おぉぉぃオイオイオイ!!! まだ、まだそっちにアレっちがいるじゃねェか!! どうしてわざわざオレっちの方に寄ってくるのかなァ!!? もォー!!」
「だから、うるせェって言ってるだろ!! この木偶人形!! それ以上うるさくしたら、直ぐにあの世へ送ったるわ!! というか、もう、面倒だからお友達よりも先にあの世へ送ったるァァァ!!!」
「イィィアァァァァアアアアアァァァッッ!!!!」
本当に、先程まで二日酔いでもどしていた病人とは思えないほどの悲鳴を上げるペロ。
そしてダガーを振り被り、ただ縮こまるだけのペロに向かって武器を振り下ろす盗賊A。
「ペロ!! 逃げろッ!!」
「身体が動いていりゃあ、言われなくともアレっちを置いて勝手に逃げてるってェェェェアアアアアァァァァアアッッ!!!」
断末魔の如き悲鳴と共に、ペロへと振り下ろされるダガーの刃。
動けない彼を助けるために、リーチを誇るブロードソードから繰り出すソードスキル:パワースラッシュを行おうとするも。しかし、俺自身の行動が既に遅かったために。これからの救出が間に合わないというこの危機的な状況。
このままでは、ペロがやられてしまう。
共にした日は浅くとも、旅の仲間だと思っていたペロがロストしてしまうその瞬間を恐れて……。
「ペロ!! ペロォッ!!!」
俺はただ、叫ぶことしかできず。
そして、今。俺の目の前で、ペロが――
「ァァァァァァアアアアアァァァァアッ!!! アァァァァァア――アアァッ!!! 『棍スキル:受け流しの構え』ッ!!!」
今、俺の目の前で。ペロが隠していた本領を発揮したのだ――
「うぉッ――!?」
勢いよく突き出されたペロの腕。その先で、回転を帯びながら突如として現れたのは。暗めの赤色で染まる一本の長い棒。
それを両手で掴み、横に持って盗賊Aのダガー攻撃を防ぐと。その瞬間にも剣士スキル:カウンターに似た透明の気が彼の周囲に流れ出し。
その次には、ペロは全身を後方に仰け反らせ。その仰け反った勢いのまま、攻撃を行っていた盗賊Aはなんと。ペロの行動に沿う形で宙に浮くなり、ペロの全身を使った受け流しで容易く後方へと吹き飛んでいってしまったのだ。
「ぐぇッ――」
街の建物に衝突する盗賊A。
その次にも、ペロは掴んでいた棒を地面に突き付けると共に。その衝撃による棒高跳びの要領で、その場からの颯爽な跳躍を行い軽やかに着地する。
「な、なんだ、アイツは!?」
これまでの情けない姿からは、まるで想像さえもできないほどの颯爽な行動に驚きを隠せない盗賊Bと盗賊C。……と、俺。
華麗な着地からの、ゆったりとゴーグルの位置を直し。右肩に棒を掛けながら、先程までとはまるで別人のようにキリッと前を向いて。
一気に集めたヘイトによって、全員がこちらへと向き直ってくる光景を目にしながら。はぁっとため息を一つつくなり、ペロは得意げにほろっと言葉を零したのだ。
「まぁ。身体、動くんだけどねん」
「ってめェ、ふざけやがってェェ!!!」
余裕に呟くペロの背後と。目前から襲い掛かってくる盗賊Aと盗賊C。
盗賊Cがソードを振り被り、真正面から攻撃を仕掛けるものであったが。それを手に持つ棒で容易く受け止めてから、それを放り出すように軽々しく押し退け。しかし、その軽やかな動作からは考えられないほどの勢いをもってして、盗賊Cを遥か後方へと吹き飛ばす。
次に、ダガーを構えて背後から飛び掛ってきた盗賊Aであったが。自身の後方を確認することなく、腕を回し後頭部へと移した棒でその攻撃を容易く受け止めては、そのまま棒を地面に叩き付けるように右側へと振り下ろし。その勢いに流されるがまま、盗賊Aはその棒に打ち落とされる形で地面に転げ回る。
いとも容易く行われていく、ペロの行動。
その防御には、まるで削りダメージを受けている様子など伺えず。棒を扱った華麗な受け流しや、その一つ一つが軽やかな動作からは。重さや重力を全く感じさせないという、何とも不可思議な光景を繰り広げるペロ。
「っなんだ、こいつ!? ただ者じゃねぇ……!?」
平然と行われていくペロの行動に、こちらの攻撃がまるで通じないことに対する焦りで声を震わせる盗賊C。
そんな彼らの前で、ただぼうっと突っ立っていては。右肩にとんとんと棒を当てながら、何かを待つかのように、その光景をただぼんやりと眺め続けるペロ。
「っ全員だ!! 全員で掛かれッ!! いけェ!!」
盗賊Cの指示と共に、その場の盗賊達は一斉にペロへと襲い掛かる。
その数は、いくらその隠された本領を発揮したペロでも。さすがに危険なものであったために。
状態異常:毒によるスリップダメージでHPの減少に悩まされながらも。ここは俺も共にと、目の前の敵に立ち向かおうとブロードソードを構えたものであったが。
……尚一向にペロは、それら集団の集中砲火を相手に。まるで手こずる様子を見せなかったのである――
「棍スキル:受け流しの構え」
宣言と共にペロの周囲を包む透明の気。
それを身に纏ったペロのもとへと斬りかかる盗賊Cのソードを、棒の軽やかな薙ぎ払いのみで受け流し。音も無く死角から迫った盗賊Aのダガー攻撃に合わせて、受け流しのために棒を振るったかと思えば。その流れる動作のまま、軽やかに棒を手放し。しかし、なんと、その手放された棒にダガー攻撃を当てた盗賊Aの手元が、ペロとはあらぬ方向へ向くという。その攻撃元に触れることなく、さらりと攻撃を受け流すという芸当を見せ付けるペロ。
その場で鮮やかにくるりと回るペロと。ダガー攻撃の衝撃を受けてから、まるで磁力で引き寄せられているかのように、その彼の周囲を回転する棒。それを掴み取っては、後方で空振る盗賊Aの頭部に。ペロはその位置を確認することなく、棒による突きで地面に叩き落す。
盗賊Bから放たれた円形の武器も、その回転を帯びて発出された刃の位置に合わせて棒を突き出し。次にも、円形の武器の刃は、突き出された棒を辿るように沿う形でペロのもとへと飛んでくる。
しかし、その瞬間にも。その刃が棒を沿っているというその最中に棒を振り被り、思い切り薙ぎ払うと同時に。なんと、棒を沿っていた円形の武器を、ペロの棒から発出させる形で盗賊Bのもとへと返すという新たな芸当を見せ付けて。間も無くそれは盗賊Bに直撃。
「グエェェェェエ!!!」
それぞれがそれぞれでダメージを受けるその中で。未だに平然と立ちすくみながら。まるで、向こうからの攻撃を待っているかのように。ただただとその場から不動であるペロ。
そんな彼の、あまりにも余裕そうなその姿を前にした盗賊達は恐れで堪らず声を引きつらせて。
「や、やべぇ……どうすることもできねェ……!!」
恐れによる喚声を上げながら、仲間達に目配せで何かの意思疎通を図り出し。
そして、その次には。盗んだのであろう金品をその場に落としていきながら、その盗賊達は一目散と、どこかへと逃げ去ってしまったのだ。
その瞬間にも、この戦闘は終了を告げることとなり。今回のイベントにおける戦闘は、ペロという、真意や正体が不可思議に満ちた人間に。更なる不可思議の要素を加えてしまうというとんでもないイベントであった上に。
……同時に、あの盗賊達は一体何だったのだろうか。それも、思い返してみれば、盗賊Dに関しては何もしてこなかったというわけでもあるこの内容。
そういった面でも、ペロ以外の要素に謎を残す。なんとも内容の濃いイベントとなったことには違いなかった――
「おうおう、アレっち。もうちっとばかし、しっかりとオレっちを守ってくれよ」
「いや、むしろ俺以上に戦えていたじゃないか……」
「最初に会った時にも言ってあっただろう? 相手がモンスターだろうとそれ以外であろうと、オレっちは一切、戦闘には加わらねェって。んま、今回は致し方ナシってことで加わったけどよ。でもよ、モンスターほどではないが。オレっち、戦いっつー荒事はどうしても避けたい性分なもんでよぉ。ある程度は立ち回れるが、基本的には戦闘なんかには参加したくねぇんだ。――つまるところ、ワケありってところかね」
手に持つ棒を右肩にとんとんと当てながら、平然とした様子で俺のもとへと歩んでくるペロ。
その手馴れた棒捌きは勿論のこと。その立ち姿から待機モーションまでもが、戦闘に対しては相当な手馴れを思わせる。あのペロには似合わぬほどの勇敢なその姿であったものだったから。
……これまでの、何かに恐れているその姿とのギャップに。あの盗賊達に関わらず、俺までもがそれへの動揺を隠せずにいた――
「っととと……」
「おうおう、大丈夫かアレっち」
そこで、状態異常:毒の状態であることを思い出す。
スリップダメージによる衝撃でよろけてしまうものの。しかし、HPにはまだ余裕があったために、その場で体勢を持ち直すことはなんとかできた。
「いや、すまん。……毒状態なもので、今も体力を消耗し続けているもんだからな……。これを早く治すためにも、どこか道具屋にでも寄らないとだな――」
「あぁ、それなら任せとけって。そこ、動くんじゃねェぞ?」
「……?」
彼の言葉に、思わずとハテナマークを浮かせてしまった俺であったものだが。ペロはそう言うなり、左手を俺に向けてかざすと……。
「スキル:リカバリー」
ペロの宣言と共に現れた、オーラのような水色のエフェクト。
それに包まれるなり、なんと、俺の毒状態がその場で完治してしまったのだ。
「……!? ペロ、これは一体――」
「む、ついでに、体力も治癒しておくかな。スキル:キュアー」
その左手をかざしたまま。ペロは再びスキル名を宣言するなり。今度は緑色のオーラが出現次第に、なんと、俺の磨り減ってしまっていたHPが全回復してしまったのだ。
今までに無い経験に加えての、これまでに披露することのなかったペロの芸当に。今までの彼とはまるで想像がつかないほどまでの活躍を目の前で目撃し。そんな未知なる光景の数々に、ただただ驚きで言葉を失ってしまう俺。
「へへっ、伊達に生き長らえているだけはあるっしょ? なんつってもな、オレっち。治癒系の魔法と、棍による受け流しを得意とする『モンク』っつー職業なもんでな。モンク自体が、戦闘というものが苦手なもんではあるけどよ。援護に関してなら、そんじょそこらのもんよりも人並みにこなせる自信はあったりするんだよねぇん。……まっ、それも、モンスター以外との戦いに限るんだが」
そのゴーグル越しでもよくわかるほどの、ニッと浮かべた得意げな表情を浮かべながら悠々と説明をするペロ。
治癒系の魔法と、棍による受け流しという特徴を持つ職業:モンク。なるほど、先程のペロの多様性は。モンクという援護を得意とした、魔法使い系統の職業ならではの芸当といったところか。
「そんにしてもよぉ、アレっちは調子悪かったんじゃねぇのぉ? もっと、しっかりと動いてくれなきゃあ、オレっちが危ねェじゃねぇかよ。もー」
「すまない、ペロ。相手の持つダガーのスキルと……あの、手裏剣みたいな武器を相手に、上手く立ち回ることができなかった……」
「しゅりけん? んー。ありゃあ、手裏剣じゃなくて『チャクラム』っつー中距離が得意な武器だな。んまー、結果としてはオレっちが無事で終わったもんだし。結果オーライオーライってとこだな!」
そう言い、ナッハッハと俺の背を軽く叩きながら高笑いをするペロ。
なんだ、ペロのこの、めちゃくちゃ頼れるキャラクター臭は。
先の軽やかな戦闘に加えての、その身長も相まることで。今、俺の隣にいるペロというキャラクターは、それまでとはまるで別人のように、とにかく頼れるNPCとして存在しているではないか。
最初こそは、これまでの情けない姿からの一転に驚いてしまったわけではあったが。しかし、その隠していた戦闘能力の発揮からの、魔法使い系統の職業によるサポートもこなす高レベルのキャラクターであることに。俺は改めて、ペロというキャラクターの個性を発見することができて。
……そしてなにより。それ以上に、ペロ・アレグレ=Y・シン・コラソンというキャラクターに対する謎が、より一層と深まった瞬間でもあったのであった――――
「……そう言えば、ペロ。お前、具合の悪かった体調は良くなったんだな」
「…………おぁ、ァレっち。それ、思い出させちゃ、ダメ、な、や、つ…………ぉっぷ、オェエエエエエエ――――」
「……すまない、ペロ…………」




