戦闘:聖母大都市・東口【盗賊達の襲撃】
「そこをどけッ!! でなければ痛い目に遭わせてやるッ!!」
口元を覆うバンダナ越しのこもった声と共に、短剣を持ち直しては構えて俺との戦闘に備える盗賊。
その後方に現れた、全く同じ姿の人間もまた。俺という邪魔者の排除のためにと、戦闘に備えて構え出す。
彼らによる脅しに怯むこと無く。しかし、同じ人間との戦闘は初であったために。人間を傷付けるという、これまでに無い経験からなる恐怖心に苛まれてしまう俺であったが。しかし、このゲーム世界の主人公たるもの。ここで退くわけにはいかない。
そんな、主人公としての自覚を抱きながら。俺は、この一対二という不利な戦闘へと洒落込んでいったのだ。
「どうやら、本当に痛い目を見ないとわからないらしいな!! だったら、教えてやるよガキ!! この社会の波にもまれて生きてきた、大人の怖さってものをなァ!!」
そう言い、まず先制を仕掛けてきたのは、短剣らしき小さな刃物を持つ盗賊A。
その駆け出しの速度は非常に素早く。残像を残しながら大地を駆ける両足に気を取られたその隙を突き。俺のもとへと接近しては、短剣を突き出し通常攻撃を繰り出してくる。
初見ともなる、敵方のエフェクトを目撃して怯んでしまった。
見慣れぬ新たな未知を前にして相手の行動を許してしまうものの。しかし、通常のエネミーであったからこその余裕のままに、それに対しては難なく回避コマンドで回避を行う。
「コマンド、攻撃!!」
盗賊Aの通常攻撃である突きをバックステップで避けて。次はこちらの番だと、相手方の短剣を遥かに凌駕するリーチのブロードソードで返しの一撃を振るうものの。さすがは相手方、残像をつくるほどの速度の持ち主なだけはある。
こちらの攻撃も、バックステップで難なく回避する盗賊A。とわぁッ!! と、敵方のいかにもなボイスが鳴り響くと共に。その着地の瞬間にも再びこちらへと距離を詰めては攻撃を選択してくる。
「剣士スキル:カウンター!!」
真ん前からやってきた盗賊Aを迎え撃つため。スキルを選択しては、自身の周囲に透明な気を纏わせて。
相手の攻撃がその透明色の気に触れた瞬間にも、この全身に巡ってきた驚異的な瞬発力をものとして。通り抜けるモーションと同時にして、俺は盗賊Aに仕返しの一撃を食らわせた。
「グェエエエエッ!!!」
後方のボイスを尻目に、俺は次なる対象へと視線を向ける。
盗賊Bと目が合い、俺はそちらへと駆け出して。
それに合わせて、その盗賊Bは手持ちから取り出した円形の刃物を右腕に通し。腕を小刻みに動かし始めると同時に、その円形の刃物もまた勢いを纏って回転を始める。
初見ともなる武器のモーションに、その様子を伺いながら接近を図っていく俺であったが。しかし、さすがにそれは、初見に対する無謀の極みであったのかもしれない。
「生意気なガキめッ!! これで血反吐噴き出してぶっ倒れろッ!!」
振るっていた腕をこちらへ突き出すと共に、その勢いを纏いながら発出された円形の刃物。
腕から抜けるように飛び出してきたそれの、あまりにも唐突な攻撃を前にして。眼前から迫り来る攻撃を防御するためにコマンドを選択しようと試みてみたが。しかし、初見の攻撃ともなるそれの攻撃速度を見切ることができず――
「ぐァッ!!」
勢いを纏って発出された円形の刃物は、俺の右肩を切り裂いて通り抜けていく。
思っていた以上の大きさであった刃物の武器。その威力こそはまぁまぁといった具合であったものの。しかし、その攻撃によって足止めを食らった俺は思わず立ち止まってしまい。そうして行ってしまったやられモーションで身動きの取れないこの状況の間にも、その刃物の武器は実にいやらしい軌道を描いていたようで……。
「あぐッ――」
背を切り裂かれる感覚と共に、俺の脇から抜けていく円形の武器。
弧を描いて戻ってきたのであろうそれの、間を置いた実に面倒な連撃を受けることによって俺は盛大な隙を晒してしまっており。
そんな隙だらけの俺へと、絶好のチャンスと飛び込んでくる盗賊Aが背から襲ってきたのだ。
「ダガースキル:ポイズンダガー!!」
オレンジ色のオーラを纏い出した盗賊A。
スキルの使用によって、ダガーという手に持つ短剣の刃を毒々しい紫に染め上げて。それを盛大なやられモーションによって身動きの取れない俺へと突きつける。
攻防の選択さえもできないこの状態。背後から飛んでくるスキル攻撃に危機感を覚えながらも、しかし、このどうすることもできない状況のまま。俺は盗賊Aのスキル攻撃をもろに受けてしまい――
「がァッ!! ――ァァアアァッ!!」
ダガースキル:ポイズンダガーを受けた俺はやられ状態で吹っ飛び。地面を転がると同時に、状態異常:毒を発症。
毒々しい丸のエフェクトが俺の周囲を漂い。それに伴って、内に宿るHPの概念がじわじわと磨り減っていく感覚に陥る。
それは、心臓が端から削られていくような。身を徐々に削がれていくような。形としては、身体そのものは残っているというのに。感覚としては、それが腐敗し。形を維持できずに段々と崩れ落ちていく、視覚と感覚によるすれ違いの錯覚が実に気持ちの悪い状態異常だ。
「あーあー、だから痛い目を見ると言っただろうに!! でもな! こちらは大人なもんだからな!! これでハイ止めーっにはしないのだよ!!」
ダガーを突きつけながら、地面を這う俺にじりじりと歩んでくる盗賊A。
「大人っていうのはな、加減ってものを知らない、とってもズルい生き物なのだよ!! それに、こうして弱者をいたぶるのが大好きでもあるんだ!! だからな! ガキという年齢の内にも、その真実を知れて良かったんじゃないか!? これでまた一歩、成長したな!! これから生きていく上での、良い社会の経験にもなったな!! はい、じゃあ死ねッ!!!」
再びオレンジ色のオーラを纏い出しては、そのダガーを紫の毒々しさで染め上げて振り被ってくる。
容赦の無いその追撃は、地面に転がる俺に慈悲も無く襲い掛かり。その光景を眼前に捉えた俺は。目の前の現実に絶体絶命の危機感を抱く。
大人という生き物は、実にズルく汚い生き物だ。そんな生き物に袋叩きとされ。その上に今は、邪魔をするガキ一人の命さえも奪おうとしてくる。あぁ、大人と言うのは、なんてひどい生き物なのだろうか。
……と、現実に悲嘆して身動きの取れない少年の、ぽっかりと空いてしまった心の隙を突こうとしているのは既にお見通しなんだよ――!!
「な、なにィッ!?」
地面に這いつくばっていた姿勢から瞬時に起き上がって。目の前から迫り来るスキル攻撃を、余裕のままにバックステップで回避する。
そうしてスキル攻撃を空振りした盗賊Aは盛大に隙を晒し。おっとっととよろけているその間にも、俺は返しとして最大火力の一撃を選択。
「エネミースキル:ワイルド・ストライク!!」
ブロードソードによる突きで盗賊Aを怯ませ。そうして反った姿勢になった盗賊Aの腹部めがけて、渾身の一撃となる蹴りをかましていく。
「ギェエエエッ!!! ズルいぞォ!!!」
「俺も、大人の階段を上ってしまったかな?」
吹き飛んだ先の門の壁に直撃。からの、めり込んで項垂れる盗賊Aを見て焦る盗賊B。
すかさず、こちらへ円形の刃物を投げ付けてきたものの。それは何の工夫も無い通常攻撃であったために。剣士スキル:カウンターで容易く弾き返しては、その勢いで跳ね返ってきた円形の刃物に直撃する盗賊B。
「グエェ」
なんとも情けないダメージボイスと共に、ふらついてから倒れる盗賊B。
壁に埋まって項垂れる盗賊Aと。へなへなっと崩れ落ちた盗賊Bの様子を見届けてから。この戦闘に勝利したことを確信。それと共に、気絶が治ったのであろう意識を取り戻したペロの方へと見遣っては。現在の取り巻く状況に一旦もの終止符を打ったことを伝えた。
「大丈夫だ、ペロ。戦闘は無事に終わったよ。なんとか片付けることができた」
「はぇ~……ったたた、ってぇな……。それにしてもよぉ、アレっち。もっと、こう、具合の悪い人間に優しくしてくれよ……」
「急な襲撃だったんだ。……まぁ、仕方が無かったとはいえ、悪かった。次からは、もっと優しさを意識して突き飛ばすとするよ」
「いやぁ、違うんだよなぁ……オレっちはそういうことを伝えたいわけじゃなくってだなぁ……ってか、突き飛ばすこと前提か。っというか、これ、いつもの立場とまるで逆じゃね――って、ア、アレっち!! 後ろォ!! 後ろォォオ!!」
和やかな雰囲気から一変。突如として叫び出したペロに言われるがまま、すかさず後ろへと振り向いて状況を確認するものであったのだが――
「――ッ!?」
俺の脇を通り抜ける、上から下へと振り下ろされた一つの軌跡。
その瞬間にも回避コマンドを選択していたがために、その不意となる一撃を食らうことなく済んだのは良かったものの……。
「……まだ、仲間がいたのか……!」
振り向いたその先には、先の盗賊達と全く同じ姿の人間が二人も存在しており。
一人は、先程にもこちらへ振り下ろしてきたソードの使い手と。もう一人は、どこかやる気が無さそうにボーッと立ち尽くしている棒立ちのNPCが。
そんな二つの新たな敵に向かって、手に持つブロードソードを構えるのだが。……しかし、次には不敵な笑い声を零す、先程までの二つの声が後方から聞こえてくる。
……そう。戦闘システム:乱入の仕様により、俺が相手すべき敵が四人へと増加してしまったのだ。
「……まずいぞ……」
状態異常:毒により、未だにHPの減少が進行していくその中で。前後に二人ずつの敵という、完全な挟み撃ちの形で囲まれた俺。
……もはや、絶体絶命とも呼べるこの状況下の中で。もはや、自力でどうすることもできる力などを持たない俺は。この場における危機の脱出を願いつつも、ただその時の訪れを祈りながら、目の前の戦闘に立ち向かった――――




